Carne cruda fresca in cucina. 厨房の新鮮な生肉 I
ヨランダの作ったミネストローネをアベーレは口にした。
厨房で見つけた野菜の葉や芯と例の肉を、ともかく煮込んだとヨランダは言った。
一日ぶりの湯気の立つ料理をアベーレはありがたく思った。
ヨランダを連れて来て良かった。
この状況でもし一人であったら、伯父が戻る前に餓死していたかもしれない。
厨房にも入れない身で、何故どうにかなるつもりでいたのか。
伯父が使用人を連れて来ているという思い込みが、何となく頭の中にあったと思い至った。
今にして思うと、浅はか過ぎる。
ともかく伯父と合流して、家の再興に動くことしか頭に無かった。
火の使えた夕べは、夜も屋敷内で行動することが出来た。
教会から帰ったあと、昼のうちに蝋燭を探し、食堂広間と寝室、夜に廊下を歩く際の手燭の分は確保した。
火打ち石がどうしても見つからなかったが、もともと火打ち石で火を付けるのは時間がかかるので、大抵は厨房の炉辺などに火を途切れさせず燃やし続けておく。
周辺は森が多い。
薪には特に困らないだろうから、それでいいのではとヨランダが言った。
当分はもう、ヨランダに任せることにした。
長年憧れた女性と念願の二人きりという状況で、まず克服しなければならないのが、厨房に入ることというのが情けないとアベーレは眉を寄せた。
「野菜は……どこで手に入れるものなのでしょうね。市場など近くにあるんでしょうか」
焼いて塩を振りかけた猪らしき肉を、アベーレは切り分け口にした。
厨房の作業台に大量にあったという肉の一部だった。
料理に使うために数日分は取っておいたが、あとは今日明日中に腸詰か塩漬けにするとヨランダは言った。
時間のかかる作業なのではとアベーレはざっくりとイメージしたが、ヨランダは当然一人でやるつもりだった。
これほど逞しく頼りになる方とは。アベーレは思った。
見かけは本当に、たおやかで細身の美しい方なのだが、たった一日でヨランダの印象がかなり変わった。
「市場はあるのかどうか分からないけれど、村の農家の方から直接買えばいいのではないかしら」
荷物として持ってきたハンカチで品良く口を拭きながら、ヨランダは言った。
「そういう形で……野菜を購入したことがありますか、姉上」
「修道院にいたとき、山岳地帯の農家に山羊の乳を買いに行ったこともあるわ」
「はあ……」
アベーレにとってはなかなか衝撃的なエピソードに、軽く目眩がした。
修道女など、綺麗なステンドグラスの前で美しく祈りを捧げて一日を過ごしているだけだと思っていた。
「山羊の乳ですか……」
「この辺りは、山羊を飼っている家はあるのかしら。牛でもいいけれど」
ヨランダは窓の外を眺めた。
屋敷の窓から見える景色は、圧倒的に森が多く、農家の家の点在する草地は、木々の僅かな隙間からしか見えなかった。
「動物の声は聞こえて来ない気がしますが……」
そうと口にしてから、なぜそのことに今まで気付かなかったのかと思った。
アベーレは同じように窓の外を見た。
到着してから一度も家畜らしき鳴き声を聞いていない。
「 “人狼” に警戒していたら、家畜など外には出さないのかもしれないですね」
そうね、とヨランダは返事をした。
「伯父様、夕べもお戻りにならなかったわね」
肉を切り分けながらヨランダは言った。
「ええ……」
「何かあった訳ではないといいけれど」
ええ、ともう一度アベーレは返事をする。
「新鮮な肉が厨房にあったということは、少なくともそれを運び込んだ前後には、伯父上はここにいらっしゃったのではないかと思うのですが」
物事を少し整理しようと、アベーレは頭の中の項目を指差し確認するように指を動かした。
「たぶん使用人か何かが、厨房に肉を運んで調理しようとした」
アベーレはつぶやいた。
「その後で伯父上が居ないことに気づいて探しに行ったか、伯父上について一緒に出かけたか」
「探しに出かけたのなら、そろそろいったん戻っても良さそうなものね」
ヨランダがそう言い、もう一度窓の外を眺める。
「そうですね……」
アベーレは顎に手を当てた。
「一緒に出かけたということか。伯父上の用事が長引いているということかな」
「どちらに行かれたのかしらね」
ヨランダはミネストローネを口にした。