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罪深き偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 1 人狼の村
4/50

Chiesa senza prete. 司祭のいない教会

 教会の礼拝堂の椅子に座りアベーレは祭壇を眺めていた。

 建物自体は小さいながらも悪くは無いが、あまり手入れの行き届いた教会ではないなと思った。

 跪き台の下には少し灰が落ち、アベーレの座った椅子には、動物の毛のようなものが散らばっている。

 夕べ鐘を鳴らしていたと思われるこの教会は、屋敷からさほど離れた所ではなかった。

 木々に囲まれた一本道を屋敷から少し歩くと、開けた草地の向こうに、すぐに先尖形の屋根の建物が見えた。

 もう少し遠くから響いていたのかと思ったが、音が鈍かったことから考えると、鐘は錆びてでもいるのか。

「火、いただけたわよ、アベーレ」

 教職の者を伴い、ヨランダが祭壇の横の出入り口から現れた。

 火なら礼拝堂の蝋燭(ろうそく)にあるのだろうとアベーレは思っていたのだが、昼間は礼拝の時も点けないのだと教職は言った。

 厨房の炉辺の方なら火があると言われて、ヨランダだけが手燭を手に付いて行った。 

 今のような生活をしている以上、いつまでも厨房に入れないなどと言っていたら、使えない者ということになってしまうのだろうか。

 そんなことを考えながらアベーレは待っていた。

 ヨランダの持った手燭には、ゆらゆらと小さな火が揺れている。

「ヨランダ・コルシーニ殿に……ええと」

 若い教職は、アベーレの方を見た。

 薄茶色の短髪に、育ちの良さそうな柔和な笑顔を浮かべた青年だった。

 同い年ほどだろうかとアベーレは思った。

「アベーレ・コルシーニだ」

 椅子から立ちアベーレは言った。

「アベーレ・コルシーニ殿」

「アベーレで結構」

 教職の垢抜けていて姿勢の良い感じに、給金が支払えず家に帰した従者を思い出した。

「ご夫婦で?」

「いや……」

 口元をやや歪ませてアベーレはそう答えた。

 他人から見れば、そう見えるのか。否定したくない気持ちが湧いた。

従姉弟(いとこ)なのだけれど、アベーレは弟みたいなものなの」

 ヨランダがそう答えた。

 ね、という感じでこちらを向く。

「……は」

 アベーレは中途半端な発音で返事をした。

 弟か。

 やはり子供の頃の習慣で「姉上」などと呼んでいたら、いつまでもそう思われるのだろうか。

 頬を引きつらせそんなことを考えた。

「私は、ここの副助祭でマリアーノ。田舎なので、読師なども兼ねていたりしますが」

 マリアーノと名乗った教職は、跪き台の下に落ちた灰を見つけ苦笑した。

 先ほど気になり眺めていたが、アベーレは気付かなかったふりをした。

「副助祭殿か。司祭殿はどちらに」

 マリアーノは、礼拝堂の出入り口あたりを見た。

「入っていらっしゃる時に見かけませんでしたか? 薬草園の草むしりなどしているのかと思っていたのですが」

「いや……」

 アベーレは同じように出入り口の方を見た。

「どこかへ出掛けたのかな。そのうち帰って来るでしょう」

 何となく頷いてから、アベーレはヨランダと顔を見合せた。

「私たちの伯父も到着時からまだ会っていないのだが。こちらではご存知ないか?」

「アドルフォ殿ですか?」

 マリアーノは言った。

 ああ、とアベーレは表情を明るくした。

 村の外れの屋敷にひっそりと越してきた没落貴族など、存在としては目立つだろうが、あまり名を覚える程には気にかけられていないかと思っていた。

「先にこちらに到着していたはずだが。よく行かれてた場所など、ご存知ないだろうか」

「あの方は、二、三度ほどしかここを訪ねていませんので」

「ああ……そうか」

 アベーレはそう返事をした。

「あまり信仰に篤いとはいえない方なので……」

 苦笑してアベーレはそう言った。

 礼拝くらいは、面倒でも適当に顔を出しておれば良いのにと思う。

「村の方たちは? 少しは伯父と話した方などいたのかな」

「よろしければ、何か知っていたら知らせるように扉に貼り紙をしておきましょうか?」

 マリアーノは、出入り口の扉を指し示した。

「礼拝に来た者は必ず見ることになりますから」

 何となくアベーレは扉を眺めた。

「いや……もしかしたら、私たちの到着の寸前まで居たのかもしれないし。今の時点ではまだ大袈裟かな」

「人狼が出るというお話を聞いたのですけれど」

 微笑し、ヨランダが言った。

「ええ」

「捕まりまして?」

「捕まってはおりませんが……」

 口に指先を当て、マリアーノは言いにくそうな表情をした。

「私個人としては、追剥(おいはぎ)か何かと、野犬の話が混同されているのだろうと。どちらにしろ用心は必要なので鐘で呼びかけてはいますが」

「私もまあ、そんなところだろうと」

 アベーレは言った。

 ヨランダが手にした手燭の小さな火が揺れる。細い指と爪先に薄い橙色が映っていた。





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