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罪深き偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 1 人狼の村
3/50

Forse una villa vuota. おそらくは無人の屋敷 II

 朝食は固くなった塩なしパンとサラミ、地下の(たる)に残っていた葡萄酒(ぶどうしゅ)だった。

 厨房の炉辺には火がなかったとヨランダが言っていた。

 火打ち石がどこにあるのか定かではないので、結局、調理の必要のない食材だけをヨランダが皿に並べ運んでくれた。

 食堂広間のテーブルに向かい合いに並べられ、食器だけは高級なものの寒々として香りも立たない朝食を、アベーレは仕方ないかと苦笑して見た。

「火があれば、スープくらい作れそうだけど」

 ヨランダが細い形のいい指でパンをちぎる。

「……姉上が作るんですか?」

「だってアベーレ、作れないでしょう?」

 ヨランダがにっこりと笑う。

 悪気があって言っている訳ではないのは分かる。だがアベーレは何かショックを受けて眉をよせた。

 こんなことなら厨房に出入りし、料理長か女中長あたりに調理を教わっておくんだったと思う。

「厨房の作業台にあったお肉も早めに塩漬けなり何なりしておかないと」

「塩漬けにするほどあったのですか?」

 アペーレは声を上げた。

 先ほどヨランダが朝食を運んだ際も、厨房の近くへは行かなかった。

 幼少の頃から入るべきではないと教えられたため、入ることに背徳感すらある。

「伯父さまと三人で食べるには多いわね。でも腐らせるのはもったいないし」

 ヨランダがパンをちぎる。

「いったい何の肉ですか」

(いのしし)だと思うのだけれど」

 ヨランダが答える。

「作業台に三つほどに切り分けて置いてあって。血抜きもしてあったし、皮も剥いであったので助かるけれど」

「誰かが下処理をしていたんですか?」

 アベーレは問うた。

「伯父さま、誰か使用人を連れていらしてたのかしら」

「こんな状況でついて来てくれるとはずいぶんと忠義の者だな」

 アベーレはそう言い、ワイングラスを置いた。

「ありがたい方ね」

 ヨランダが微笑する。

「ありがたいですけれど……」

 (から)になったワイングラスのステムを二、三度もてあそび、アベーレはテーブルの上を見回した。

 酒瓶(カラッファ)を見つけ手を伸ばす。

「その使用人も、伯父上とともに帰っていないことになるのですか」

「夕べは、とうとう帰っていらっしゃらなかったわね、伯父さま」

 ヨランダは、上品な仕草で薄く切ったサラミをパンに乗せた。

「人狼が出るという噂があると御者が言っていましたが」

 アベーレは窓の外を眺めた。

 夕べ馬車から降りた庭の一角は、食堂広間の窓からも見える位置だ。

 到着した真夜中とは違い、今は陽光が明るく照っている。

「夕べのあの音は、教会の鐘の音ですよね?」

 不意に思い出しアベーレは確認した。

「そうね、多分」

「あんな夜中に鳴らしているということは、ずいぶんと前からなのかな、その噂は」

 アベーレは頬杖をついた。

「伯父上がこちらに着かれたのは、いつ頃でしたっけ」

「あなたがうちの屋敷に来てここに誘ってくれた時に、伯父さまが先に到着しているはずと聞いた気がするけど」

 ヨランダは、パンをちぎながら微笑した。

「ああ……そうでしたっけ」

 アベーレは顔を上げる。

「それなら、いつ頃かなど姉上は知るはずがないか。……申し訳ない」

 アベーレは苦笑した。

 飲んでいた葡萄酒のグラスを、コトッと音を立て置く。

「到着したと手紙をいただいたんです。土地勘の無い所なので、念のため荷物の中に入れたはずだ」

「伯父様はだいぶ前にいらしていたの?」

 品良くサラミを指で摘まみヨランダが尋ねる。

「ここの土地がまだ売りには出されていないと気づいた時点で発ったみたいですよ。放置されていた所ですから、今まで取っていたはずの税収の流れを調べて、改めて押さえておくって」

「伯父さま、相変わらずでいらっしゃるのね」

 ヨランダはクスクスと笑った。

 つられて笑おうとして、ヨランダが最近まで女子修道院にいたことをアベーレは思い出した。

 長いこと会っていなかった親戚が何人もいるのだ。

 本来なら、その親戚たちにはその後も会わせられないまま、他家に輿入れしていたところではあるのだが。

「相変わらずですよ、伯父上は。若い頃にも破産を経験していますからね。また再興する気満々です」

 だからこそ伯父の所に身をよせ、ともに再興を目指してみようと思ったのだが。

 どこへ行っているのやらとアベーレは溜め息をついた。

「教会で、火をいただけるかしら」

 鐘の音が聞こえた方角を見て、ヨランダが呟いた。





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