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罪深き偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 9 月明かりの下の人狼
25/50

Una ragazza che vuole essere un'amante. 愛人志望の娘

 村人達が屋敷に滞在して丸一日が経った。

 夕食を終え、男性と高齢者たちはそれぞれの部屋に戻ったが、女性達はヨランダとともに後片付けをしていた。

 食堂広間から私室にしている客間の方へとアベーレは向かっていた。

 暗い玄関ホールを通り、庭に面した廊下の入口へと差し掛かる。

 別の廊下の向こうから、小柄な女性が歩み寄るのが見えた。

 手燭の灯りだけでは顔が見えにくく、灯りを前方に翳して暫く歩く姿をじっと見る。

 金髪が暗い中に映えるのが確認できたのは、ようやく数歩ほど先に近づいて来られてからだった。

 金髪に整った顔立ちは確か……とアベーレは記憶を探る。

「レダ……だったか」

 アベーレがそう言うと、レダは灯りを見てゆっくりと近づいた。

「誰かと思いました。アベーレ旦那様」

 レダは言った。

 他の村人に比べると、話し方の発音が綺麗なことに気付いた。意識してそう話しているのか。

 整った顔立ちによく似合う。

「発音が……」

 え、とレダは形の良い目を大きく見開いた。

 自身が魅力的に見える仕草や話し方というのを、よく分かっていそうな娘だと思った。

 美しいという自覚はおそらくあるのだろう。

「発音が綺麗だなと」

「ありがとうございます」

 レダはにっこりと笑った。

「ヨランダ様ほど優雅な感じじゃありませんけど」

「いや、なかなか……」

 アベーレは口元を綻ばせた。やはり綺麗な娘ににっこりと笑いかけられれば悪い気はしない。

「貴族様って、愛人とか持たれるんでしょ?」

「え……」

 綻ばせた口をアベーレは今度は硬直させた。

 どういう話題の展開なのか。

「人によるが」

「やっぱりそういうのも、それなりの家のご令嬢だったりするんですか?」

 困惑してアベーレは宙を眺めた。

 庶民の若い娘の話の要領が分からんと思う。

「いやそれも、人によるとしか」

「普通の村娘を愛人にする貴族様っているんですか?」 

 アベーレは眉を寄せた。

 身近な人物で聞いたことはないが、そういう話も無い訳ではないだろう。

 しかし、質問の意図が分からない。

「人によるんだが……」

 宙を睨みながらアベーレは眉を寄せた。

「あたしがなったら、変ですか?」

 アベーレは、横目でレダの小振りの顔を見た。

 容姿で言えば、決して可能性がない訳でもないだろう。

 身分があろうと無かろうと、男性から見れば魅力的な娘だろうとは思う。

「……いや変とまでは」

「あたし、マナーとか話し方とか、もっと頑張ります。今までも頑張ってましたし」

「ああ」

 やはり、発音が綺麗なのは意識してのことだったのかと思った。

 誰か意中の貴族でもいるのか、それとも既に言い寄られているのか。

「頑張って」

 アベーレはそう言って笑いかけた。

 応援しているという意味で、握手をしようと手を差し出す。

「じゃあ、アベーレ旦那様の愛人になっていいですか?」

 レダは差し出した手を両手で握った。

「……え」

 玄関ホールから伸びる廊下の向こうから、コツコツコツと靴音がする。

「あたし、アベーレ旦那様にちゃんと尽くします。身の回りのお世話も一生懸命しますし」

 言っていることとは裏腹な、陽気で意欲的な雰囲気でレダは声を張った。

「……いや。そういうのは」

 レダは、アベーレの手を両手でギュッと握り締め、形の良い目でアベーレを見上げた。

「婚姻すらまだなので」

「もちろん、正妻なんて言いません」

 レダの細い手を、アベーレはやんわりと引き剥がそうとした。

「村の優しい男性と家庭を持つ方が幸せでは」

「あたしの婆ちゃんは、つまらない男と一緒になるくらいなら、一流の男の愛人におなりと言ってました」

「……先鋭的な方だな」

 アベーレは軽く顔を(しか)めた。

「あたし、アベーレ旦那様は素敵だと思います。貴族様だから誰でも良い訳じゃないです。この人ならいいなって、ちゃんと思ったんです」

「いや、今は没落した身で。家の所有地も僅かを残すのみだし」

 アベーレは、覚束(おぼつか)ない足取りで後退った。

 片手には手燭を持っている。レダに火傷でも負わせてはと気を配った。  

 コツ、と靴音が止まる。

 アベーレは玄関ホールから伸びる廊下の方を見た。女性が立ち止まりこちらを見ている。

 動作の行儀の良い様子から、ヨランダかと思われた。

「……姉上」

 暗い中で何をしているのか暫く判別が付かないようだ。

 ヨランダはこちらをじっと見ていたが、やがてスカートをからげ直して踵を返した。

「あ、姉上!」

 早足で元来た廊下を戻るヨランダを、アベーレは追いかけた。

「誤解なさらないでください!」

 近づかなければ、誰なのかよく分からないほど暗いのだ。

 誤解されたかどうか定かではないと思ったが、アベーレはそう叫んだ。

「ヨランダ様、誤解なさらないでください!」

 アベーレの後を付いて小走りで駆けながら、レダがそう声を張る。

「あたし、正妻の座を取ろうなんて思ってません。そういうのは、ちゃんとした御家のご令嬢だって知ってます。愛人にしていただけるかお聞きしてたんです!」

「……いや。黙っててくれ」

 アベーレは追いかける速度を落とし、げんなりと顔を歪めた。

「立ち止まってる場合ですか、アベーレ旦那さま。早く行って「私の妻はお前だけだ」って抱擁くらいして差し上げて」

「……いや、妻ではない」

 アベーレは複雑な表情で完全に立ち止まってしまった。

「奥方も同然の方でしょう?」

「いやまだ、そういう話をしたことは」

 レダは、アベーレの顔をじっと見上げていた。

 何か微妙に幻滅されたような雰囲気を感じたが、それはそれで良いかとアベーレは思った。

「貴族様の仕来(しきた)りか何かあるんですか?」

「そういう訳では」

 暗くて誰と誰なのかなど、分からなかったかもしれない。

 踵を返したのは、偶然忘れ物でも思い出しただけなのかもしれない。

 自身のことを、弟のようなものとヨランダは言っていた。

 追いかけてわざわざ弁解して、逆に「好い人が出来ておめでとう」などと言われてしまったら、ショックが大き過ぎる。

 段々とそう思えてきた。





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