Qualcuno ha visto un licantropo? 人狼を見た者は? II
「それで人狼というのは」
羽根ペンにインクを付け、アベーレは薄い紙に「人狼」と筆記体で書いた。
村人達が覗き込み、ほおお、と声を上げる。
「すらすら文字をお書きなさるんだなあ」
「こういうの、一個一個お勉強なさるんですか?」
中年女性に尋ねられ、アベーレは無言で頷いた。
はああ、と声を上げ村人達は顔を見合せる。
文字を書くのすら見世物か、とアベーレは顔を引きつらせた。
「見た者は。どんな様子だった」
「人狼に案外と拘りますね」
同じテーブルに着いていたマリアーノが言う。
「そういうものは信じていらっしゃらないのかと思っていました」
アベーレは顔を上げ、何気なくマリアーノと目を合わせた。
ここに来てすぐに礼拝堂で話したときは、野犬だろうという見解を話していたのだったかと思い出す。
「……まあ、一応」
「人狼いますよ、旦那様」
若い女性が身を乗り出し言った。
「さっき言ってた執事のフィリッポさんて人と、人狼が一緒にいるの見ました」
アベーレは目を見開いた。
ちらりとマリアーノの方を見ると、明後日の方を向いていた。何かを考えているようだ。
「執事と……」
「その執事殿と面識は?」
マリアーノが言った。
聞こえていたのかと何となくアベーレは思った。
「いや。一度も会ったことはない」
「どんな方かはご存知で」
いや……とアベーレは返した。
「先ほど初めて名前を聞いた。伯父の屋敷には暫く行っていなかったので、執事が変わったことすら」
マリアーノは無言で紅茶を口にした。
「どんな人です」
逆にアベーレはそう尋ねる。
「気難しい方ですね。無愛想で。教養はあるが、人と溶け込もうという気は一切ない」
「……はっきり言いますね」
鼻白んでアベーレは言った。
もう少し言葉を濁しそうな人だと思っていたが、執事と何か不愉快なことでもあったのか。
「人狼と一緒にいましたか」
カップを皿に置き、マリアーノは口角を上げて笑んだ。
「そこは心配なさらないんですね」
おもむろに腕を組んで、アベーレの方を見る。
「人狼に案外と拘るのは、実は存在を信じていらっしゃるから。それは良いのですが、その割に伯父君の執事が人狼といたと聞いてもそこは平然としていらっしゃる」
マリアーノは言った。
「普通なら、伯父君は今ごろ補食されているのではと青ざめるところですが」
マリアーノは出入り口の扉の前にいるヨランダの方に視線を向けた。
「ヨランダ殿も」
村人達が銘々に顔をヨランダに向ける。
綺麗に髪を結いシンプルなワンピースを身に着け、楚々とした様子で手を組み立っていたヨランダは、一瞬ほんの少々目を眇めた気がした。
「アベーレが守ってくれると信じておりますの」
にっこりと笑いヨランダはそう言った。
村人達が、ほええ、とも、ふああ、ともつかない照れた声を上げ、一斉にアベーレに視線を移す。
平静を装いながら、アベーレは心臓がばくばくと速くなるのを感じた。
いきなり何て有難い言葉を。思わず口に拳を当てる。
「伯父君のご心配は」
「神がきっと味方をしてくださいますわ」
微笑しヨランダは言った。
マリアーノは暫くヨランダの顔を眺めていたが、おもむろにテーブルの方に向き直った。
「信心深いお方で」
「つい先日まで女子修道院に……」
ヨランダの方をちらちらと見ながら、アベーレは言った。
次は何を聞かれるのかという風にそわそわとし始めた何人かの村人の様子が目に入り、表情を抑える。
「フィリッポ」と筆記体で書き、丸で囲った。
「綴りはこれで良いのかな」
紙の端を指先で持ちマリアーノに見せる。
「十二使徒のフィリッポと同じですよ」
首をやや伸ばして確認し、マリアーノは言った。
「フィリッポとやらの素性は少々気になる。そんな名前の者は、伯父の身の回りの世話をする者の中では聞いたことがなかった」
アベーレは言った。
「従者の経験すらない者を、いきなり執事にするものだろうか」
マリアーノは、暫く無言で紅茶を口にしていた。
「御家にもよると思いますが」
「うちはあまり無いな。他家の執事を引き抜くなんて家もあるみたいだが、長年の付き合いでもない者に、家のことを任せられるかというと、ちょっと」
「成程」
マリアーノは呟いた。
「何者なのか……」
「ところで」
アベーレの台詞を遮るようにそう言うと、マリアーノは村人達を軽く見回した。
「死体で見つかった方が、葡萄酒に関わっていた方ばかりだということは、お話しした方が良いのでは」
村人達が、それぞれに戸惑った表情で顔を見合せた。
「だけど、副助祭様……」
「まだ確かではねえし」
口々に村人達はそう言った。
「旦那様は、罪のない方まで罰するような人ではありませんよ」
マリアーノはアベーレを手で指し示した。
目の前に差し出された手を、アベーレは何となく眉を寄せて見た。
「罰するとは穏やかではないな」
「今はただそういう共通点があるという段階ですが、事と次第によっては、領主の処罰の対象には充分なるでしょう」
そうマリアーノは言った。
「葡萄酒に関わっていたという共通点があるのは聞いている。先日、別の村人から」
「今のところ全員が、葡萄酒の売上を誤魔化していた者達だということは」
アベーレは無言で目を見開いた。
「つまり、納めるべき税を偽っていた」
淡々とした口調でマリアーノは言った。




