魔法障壁
「魔法障壁は万能じゃない。たとえば物理を通さない代わりに魔法に弱いとか、逆に魔法を通さない代わりに物理に弱いとか。欠点があるものなんだ。その観点から見ると、騎士の魔法障壁は前者のタイプだと思う」
「ひび一つ入らなかったから、私もそうだと思う」
これでざっくりと候補を絞ることが出来る。
「ただ例外もあってどっちも通さないタイプもある。その場合は維持コストが高すぎて長持ちしないはずだけど」
そのタイプだと魔法障壁の動力切れを狙った耐久戦が正攻法だ。
「結界はどうなの?」
「結界の用途はあくまで造形だから、身を守るより何かを作るのに向いてるんだよ。防御に関してはあまり得意じゃない」
「そう言えば、昨日も屋根を囓られてたね」
もっと物理よりの魔法障壁なら、牙が貫通したりはしなかった。
それこそ騎士の魔法障壁なら牙を折っていたことだろう。
「おっと?」
通路の奥に行き着き、扉を押し開いたところで足が止まる。
その先の部屋に大量の騎士がいたからだ。
いた、というよりかはあると言ったほうが良いかも知れない。
騎士は硝子によって仕切られ、一定間隔で並んでいる。
その様子はあたかも展示されているようで、硝子の向こう側にいる騎士は沈黙し続けている。
一度、早坂と顔を見あわせ、警戒しつつも部屋に足を踏み入れた。
通路からは見えなかった死角にも、ぬかりなく騎士が展示されている。
「客間かな? ここ」
壁際に騎士が配置され、その中央には高級そうなソファーとテーブルが置かれている。
「随分と物騒な客間だ。招かれたほうは落ち着かなかっただろうな」
「案外、それが狙いかも」
「逆らったらどうなるかわかってるんだろうな? ってか。おぉ、こわ」
客を威圧するためにわざわざ騎士を展示しているなら、この宮殿の主だった奴は相当肝の据わった剛胆な人物だったに違いない。
まぁ、ここはダンジョンだし、そんな人物が実際にいたかどうかなんてわからないけど。
「ここにも資源になりそうなものはないな。持って帰れそうな金目のものも」
「次に行こっか。今にも動き出しそうだし」
客間の先にある扉に手を駆け、ノブを捻る。
「あれ?」
しかし、扉が開かない。
押したり引いたりしてみた物の、がちゃがちゃと音が鳴るだけだ。
「駄目だな。いっそぶっ壊して――」
バタンッ、と後方で音がして振り返る。
音源は、この客間に入る際に開きっぱなしにしておいたはずの扉。
それが独りでに勢いよく閉じられた音だった。
「嫌な予感がする
「私も」
嫌な予感は当たる物で、カシャンカシャンと音が鳴る。
硝子越しに響いたそれは、次の瞬間硝子が割れるけたたましい音に掻き消された。
透明の破片が飛び散り、その最中に騎士が進む。
破片だらけの客間に足を降ろし、俺たちを見据えて剣を構えた。
ざっと十数体の騎士たちが。
「まだ攻略法も出てないってのに」
「しようがないから、やるしかない。戦いながら見付けよ」
「面倒だけど、そうするか」
結界刀を手元に作り、絨毯を蹴って加速する。
真正面の騎士に刃を振るい、魔法障壁が展開し切る前に胴体を立つ。
まず手始めに数を一体減らした。
「やっぱり展開されると手は出せないみたい」
早坂が転移を繰り返し、部屋中に現れては消える。
それに攪乱された騎士たちの隙をついては刀を振るうが、やはり攻撃の瞬間に魔法障壁が張られてしまう。
刀は鎧に届かず、早坂が離れると魔法障壁が消失する。
「物理に強いってことは」
「魔法の出番だ」
再確認するように言葉を交わし、結界で結界のディスクを構築する。
ディスクには魔法陣が刻んであり、初動分の魔力を流すと爆ぜるように燃え上がった。
更にそこへ回転を加えることで丸鋸のように攻撃力を底上げする。
火の粉が散るその姿はさながら妖怪の火車だった。
「上手く行けよ」
ディスクを操り、近くの騎士へと投げつける。
理想は魔法障壁を見事に焼き切ること。
しかし、そう上手くはいかず、ディスクは魔法障壁の表面を撫でるだけに終わった。
「魔法も駄目なのか」
物理も魔法も通さないなら、時間切れを待つしかないか。
いよいよ耐久戦が正攻法か。
それならいっそ、俺がスピードで片付けちまうか。
「波裏」
振り下ろされた剣を軽く躱すと、入れ替わるように早坂が前に出る。
墨流によって波が描かれ、黒い水に騎士たちを飲み込む。
魔法障壁に沮まれても勢いで押し流せば時間は稼げるか。
「あ、やった。何体か倒したよ」
「マジか」
早坂の魔法が通ったようで、魔法障壁を突破して何体かの騎士が大破していた。
「水の属性なら通るのか」
魔法陣を火から水へと書き換え、ディスクから飛沫が上がる。
回転を加えて近くの騎士に投げつけた。
しかし、これもまた弾かれてしまう。
「なっ!? なんでこっちは駄目なんだ?」
同じ水の属性で攻撃したのに。
「あ、また倒せなくなった」
更に黒い水が騎士を押し流すが、今度は誰一人倒れない。
「なんなんだ? どうして急に効かなくなった?」
早坂のお陰で、騎士の魔法障壁に通る属性があることは知れた。
けれど、急に効かなくなったということは弱点が変わったのか?
別の属性に?
試しにディスクを追加で四枚作る。
それぞれの円盤に火、土、風、雷の魔法陣を刻み、回転を加えて放つ。
水を加えて計五属性の攻撃が騎士の魔法障壁を襲い、その内の一つ。
雷の円盤が魔法障壁を突破し、騎士の鎧を切り刻んだ。
「通った! ほかの属性なら通るぞ!」
「了解。そういう仕組みなんだ」
五枚のディスクを操り、早坂は火炎や雷の絵を描く。
対処法がわかれば後は消化試合だ。
あっという間に殲滅が完了し、足下に鎧の残骸が散らばった。
「ふぅ、お疲れ。早坂」
「うん、針双くんも」
ディスクのすべてを掻き消し、結界刀を鞘に納める。
「厄介だったな。魔法障壁。弱点が変わる条件はなんだ?、時間経過か、もしくは仲間が倒されると、か?」
「個別に弱点が設定されてるのかも」
「ありえるな。それだと一網打尽を防げるし」
特定の属性で広範囲に攻撃を繰り出されても、弱点が個別なら全滅はしない。
「物理も魔法も通さない代わりに一つだけ弱点が出来る魔法障壁か」
「このコアを加工して魔道具に出来ないのかな? 出来たら便利そうなのに」
足下のコアを拾いあげる。
「どうだろうな。出来るならとっくにやってると思うが。いや、出来るけどやらないのかも。コストとかの関係で」
「開発者さん次第かぁ」
拾いあげたコアを雑嚢鞄に押し込み、ほかも回収する。
「とにもかくにも対処法がわかったんだ、ガンガン倒していこう。コアと金目のもので荒稼ぎだ」
「なんだか強盗みたい」
「言ってて俺も思った」
まぁ、冒険者なんて人間以外から見たら強盗みたいなもんだしな。
自分たちが生きていくためだし、しようがないけど。
「開錠っと」
火のディスクで鍵を焼き切り、奥へと進む扉を開く。
ダンジョンを探索し、時折現れる騎士を薙ぎ倒してコアを奪い、飾られていた装飾品などを取っていく。
金貨、ネックレス、手鏡、髪飾り、指輪、宝石、ペンダント、イヤリング、などなど。
気分はまさに宮殿に押し入った強盗だった。
そんな複雑な気分になりながらも探索を続け、ダンジョンの最奥へと辿り着く。
そこには見上げるほど大きな扉が聳えていて、開くことでさえ一苦労しそうだった。
「ここが最後だ。また罠かもしれないし、気をつけていこう」
「うん、なにがあっても良いように備えてる。後ろは任せて」
「よし、じゃあ、開くぞ」
顔を見あわせ、大扉に手を掛けた。
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