ダンジョン
朝、窓から差し込む日差しをやけに眩しく感じながら起床する。
欠伸を一つしてベッドから折り、その足でリビングに降りると良い匂いがした。
「おはよう、針双くん」
「おはよ、早坂。なに作ってるんだ?」
「朝ご飯の目玉焼き。もうすぐ出来るから顔洗って来なよ」
「あぁ、ありがと」
脱衣所に向かい、蛇口の魔法陣に魔力を流す。
用事を済ませてリビングに戻ると、出来たての目玉焼きとレトルトの白米が用意されていた。
「さ、食べよ」
「至れり尽くせりだな」
手を合わせ、朝食をいただいた。
§
「いい朝だ」
結界住宅から出て、朝の澄んだような空気に触れる。
天気もよく、日差しは寝起きに感じたほど強くない。
気温も過ごしやすくて走りやすい環境が整っていた。
家の隣にある結界の棺桶は見なかったことにして、忘れ物がないか確認する。
「うん、大丈夫。いつでも出発できるよ」
「ダンジョンはすぐそこだ。一気に行こう」
結界を解除し、消えて行く結界住宅を後にする。
キャンプ場を抜けて元の山道へ。
すり切れたアスファルトの上を駆け抜け、山を下るとすぐに目的地が見えて来た。
何度も目にした白亜の遺跡、街にあるものよりも植物や苔の侵食が顕著に見える。
遺跡の出入り口にまで到達すると、そこで一旦足を止めた。
「いよいよだね」
「いよいよだ。幸い俺たちが一番乗りみたいだな」
足下には燃え尽きた発煙筒が何本か、土に刺さったままになっている。
状態から見るに何日も前のもので、再構築後には誰も来ていない。
しゃがみ込んで燃え尽きたそれを引き抜くと、早坂が新品の発煙筒を着火させる。
「はい」
「ん」
赤い煙を吹き始めた発煙筒を、地面に差し込んで固定。
これでまともな冒険者はこの先には進まない。
「よし、準備オッケー。煙で咽せないうちにダンジョンに入ろう」
すこしずつ勢いを増す発煙筒の煙から逃れるように遺跡へと入る。
内部にはこれまた街と同じようなゲートが鎮座していた。
「さて、なにが待っているやら」
再構築後のダンジョンは、それ以前とは微妙に異なっている。
地形が変わっていたり、魔物が変わっていたり、資源が変わっていたり。
一応、事前にこのダンジョンについて調べて来たが、それがどれだけ役に立つかは入ってみないとわからない。
「楽しみ」
ゲートを潜り、ダンジョンへ。
いの一番に視界に飛びこんできたのは、数多の蝋燭に灯る火。
シャンデリア。
「こいつは……」
「凄いね……」
奥行きのある通路に出て、その豪華絢爛さに目を奪われる。
左右の端には一定間隔で彫像の燭台が並び、壁や天井には細かな装飾が施され、床は自分の顔が映りそうなほど綺麗に磨かれていた。
シャンデリアに灯る火の揺らめきで、燭台の影が微かに踊っている。
あまりの光景に圧倒されてしまった。
「城……教会……いや、宮殿か?」
「綺麗……別の国に来たみたい」
お上りさんのように、恥ずかしげもなくキョロキョロとしてしまう。
こんな立派で荘厳な作りの建築物の中では、後ろのゲートが浮いてしまっていた。
「あぁ、駄目だ駄目だ。眺めてたら日が暮れるぞ」
「そ、そうだね。行こう、行こう」
ようやく足を動かし、スタート地点から移動する。
歩いているだけで、どこか背筋をぴんと伸ばしたくなる荘厳な世界。
事前情報では屋敷だったはずだけど、再構築で変更されたようだ。
歩くたびになる足音の反響を耳にしながら奥へと進んでいく。
「この燭台だけでも相当な額になりそうだよな」
足を止めて、燭台を観察する。
美しい造形に工夫を凝らされた意匠。
博物館で専用のケースに入れられていそうでもある。
「芸術品ではあるから高く売れそうだね。持って帰れないけど」
「それだけが残念ポイントだな」
流石に大きくて重いこれを持って帰る気にはならない。
早々に諦めて視線を通路の奥へと向けた、その時。
「ん?」
「どうかした?」
「いや、なにか聞こえなかったか?」
奥の方から音がした気がする。
「どんな音?」
「カシャンカンシャンって音。なにか硬い物が擦れるような……あれは……」
防壁を越えて街の外へ出る、その前に似た音を聞いていた。
カシャン、カシャン。
これは重装備の鎧が動いたときに鳴る音だ。
その答えに行き着いた時、見計らったかのようなタイミングで音の主が現れる。
通路の奥から姿を見せたのは、一人の西洋騎士。
細身の鎧を身に纏う騎士が一歩踏み出すたびに、カシャンと音が鳴る。
「人……じゃないよね」
「あぁ、動きが機械的だし、たぶんゴーレムだ」
魔導人形。これは事前情報にあった。
心臓となるコアを持ち、それに刻まれた命令に従って動いている。
この場合、あの騎士に与えられた役割は巡回と、もう一つ。
「来る」
こちらを視認した騎士が腰の鞘から剣を抜き、こちらへと駆ける。
もう一つは侵入者の排除だ。
「私に任せて」
こちらに迫る騎士に対して、早坂が迎え撃つ。
攪乱のためあえて複数回に分けて転移を繰り返し、騎士の攻撃を誘う。
所詮はゴーレム。フェイントに引っかかって剣を振るい、早坂は騎士の背後を取った。
決まったと思った、その直後。
「ッ!?」
早坂が振り下ろした一刀が、青い結界のような物に沮まれた。
「魔法障壁ッ」
騎士の反撃が薙ぎ払われ、早坂はあえなく転移し、俺の隣りに戻ってくる。
「びっくりした」
「まさかそんな物を張ってくるとはな」
魔法障壁は文字通り、魔法によって張られた障壁のことを指す。
俺の結界も広義の上では魔法障壁だ。
魔法障壁の種類は数多くあり、それぞれによって破る方法が違う。
それくらい厄介なものを、ゴーレムが使ってくるとは思わなかった。
事前情報にもなかったことだ。
「どうしよう?」
「魔法障壁の種類を特定して破るのは手間だな。こういう時は――」
両足に力を込めて駆けだし、魔法で加速する。
床を蹴るごとに加速し、瞬く間に騎士の懐へ。
相手は当然のようにこちらの攻撃を防ぐべく、魔法障壁を発動する。
青い障壁が足下から這い上がるように展開され、騎士の周りを包み込む。
それが完成してしまえばどんな物理攻撃も弾かれてしまうだろう。
だから、要するに、完成しきる前に攻撃を差し込んでしまえばいい。
加速に加速を重ねた俺の剣撃が、魔法障壁の展開速度を上回る。
完成しきる前に一閃を描いて振り抜き、騎士の胴を断つ。
足でブレーキを掛けて振り返ると、騎士が力なく崩れ落ちるのが見えた。
「この手に限る」
「おぉー」
両断した騎士の向こう側で早坂が拍手を送っている。
それですこし気分がよくなりつつ、騎士の残骸に近づいた。
「流石はスピードスターだね」
「まぁな」
スピードスターの面目躍如だ。
「ゴーレムは魔石にならないけど、代わりにコアが金になる」
胴鎧に手を突っ込み、心臓の位置にあるコアを引っ張り出す。
血管のように伸びた配線を引き千切り、取り出したコアは瞳のようなデザインをしていた。
ビームでも飛んできそうだ。
ちなみに黒猫魔道具店のゴーレムたちのコアも、こういう形で調達されている。
姿形、機能は違えど、みんな親戚みたいなものだ。
「しかし、これが何体もいるなら骨が折れるな」
「一体ずつ相手するなら大丈夫だけど、複数体一気になるとキツいね」
「あぁ、やっぱり魔法障壁を正攻法で破る方法を見付けないとだな」
新しい課題を抱えつつ、騎士の残骸を置いてその場を後にする。
まずは魔法障壁の種類を特定しないと。
いっそのこと、すべての騎士を無視する手もあるな。
どうせ俺たちには追い付けない。
その辺のところをよく早坂と相談しないとな。
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