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結界住宅


 酷く錆び付いて微かにしか元の記号や文字が見えない案内板。

 その矢印を頼りに足を進め、崩れ果てた料金所を通り過ぎると、広く空けた空間に出る。

 地面は比較的平らで背の低い植物に覆われ、所々に若い木が生えていた。


「見晴らしもいいし、問題なさそうだね」

「あぁ、じゃあ日が落ちないうちに家を建てるか」


 出入り口から近い位置に住居を構えることにし、結界バリアクラフトを発動する。

 目の前に幾つもの結界を展開し、それぞれが形を変えて、頭の中に描いた設計図通りに組み上がっていく。

 3Dプリンターの早送りを見ているように、それは完成する。


「出来た」

「おおー」


 あとは結界に色を付ければ、普通の一軒家と見分けが付かなくなった。


「お邪魔しまーす」


 作り上げた仮拠点、結界住宅は当然ながらすべて結界で作られている。

 ふかふかのソファーやベッドは柔軟性をもたせることで再現し、食器類や調理器具も完備、家具も思い通りに作ったり消したりすることができる。

 一夜限りの仮拠点にしては出来すぎなくらいの空間だ。


「わぁ、本物とほとんど変わらない」

「本物を参考にしてるからな。もちろんトイレと風呂場は別にしてある」


 大事なことだ。


「お風呂。そっか、シャワーも浴びれるんだ。やった」

「やったって、風呂に入る気か? この状況で」

「え、駄目?」

「駄目じゃないけど、ほら」


 小首を傾げている。

 本当にわからないのか?


「俺が変な気起こしたらどうするんだ、って話だよ」

「あぁー」


 言わんとしていることが、ようやく伝わった。

 男子生徒から滅茶苦茶人気があって、数え切れないほど告白されているらしいのに、こういう所に察しがつかないものなんだな。

 まぁ、噂によれば普段はがっちり女友達にガードされているらしいから、案外、こういうことには察しが悪いのかも知れなかった。

 それにしたって無防備が過ぎるけど。


「覗くの?」

「いや」

「じゃあ、大丈夫だね。お風呂行ってきまーす」

「おいおい、マジかよ」

「いざとなったらこうするから大丈夫」


 そう言って早坂は墨流ドローイングで見えない硝子を塗るように空間を塗り潰し、自分を覆い隠す。


「ね?」


 塗り潰した範囲から顔がひょっこり出てきた。


「わかった、浴びてこいよ。その間に飯の支度しとくから」

「至れり尽くせりだね。じゃ、一番風呂お先―」


 塗り潰した範囲を消して、早坂は脱衣所へと消えていく。


「俺が紳士で助かったな、早坂」


 これが筆崎だったなら、何が何でも覗きに走っただろう。

 そんな若干筆崎に失礼なことを考えつつ、飯の支度に取りかかる。

 と言っても湯を沸かすだけで終わりだけれど。


「さて、キッチンの出番だな」


 結界製の住宅で当然ながら電気ガス水道の類いは引いていない。

 文明の利器など何一つ使えない環境だけれど、今の時代には便利な魔法が、いや魔法陣がある。

 魔法陣は定められたデザインを正確になぞることさえ出来れば、誰にでも扱えるもの。

 汎用魔法の基礎が出来るはるか昔に開発され、今もなお現役な冒険者の必需品だ。

 ちなみに魔法陣設計士なる資格がある。


「えーっと、水はこれくらいでいいか」


 魔法陣の良いところは初動分の魔力を注げば、あとは大気中の魔力を使ってくれること。

 水道の蛇口に描かれた魔法陣は結界を用いて作ったもので、それに触れれば魔力から変換された水が流れ出す仕組みになっている。

 風呂場のシャワーも同じ原理で、重ねた火の魔法陣で温度調節が可能だ。


「火に掛けてっと」


 水を注いだ結界の鍋を置き、コンロの魔法陣に魔力を流して火をおこす。

 火力を調節して沸騰するのを待ちつつ、雑嚢鞄から携帯食料を取り出した。


「風呂からまだ出てこないよな。じゃあ、時間が一番かかる奴でいいか」


 手持ちで一番時間が掛かるのは、ゆで時間が発生するパスタ。

 ミートソースを湯煎し、また湯を沸かしてパスタを茹でる。

 あえて時間を掛けているとちょうどパスタが茹で上がったタイミングで、脱衣所から早坂が出てきた。


「ふー、いいお湯だった。覗きに来なかったね」

「冗談言ってないで手伝ってくれ」

「はーい」


 結界のザルでパスタの湯切りをして結界の皿に移し、湯煎したミートソースを掛けてテーブルに持っていく。


「いただきます」


 結界のフォークを持って早速いただいた。


「うん、パスタだな」

「うん、ミートソースのパスタ」


 それ以上でもそれ以下でもなく、代わり映えのない普通のミートソースパスタだった。


「なんだか、こうしてると普通に針双くんと食事してるみたい」

「この環境だとな。家にいるのと変わらないし」

「遠征って言うより、針双くんの家にお邪魔してるって感じがする」

「そりゃ、俺が建てた家だし。そう言えば誰も上げたことないな、自分の家に」

「そうなの? じゃあ私が一番乗りってことかぁ」

「そんなことで一番になってどうする」


 とても街の外にいると思えない、平和な時間が過ぎる。

 パスタも食べ終わり、腹が満ちた。


「あ、私が片付けやっとくよ。って言っても運ぶだけだけど」

「皿とか消すだけでいいからな。まぁ、それじゃあ頼んだ。俺も風呂に入る。覗くなよ」

「保証はできないかな」

「なんで覗く気満々なんだよ」

「ふふ、冗談」


 そんなやり取りをしつつ脱衣所へ。

 重ねた水と火の魔法陣に魔力を流し、熱いシャワーを浴びる。

 シャンプーやボディーソープはないが、汗を流せるだけありがたい。

 ひょっとしたら早坂は持っているかも知れないが、流石に貸してくれとは言えなかった。


「ふー」


 風呂から上がり、脱衣所の魔法陣に魔力を流す。

 それは風と火の魔法陣を重ねたもので、勢いよく温風が吹く。

 これですぐに体を乾かし、雑嚢鞄から取り出した予備の戦闘服に袖を通した。

 脱衣所から出ると、一羽の黒い小鳥がリビングを飛んでいるのが目に入る。


「あ、出た?」


 小鳥は早坂の肩に止まり、ほかの墨の小鳥たちと合流した。


「さっぱりした。それは?」

「今晩の見張り役。結界になにかあると針双くんにアラートが行くけど、念のため」

「そうか、よろしく頼むよ。みんな」


 声を掛けると一斉に配置につく。

 これで安心だ。


「明日も早い。もう寝よう。寝室は二階だ、ちゃんと二部屋あるし鍵もついてる」

「私が鍵をする意味あるの?」

「ない。だから、寝室にも小鳥はおいておけ」

「そんな気、ない癖に」

「そのほうが安心するだろ?」


 二階へと上がり、寝室のノブに手を掛ける。


「おやすみ、針双くん」

「おやすみ、早坂」


 扉を開いて寝室に入り、ベッドにダイブする。

 柔らかくて感触も布団そのままのベッドに受け止められ、すこし跳ねた。


「おやすみ、か」


 まさかこの台詞を早坂に言う日がくるとはな。

 少し前まで、顔も知らなかったし、話す機会なんて一生ないと、そんな風に思っていたのに。

 人生なにが起こるかわからないことだらけだ。


§


 真夜中のことである。

 地震かと思うような大きな揺れを感じてベッドから飛び降りた。

 急いで寝室を出ると、同時に隣りの部屋から早坂が出てくる。

 墨の小鳥が警鐘を鳴らすように、ピーピーと鳴いていた。


「地震、かな?」

「どうだろうな、そんな感じじゃなかったけど――」


 また、大きく揺れる。


「わ」


 それで体勢を崩した早坂を抱き留める。


「平気か?」

「う、うん」

「なら、よかった。たぶん、外で魔物が小突いてるな」


 早坂の体勢が戻ったところで、結界住宅の色を抜く。

 瞬く間に透明になり、視界に映り込んだのは夜空と暗い木々、そして家に齧り付く大型の魔物だった。


「映画見てるみたい」

「暢気だなぁ。大迫力ではあるけど」


 4D映画も真っ青だ。

 屋根に齧り付いていた大型の魔物は、子供のころに図鑑でみた恐竜に似ていた。

 鋭い牙で食らい付き、鋭い爪で固定していし、何度も尻尾で地面を叩いている。


「あの様子だと直ぐに食い破られはしないな」


 牙が貫通しているが、噛み砕くのには苦労している様子。


「討って出る?」

「いや。この家は結界なんだ」


 結界バリアクラフトで結界住宅の形状を操作する。


「こうすればいい」


 噛み付いている屋根をいじり、剣山の如く針を生やす。

 鋭く尖った無数の針が勢いよく突き出て、大型の魔物を突き殺した。


「針千本ってな」


 全身から棘を生やすことになった大型の魔物。

 屋根の形状を元に戻すと、死体は音を立てて横たわる。

 これで静かになった。


「おー」


 早坂は軽く拍手をしていた。

 映画のエンドロールかな。


「ダンジョンじゃないから死体は魔石にならないね」

「血でほかの魔物が寄ってこないように囲っておくか」


 死体を結界で囲い、黒く塗り潰しておく。

 棺桶の完成だ。こいつの処理は自然に任せればいい。

 俺たちが去った後、死体は土に帰るなり、ほかの魔物の餌になるなりするはずだ。


「ふぁ、これで眠れる」

「お疲れ様、アンドおやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 本日だか、日付を跨いでいるのかわからないが、とにかく二度目のおやすみを言って互いに寝室へと戻る。

 二回目ともなると違和感はそんなに感じなかった。

 存外、慣れるものだ。おやすみ、も。

 非日常が段々と日常になっていく、そんな気がした。

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