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遠征日


 ダンジョンは一定の周期で内部が作り変わる性質を有している。

 蛹が蝶になる過程のように、一度壊されて新たに再構築される。

 街にあるダンジョンの資源が枯渇しないのはそのためだ。

 この再構築はすべてのダンジョンで同時に行われ、すでに始まっている。

 ちょうど遠征が決まった数日後に始まり、終わるのはちょうど遠征当日。

 新しい周期の始まりには多くの冒険者が街を出て我先にとダンジョンへと向かう。

 フィクションによくあるタイムセール品の争奪戦のようなものが、冒険者同士で繰り広げられるのだ。

 今回は俺たちもそれに参戦することになる。


「行動の早い冒険者はすでに街を出てるらしい」

「再構築が終わるのを見計らって行動してるってことだね。なるほど」

「学生の俺たちには出来ない方法だな」


 ギルドの居間でテーブルに地図を広げ、二人で向かい合う。


「先を越されるのはしようがない。近場はほぼ全滅したって考えるのが妥当だ」

「じゃあ遠くのダンジョンにしよっか。街を出て三日か四日かかるくらい遠くの」

「だな。俺たちなら時間もそんなに掛からないし。なら……そうだな」


 地図の中心には俺たちが住む街があり、その周囲にいくつものダンジョンが記されている。

 ほかにも地形の詳細が描かれていて、平原、山脈、荒れ地、沼地、海、森林などなど色々とあった。


「この辺りなんてどうだ?」


 山を一つ越えた先にあるダンジョンだ。


「山を一つ挟めば、目指す冒険者はぐっと減る。その分、道のりが面倒になるけど」

「うん、いいかも。ここが駄目でも近くにまだ幾つかあるし、最適」

「よし、決まりだな。ルートを決めないと」

「もし全部先を越されてたらどうする?」

「その時は更に遠くのダンジョンを目指すしかない。出来れば御免だけど」

「私も」


 最悪の事態を想定しつつ、机上の地図を指先でなぞりながらルートを構築する。

 障害物となる地形や、徒歩に向かない悪路を避け、歩き易さに重点を置く。

 急がば回れ。

 まぁ、この場合、回る必要があるのは俺だけだけど。

 どれだけ悪路だろうと、早坂は転移してしまえばいい。

 俺の都合で遠回りに付き合わせることを若干申し訳なく思いつつ、大雑把にルートを決めた。

 あまり詳細を詰めすぎても、現地にいかなくてはわからないこともあるだろう。

 地上で決めるルートは大雑把なくらいがちょうどいい。


「そう言えば、瞳子さんは? 今日、見てない」

「あぁ、酒が切れたとかで行き付けの酒屋にいる。そんなに遠くないはずだけど、こりゃ店主と一杯引っかけてるな」


 よくあることだ。


「本当にお酒好きだよね、瞳子さん。私、二十歳になったら飲もうって誘われてるよ」

「俺もだよ。成人したくねぇって思ったのはあの時がはじめてだ」

「ふふ。私、実は楽しみなんだけどな」

「そのうちそんなこと言ってられなくなるぞ。酷い時は本当に酷いからな」

「どんな風に?」

「片付けが大変になる」

「あぁ……」


 察しが付いたみたいだ。


「でも、それでもちょっと楽しみだな。昔話が聞けるかもだし」

「肝が据わってるなぁ」


 二十歳になっても酒はほどほどにしようと、そう思わせる程度には酷い。

 酔ってあんな風になるのなら、酒の味は知らないままでいいとすら思ったことがある。

 それくらいマスターは飲んだくれだ。

 酔って暴れたりしないだけマシではあるけれど。


「楽しみと言えば、明日は何時集合にする?」

「出来るだけ早いほうがいいから早朝だな。城門前に六時くらいか」

「わかった。夜更かし厳禁だね。ちゃんと目覚ましセットしとかないと」

「あぁ。明日に備えて今日はもうお開きだ」


 マスターの帰りを待たず、置き手紙だけを残してギルドを後にする。

 早坂とは早々に別れて帰路を歩き、軽く夜空を仰ぐ。


「遠征か」


 いよいよ冒険者らしくなってきた。

 明日のことを考えると、自然と笑みが浮かんでくる。

 緩んだ表情を引き締めつつ、また歩き出した。


§


 時刻は午前六時五分。

 待ち合わせ場所の城門前で壁に寄りかかっていると、慌てた様子の早坂が転移してきた。


「お待たせっ」


 周囲を何度か見渡して俺を見付けると小走りに駆け寄ってくる。


「ごめん! 寝坊しちゃった」


 かなり焦っていたのか、寝癖がすこし残っている。

 いつも身嗜みだしなみがきちっとしている――と前々から噂の早坂にしては珍しい姿だった。


「楽しみ過ぎて寝付けなかったとか?」

「うん、そう。なんでわかったの?」

「俺もそうだったからだよ。目覚ましを二回セットしてたのが勝因かな」

「ぐぬぬ、私も次からそうしよう」


 また早坂の負けず嫌いが発動しそうだった。

 この様子だと次の遠征の時は先に来て待っていそうだ。


「出発前に荷物の確認だ。必要な物は全部揃ってるか?」

「うん。焦ってたけど、昨日のうちに纏めておいたから大丈夫……な、はず」


 尻切れ蜻蛉のように勢いがなくなり、早坂の手が雑嚢鞄に伸びる。

 俺も家を出る前に確認をしたが、もう一度数を数えておくことにした。

 互いに自分の雑嚢鞄と睨めっこをし、忘れ物はないと確かな自信を持つ。


「確認完了。忘れ物なし。行こう」

「あぁ、けどその前に」


 結界バリアクラフトで手鏡を作り、早坂に投げる。


「寝癖を直してからな」

「あ」


 早坂はすこし恥ずかしそうに手櫛で寝癖を直した。


「はい、確認しました」


 第一防壁は街の中でも重要な場所であるが故に、そこに立つ番兵もそれなりの装備をしている。

 ガチガチに着込んだフルアーマーは動くたびにカチャカチャと音が鳴るほどの重装備。

 そんな厳つい大男に許可証を見せると、あっさりと城門の通過を許される。

 防壁の厚みの分だけある通路には、無骨なデザインの戦闘用ゴーレムがずらりと並んでいた。

 有事の際はこれが一斉に起動して戦うらしい。

 そんなことはない方がいいのだけれど、一度は見て見たいと思ってしまう。


「わ」


 街の敷居を越えて、産まれてはじめて防壁の外に出る。

 はじめて踏む土、はじめて感じる風、はじめて浴びる日差し。

 どれも経験があるはずの感触が、今はとても新鮮に思えた。


「建物の残骸がたくさん」

「旧世界の遺物って奴だな」


 目の前に広がる平原には、いくつもの残骸が点在している。

 白亜の遺跡にあったようなビルの跡、横転したガソリンで動く自動車、溶けて折れ曲がった鉄骨の群れ。そのどれもが錆び付いていて、植物の侵食を受けていた。

 中にはすり切れて元が何だったのかわからない塊もある。


「昔はどんな風景だったんだろうね」

「写真でしか見たことないからなぁ。街をそのままデカくしたような風景しか思い浮かばん。壁がない街の地平線なんて想像できるか?」

「んー、ちょっと難しいかも。でも、興味が出てきたから調べてみようかな」


 調べるなら街の図書館か学園の図書室になるけれど、あそこの雰囲気はどうも苦手だ。

 騒がしくしてはいけないという当然のルールを過度に守りたくなる。

 音を立てないように慎重にならざるを得ず、逆に集中できない。

 楽をしようと魔法を使って超高速で本を読破しても、それらの記憶はすべて短期記憶になるからすぐに忘れてしまう。

 本を読むならゆっくりとくつろげる空間がいい。


「準備はオッケー?」

「オッケー。決めたルート通りに行こう」


 当初の予定通りに最初の一歩を踏み出す。

 魔法で加速した俺の歩幅に、早坂が転移で合わせてくる。

 遠慮せずに走れるのは、改めて感じるけれど、ありがたい。

 建物の残骸を躱し、牙を向いた魔物を置き去りにし、曲がりくねったルート上を駆ける。


「ふぅ、ちょっと休憩」


 魔力と体力の兼ね合いもあって、こまめに休憩を取るのも大事だ。

 地図上にあった休憩が出来そうな場所まで進み、そこに少しの間腰を据える。


「この調子だと日が暮れる前に山を越えられるか越えられないかくらいかな」

「山を越えたら直ぐダンジョンだし、どこを仮拠点にするかは状況によるな」


 俺たちの速度なら、無理をすれば日が暮れる前にダンジョンにたどり着ける。

 ただダンジョンに挑むなら万全を期したい。

 全力疾走直後のへろへろの状態のままのダンジョン攻略は流石に避けたいところだ。


「お」


 水分補給をし、汗をぬぐい、固形食糧を囓っていると、森の奥から赤い煙が上がるのが見えた。

 雑嚢鞄から地図を出して開いてみると、やはりダンジョンがある方角だ。


「私たちのほかにも冒険者が動いてるんだね、当たり前だけど」

「ああ言うのを見ると実感するよな。俺たちも負けてられないって気分になる」

「私も。ね、もう行ける?」

「あぁ、行こう」


 地図を畳んで雑嚢鞄に戻し、休憩を終えてまた走り出す。

 山に近づくに連れて人工物の残骸は数を減らし、人の痕跡が失せていく。

 元々この日本の七割は山地だったらしい。

 だが魔物の出現と共に起こった天変地異によって、その比率は大きく変わることになる。

 大地が引き延ばさせ、しわ寄せのように山脈ができた。

 その山は誕生の経緯上、必ず人工物の残骸が含まれている。

 俺たちがいま目指している山にはそれがなく、恐らくは昔から地球にあったもの。

 かつては何という名前で呼ばれていたんだろう?

 そんなことを考えていると山の麓にまで到達する。

 まだ旧時代の道路が原形を保っているようで、ラインも薄く残っていた。


「走りやすくていいな」


 舗装された道路の上をありがたく駆け、山越えにかかる。

 その頃にはすでに日が傾き、空が茜色に染まりつつあった。

 山の上で一夜明かすか、そのまま越えてしまうか。

 俺たちはまだ決めかねていた。


「おっと」


 そんな折り、進む先の道路が割れているのに気がつく。

 減速して近づいてみると、道幅の半ばほどから砕けて崩れ落ちていた。

 ガードレールも引き千切られたかのように曲がり、途中で切れている。


「派手に壊れてるな。通れるだけありがたいけど」


 割れた箇所から下を覗いたりしつつ、まだ残っている道を通って向こう側へ。

 安全な道に出て再び駆けようと両足に力を込めたところで、戦闘服を引っ張られる。


「どうした?」

「あれ、なにかな?」

「あれ?」


 指差された先にあったのは、なにかの看板だった。

 近づいて良く見てみると、錆や土汚れで見え辛かった文字が読めるようになる。


「この……先、あー……なんとかキャンプ場」

「キャンプ場なら一夜明かせるかも」

「そうだな。これ以上ないってくらい打って付けの場所だ」


 ここに仮拠点を建てて、しっかりと休息を取ろう。

 疲れを癒やせれば、明日のダンジョン攻略も上手くいくはず。

 俺たちは爪先を看板が指す矢印のほうへと向けて歩き出した。

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