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魔道具店


「やっぱりさぁ、早坂しかいないわけなんだよ」


 昨日休んでいた筆崎は、いつもと変わりない様子で登校してきた。

 いつもの調子で聞いてもいない情報を俺に伝えてくれている。

 今日の話題もやはりというべきか、早坂だった。


「あの美貌! あの成績! あの性格! やっぱり早坂なんだよなぁ!」

「つい最近、後輩に告った奴とは思えない台詞だな」

「昨日一日考えて出した結論だ」

「もっとマシなことに時間を使え」


 こいつに早坂が俺の後輩になったことを伝えたらどんな反応をするんだろう。

 そんな下らないことを考えつつ筆崎からの情報を適当に聞き流していると、ふと廊下側の窓に早坂が映り込む。

 友達と談笑していた早坂が気まぐれにちらりとこちらを見て、目と目が合う。


「あ、おい見たか!? 今俺のほうを見て微笑んだぞ!」

「そうか? 気のせいだろ」

「いいや、気のせいじゃないね。絶対、俺のこと見てた! 脈ありかも!」

「だといいな」


 はしゃいでいる筆崎を余所に、先ほどの記憶を遡ってみる。

 微笑んでいた、か? たぶん、目が合った拍子に昨日のことを思い出して笑っただけだ。

 しかし、ちょっと口角が上がっただけでこれだ。

 世の男子生徒はこうやって勘違いをしていくのだろう。

 罪な女だ、早坂は。


§


「あ」

「あ」


 放課後になってギルドに向かっていると、早坂とばったり出くわした。

 一度家に帰ったようで、服装が学生服から戦闘服に変わっている。

 かくいう俺もそうだけど。

 周囲に生徒もいないようで、その場の流れで歩幅を合わせることになった。


「空き教室に来なかったね、昼休み」

「ん? あぁ、友達と食ってて――待ってたのか?」


 なんか約束してたっけ?


「ううん、べつに。昨日は先を越されたから早めに行ったってだけ」

「あぁー、なるほど」


 ここでも負けず嫌いが発動していた。

 取るに足らないような会話を続けているとギルドに到着した。

 アルコールの臭いを覚悟して扉を開くと、しかし珍しく酒の匂いが少ししかしなかった。

 不思議に思いつつも奥へと進むと、いつも通り大酒を食らうマスターがいる。

 どうやら飲み始めたばかりのようで、ボトルはまだ二本しか空いていなかった。

 それでも常人なら飲み過ぎな量だけれど、師匠にとっては序の口だ。


「やあ、二人ともお揃いで」


 まだすこししか酔ってないからか、滑舌がしっかりしている。


「そこで会ってな。それよりどこか出かけてたのか?」


 この時間から飲み始めるのは、だいたい用事があった時だ。


「御名答ー。えーっとどこやったっけ? あぁ、ここだここ」


 足下に手を伸ばして引っ張り上げたのは封筒に入った書類。


「それは?」

「防壁の向こう側に行くための切符だよーん」

「――遠征の申請、通ったのか? あぁ、そうか早坂が入ったから」


 早坂のほうを思わず一瞥した。


「そう! ギルドの定員が二名になったことで、我々は街の外に出られるようになったのであーる! これで遠征にいけるよ、やったね! ふははははは!」


 前言撤回。

 すでにかなり酔ってるな、この人。


「ってことだから、二人の都合の良い日に行っといで。未知のダンジョン探索は冒険者の花! もしかしたら超貴重なアーティファクトが手に入るかもよー」


 アーティファクトは時折ダンジョンで発見される遺物のことだ。

 魔法と機械のハイブリッドであり、再現不可の一点物。

 有用なものならば高値で取引され、中にはいくら金を積まれても売りに出す気にならない芸術性を秘めたものや、単純に便利なものまで様々な種類がある。

 運良くいいアーティファクトを見付けられれば一攫千金も夢じゃない。

 金のために冒険者をやっている訳ではないけれど、あって困るものでもない。


「街の外かぁ。行ったことないから楽しみ。針双くんは行ったことあるの?」

「いや、まだない。ほかの冒険者にくっついて行くことも出来たけど、どうしたって歩幅が合わないからな」


 スピードスターはそれほど多くない。


「その点、早坂とは合わせる必要がないから楽だ」

「私も転移した先で待たなくていいから楽だよ」

「二人目が早坂でよかったよ。じゃあ、歩幅じゃなくて予定を合わせるか」

「うん。って言っても私たちの予定ってほぼ共通してるけどね」


 ギルドに所属しているとはいえ、俺たちは魔法学園に通う学生だ。

 予定が合う日は必然的に休日や祝日で調整は比較的楽に終わった。

 準備や買い出しは後日にして、今日も今日とて街のダンジョンへと向かう。

 今は懐が非常に寒い。遠征に必要なものを揃えるためにも金を稼がないと。


§


「なぁ、知ってるか? 早坂ってギルドに所属してるらしいぜ」

「……ほーん」


 流石と言うべきか、恐ろしいというべきか。

 噂というのは流れるのがとてつもなく早い。

 普段は聞き流しているところだけれど、その噂が本当だと知っている身からすると、他人事のようには思えなかった。


「どこに所属してるんだろうなぁ。そこに俺が偶然入るだろ? で、早坂との特別な繋がりが出来る訳だよ。わかるか? それが恋愛への第一歩になるわけ。わかる?」

「妄想力の逞しさは伝わってくる」


 恋愛云々はさておき、筆崎の言っていることがほぼ俺の状況と合致しているのが怖い。

 こいつの固有魔法は人の考えを読み取れるようなものじゃなかったはずだけど。

 まさか俺と同じで実力を隠していたりするのだろうか?


「俺も早坂と同じギルドに入って特別な絆を築きてぇなぁ! そんでゆくゆくは、ぐへへへへへ!」


 いや、ないな。ないない。


§


 黒猫魔道具店は従業員としてゴーレムを用いている老舗魔道具店だ。

 店内にはゴーレムが多数配置され、見た目はどれも人間と寸分違わない。

 知らずに入ってしまえば、ゴーレムと気付くことは出来ないであろう完成度だ。

 そしてすべてのゴーレムは同じ格好をしている。

 店名にもなっている黒猫を現す猫耳と猫尻尾。

 そして魔女風のツバの広い中折れ帽子を背負い、ローブを身に纏っている。

 その見た目はどれも愛らしく、このゴーレムを目当てに通う客もいるのだとか。

 ちなみにゴーレムは非売品である。

 過去に何度も交渉した客がいたそうだが、そのどれもが不成立となっているらしい。


「お探しの物はこちらにございます! ごゆっくりとどうぞ!」


 丁寧な接客を受け、俺と早坂は特設コーナーの前に案内された。


「結構、色々な種類があるんだな」


 携帯食料、仮設テントにトイレ、寝袋、はんごう、メタルマッチ、ランタン、ロープ、十徳ナイフ、発煙筒、その他諸々。


「まぁ、大半はいらないんだけどな」

「万能だもんね、結界バリアクラフト


 大抵のことは結界バリアクラフトでどうにかなる。


「必要なのは食糧と発煙筒くらいか」

「あ、当店自慢のオリジナル携帯食料だって」


 早坂が指差した携帯食糧は、特別目立つように装飾がなされている。


「魔力を流すだけで食べられるレトルト食品か。日持ちもして良さそうだな」

「あ、現地で狩猟した魔物肉の味付けにぴったり、黒猫印の調味料。売れ筋商品だって」

「お菓子もあるな。何度も味が変わる飴玉か。買っとこ」


 魔法で浮いた買い物かごに気になる商品を次々に放り込む。

 今日までにダンジョンで稼いでおいたから金額は気にしなくていい。

 懐はまた温かくなった。


「発煙筒、長いのだと六時間も保つんだ」

「ダンジョンの攻略中に燃え尽きると意味ないからな」


 発煙筒の主な目的は、攻略中のダンジョンをほかの冒険者に伝えることにある。

 要するに、ここは俺たちが攻略しているから近づくな、という意思表示。

 無駄な争いを避けるためにも、ダンジョンの攻略前に発煙筒を立てておくのが冒険者のマナーだ。

 もっとも資源やアーティファクトを掠め取ろうとする冒険者もいて、その場合には逆効果になってしまう。

 まぁ、滅多にあることじゃないが。


「これとか、これもどう? 必要になるかも」

「んー、まぁ、そうだな。不測の事態に備えておくか。備えあれば憂いなしってな」


 追加でロープやナイフ、ライトを買い物かごに入れる。

 どれも魔法でどうとでもなるが、魔力切れなどで出番がくるかも知れない。

 結局、特設コーナーにあるほとんどの種類をかごに入れていた。


「流石にこんなもんだろ。買いすぎかも」

「うん。買い忘れはないと思う」

「あったとしても次の教訓になる。不必要なものも遠征に出ればわかるし、今回はこれでいいな」

「だね。じゃあ、お会計」


 そう言いつつ、早坂は俺の買い物かごを引き寄せる。


「ここは私が出すよ。この前ご馳走になったから、些細なお返し」

「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん。遠慮なくいっぱい甘えてね」


 そう言えば商品を選んでいる時、あれもこれもとよく薦められていた。

 あれは元から奢るつもりで言っていたのか。

 中々どうして粋なことをしてくれる。

 自然と口角がすこし上がり、早坂と一緒にレジへと向かった。

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