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勝負


 地面を蹴って加速し、真正面にいた魔物を斬り伏せる。

 結界を折り込んで作った刃は、本物の真剣よりもよく斬れる業物だ。

 頭の割れた魔物から鮮血が散る。

 文字通りのスタートダッシュを決め、その上空では転移した早坂が魔法を放つ。


「鳥獣戯画」


 花火が弾けるように墨が散り、無数の鳥獣が描き出される。

 墨の鳥が上空の魔物を襲い、その背中を足場に早坂は転移を繰り返す。

 そして地面に落ちた墨の獣が、地上の魔物まで襲いはじめる。


「そうは行くか」


 地上の魔物も狩って討伐数を稼ぐ算段なのだろう。

 それを黙って見ているほど、俺ものろまじゃない。

 墨の牙が喉元に突き刺さるその前に駆け、結界刀を振るって獲物を奪う。

 血飛沫が墨と混ざるのを横目に次の標的へ。


「一、二、三、四、五、六――」


 刀を振るうたびに血飛沫が舞う。

 赤い雫が地面に斑を描く頃には、すでに別の魔物を斬っている。

 次から次へと魔物を断ち、地上に残っている魔物はあと一体。

 跳ねて飛び掛かり、大口を開けたそこへ結界刀のきっさきを突っ込む。

 串刺しとなって最後の一体を絶命させた。


「十三――それから」


 得物を死体から引き抜いて地上を見上げると上空のほうは残り二羽。

 たった今、墨の刀に斬られて一羽になった。

 墨の鳥の背に片足をつけ、最後の一羽に視線を向ける。


「あ」


 早坂の視界に映ったのは、結界刀で貫かれた魔物の姿だ。

 一足早く、こちらが投げた刃が獲物を仕留めた。

 絶命して浮力を失った魔物は羽根を散らして地に落ちる。

 早坂もやったことだ、卑怯とは言うまい。


「今ので十四。そっちは?」

「……十三」


 隣りに転移した早坂がそう呟く。


「よっし、俺の勝ちだな。晩飯なににしようかな」


 ハンバーグ? ナポリタン? 焼き肉もいいな。

 いや、流石に焼き肉は高くつくか。

 そんな風にいくつか料理名を上げていると、早坂の頬が膨らんでいることに気付く。


「……負けてない」

「え?」

「飛んでる魔物のほうが難易度が高い。その分、加点されるべき」

「いつからポイント制になったんだ?」

「とにかく、私は負けてない」


 眉間に皺がより、訴えかけるような目で見てくる。


「んー……」


 すこし思考を巡らせてみる。


「まぁ、一理あるか」


 まったくの無理筋という訳でもない。

 実際、地上の魔物より空の魔物のほうが厄介だ。

 早坂はこれが初陣だし、それが負けで締め括られるのも、なんだか後味が悪い。

 前提にないルールだけれど、記念すべき日なことだし、ここは俺が折れて気持ちよく一日を終えてもらうとするか。


「わかったよ。じゃあ、計算し直して俺の負けってことにしといてやる」

「やった!」


 先ほどまでの表情から一転して明るい顔つきになる。


「私、焼き肉がいい」

「あ、お前」


 俺は遠慮しようとしてたのに。


「いいお肉いっぱい食べちゃお」


 ふふんと鼻歌を歌っている。


「まったく、この負けず嫌いめ」


 一度認めた負けを撤回するのも格好が悪い。

 ここは潔く財布の紐を緩めよう。


「針双くん」

「今度はなんだ?」

「ありがとね」

「……あぁ」


 とにもかくにも、早坂の初陣は有終の美を飾った。


「――あ、魔石になった」


 魔石化現象というものがある。

 魔物がダンジョンで死ぬと起こる事象で、死体がまるで泥団子を作るみたいに独りでに圧縮されて一つの石と化す。

 それが魔石と呼ばれるもので、石油の代替品として重宝されている。

 俺も早坂もそれぞれの討伐数に応じた魔石を回収し、ダンジョンを出て第二防壁の外にある換金所へ。

 計量器の上で雑嚢鞄をひっくり返し、すべての魔石を落とす。

 そうすれば自動で計量され、機械から金が出てくる仕組みだ。


「焼き肉食ったら消える額だな」


 まぁ、軽く魔物を倒しただけだし、こんなものか。

 ちなみに金額の三割ほどがギルドに行く仕様になっている。


「冒険者として金を稼いだ気分は?」


 早坂は機械から出てきた金をじっと見つめていた。


「なんか実感が湧かない」

「俺もそうだったよ。なにに使うか決めてるのか?」

「ううん、まだ。針双くんの時は何に使ったの?」


 俺の時か。


「忘れた」

「えー」

「ほら、そいつを早く財布に仕舞え。焼き肉いくぞ、焼き肉」

「あ、そうだった。焼き肉焼き肉」


 換金所を出たその足で焼き肉屋へと向かう。


「どこの焼き肉屋にする?」

「そうだな……」


 近場の焼き肉屋と言えば評判の店がある。

 高いけどその分、品質はたしかだとか。

 ほかにも安い焼き肉屋はあるけれど、この際だ。

 ケチなことは言わずに評判の店にしよう。


「あ、あそこに焼き肉屋さんあるよ」

「そっちじゃない、こっちこっち」

「あ、うん」


 ほかの焼き肉屋には目もくれず評判の店へ。


「ここ? ホントにいいの? 高いよ?」

「いーの。その代わり空きがなかったら別の場所な」

「空いてますよーに」


 早坂の願いが通じたのか、ちょうど席が空いたタイミングだったようで、待ち時間もなく個室へと通された。

 容姿端麗、才色兼備の上に強運の持ち主らしい。


「この特上がついてる奴全部で」


 早坂が雑にとんでもない注文を済ませ、程なくして高そうな肉や野菜が次から次へと運び込まれ、テーブルがいっぱいになる。

 一枚いくらだろう? そんな野暮なことは心の中で止めておいた。

 すぐに部屋の中は直ぐに肉が焼けた匂いで満たされ、時折落ちる油の音が響く空間になる。


「おいしいー」


 焼けた肉を頬張る早坂は幸せそうだった。

 それでこそ奢る甲斐がある。


「ねぇ、針双くん」

「うん?」


 片面が焼けた肉をひっくり返す。


「一つ聞きたいことがあるんだけど」

「うん」


 その隣りの肉もトングで掴み、返した。


「どうして実技の授業で手を抜いてるの?」


 その更に隣りの肉に触れ、手が止まった。


「それだけ早く走れるなら、もっといい成績が残せるのに」

「……俺には俺の事情があるんだよ」


 肉をひっくり返す。


「どんな事情?」

「個人的な事情。まぁ、大したことない理由だよ」


 本当に大したことない、ちっぽけな理由だ。


「ふーん」


 早坂は納得しているとは言いがたい、含みのある言い方をして、けれどそれ以上は聞いて来なかった。俺の反応を見て、深く踏み行ってはいけないと、そうなんとなく察したのだろう。

 早坂とまともに話をしたのは、今日が初めてだ。

 知り合いでもなかったし、顔見知りですらなかった。いや、早坂は俺のことを知っていたらしいから、色々とややこしいけれど。

 とにかく、そんな間柄で互いの深い所まで探りを入れるような真似をするほど、早坂も愚かではなかった。


「ほら、焼けたぞ」

「やった」


 焼けた肉を早坂の皿へと持っていく。

 魔物肉が市民権を得た現在、在来動物の肉はそれだけで価値が跳ね上がる。

 いい焼き加減でしっかり味わって食べないと勿体ない。

 くれぐれも焼きすぎに注意しつつ、俺たちは数々の肉に舌鼓を打った。


§


 店を出るとすでに日が暮れていた。

 見上げた空には無数の星があり、一つの月が俺たちを見下ろしている。

「はー、美味しかった」

 人目も憚らず、膨れた自分の腹を早坂は撫で回していた。

 膨れたとは行ってもほんの少しで、手で服を押さえつけないとわからないくらいではあるけれど。


「今日はごちそうさまでした」

「あぁ。満足したようで何より」


 財布の中身もすっからかんになったことだし、また明日から頑張らないと。


「そうだ。俺が走れるってこと」

「うん、内緒でしょ。わかってる」

「頼んだ」


 ほかにバレると色々と面倒だ。

 少なくとも卒業するまでは現状維持でいたい。

 それが一番波風を立てない、平和な学園生活を送る方法だ。


「針双くんはこの後どうするの? ギルドに寄る?」

「いや、特に用事もないし、このまま帰る」

「そっか。私はまだギルドに用事があるから、ここでバイバイだね」

「あぁ、じゃあ」

「うん。じゃあ、また明日」


 明日。また明日も、早坂はギルドにくる。

 今日一日だけのことじゃない。

 これからもずっと早坂は俺の後輩として居続ける。

 この非日常は、日常になる。

 そのことに実感が湧かなくて、すこしだけ言葉に詰まってしまった。


「……また明日」


 背を向けて帰路につく。

 いつもと同じ帰り道なのに、不思議と違うように感じる。

 とても妙な気分がした。

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