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忘れ物


 早坂琴音はやさかことねの情報は教室に座っているだけでも耳に入る。

 別にクラスが同じ訳でもないのに、プライベートが筒抜けだ。

 今朝どこそこにいた、とか。昼になにを食べていた、とか。放課後誰々と喋っていた、とか。

 芸能人のSNSをしきりにチェックしているディープなファンのおしゃべりに付き合っているかのように、聞いてもいないような情報が次々に耳に入ってくる。

 一度も話したこともないし、なんなら顔も知らない相手だけど、初対面じゃないみたいな、知らない芸能人の話をされているような、そんな感覚がするほどだ。


時雨しぐれ、聞いたか? 早坂、また連勝記録更新だってよ」

「ふーん」

「凄いよなぁ。戦闘実技無敗! 成績は常にトップ! おまけに美少女!」


 会ったこともない早坂に詳しいのは、ジャーナリスト気取りの筆崎ふでさきのせい。

 それでなくても生活音と同じくらいの頻度で情報は入ってくるけど。


「早坂を嫁に出来たら夢のような生活が待ってるんだろうなぁ。あ、後輩にも一人可愛い子がいるから、その子とも結婚できたら最高だな」

「夢のまた夢だな」

「わかんないだろ。告白すればワンチャンあるって。二人とも嫁にできるって」

「あるかよ、そんなもん。告白なんて単なる最終確認だ。お互いを好き合ってるってわかった上でする儀式みたいなもんだぞ」

「……やっぱりそうか?」

「そうだ。一夫一妻が原則だった昔ならまだしも今は無理だ。世のいい男が女を取り放題の時代だぞ? すぐにどっかのイケメンに掻っ攫われるに決まってる」

「ぐぅうぅううぅう……イケメンが憎いぃぃいい!」


 それもまた自然の摂理だ。


「憎かろうとイケメンには頑張ってもらわないと」


 魔法学園校舎、その五階にある教室の窓からは街の端が見える。

 地平線を高く押し上げ、空と接触しているように見える背の高い防壁。

 俺たちをぐるりと囲っているその壁のお陰で、こうして暢気に昼休みを謳歌できる。

 それでも人類の生活圏は狭く、人口は昔の半分以下か、それ以上に減った。

 人類を維持するためには子を産み、育てなければならない。

 多少の反対を押し切って進められた重婚の合法化は功を奏し、若干だが人口は回復に向かっている。

 親権問題とか離婚調停とか、いろいろと問題が出てきてはいるけれど。


「早坂と結婚できるようなイケメンで経済力のある男に産まれたかった」


 そう呟いた筆先だけど、たぶん本気じゃない。

 誰も早坂と付き合えるだなんて思っていないだろう。

 高嶺の花だ。俺はそもそも顔も知らないけど。

 恋をするだけ、恋慕を抱くだけ、無駄なことだ。

 そう、思っていた。


§


「時雨、ビッグニュースだぜ」


 昼休み、筆崎が携えて来たのは弁当箱ではなく、またしても情報だった。


「なんだ? ビッグニュースって」

水街みずまちが早坂に告白するってよ」

「へー、水街って奴を知らないけど」


 水街? そんな奴いたっけ?

 耳に入る人物情報の大部分を早坂に占められているから、ほかの誰かの情報が入っても憶えられない。

 でも、筆崎がビッグニュースというのだから、この魔法学園においては有名人か。


「なんでそんなこと知ってんだ?」

「噂だよ、噂。ちょっとトイレに寄ってたら聞こえてきたんだ」

「ちゃんと手洗ったか?」

「洗ったよ! 食いつくところそこかよ!」


 知らない人が知らない人に告白するかどうかより、俺の机に置かれた手が綺麗か汚いかのほうがよほど気になる情報だった。


「まったく。水街はなぁ、最近最高速が電車を越えてスピードスターになった奴だよ。あとイケメン野郎だ」

「イケメンかどうかはともかく、スピードスターに?」

「まぁ、流石に伝説にはほど遠いけどな。でも、まだまだ速くなるってさ。てか知っとけよ、お前もスピードスターになれるかも知れない固有魔法なんだし」

「あぁ、憶えとくよ」


 弁当箱の包みを開きつつ、みずまちがどんな男かと一瞬空想する。

 固有魔法の系統はなんだろう?走るのか、滑るのか、飛ぶのか。

 色々と思案して、弁当箱の蓋を開ける頃には空腹のほうが勝っていた。

 べつにどうでもいいか、そんな男子生徒の話。


「なぁ、早坂どうするかな? 受けるかな?」

「さぁな。その告白が最終確認なら成功するだろ。そうじゃないなら玉砕だな」

「告白から始まる恋もあるだろ?」

「かもな。でもその場合は一旦保留だろ」

「まずは友達からって奴か。それで相手を意識しはじめて恋になるって訳だ。やっぱ俺も告白しようかなぁ」

「お前から聞いただけでも早坂に何人告白してんだ? いちいち意識なんてしてたら切りがないし、靴履き替えてる間に忘れられるのがオチだろ」

「じゃあなにかインパクトのある告白をする!」

「ケツでも見せながら告白するか? そん時は呼んでくれ。録画するから」


 箸を手に取り手を合わせる。

 食前の挨拶を言い終わると、筆崎はようやく弁当箱がないことに気がつく。


「いっけね」


 慌てて自分の席に取りに行った。


§


「時雨、水街フラれたってよ!」

「ほーん」


 翌日の昼休み、筆崎は人の不幸を楽しげに告げた。

 展開が速いな。


「それがさ、なんて言ってフラれたと思う? ぷーくすくす!」

「性格悪いぞ、お前。なんて言われたんだ? 水街は」

「気持ちは嬉しいけど、貴方のことをあまり知らないから、だってさ!」


 別段面白くもなんともない断られ方だけれど、筆崎にとっては最高に愉快な回答だったらしい。

 人の不幸は蜜の味とは言うけれど、ここまで蜜が好きな奴もそうはいない。

 夜道で刺されたりするのって、たぶんこいうタイプの人間なんだろうと、そう思った。


「最終確認のつもりだったんか? 俺ならいけると思ったんか? 残念! 玉砕でしたぁああ! ざまぁ見ろ! イケメンがぁ!」

「イケメンに対する嫉妬エグいな」


 なにがそこまで筆崎を駆り立てるんだ。


「それでさ! それでさ!」

「まだあんのかよ」

「水街の奴、フラれたあとに早坂に試合を申し込んだんだよ」

「なんで?」

「俺が勝ったらデートしてほしいって」

「それ早坂のほうにメリットあんの?」

「負けたら潔く引き下がるって」

「まぁ、それならアリか」


 下手に断るとストーカーになったりする。

 自分の過失ならともかく、そんなことで夜道に気をつけなければならなくなるのは嫌だ。

 勝つ自信があるなら俺でも受ける。


「で、これがその時の動画」

「なんでそんなものを……」

「知らないのか? もう学園中に出回ってるぜ」


 動画が再生され、水街らしき男子生徒と、それに相対する女子生徒が映る。

 映像が荒くてはっきりとは確認できないけれど、試合が始まった途端に確信に変わった。


「これが早坂か」


 スピードスターに近いと言われるだけあって、水街の初動は速かった。

 速度関係の固有魔法による速攻。

 アイススケートのように地面を高速で滑ることで早坂を攪乱かくらん

 隙をつくように死角から攻め入り、速度を乗せた剣を振るった。

 けれど、その剣撃は届かない。

 早坂琴音の固有魔法はあっという間の小旅行(ファストトラベル)、空間転移だ。

 剣の軌道が決まった瞬間、すでに早坂は水街の背後に転移していた。

 一度振るった剣は途中では止められない。

 致命的な隙を晒した水街に一撃を見舞い、早坂が勝利を収める。

 そこで動画は終わっていた。


「これが学園中に? 水街、いま何してんの?」

「登校してないってさ」

「だろうな。俺もそうする」


 ご愁傷様。


「しっかし、一番可能性があったのも水街なんだよなぁ。一体誰となら付き合うんだろうなぁ。あ、やっぱり――」

「お前じゃない」


 机に弁当箱を出して包みを開いた。


§


「あ、箸忘れた」

「シャーペンで食えば?」

「嫌だよ。ちょっと行ってくる」

「行くってどこに?」

「ちょっとそこまで」


 席を立って教室を後にし、校舎玄関で靴に履き替える。

 そこから外に出ると強い日差しに目を細めた。

 周囲を見渡してみるも人の気配はなし。


「さて、と。取りに帰るか」


 地面を蹴って駆け出し、弾かれたように加速する。

 俺の固有魔法は明けの空の向こうへ(エスケープ)

 学園敷地内を出て道行く人々を追い越し、自転車を追い越し、自動車を追い越し、電車を追い越す。

 超高速で駆け抜けて自宅に戻り、マイ箸を持って即座に家を出る。

 来た道を引き返して校舎玄関へ。

 靴を履き替えると何食わぬ顔で教室へと戻り、席についた。


「その箸どうしたんだ?」

「ん? あぁ、えーっと……もらった」

「誰から!?」


 実は学園の誰よりも速く走れるが、ほかの誰にも言ってない。

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