侍女、潜む。
気配消しがうまいのか、目立たなさすぎるのか、下級侍女の私は王城生活を満喫しているが見たくないものにも遭遇してしまう。潜みつつもお気楽に働くわたくしの話。
私は今、恋を見ている。そしてイライラが絶好調だ。
私は王城で働く下級侍女、名前は言わない。下級なのは男爵家令嬢というギリギリ貴族に含まれているからだ。しかし領地もない、屋敷に召使の一人もいない貴族なんて裕福な商家よりも慎ましい生活を送っている。王城に勤められてよかったと勤務初日から感謝の念が絶えない。給金が発生する労働最高!休みがある、最高!!
だが、こんな木っ端侍女にも人知れず困難が立ち塞がるものだ。間違っても遭遇したくない高貴な方々にうっかり出くわしてしまうのだ。私だって全く見たくないわてめーらの恋愛修羅場なんぞ!侍女スキル(気配を消す)が常時作動してしまうのがいけないのか、私の地味加減がきゃつらの目に映らないのか知らんが非常に困ってしまう。
今日も上級侍女さんたちが王女殿下に侍っている間にちょっと茶でもしばきにいこうかと近道の庭を通過していたら、これです。エーマジで、何しちゃってんの愚かども貴族令息ぅ。
なに数人の男子で明らかに身分の高そうな令嬢囲んでんのヤバいんですけど。私のご近所噂を根こそぎ拾う地獄耳が火を噴いちゃうんですけど。
うっそ令嬢まさかのシルバークロック公爵様のご息女様で、囲んでいる奴らが絡んでいるのかと思いきや恋の下僕ですか?ご令嬢第一王子殿下の婚約者ですよね次期王太子妃になるんですよね何してくれてんの。落ち着け私、と息をひそめつつ彼らの死角となる植込みに屈みこむ。腕は衰えてないわね。
ふむふむ、ご令嬢王子殿下が最近自分に対する接し方がおかしいと感じていると。てめーら(貴族子息ども)が見ていることを吐けと仰せですね。…なるほど、王子殿下王立学園で現在下級貴族のご令嬢に粉かけてると。ははー、王太子妃のために教育を受けるために何かにつけ王城に呼び出されているご令嬢には確認する機会がなかったと。重圧に耐えているのに王子殿下はちょっと浮かれていらっしゃるとなると内心穏やかでいられないですよねぇ。ご令嬢はひどく落ち込んでいるようで美しい金色の縦ロールが下向きである。ご令息たちはちょっかい出してる令嬢は王子の興味をひいているだけであなた様を大事に思ってないはずがないと言葉を尽くしてお慰めしている。ふむ、縦ロール様は少し王太子教育がきついのかもしれんなぁ。少し目を上げれば美しく整えられた庭園の花々は今を盛りと咲き誇って甘い香りを放っている。風も服をなでるように吹き抜けて心地よいのに、うら若いお嬢様は思い悩んでお可哀そうなことだ。下々は音を立てずに去ることにした。
私は今、王立学園の前に立っている。実は弟妹がここで学んでいるのだ。貧乏だが奨学生としてがんばってくれている。抜き打ち訪問はもし真面目に励んでいるのなら私のお給金から援助してやろうという姉心である。いざ、参る。
王立学園の職員にとって王城勤務侍女は信頼に厚いようで笑顔で入れてもらえた。弟の生息先は分かっている。迷いなく学園にそびえ立つ要塞のような塔に向かう。弟は研究馬鹿なので研究塔から出ない。安全の観点から呼び出さないと会えない。しばらく待つと、ひょろりとした私とよく似た地味な色彩の少年が顔を出した。見上げるほどの身長差があるがとりあえず顔面を掴みながら説教である。
ひとつ、時間通りに飯を食え。
ひとつ、寮に帰って寝ろ。
ひとつ、毎日風呂に入れ。
手に力を入れながら復唱させる。いいか、学園を卒業しても評判はついて回るのだよ。姉に恥をかかせてはいけないのよ。元は白かったであろう長衣が地面にすれて薄汚い。よく見ようと持ち上げていたら弟がこぶし一個分くらい浮いていた。無駄遣いするなよと生活費を渡すと涙ぐみながら受け取る、嬉しかろう。妹のことを聞いたら全然会わないらしい。まあ、妹はこいつと気が合わないからしょうがないか。
塔から戻ってくると昼食時間なのか人が増えている。食堂に向かうと高位貴族と低位貴族、庶民と自然と分かれている。庶民側から探して行くと品良い令嬢がたのテーブルから話し声が聞こえた。令嬢は礼儀よくしつけられているため余程興奮しているらしい。しかも話題の中心は件の縦ロール様である。しばらく王城で見かけなかったが、王子との不仲に加え厳しい王太子妃教育で体調を崩していたと聞いていたので元気なお姿を見れてほっとした。
お友達であるご令嬢は縦ロール様を賛美しながら王子に絡んでる令嬢のことをこき下ろすように話している。うんうん、うん?ちょっと待て。そいつ、あいつじゃね?王子の浮気相手の令嬢バカシア(仮名)。肩までの薄い桃色の髪で、やたらでかい桃色目ん玉は泣きそうに濡れてて、うれしょんする犬みたいに好きな人の前ではブルブルしてるとか、王子の周りにいる令息たちにも覗き込むくらい近寄るとか令嬢としてはありえないはしたなさに確信しかない。あとその子息やられてんじゃないか?学業優秀でこの春転入してきたとかあいつ決定(怒り)。
地獄耳を駆使して王子殿下の居場所を突き止める。まあ、どこにいても目立つ王子殿下であるから分かりやすく特権階級の生徒会室にいたが。扉の前に立つときゃらきゃらと甘えた声でしゃべる聞き覚えのある頭の悪い女の声がする。男子学生の応える声もいくつか聞こえる。男性と同じ部屋にいるのに密室にするなんて淑女の欠片もないと怒りに震える。昼食の配達に参りましたと声をかければ、気が利く女性ぶって「わたしが受け取るね」と庶民丸出しのはすっぱな声がして扉が開いた。
桃色の髪が見えた瞬間、喉を掴んで少女を引きずり出す。私の家が庶民に限りなく近い男爵家といえどもここ王立学園で生活し、貴い身分の方々と接すれば態度を改め、貴族交流してくれているかと思えば。この妹はッ。無言でこちらを見つめる妹は言い訳すらしないのか。あらいけない、私が渾身の力で喉を塞いでいるからだわ。奥にいる高貴な身分である男子学生どもに声をかけられないうちに妹を引きずって扉から離れる。
ひと気のない空き教室に妹を放り込む。私の地獄耳はこの子の悪評をどうにか収めるために磨かれたといっても過言ではない。庶民街に住んでいたからちょっと自分に正直な積極的な少女ですんでいたのだ。子供の時から男にちやほやされるのが好きで何度たしなめてきたか。バカ親父が死んだ叔父の娘だからと懇願したから貧しい我が家はさらに一人分食い扶持を稼がないといけなくなった。小さい子に苦労をかけたくないと私が奇跡的に働けてる王城の給金で男爵家はやりくりしているのに。もう許しはしない。
我慢は嫌だの、おしゃれしたいだの、なんで私に厳しくするのだの当たり前だわ、躾だわ!
家が高位貴族から見初められて嫁げるとでも思ってるのか。貧乏なめんなよ!
ガタガタ震える妹をごみを見る目で見下ろす。
王立学園卒業できても、輝く未来なんてないんだよ。高位令嬢から嫌われたら社交できねーし、やとってもらえねーし詰んでんだよ!何が貴族子息さまに好意を持ってもらってる、だ。
いいか、ちゃんとしたお貴族様は親が決めた婚約者がいるし、もし気が触れてお前を選んだとしてもせいぜいお妾さんだし、最悪廃嫡されて放逐されちまうんだよ。なに、毎日王子さまは声かけてくれて一緒にいてくれる、だと?
…じゃあ、王子はこのままだと国境付近の領地に辺境伯として王位継承権剥奪されたりぃ、廃嫡されて幽閉されたりぃ最悪病死しちゃうかもねぇ。だって第二王子いるし、後ろ盾になってる婚約者の公爵令嬢様に喧嘩売っちゃったしね。ど、現実見たか愚妹?
まったくよぉ、王子さまは庶民街のお友達じゃねーんだよ。どおしたらいいかって?
わたしの言うこと聞く気あるのか?今すぐ親父に言ってお前と縁切るのが一番楽なんだけど。
汚い泣き顔さらすなや、聞くんだな。じゃあまずな…。
枯葉舞い散る庭園もまたオツなものだ。花の時期が過ぎた肌寒いガゼボは人知れずお茶をするのに良い場所だ。はむっと上質な焼き菓子を口に入れて幸せな時間を堪能する。
あれからバカな妹は「体調を崩して自主退学した」、実際は親父に平謝りして王都から離れた土地で奉公に出ている。私の本気を親父にも伝えているので今度バカしたら縁切り♥(にこっ)
王子殿下は意気消沈して今は公務に励んでいるらしい。縦ロール様はまだ愛想つかせてないみたい、良かったセーフ!
焼き菓子を3つ無心にほおばり、懐から筒に入った水を飲む。人心地ついたところで首を後ろにグリンと回す。王城の窓に第一王子側近候補が立っていた。さりげなく立ち上がって木の下に隠れる。やべー、あいつ生徒会室にいたかも。よし、しばらく気配消そう。
私は下級侍女として今日も頑張るのだ。
危うく国王差し替えになるとこだったぜと見えない汗を拭く下級侍女。基本声を発さないからしばらくは王子の側近候補には気づかれないでしょう(多分)でもあいつ切れ者だからなぁ。