暗殺者、料理を作る
斬! 斬! 斬! 斬! 斬!
使う野菜を短剣でばらばらに切断してからはたと気がついた。
「……しまった、調理器具と調味料と食器がない」
もともと料理をする気がなかったので、日用品店では買っていなかったのだ。
「わたし、買ってくる!」
「待って」
ばたばたと出かけようとするアイリーンを引き留めた。
「俺が行ってくるから待ってて」
俺は家を出ると、日用品店のあった場所を向いた。
「行くか……」
スキル『縮地』。
速度が信条の暗殺者にはありがたい、一気に加速するスキルだ。
あっという間に日用品店にたどり着く。
「あら、いらっしゃい」
店に入った俺に女店主が声をかけてくる。長い髪をパーマにした20前半くらいの女だ。
俺はつかつかと女店主に近寄った。
「調理具一式と調味料一式と食器を用立ててくれないか?」
「すごいオーダーね」
女はくすくすと笑いながらも、カウンターから出てきて商品を見繕い始めた。
「どうしたの? 料理を作ることにしたの?」
「そんなところだ」
「いいじゃない」
「そうか?」
「毎日毎日、うちで携帯食料を買っていくから心配だったのよ。ほら、妹さん成長期だし」
「ああ……」
意外と見られているものだな……。
女は手早く選ぶとカウンターに戻ってきた。
「結構な量だけど大丈夫?」
「力には自信がある」
お代を渡すと、こんもりと膨らんだ袋を女店主が渡してくる。
「エプロンはサービスしておいたから。頑張ってって伝えておいて」
頑張ってって伝える? アイリーンに?
何を頑張るという意味なのだろうか……。
だが、無駄にしている時間はない。
「ありがとう」
そう言うと、俺はまたしても縮地で一気に家へと戻る。
「帰ったぞ」
「リルトさん、お帰り!」
俺は袋を床に置くと手早く中のものを取り出す。
調理具と調味料と食器と――おや?
俺はそれを取り出した。
花柄でピンク色のエプロンだ。
「わー、かわいいー!」
隣でアイリーンが興奮している。
明らかに女ものだ。料理をするのは俺だが、なぜ?
……まあ、サービスでつけてくれたものだ。売れ残りか何かで深くは考えていないのだろう。
そして、俺は暗殺者――実利しか考えない現実主義者。女ものであろうと任務で必要なら使うだけ。
俺はためらいなく花柄エプロンを身につけた。
「うぷ」
アイリーンが変な声を出した後、顔を横に背けた。
……どうしたのだろう。舌でも噛んだのか?
「さて、やるか」
俺は炊事場の横にある調理用加熱器――コンロに近づいた。スイッチを押して点火した種火を継続的に燃焼させる機能を持っている。これも魔力石で動く代物だ。
中央に円形の台座があり、それを5方向から囲むように高座が設置されている。それを1セットとして3セットが手前の左右と奥の真ん中にあった。
俺はスイッチを押す。左手前のコンロに火が付いた。買ってきたフライパンをのせる。
俺は油をひき、野菜を次々に投入して炒めていく――
最後に塩こしょうで味付けをして、俺はそれを食器へとのせた。
「できたぞ」
トマトの汁気で赤く染まった2枚の食器を置く。あとはパンを盛った皿も置いて――完成だ。
「わあ! おいしそう!」
テーブルについていたアイリーンが華やかな声を上げる。
確かに温かい食事は久しぶりだな。
「食べてくれ」
「いただきます!」
アイリーンは元気にそう言うと、フォークとスプーンでラタトゥイユを口に運んでいく。
一口目を食べた瞬間――
まるで、ぴきーん! という感じでアイリーンの表情が動く。
だが、何も言わずに黙々と食べた。
ふむ……俺も食べてみるか……。
「……うぐ!?」
俺もまた、ぴきーん! という感じで顔が動いた。自然と感想が口から漏れる。
「び、微妙……」
食べられなくもないが……野菜の火の通り具合がおかしい。柔らかすぎて煮崩れているものもあれば、固くて生っぽいものもある。
こと焼くことにおいて、俺は間違えない。なら、なぜ?
どうやら野菜の種類ごとに成功失敗がわかれている。……まさか、野菜ごとに火の通る時間が違うのか? 俺は一気にすべての野菜を投入したが……。
あと塩こしょうは入れすぎたな……。
さすがに俺のひどい舌でも微妙な出来だとわかる。
斬る、焼く――あとはレシピさえわかれば料理はできると思ったのだが。
俺は料理を舐めすぎていたらしい。全国の料理人に謝らなければ。
「悪いな、アイリーン。こんなものを作ってしまって……残してくれていいから」
心に重苦しいものがこみ上げてくる。
こんなものをアイリーンに食べさせてしまうなんて。貴族として毎日ごちそうを食べていたアイリーンにしてみれば許せないだろう。
アイリーンは口元に手を当てた後、ごっくんと呑み込んでから口を開いた。
「……気にしないで、リルトさん! 大丈夫。別に食べられないことはないし……リルトさんが頑張って作ってくれたんだから! うん、おいしいよ!」
そう言うと、またアイリーンは食べ始めた。
……実に恥ずかしい。
だけど、この結果は俺に新たなる目標を設定させた。
「……次――とは言えないけど、いつか必ずアイリーンに美味しいものを食べさせるから」
「……え?」
「どうせ暇だから料理を頑張ってみるよ」
「本当に!?」
「しばらくはあんまりおいしくないかもしれないけれど……我慢して付き合って欲しい」
「大丈夫だよ、そんなの! 頑張ってくれるだけで嬉しいよ! わたしも手伝うから一緒に頑張ろうね!」
「そうだな」
それから俺たちは、この料理はどうやったら美味しくなるんだろうと言い合いながら一緒に食べた。
料理はあんまりおいしくなかったけど――
その時間はとても楽しかった。
携帯食料は冷めているし、そもそも論評するようなものでもない。
なるほど、料理にはこんな効用があるのか。誰かと一緒に手作りの料理を食べるのは悪くない。
料理、頑張ろう。
食べ終わった食器を片付けていると、アイリーンが俺にこんなことを言い出した。
「あのね、リルトさん。お返しどうしよう?」
「お返し?」
「ダグラスのお父さん、村のみんなから食材をわけてもらったって言ってたでしょ? お返しはしたほうがいいと思うの」
「なるほど」
人付き合いの勘がない俺にはない発想だった。
「なにを渡せばいいんだろう?」
「やっぱり食材じゃない? 動物のお肉とかちょっと多めに買ってみなさんでお裾分けしてください的な?」
「多めに狩って、か……」
動物の肉……名案だな。
この村の近くには大森林がある。あそこなら鹿の1匹くらいいるだろう。それを狩って持ち帰ればかなりの肉になる。
狩り――間違いなく俺の得意分野だ。
「悪くないな。狩ってこよう」
俺の言葉にアイリーンが満面の笑みでうなずいた。
「うん! 買ってくるのがいいと思うよ!」