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暗殺者とアイリーン、新生活を始める

 それからはあっという間だった。アサシンズ・ハウスが総力を挙げて俺たちの出立を準備してくれたからだ。


 組織も厄介者のアイリーンを早々に手放したいのが本音だろう。だが、雑に追い出すわけにもいかない。貴族たちに嗅ぎつけられると面倒だからだ。存在を隠したまま王都から追い出すための協力は惜しまない。


 2週間後、脱出計画が実行に移された。


「じゃあな、リルト。達者で暮らせよ」


 グリードが別れの言葉を口にする。

 俺は挨拶をすませると、指定された宿屋へと向かった。まさかアイリーンに組織の建物を歩かせるわけにもいかないので、寝ているうちに宿へと運び出したのだ。


 宿の部屋に入ると組織の女が待っていた。

 女は俺を見ると、ぽんと肩を叩いて部屋から出ていく。


 アイリーンはすっかり旅支度をととのえてイスに座っていた。貴族の娘とは思えない地味な服を身にまとい、最低限の荷物だけを詰め込んだ小さなカバンを足下に置いて。

 アイリーンの顔がぱっと明るくなった。


「リルトさん!」


 だいぶなつかれていた。……この2週間、かなり意識して話をするようにしたからな。


「目を覚ましたら、いつもと違う部屋でびっくりした!」


「……君を狙う貴族たちの目を避けるために仕方なくね。ここからは俺の指示に従って……とても危ないから」


 アイリーンが神妙な顔でうなずく。

 俺はアイリーンに近づくとポケットから取り出した指輪を差し出した。


「これをつけて」


「……? わかった」


 腑に落ちない様子だがアイリーンは俺の指示に従った。左手の人差し指に指輪をつける。

 瞬間――

 俺はアイリーンに手鏡を向けた。


「今の君だ」


「――!?」


 アイリーンはびくりと身体を震わせた。それはそうだろう、父親譲りの美しい金髪碧眼が俺と同じ黒髪黒目になっているのだから。


「変装用の魔力が込められた指輪だ。俺とは親戚という設定にしたいから我慢して欲しい。あと人前では絶対に外さないように」


 さらに俺はこう続ける。


「それと君はただのアイリーンだ。アイリーン・クロウアーではない。その名前はここで捨てていってくれ」


 アイリーンが神妙な顔でうなずいた。


「……さて、行こうか」


 俺とアイリーンの逃避行が始まった――

 などと大げさなものでもないのだが。


 アサシンズ・ハウスという大組織が筋立てを作ってくれているのだ。俺たちはそれに乗っかっているだけでいい。

 そんなわけで、俺たちはあっさり王都を脱出した。


 組織の指定するままに複数の長距離馬車を乗り換えて、かなり大回りしながら目的地へと向かう。

 1ヶ月の旅程が終わり、俺たちは無事フィレオへとたどり着いた。

 王都とはがらっと風景が変わり、田舎らしい広々としたたたずまいが広がっている。


「ようやくたどり着いたな。アイリーン、疲れたか?」


「ううん! 楽しかった!」


 あはは、と脳天気な声でアイリーンが笑う。

 ずっと一緒にいてわかったことは、アイリーンは意外と適応力があるということだ。貴族としてお高くとまったところもない。その辺はフランクなハインツに似たのだろう。

 貴族の娘がこんな田舎で大丈夫だろうかと思っていたが、それほど心配しなくてもいいかもしれない。


 まず最初に俺たちは領主の館に向かった。


 有力者からの紹介状を渡すためだ。

 なくても別に言えば住めるのだが、こういうのがあると覚えがよくなるらしい。

 ……アサシンズ・ハウスが用意した来歴の怪しい代物なのだが。

 役人に紹介状を渡すと、


「新しい移住者か」


「はい。リルトです。こちらが妹のアイリーン」


「ちょうど空いている家がある。そこでよければ好きに使ってもらっていいぞ」


 こんな感じで優遇を受けることもある。

 なんにせよ落ち着ける家があるのはありがたい。俺たちは教えてもらった場所に向かった。

 そこにあったのは小さな平屋だ。


「おうちだー!」


 喜んだアイリーンがぱたぱたと駆け出す。

 その勢いのままドアをバタンと開けて――


「げふ、げふ、げふ!」


 盛大にむせた。


「ほ、ほこりっぽいよー!」


 家から逃げ出しながらアイリーンが叫ぶ。

 ずっと誰も住んでいなかったのだ。当然だろう。


「ここで待ってて」


 俺はひとりで家へと入り、すっと息を止めた。

 スキル『絶息』。

 おかげで1時間くらいなら呼吸をしなくても大丈夫なのだ。

 これでほこりを吸わずにすむ。


 窓を開け放ちながら家の中を見ていった。

 部屋は3つ。居間に個室が2つ。

 アイリーンとは別の部屋にできるのはいいな。

 炊事場に近づき蛇口を開けると水が出た。当面の生活には困らないだろう。

 こういった水を各家庭に配給するシステムは土木や建築技術だけではなく魔術師の魔力も組み込まれて実現している。昔は桶で水をくんで川と家を行き来していたのだからずいぶんと楽になったものだ。


 家の真ん中に移動して――

 俺は指をぱちんと鳴らした。

 スキル『指弾(開)』。

 直後、突風が吹き荒れる。……まあ、かなり弱めているが。

 俺を中心として衝撃が風となって家を走り抜けた。鍛え抜かれた俺の指先だからできる芸当だ。

 巻き起こった風が窓からほこりを吹き飛ばした。

 これならアイリーンも咳き込まずにすむだろう。

 俺は外にいるアイリーンに声をかけた。


「アイリーン、もう大丈夫だよ」


「ホント?」


 入ってきたアイリーンが恐る恐る息をする。


「あ、ほこりがなくなってる!」


「窓を開けるとほこりが出ていくんだよ」


「リルトさん! それくらいわたしも知ってるよ!」


「ははは、そうだったね」


 アイリーンが家の中を歩いていく。そのたびに、古びた床がぎしぎしと音を立てた。


「うう……おかしいな……」


「何が?」


「わたしは歩くとぎしぎし言うのに、リルトさんはなんの音もしないよね?」


 ――癖になってるんだ。音殺して歩くのが。


 と答えると、なんで? と聞かれるので言わないでおこう。

 スキル『忍び足』。

 効果はそのまま足音を消すことだ。俺は常にマックスレベルの忍び足で歩いている。日々これ訓練のためだ。

 この程度の古びた家ごとき無音で歩くのはたやすい。

 だが『ちょっと無愛想だけど優しいお兄さん』は忍び足で歩いたりしない。

 俺は一歩を踏み出した。


 ぎしり。


「おっと……今までは運がよかっただけかな」


「なーんだ、びっくりしたー」


 あははは、と笑ってアイリーンが歩いていく。

 俺は少し(元)職業的プライドが傷ついて落ち込んでいた。……この程度の床で音を立ててしまうなんて……。

 いや、慣れよう。

 俺はもう暗殺者ではない。普通のお兄さんなのだから。

 俺はアイリーンの後を追いかけた。


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