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暗殺者なんてやるものじゃない

 俺は最強だ。

『殺し』という点で何者も俺には遠く及ばない。


 才能があるのだろう。

 殺しの才能が。


 普通ならば気づかずに終わるはずの才能だが、それは幸運にも――あるいは不運にも花開いてしまった。

 たまたま俺がフォールド王国の孤児で、たまたま食いっぱぐれた俺を拾ったのが暗殺者組織だったから。


 黒髪黒目の目つきの鋭い子供だった俺は――

 そこで暗殺技術のフルコースを叩き込まれた。


「リルト、お前は間違いなく天才だ」


「お前ならば伝説に名を残すだろう」


「いい拾いものだったな! 最強が落ちているなんて!」


 教官たちは口々に俺を褒めた。

 10歳で初任務。最初のターゲットは誰だったか……いまいち思い出せない。

 それから8年ずっと殺し続けてきたから。

 ひとつの任務に想いを馳せることもない。


「リルト、任務だ。こいつを殺せ」


 そう言われるたびに殺し続けた。どれだけの死を積み重ねてきたことだろう。どれだけの血でこの手は汚れているのだろう。


 腕利きの戦士であろうと――

 快楽殺人を犯した極悪人であろうと――

 天才魔術師であろうと――


 誰ひとり俺の敵ではなかった。俺が刃を振り下ろせば冷たいむくろに変わるだけ。


 俺は最強なのだ。

 最強たる俺は俺の才能を正しく仕事に昇華できたのだろう。


 だけど、それは決して幸せなことではなかった。

 性格的な向き不向きと才能は必ずしも合致しないのだから。


 8年ほど仕事をしてわかったのだが、俺は『暗殺者』に向いていないらしい。

 本当にどうしようもないほどに。


 さくりと誰かを殺すたびに――

 ぴしり。

 心にひびの入る音が聞こえるのだ。


 最初はただの気のせいかと思って気にしなかったが、月日を重ねるたびにだんだんとその音は大きくなって頻度を増していく。

 さすがに鈍い俺でも理解した。

 ……どうやら俺の心は罪悪感に悲鳴を上げているらしい。

 そう気づいた俺は近ごろこう思うようになった。


 暗殺者なんてやるもんじゃない、と。


 だけど、どうすればいいかわからなかった。

 子供の頃からずっとこれだけをかてとして生きてきた。今さら暗殺者以外の生き方を考える?

 どうやって?

 そもそも『最強』である俺を組織がやすやすと手放すのか?


 悩みながらも俺は淡々と任務をこなした。


 さくり、さくり、さくり、さくり。

 ぴしり、ぴしり、ぴしり、ぴしり。


 ああ、心のひび割れが聞こえる。

 暗殺者なんてやるものじゃない。


 そんなことを――

 今日ほど強く思う日はない。


「リルト、まさかお前が私を殺しに来るとはな……」


 俺のつかの間の追憶を振り払うかのように目の前の男が言った。

 その声はほろ苦さで満ちている。


 俺の目の前に立つ男はハインツ・クロウアー。35歳の男で栄誉ある王国の第三騎士団長だ。

 そして、俺の数少ない組織『外』の友人でもある。


 3年前の仕事で一緒に仲間として――ハインツは表、俺は裏の要員として戦ったのだ。

 そのとき、この男は貴族のくせにフランクな性格で身元不詳の俺に興味を持ち、つきあいが続いている。

 そんな俺にくだった任務が――


『第三騎士団長ハインツ・クロウアーを抹殺せよ』


 本当に、暗殺者なんてやるもんじゃない。

 数えられるほどしかいない友人をこの手で殺すなんて。

 王国は政争のまっただ中。第三騎士団長にして王家の血縁であるハインツが邪魔になった御仁がいるらしい。


 夜――

 俺は音もなく部屋に侵入したはずだったが、さすがは歴戦の騎士団長、俺の気配に勘づいたらしい。ハインツはベッドから跳ね起きると脇に置いてある剣を引き抜いた。


 そして、その剣先を俺に向けて――

 顔をはっとさせて俺の正体に気がついたのだ。


「……暗殺者が私を狙っているという情報は入っていた。まさかお前が……?」


「そう、俺がその暗殺者だ」


 あっさりと認めたが、さほどハインツは驚いていないようだった。

 ハインツに俺の素性は教えていなかったのだが。


「驚かないのだな?」


「リルト、お前は謎めいた男だったからな。それほど意外でもない」


 そこでハインツは首を傾げてこう続けた。


「むしろ覆面をしていないことに驚いたよ」


「死人に口なし。顔を見られても問題はないだろう?」


 基本的に組織の方針は『現場を見られたら皆殺し』。顔を見られたかどうかは問題ではない。

 なので顔を隠す必要がないのだ。

 だが、今回だけはデリカシーがなかったかもしれない。

 友人に殺される。

 それをハインツはどう思っているだろうか。知らないほうがいいことは確かにあるのだ。

 ……くだらないことを考えてしまった。

 きん、と俺は短剣を引き抜く。


「これも任務だ。悪いが死んでくれ」


 ――やめろ。

 そんな声が心の奥底から聞こえた。

 ――望んでいないだろう?

 そんな声が心の奥底から聞こえた。

 ――ハインツもその娘も、お前を大切に遇してくれたじゃないか。

 そんな声が心の奥底から聞こえた。


 ああ、その言葉に抗うことができればどれほど楽だろうか。

 結局、俺はこれしか知らないのだ。

 人を殺して生きていく以外の生き方を知らない。殺せと言われて、その命令に反抗する生き方を知らない。

 ぴしり。

 また心がひび割れた。


「行くぞ、ハインツ」


「そう簡単には死ねないな――アイリーンのためにも」


 ハインツは愛娘の名前を口にする。

 まだたった13歳の小さな娘の名前を。

 その言葉は確かに俺の胸を突き刺した。だが、俺は止まらない。猛然とした速度でハインツへと突進、その首筋へ正確無比な斬撃を叩き込む。

 頸動脈をばっさり斬るはずの俺の一撃は――

 むなしく空をきった。

 ハインツがかわしたのだ。

 ……さすが第三騎士団長の肩書きは伊達ではないな。


「ぬぅうおおお!」


 ハインツが咆哮とともに剣を切り上げた。

 もし直撃すれば真っ二つになっていたであろう剛剣、だがすでに俺の姿はそこにはない。

 すでに後ろへと下がり――いや、もうそこにもいない。

 右から回り込み短剣を叩き込む。

 その一撃をハインツが剣で受け流した。

 俺が次から次へと繰り出す斬撃をハインツは鎧すらない生身のまま剣一本で防ぎきった。

 俺たちの戦いは続く。

 そのたびにハインツの怒号と斬り倒される家具の音が響き渡った。

 問題はない。

 俺の暗殺スキルによって音は外部に漏れないようになっている。どれだけの音もハインツを救うシグナルにはならない。


「おおおおおお!」


 気合いとともにハインツが剣を一閃した。

 俺は頭を下げて間一髪――文字どおり、髪の先を斬らせてかわす。

 俺でなければ確実に首が飛んでいた斬撃だ。

 ……ふう、こんなに強いのか。これほどまでに強いのか。

 まじめに剣の道を突き進んできた男は本当に強かった。本気の俺を相手にここまで善戦するとは。

 ハインツ、お前は最強に届く可能性のある男だよ。

 だが、残念だ。

 鎧がないのも、こんな遮蔽物の多い部屋で戦うのも、騎士であるお前には足かせにしかならないだろう。

 そんな状況で、そんな状況を得意とする暗殺者の俺が負けてやるわけにはいかない。


「終わりにしようか」


 俺はそう言ってハインツに襲いかかる。

 それを迎撃しようとしたハインツだが、その視線が一瞬だけ俺からそれた。

 横に動いた視線が見たものは部屋のドアだった。


「アイ――」


 それがハインツの最期の言葉となった。

 俺は相手の状況など構いやしない。戦闘中に動きを止めたのなら、確実に相手を仕留めるだけ。

 俺の四連撃が閃き、ハインツを四条の斬撃が切り裂いた。


「ぐはっ!」


 血を吐いてハインツの大きな身体がよろめき、どさりと腰を落として壁に背を預ける。

 ……終わった。

 すべてが片付いてから、俺はハインツが気をとられた方角へと目を向ける。


 そこには開かれたドアがあった。


 開かれたドア? なぜ? 俺は侵入したとき閉じたはずだが?

 誰かがいる。なぜ? 音は外に漏れないようにしたはずだが?


 ドアには逆光を背に痩せた女の子が立っていた。

 黄金の髪の下にある大きな目を呆然と見開いて。

 俺は彼女の名前を知っている。


 アイリーン・クロウアー。13歳になるハインツのひとり娘。


 彼女は血まみれの父と、父の返り血を浴びた暗殺者を見て震えていた。

 本来のターゲットはハインツのみだが、目撃者がいた場合は別。


 アイリーンを殺す必要はなかったが――

 短剣を持つ俺の手に力がこもる。


 ああ、本当に、暗殺者なんてやるものじゃない。


 ぴしり、と心にひびの入る音が聞こえた。


今日は6話まで更新します。今日の更新で村まで行きます。

しばらく連日更新します。

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