表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

首の無い騎士-1

 その廊下は、昼であってもいつも薄暗い。


 見回りをするのは、くじで外れた班の役目だった。

 薄気味の悪い、誰も寄り付かない静まり返った廊下は、ほとんど使われていない物置部屋に続いている。

 それを知っている者が誰かを手引きし匿う危険性もある。

 そう考えれば警備を怠るわけにもいかず、押し付け合う結果、毎回くじ引きが行われるのだ。


 曰く、

 彷徨う首の無い騎士の霊が出るのだという。


「馬鹿馬鹿しい。」

「全くだ。」

「噂をする者はよほど信心深いか、よほど臆病か。さてどちらだろうな。」

「おいおい、それだと我らの同輩に臆病者がいるということになるぞ。」

「なんと。それは無いな」


 わはは、と剛毅な男たちの笑い声が響く。

 物置部屋まで後数歩、というところでガタン、と。


 笑い声をかき消すような音が響いた。


 男たちは剣を構える。

 音は、物置部屋からだった。


 誰かが潜んでいるのだろうか。

 男たちは頷き合った。


 最も扉に近い者が、そっと扉に手を伸ばす。

 カチャ、と小さな音を立て扉が開いた。


 ――そんな馬鹿な。

 男たちは顔を見合わせる。

 万が一が起きないように見回りをするくらいだ。鍵をかけていないわけがない。

 一体、誰が鍵を開けたのか。

 ――まさか?

 本当に悪企みに使われたのか、と一気に緊張が高まったその一瞬に、意を決して男は扉を開けた。



 しん、と静寂が広がった。



 人影はおろか、物音すらしない。

 男たちは再び頷き合い、周囲を警戒しながら室内に足を踏み入れる。


 中はひどく埃っぽかった。もう随分と使われていないことがよくわかる。

 扉を開けた男は、中の様子を覗きながらドアノブを握り締めた。

 もしも中に侵入者がいた場合、部屋の外に仲間がいる可能性もある。鍵を持っているかもしれない以上、全員で閉じ込められるリスクがあったからだ。男は、退路を確保する役割を護らなければならない。

 カチャリと、反対の手で握った鍔が音を立てた。


「…誰もいないぞ」

「なんだったんだ。さっきの音は。」

「何かが落ちた様子もないな…。埃がつもっているから、物が動けばわかりそうだが…」

「鍵は…誰か開けて閉め忘れたか?」


 奇妙ではあるが、侵入者がいる形跡がないのなら、問題は無いだろう。

 仲間の声に、男はほっと息をつき呼びかけようとして、



「え」



 どん、と背中を押された。

 体がよろめき、室内に踏み入る。


「え」


 男は、王都の城で勤務する兵士だ。

 生半可な鍛え方はしてない。己がよろめくなど、と信じられない思いで振り返ると、バタン!と扉が閉まった。


「なっ」

 途端に、暗闇が男たちを襲った。

 男は慌てて扉に手を伸ばすが、扉はびくともしない。


「何やってる!」

「開かないんだ!」

「どけ!壊すぞ!」


 どん!と大きな音が響く。

 誰かが扉に体当たりをしているのだろう。音は二度、三度と響いたが、変わらず辺りは暗闇で「くそっ」と仲間の声と一緒に、どん!と大きな音がする。扉を殴ったのだろう。


「どうする、燃やすか。」

「城内だぞ。」

「だが、外に賊がいるかもしれない。だとすれば、一刻も早くここを出て隊長や騎士団に知らせるべきだろう。」

「……止むを得ないか。」


 よし、と班長が促すと仲間の一人が詠唱を始めた。

 うっすらと魔力による光が揺れ、そして、


 きい、と。



 扉が開いた。



 細く、月明かりが差し込む。


 男は、剣を構え、そっと扉を押した。


 廊下は当たり前の顔をして、ただ静かに伸びていた。

 誰もいない。


 ごくり、と男は唾を飲み、廊下に足を踏み出した。

 がしゃん、と己の鎧の音がやけに響く。

 男が廊下に出ると、仲間もそれに続いた。


「…なんなんだよ…」


 男達は、顔を見合わせ首を傾げる。

 言い知れぬ不快感に眉を寄せていると、きいいいいい、と背後から音がした。


 振り返れば、扉が、ひとりでに、ゆっくりと、ゆっくりと、


 うごいて、



 ぱたん、と

 

 静かに閉まった。



「…そんな……」


 最後に部屋を出た、最も扉に近い男が、手を伸ばした。


 ガチャリ。

 扉は、鍵が閉まっていて開かない。


「う、うそだろ…?」


 誰ともなく、そう、つぶやき、仲間の顔を見ようとして、




「ひ、」



 ()()()()事に気が付いた。



 見たことが無い制服を血まみれにした、首の無い男が、そこに。





「ひいいいいいいいいいい」

 両手で口を覆い、年老いた侍女が叫ぶのを見て、少女はきゃっきゃと笑った。

 長い黒髪と、赤いリボンがひらひらと揺れる。


「ルイーザったら、驚きすぎよ」

「だって、だってローゼリア様っ!」


 笑う少女――ローゼリアにルイーザは両手を握った。


「首の無い幽霊だなんて、恐ろしいじゃありませんか!」

「そうかしら」


 鏡の中のローゼリアが、眉を上げる。

 目尻の上がった意地の悪そうな自分の顔が、ローゼリアはあまり好きではない。言葉にすると、この気の良い侍女や母が悲しい顔をすることをする事を知っているので、言わないが。

 それとなく化粧をしたい、と言うも「子供にはまだ早い」と笑われるばかりだったので、今日も鏡の中で変わらない顔が瞬きをした。


「なぜ物置部屋に招いたのか、なぜ締め出したのか、なぜ首がないのか、どこの制服なのか、そもそもなぜ物置部屋なのか。気になるところばかりじゃない?」

「いいえちっとも!」


 ええ?とローゼリアは鏡に映る、侍女の顔を見上げた。


「ついでに、くじにはずれて泣くほどびびりまくってたらしいって噂なのに、なんか男前に脚色して語るその気持ちと真偽とかつっこみどころが多いのよ。噂を信じないって笑うならくじ引きするわけがないでしょう?気にならない??」


 ローゼリアに「さあ怖いだろう?」とばかりに語った兵士は、ローゼリアが彼が三日三晩うなされたという話もしっかり仕入れている。

 ローゼリアが、「とっても怖いわね!」と言うと、得意げに「お嬢ちゃんには刺激が強かったかな」と笑ってクッキーくれた。優しい人なのだろう、とローゼリアは笑って礼を言ったのだ。


「男って見栄っ張りね??」

「まあ!レディがそんな事を仰ってはなりません!」


 そう言ってルイーザは、ぽんとローゼリアの肩に手を置いた。


「さあ、お支度が終わりましたよ姫様…。お転婆はそれくらいになさってくださいな。」


 青い顔をしてルイーザが力なく言うので、ローゼリアは肩をすくめた。


「ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったのよ?」

「笑っておいて疑わしいです姫様。あとそう言っていつも兵士やメイドから聞いた怪談話を披露なさってますよね。」


 はあああ、とルイーザが深ああいため息をつくので、ローゼリアはこくりと頷いた。


「ごめんなさい。わたくしにとっては、どれも興味深い話で怖いって思わないから…ついついルイーザに話してしまうのよ。」

「…姫様も、もう7歳です。いずれはこの国を背負って立たれるのですから、王妃様のように、もっと淑女らしく、王女らしく振舞わなければなりませんよ。大体、私が捨てたはずの、あの安物のドレスをまだ持っておいででしょう。あのようなドレスを着て兵士の修練場やメイドの休憩室に足を運ぶなど、もってのほかです。良いですか、そもそも―――」


 だって綺麗なドレスを着て、王女ローゼリアだって名乗れば誰も相手をしてくれないじゃない。


 喉まで出かかった言葉を飲み込み、ローゼリアは頭を下げ反省をした。

 自分の振る舞いにではない。

 ルイーザに話をした事だ。


 ローゼリアはルイーザの事が好きだけれど、ルイーザの説教は好きではない。

 城での()()()()()を考えると、どうにも、何とも言えない気持ちになるのだ。

 だから、兵士やメイドがこっそりローゼリアとおしゃべりをしてくれる事をルイーザに言うべきでは無いのに、新しい話を聞くとついつい、聞いてもらいたくなってしまう。


 ――わたくしって、もしかして、あんまり賢くないのかしら。


 お説教を聞き流しながら、なぜ繰り返してしまのうだろうかと、ローゼリアは溜息を飲み込んだ。

 さすがに、ここで溜息をつくのは不味い、という事くらいはわかっている。

 あとどれくらい続くかしら、と遠い目をしかけたところで、「ルイーザ」と良く通る声が説教を止めた。


「それくらいに。トワイライト辺境伯がそろそろお見えになる頃よ?」


 おっとりと細められた眼は、ローゼリアと揃いの薄い桃色で、高く結った髪もローゼリアと同じ深い黒。

 豊かな胸を押し上げる真っ赤なドレスと真っ赤な口紅が、この国であまり好まれていない事をローゼリアは知っている。

 口さがない貴族たちが、後ろで控えている騎士と良からぬ噂を立てていることも。


「お母様」


 けれど、ローゼリアの母は美しかった。

 先王が隣国に会ったその美貌を掌中に収めるために国を滅ぼしたのだと実しやかに囁かれる母は、いつも輝かんばかりに美しく、凛と立っていた。


「ローゼリア、ルイーザは貴女の事を、国の事を想って言っているのだとわかっていますね。」

「はい」


 ローゼリアが椅子から降りて頷くと、母は笑みを深めた。

 その派手な装いと年齢を感じさせない美しい笑みから、貴族たちが母を魔女と呼んでいることを、ローゼリアは知っている。

 だから、母とローゼリアに本当に尽くしてくれているのは騎士と侍女の二人だけで、二人が大忙しなんだってことを。


 そして、


「忠義を尽くしてくれる臣がいて、畑を耕し商いをする民がいて、その全ての暮らしを支えてこそ王族だということを、決して忘れてはなりませんよ。」

「はい、お母様」


 憎いはずの国にあっても、母は王族の誇りを失っていないことを、ローゼリアは知っている。

 だからローゼリアも、例え、すれ違うメイド達が頭も下げず、くすくすと笑っていても、

 「可愛げのない子だこと」と睨まれても、泣いてはいけないのだ。


 





「ローズ」


 ぽちゃん、と。

 眺めている噴水に小石を落とす様に呼ばれて、ローゼリアは顔を上げた。

 目も口も大きく開けてしまっている自覚がある。

 今、この少年は、なんと言っただろうか。


 ローゼリアは、まじまじと少年の顔を眺めた。


 日に透ける白金の髪に、何も移さないような紫水晶の瞳に、人形のように白い肌。

 いつも無表情で淡々と喋る美貌の少年は、ローゼリアを見下げることが無い代わりに褒めはやしもしない。

 互いの両親がご挨拶をする傍らで、ただ退屈そうにぼうっと噴水を眺めているの常だった。

 会話らしい会話も、ほとんどない。

 なのに。


「…聞き間違いかしら、トワイライト様…?」


 仮にも自分は王女である。

 ファーストネームを、それも愛称で呼ぶなど無礼にもほどがあるのではないだろうか。

 今ならまだ間に合いますけども、とローゼリアが首を傾げると、トワイライトはじっとローゼリアを見つめ返した。


「君は、僕が嫌いだろう」

「…そんな事はございませんわ。わたくし達に良くしてくださる方は本当に少ないもの。感謝してもしたりませんわ」


 嘘ではない。

 今、王妃である母の傍にいるのは騎士一人と侍女一人だけ。

 対して、トワイライト辺境伯の傍には騎士が数人控え、大人たちから少し離れた場所にいるローゼリアの傍にも、トワイライト家の騎士達がいる。

 それはそっくりそのまま、母とトワイライト家の権力の差だった。


「トワイライト辺境伯の後ろ盾が無ければ、わたくしと母はどうなっていたことか。先王の命を未だ守り続けてくださっているトワイライト辺境伯には感謝の言葉もございません。」

「それは父への感謝であって、俺への好意とは別の話だろう?」


 ローゼリアは、言葉に詰まった。

 なぜなら、その通りだからである。


 トワイライト辺境伯には感謝している。

 けれど父親であるトワイライト辺境伯に連れられ共に登城する、3つ年上のこの少年が、ローゼリアは苦手だ。


「…嫌いでないのは、本当ですわ。」

 

 ただ苦手なだけで。

 静かな相貌で淡々と話す彼が、何を考えているのかローゼリアにはさっぱりわからないのだ。

 嫌悪や信愛、露骨でわかりやすい感情に取り巻かれて生きているローゼリアには、何を考えているのか読めない相手、というのは珍しく、どうにも息苦しかった。


 トワイライトは、そう、と頷いた。


「俺が、君にこのように気安く話している事を知られれば、父にひどく咎められるだろう。君がどう思っていようと、君は間違いなくこの国の王女なのだから。」

「は」


 ぽかん、とローゼリアが見上げると、静かな紫水晶は相変わらず淡々と続けた。


「だからこの事は秘密にしてほしい。その代わり、俺も君の秘密を誰にも話さないと誓うから。」

「…ひみつ?」


 そう、とトワイライトは静かに言う。

 風が柔らかそうな白金を揺らした。


「俺は表情をつくることが、ひどく苦手でね。貴族としては問題しかないんだが、父は腹が読めなくていいと笑うので開き直っているのだけれど。動く人形のようだと、よく気味悪がられる。君はどう思う。」

「…動く人形なんて素敵ですけど…」


 ぜひコレクションしたい、とローゼリアが頷くと、トワイライトは「うん」と少しだけ目を細めた。

 もしかして笑ったのだろうか、とローゼリアが瞬きする間に、すっかりいつも通りだったけれど。


「良かった。君のそういうユニークなところが、俺はとても好きなんだ。」


 なんだそれ。

 今度こそ聞き間違いだろうか。

 好かれる要素に微塵も心当たりがない。


「わたくしを…?なんですって…?」

「怪談話が大好きで好奇心旺盛な君が、僕も父も好きだよ。」


 ふ、と花弁が舞うように優しく言われて、ローゼリアは思わずその場にへたりこんでしまった。


「ローゼリア様っ?!」


 珍しく、トワイライトが少し声を上げる。

 すかさず両手を出されて顔を上げるが矢張り、その綺麗な顔に表情らしい表情はない。

 けれど、少しだけ眉が寄せられていて、慌てているらしいことに気が付いた。

 近くに控えていたトワイライト家の騎士もこちらへ近寄ろうとするので、ローゼリアはそれを手で制した。


 ローゼリアを立ててくれるトワイライト辺境伯とその息子と同じように、騎士たちは嫌な顔一つせず頭を下げ、また直立の姿勢に戻った。

 王家の騎士達、それからメイドや兵士達は、王妃や第一王女である自分達にそのようにして接することは無い。

 それはつまり、そういうことなのだろうとローゼリアは思わず笑ってしまった。


 目の前の少年は真実ローゼリアを思ってくれていて、とんでもなく不器用なのだろう、と。


「…わたくしの相談に乗ってくれようとしていらっしゃる?」


 ふふ、と随分と情けない顔をしているだろうローゼリアに、トワイライトは頭をかいて、そして両手で顔を覆った。


「へたくそですまない。…会う度に君は元気を無くしているようだったから…」


 そうだったろうか。

 ―――そうかもしれない。



 王女らしくしろと母は言う。

 けれど周囲の誰もが、ローゼリアを、母を王族と認めていない。


 自分は一体、何になれば良いのだろう。


 自分ではない何かになれと、ずっと叱られている気分だった。

 ”自分”なんぞ、この世のどこにも居場所が無いようだった。


 でも、違ったのだ。


 しゅん、と項垂れるような、照れているような姿に、ローゼリアは、なあんだ、と思わず声を上げて笑ってしまった。

 トワイライトが、そろそろと顔を上げる。

 まるで、こちらを伺うように。


「ローゼリア様…?」

「わたくし、とても勿体ない事をしてきましたのね。」


 トワイライトの静かな表情からは、何も伝わってこない。

 けれど、寄せた眉や伸ばされた手からはローゼリアを思いやる心に、こんなにも溢れている。


 見ようとしなければ、何も見えない。


 そんな簡単な事に、ローゼリアちっとも気付かなかったのだ。

 ローゼリアの傍にはきっと、悪意だけで無く善意も好意もある。ローゼリアまだ、それを信じていいのだ。


 暗澹とした、目の前を覆っていた霧が、突然晴れたような思いで、ローゼリアは心から微笑んだ。



「リオノートル様って、とってもユニークだわ!」

「…そうだろうか…?」


 こてん、と小首を傾げる仕草の、なんと幼いこと!

 こんなにもお可愛らしい人だったのだわ、とローゼリア宝物を見つけた気持ちになった。






諸事情で投稿が止まってしまっていたのでもう1話アップします。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ