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階段に現れる少年

コツン、と硬い音がした。


あまり人が通らないこの場所では、珍しい不思議な音だ。


コツン


コツン


コツン


突然響いたその音は、次第に近づいてくる。


耳を澄ませると、話し声も聞こえた。

男の人と女の人の声。よく聞くと子供の声もする。


囁きあうような声が恐ろしくて、少年は身を屈めた。


コツン


コツン


コツン


音はどんどん大きくなる。

同時に、話し声も大きくなり、少年はぎゅう、と両目を閉じて耳をふさいだ。


そして訪れる、沈黙。



ああ、良かった。


安心して少年が顔を上げると、





真っ黒の骸骨がかぱりと口を開けた。





「わあああああああああああああああああああああ」

 お化けえええええええええええええええ!!!!!


 と小さな少年が叫ぶので、骸骨の少女ローゼリアは「あら」と首を傾げた。



「久しぶりの反応」

「言うてる場合っすか」


 温度の無いトレーヴェンのツッコミに、それはそうだとローゼリアは頷いた。

「幽霊が消されるとか髑髏姫とかそういう悲鳴上げないの、久しぶりで嬉しくてつい。いやでも子供を泣かして喜んでちゃだめよね」

 危うく人としての心まで手放すところだった。

 うんうんと頷くローゼリアに、「泣いているのか」と静かな声が問いかけた。


 振り返ると、リオネルが感情の読めない紫水晶で、じっと階段を見詰めている。

 リオネルが見詰める長い階段では、5、6歳の子供がびゃんびゃん泣いているのだが、リオネルにもその後ろで真っ青な顔をしているフェリオにも、その姿は勿論声も聞こえない。


「ええ。泣かれてしまいました」

 近くにいては泣き止むものも泣き止まんだろうと、ローゼリアは階段を下りる。

 コツコツとピンヒールを鳴らすローゼリアに手を差し出しているトレーヴェンは、耳が痛い、と小さくぼやいた。


「どうしたものかしら…」

 気持ちはわかるのだ。

 なんてったって、ローゼリアは肉も脂肪も血も皮も持たない、文字通り真っ黒の骨だけで動くのだから、子供にはそれなりにショッキングだろう。

 自分だってもし子供の時に出会っていたならば……


 いや、凄い喜ぶな。

 前のめりで質問攻めにしたな絶対。


 オカルト話に目が無い己の幼少期など、砂粒ほども参考にならない。

 ちらりと階段から見下ろした先に並ぶのは、眉間の皺を深くする性悪執事に、笑顔はレアイテムの美男子ただし幽霊の存在は一切関知できないリオネルと、同じく顔は一流だけれど幽霊は感知できないお馬鹿さんなフェリオ、そして


「ローゼリア様!やっぱりそこにいるんだよね?泣いてるの?」


 あわあわと告げるアルトだ。


「うーん、そうね。小さな男の子がいるんだけれど、わたくし怖がらせてしまって近付けないのよね…」

「俺なにかできる?俺、その子と話せる??」


 ローゼリアが手を貸せばそれも可能だが、ローゼリアが今近付くのは得策ではないだろう。

 何せ、原因である。

 ううむと考え込むローゼリアにじれたように、アルトはトレーヴェンを見上げた。

「トレーヴェンさん、俺がお願いしたんだから、俺も何かしたいんだ。俺、話せないかな」

 ぎゅうと両手を握って訴えるアルトに、トレーヴェンは溜息をつき、腰を折って視線を合わせた。


「その言葉に責任は持てるか。」

「持つ!」

「…お嬢さんの言葉は?」

「覚えてる。力を得るなら、怖い事や痛い事がたくさんある覚悟と、それでも投げ出さない責任を持つこと。」


 それは、ローゼリアがアルトに魔法を教えて欲しいと乞われ、最初に言った言葉だった。

 わざとだろう。不明瞭な問いかけをしたトレーヴェンに、わずか10歳とは思えない静かな瞳で、落ち着いた声で、アルトは答えた。

 ローゼリアが説いたその言葉の意味を、真に理解しているからこその返答に、ローゼリアは胸を熱くし、トレーヴェンは、ふうんと頷いた。


「なら、いい。俺は子供だからって差別も贔屓もしないよ。おまえが後悔しても、俺は知らないからな。」

「しない!」

 アルトの力強い声にトレーヴェンは、あっそ、とぶっきらぼうに返すがしかし、ローゼリアは、おやと小さく笑った。

 どうやら機嫌が良いらしい。

 ローゼリアは、トレーヴェンがこう見えてアルトを気に入っている事を知っている。

 アルトの歯切れの良い返事や、賢いところを、何より真っ直ぐな心根を、ローゼリアも大層気に入っている。


 『行商に行った先の町で、子供の幽霊の話を聞き、かわいそうだからなんとかしてあげたい』なんて言われて一も二もなく二人揃って頷く程度には、アルトが可愛いのだ。


 パチン、とトレーヴェンは指を鳴らした。


 魔法を使う時にトレーヴェンが良くする動作だ。

 ()()も、予備動作も詠唱もすっとばした法則無視の魔法は、ほとんど奇跡だ。


 さて何をしたのだろう、とローゼリアが見守る先で、ぱちん、とアルトが瞬きをした。

 そして、はっと階段を見上げ、凄い勢いで階段を駆け上がる。

 びゅん、と横をすり抜ける小さな体に、危ない、と告げようとしたローゼリアは思わず黙った。

「話してる場合じゃないじゃん!すっげえ泣いてるんだけど!!!!」

 正論である。



「…まさか、幽霊が見えるようになったんです…?」

 噓でしょ?とフェリオが真っ青な顔をさらに青くして問うと、トレーヴェンは、あ?と首をかしげた。

「そうだけど?このメンツでガキ泣き止ませられんの、あいつだけでしょ」

 その通りなのだが、幽霊が見えるようになる魔法なんて聞いた事がない。

 フェリオが動揺するのは最もなのだが、すでに感覚が麻痺しているローゼリアは「まあトレーヴェンだしな」くらいの感想である。

 

「…トレーヴェン」

「はい?」

 ふと、リオネルが階段を見上げながら口を開いた。

 彼の目には、座り込んだアルトが一人で話しているようにしか、見えないだろう。

 リオネルは、紫水晶を静かに細めた。


「…俺も幽霊が見えるようにしてもらえるんだろうか」


 声に、感情は無い。

 けれど、ローゼリアは知っている。


 それが、どれほどに真に迫った願いで、彼がどれだけそれを、諦めているのか。

 ローゼリアの無い筈の心臓が、ぎゅう、と痛んだ。


「できませんね」


 トレーヴェンの返答は、いたって軽いものだった。

 わずかに流れた空気を切り裂くような、吹き飛ばすようなそれは、トレーヴェンなりの気遣いだったのかもしれないし、ただ面倒だったのかもしれない。


「アルトの場合は、昔は見えてたっていう話でしたし、気配はうっすら感じるみたいだったんで。フィルターみたいなのを取り除いただけですから。」

「ふぃるたあ」

 オウム返しをしたフェリオに「馬鹿っぽいなあ」と小さく返して、トレーヴェンはフェリオの眼鏡を外した。


「…お前これ、度が入ってないんだけど」

「賢く見えるかなって」

「馬鹿じゃん」

「え?うん」


 ぱちぱちと瞬きをする顔はとても綺麗だし、同行を譲らないリオネルに、勇気を振り絞って付いてくる気概もあるが、今日も今日とてフェリオはとても残念だった。


「…まあいいや。例えは、フィルターでもカーテンでも、この眼鏡でもいいんだよ。ひとってのは、生きているうちに身体が不必要だと判断した機能を()()()が、あくまで閉じるだけで、無くなるわけじゃない。感じ取れなくなるってだけだ。それが眼だとすれば、視界を邪魔して見えなくするような状態だな」

「眼鏡は良く見えるようにするもんだろう」

「例えだ例え」


 ぺい、とトレーヴェンが放り投げた眼鏡をしっかりキャッチしたフェリオは、なるほど、と頷いた。

「つまり、元々幽霊が見えるわけじゃないと駄目だと。」

「トワイライト様は、視えないタチだったかと。」

「……そうだな。残念だ。」

 私も君たちと同じ景色を見てみたかったんだが、とリオネルが軽い調子で言えば、フェリオは、うえええ、と顔をゆがめた。

「私は絶対嫌ですよ怖い。」

「そうかな」

 くす、と小さく笑う声は大好きなのに、ローゼリアはリオネルの顔が見れなかった。




ーーーーーーーーーー


「さーいしょはグー」

 これ、あんまり人に見られたくないなあ、とローゼリアはちょとだけ思った。

「じゃーんけん、ポン!」

 いい年をして、それなりに良い身なりをした集団が階段の下でじゃんけんをしている。

 凄い、怪しい。

 あとちょっと恥ずかしい。

「あーいこでしょー!」

 早く決着つけてよみんな空気読んで手をだしてくださらないかしら、と思ったが妙に気が合っているのか、全然気が合っていないのか。気持ちが悪いくらいに、引き分け状態が続き、アルトと少年幽霊の、笑い交じりの掛け声は延々と続いた。


 少年は、遊んでほしいのだと言う。

 アルトがどうにか泣き止ませた少年は、「お母さんが待ってて、って言ったから」とアルトの後ろから顔を覗かせた。

「ここで遊んでたら、むかえに来てくれるって、言ってたの」

 だから、遊んでほしい、と理屈は無茶苦茶だがしかし。涙で濡れた真っ赤な顔で言われて断れるだろうか。

 否、できるわけがない。


 そんなわけで、幽霊が見えない二人も巻き込んでのじゃんけんである。


「で、これ何を決めるじゃんけんなんです?」

「さあ?」

「しらん」

「?」

 フェリオの質問に全員で首を傾げると、アルトが嘘だろ、と瞬いた。


「グラントスやったことないの!」

「え?なに?」

 グラントスって魔物の名前だよね?と動揺する大人チームに、アルトは頬を膨らませた。


「じゃんけんして、グーで勝ったらグラントスって言いながら階段を5段上がれて、チョキで勝ったらチョコラートで6段、パーで勝ったらエキストレイドエクスカリバーで14段階段上がれるんだよ。最初に一番上まで行った人の勝ち!」

「待って待って最後の何」

「魔物の名前と菓子の名前と…何かが混ざってるな。どういう基準だ?」

「これ俺もやんないといけないの?」


 ――――カオスだ。

 もおお良いから早くー!!!と子供らしく怒るアルトに、ローゼリアは頭を抱えた。

 そう言えばわたくし達、貴族のお遊びしか知らねぇわ、と。

 トレーヴェンは多分子供の遊びとかそういうの自体知らない。

 知らんけど。






「ぐーらーんとおーすー」

「あっ!ちょっとトレーヴェンさんそれズルですよね私の目は騙せませんよ!」

「聞こえねぇわ」


 アルト先生のご指導の下、なんだかんだ白熱している争いに、少年は楽しそうにお腹を抱えて笑っている。上で盛り上がる4人は、階段を多めに昇るズルをしあっているので、ローゼリアとは少し差が開いている。

「ヒールは不利ね。…脱ごうかしら」

 負けず嫌いは男性陣だけではない。

 トレーヴェンに叱られそうだが、最下位になるのも嫌だし、とローゼリアが思案していると、とん、とリオネルが隣に並んだ。


「楽しそうだ」

「そうですね。」

 見えないけど、とリオネルは目を細める。

 さら、と揺れる金糸を、ローゼリアはただ見詰めた。


 美しい人だ。


 白い肌に、透けるような白金の髪。

 髪と揃いの色の、長い睫毛が縁取る、硬質なアメジスト。

 

 泣けるほどに美しく、泣けるほどに、美しいだけではない人。


「リオネル様」


 ローゼリアの、ずっとずうっと、大好きな人。



「…今回の逗留は、何かご事情がおありなのではなくて?」

「……君は相変わらず、勘が良い。」


 確固たる理由はない。

 けれど、そろそろだろうな、と思っていたのだ。


 そろそろ、もう、我慢ができなくなる頃だろうな、と。



「…ローゼリア、」

「やったあー!ぼくの勝ち!!!」


 きゃあ、と子供の声にローゼリアは、はっとして顔を上げた。

 階段の一番上で、少年が両手を上げて飛び跳ねている。


「俺にーばんっ!」

 たん!と軽やかに着地をしたのは、アルトだ。

 いつの間にじゃんけんをしていたのだろう。

「わたくし達、置いてけぼりですわね」

「これはひどいな。」

 ふふ、とローゼリアが笑うと、リオネルは小さく頷いた。

 二人で話ができるようにと、気遣われたのだろう。


 リオネルは、あるべきところに何もない、空洞のローゼリアの目をじっと見つめた。


「君は、城に戻る気はあるかい。」

 どこまでも美しい瞳に、ローゼリアは静かに首を振った。

「…いいえ。」


「ローゼリア・リ・フォレイスト第1王女の名を、もう一度名乗る気はあるかい。」

 風が、リオネルの金糸を揺らす。

 陽だまりのような色に、ローゼリアは泣きそうになった。


 涙なんて、出やしないけど。



「わたくしに、その資格はありません。」


 そう、とリオネルが顔を上げた。

 つられるように視線を上げると、少年の身体がゆっくりと透け、アルトが驚いたように声を上げている。

「え、ぼく、なに?きえちゃうの??」

「ローゼリア様!」

 泣き顔に歪んでいく少年の顔に、ローゼリアは怖がらせてしまわないように、静かに、ゆっくりと告げる。


「大丈夫よ。」

 大丈夫、ともう一度言うと、少年はローゼリアを見た。

「楽しかったのでしょう?」

「…うん」

 ぼくね、と少年は、ぼろぼろの服を握りしめた。


「ぼく、いつも仲間に入れてもらえなくて、みんなであそんだの、はじめてだったんだ。たのしかったぁ」


 ぽろぽろと、零れていく涙を拭えるのは、霊に触れる事ができるローゼリアの役目だ。

 手を伸ばすと、トレーヴェンがハンカチを渡してくれる。

 アイロンのかかった白いハンカチで、そっと少年のまろい頬を押さえた。


「お母さんが遊んで待ってて、っていったけど、ぼく、あそんでくれる人いなくて、やくそく、まもれなくて、」

「大丈夫よ」


 大丈夫、とローゼリアはもう一度、丁寧に告げた。


「…お母さん、おこってない?」

「ええ、絶対に。大丈夫。」

「……そっかあ」


 よかったあ、と少年は、嬉しそうに笑った。



 そして、きらきらと光を残し、消えていった。





「…あの子のお母さん、迎えに来れなかったのかな」

 アルトは、光の粒を追うように空を見上げながら、震える声で言った。


 ローゼリアは、その答えを持たない。


 母親が、迎えに来るつもりが無かったのか、迎えに来れなかったのか、間に合わなかったのか。

 生きてきた分、見てきた景色の分、ローゼリアは答えを幾通りも想像する事ができたけれど、本当の本当のところは、母親にしかわからない。


 ただ、もう、あの子は待たなくていいのだ。

 きっと多分、あの子供もそれを知っていた。


「…誰かに、言ってほしかったのでしょうね」

「…大丈夫って?」

 見えてないし聞こえてないくせに、すんすんと鼻をすするフェリオに、ローゼリアは小さく笑いながらハンカチを渡した。

 情の深いひとなのだなあ、と可愛らしく思ってしまう。


 ローゼリアは、顔を上げた。

 海のような深いブルーの瞳が、静かにローゼリアを見詰めている。


 ローゼリアの大好きな人の何倍も美しく、その何倍も酷く淀み歪みねじれた執事を、けれどもローゼリアはこの世の誰よりも信じている。

 ローゼリアを生かすのも、殺すのも、このひとは綺麗にやってしまってくれる。



「諦めて良いんだよ、って。私は、言ってもらえて嬉しかったわ。」





 ひゅ、と息を吸ったのは誰だったか。


 ローゼリアはゆっくりと振り返った。


 視界の端を、黒いベールと赤いリボンが舞う。

 ローゼリアは笑った。





「お兄様をお呼びになったのでしょう?」


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