表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

墓場でたたずむ女



 墓場に女が立っている。



 女性らしい小花柄のドレスは、ところどころ破れ泥にまみれていた。

 艶のない不揃いの髪は、絡みつくように青白い肌を覆っている。

 その異様さを浮き立たせる窪んだ目は、ただの黒い虚ろだ。


 恨みも悲しみも憎しみもどろどろと絡み合い、どこにも行けず混ざりたゆたう、黒い虚ろが、目の前に少女に向けられた。


 少女は、女から視線を外せず、正面に立っていた。

 

「…………」


 女の、うっすらと開かれた、ひび割れた唇が何事か呟く。

 聞き取れないそれは、生温い風と共に、少女の頬を撫でた。



 女が、裸足で

 一歩を踏み出す。



 足音はしない。

 不自然なほどに、周囲の音もしない。


 だのに、音がする。



 ぽたり、ぽたり。ぽたり。



 ぽたり

 雫が落ちる、音がする。



 よく見れば、女は濡れていた。

 青白い肌も、その肌に絡みつく髪も、汚れたドレスも、ぐっしょりと濡れていた。

 雨など、降っていないのに。

 


 女は、ゆっくりと、首を傾げた。

 ぐぐぐ、と軋むように頭を肩に乗せ、

 そしてまた一歩、踏み出す。

 女から目を離せない、少女に近づく。


 その度に、ぽたりと、ぽたりと、水音がする。

 水たまりに雫が落ちる、そんな音がするのだ。



 一歩。

  ぽたり、


 一歩。

  ぽたり、


 一歩。

  ぽたり、


 一歩。

       ぽたり、


「っ」

 少女はぎゅう、と両手を組んだ。

 黒いレースの手袋に包まれた細い指は、力が入りすぎて震えている。


 動かない少女に、

 ゆっくりと女の手が伸ばされた。



 血だろうか、泥だろうか。

 爪先が黒ずんだ指先は、震えている。

 ぽたりぽたりぽたり、雫を落とし、ゆっくりと伸ばされ、少女の喉が引きつる。


 少女は堪らずに駆け出し、叫んだ。



「あなた私のところで働かない?!!!!!」


 がしいっ!と伸ばされた手を掴んで。

 なんなら、女のだらんと降ろされたもう片方の手も無理矢理持ち上げて。


 その拍子にはらりと、少女のベールが地面に落ち、顔が露になった。

 らんらんと輝いて見えるその顔を前にして、女の黒い窪みだった筈の場所に、大きく見開いた目が現れる。

 少女はそれに、更に興奮したように捲し立てた。

「まあ!なんて翡翠みたいに綺麗な目!それに、良い!すごく良いわ貴女!!!ゆっくりと近づいて、じわじわ恐怖を煽るなんて最高!恨めしさと不気味さが一層伝わって素敵だと思うの!感動で思わず体が震えちゃったわ!ああそれより貴女お名前は!?こうなる前から何か特殊な力があったのかしら?!魔法は?やっぱり闇魔法がお得意なのそれとも」

「き」

 

「き?」

「っきゃあああああああああああ!!!!髑髏姫ええええええ!!!!!!助けてええええ!!!!!!!!!!!!!!!!」



 そして女は絶叫してーーーー消えた。

 跡形もなく。形跡もなく。文字通り、綺麗さっぱり、消えた。


「は」


 残されたのは、墓場にぽつん、と両手を持ち上げた些か間抜けた格好で立つ少女。


「はああああああああああああああぁぁぁ??!!!!!」


 少女は叫んだ。力の限り。

 叫び声が、わんわんと墓場に木霊する。


「はっ、はああ?!どういうことよ?!聞いた事あるかしら幽霊が人の顔見て叫ぶって?!逃げるって?!助けてって何?!失礼極まりないんですけど??!!!!!」


 少女は墓場を見渡すが、女の姿はどこにもない。

 今まであった静寂が嘘のように、風が葉を揺らす音や、虫の音が墓場を包んでいる。

 夜の音がする気味の悪い場所で、少女は叫び続けた。


「何よおおお!!ちょーっとばかし素敵な幽霊だからって調子に乗っているのではなくて?!このわたくしが何をするっていうのよおお!!!!」

 ムキー!と文字通り地団駄を踏むその後ろに、銀髪の男が立つ。


 どこからともなく立ち現れたようにも見えるし、はじめから居たようにも見える。不思議な存在感の男は、暗闇から手を伸ばし、すい、と軽く指を振った。

 すると地面に落ちていたベールが宙に浮く。


「ローゼリアお嬢さん、うるさいっすわ」

「ちょっとトレーヴェン言葉のベール!少しは本音隠してよ!」


 宙に浮いたベールをばさりと頭に乗せられた少女ーーローゼリアは、肩に落ちたレースを握りしめた。


「だいたい、姫って呼ばないでほしいわ。」

「そこ?」

「責任を果たさない以上、わたくしは王族ではないのよ。姫だなんて、呼ばれるべきじゃないわ。」

 うつむくローゼリアに、トレーヴェンはまあまあ、とのんびりと返す。呑気な声に、ローゼリアは顔を上げた。

「通り名ってのは意味があるようで無いもんです。深く考えなくていいんですよ。ゴロが良い事が大事なんで。」

「通り名?」

 トレーヴェンは、きょとん、と自分を見上げてくるローゼリアの頭に手を伸ばす。くしゃくしゃになった柔らかいレースを肩に広げ、端を整えた。


「幽霊界隈でお嬢さん有名ですよ。出会えば消される髑髏姫ってね。」


 げーこげこ、と蛙が鳴く。

 りいんりんと、虫が鳴く。

 ローゼリアは、「は?」と小さな声を零し、それから絶叫した。



「はっああああ?貴方、トレーヴェン今なんて!?わたくしが幽霊を消す?!そんな事するわけないでしょうわたくしは幽霊を雇いたいのよ!連れて帰りたいのよ!」

「ハイハイソウデスネー」


 第三者がいれば「君は頭がおかしいのか?」と言われること間違いなしな言葉と声量に、眉間に皺を深く深く刻んだトレーヴェンは「よっこらせ」とローゼリアを肩に担ぎあげた。

 担がれた本人は変わらず叫び倒している。

 トレーヴェンの肩に腹を圧されているにも関わらず、その声は墓場中に響き渡る。眠りについた亡者すら起き上がりそうな声に、トレーヴェンは、うるせぇなあ、と小さくぼやくが勿論、ローゼリアには届かない。ばたばたと足を揺らして各所への抗議に忙しい。

 ちなみに大声にびっくりしたのか、蛙や虫は鳴き止んだ。

 墓場の住人達にとってローゼリアは間違いなく迷惑なので、どちらかと言えば彼ら彼女らの方が抗議をしたいところだろう。


「幽霊の間で有名な通り名って何よ!ていうか幽霊界隈って何よ!!貴方なんでそんな情報持ってるのよ?!」

「長く存在していれば情報網の1つや2つや3つや4つや5つ持ってるもんですよ。」

「いくつあるのよ!」

「はいはい、じたばたしない。」


 ローゼリアが足を揺らすたびに、レースがたっぷり重なるドレスもばさばさと揺れる。それに煩わしそうな顔をしながら、トレーヴェンはドレスの裾を抑えた。


「離しなさいトレーヴェン!このお墓には他にも幽霊の目撃情報があるのよ?!今日こそ幽霊をスカウトしてみせるんだから…!」

「はいはい。また明日、明日。これ以上の夜更かしは美容にも健康にも良くないですよ」

 叫び続けるローゼリアを抱えたトレーヴェンは、すたすたと墓場を軽い足取りで歩く。

 時折ぴょんと木の根を飛び越え身体が揺れても、ローゼリアはおかまいなしだ。

「私は幽霊に会いに来たのよ!!健康が何よ!美容が何よ!私に必要なわけないでしょう!」

「必要のない女の子はいません。大人の言うことは聞いとくもんですよ。」


 ぴしゃりと放たれたその言葉に、ローゼリアは足をぴたりと止めた。


「………女の子…」

「女の子でしょ。あんた。」


 さわ、と草木が揺れ、握りしめたベールが揺れる。

 しいんと静かになると、そろそろと伺うように、蛙や虫の鳴き声が聞こえ始めた。

 夜の静けさに、ローゼリアは身体の力を抜く。

 ぽすりと、トレーヴェンの背中に頬をつけた。

 トレーヴェンが足を進める度に、揺り籠のようにローゼリアの身体が揺れる。


「…イーヴン」

「あ?」

 小さな声で呼ばれた愛称に、トレーヴェンは足を止めた。

 殊勝な声に振り返ると、背中でローゼリアはぽつりと零した。

 



「おっさん臭くてよ、貴方。」

「投げ捨てるぞ」




 ーーーーーーーーーーーーーー


「朝よ!」

「それ叫ぶ意味ってなんですか。」


 翌朝。 

 輝く日の下、カツン!とピンヒールを鳴らす音が高らかに響く。

 黒いリボンが踵で揺れる真っ赤なハイヒールで、ローゼリアはくるりと振り返った。


 ドレスと揃いの藍色のベールが、ふわりと翻る。動きに合わせて、赤く長いリボンが一緒に揺れた。

「爽やかな朝でしてよ、トレーヴェン。貴方、もう少し爽やかにできないの?」

「爽やかな俺?それ本気で見たいですか。」

 温度のない声に、ローゼリアは「む」と小さくつぶやいて腕を組み、トレーヴェンをじっくりと眺める。


 一つに結んだ長い白銀の髪は、朝日を反射する水面のように光り、

 垂れた甘い目元に更に色を足す、深海のような瞳はサファイヤにもアメジストにも見える。

 少女のように美しい白磁の肌に、冗談のように長い手足。

 並大抵の役者では足元どころか靴の先にも及ばぬ程の美しさ。だがしかし。

 だがしかし。

 台無しにするのは、海溝のごとく刻まれた眉間の皺と目つきの悪さだ。

 さらに、両手をポケットに入れて片足に重心をかけているものだからガラが悪い。

 適当に撫でつけた前髪の長さも相まって、黒い執事服が闇社会で生きる人のそれにしか見えない。そのくせ、首元まできっちりと止めているボタンとネクタイが逆にいやらしい。

 上から下までじっくりと眺めたローゼリアは「うむ」と一つ頷いた。


「ねぇ、試しに爽やかに笑ってみてくれないかしら。」

「なにちょっとドキドキしてんすか。やらんわ。」


 ローゼリアの「1回でいいから!」と立てた黒い手袋の人差し指を、トレーヴェンは握りしめる。ぎしりと嫌な音にローゼリアは叫んだ。


「い、いたたたたたたた逆折り!逆折しようとしてるでしょわたくしの指はそれ以上反らなくてよいたっ、いたいって言ってんだろがああああ!!!!」

「好奇心も大概にせんと、そのうちホントに知りませんよ。」


 はぁ、わざとらしい溜息と共に、ローゼリアの指が解放される。ローゼリアは、危うくブリッジしそうになった指を大事に握りしめた。

 それから首を逸らして、背の高いトレーヴェンを見上げる。


「トレーヴェン貴方、文明がいかにして進化してきたか、見てこなかったのかしら?全ては好奇心ありきでなくて?」

「あんたの性格についてを文明の進化と同列に語る神経が恐怖っすわ。」


 はあ、と再び吐き出される嫌味な溜息に、ピキ、とローゼリアは小さな音を立てる。彼女の米神、ではなく足元に落ちていた小枝である。

 ぎしりと小枝を踏みつけ、ローゼリアは涼しい顔を見上げた。


「……貴方、その口の悪さと性格の悪さでよく今まで生きてこれたわね…!」

「まあ、特別級の美しさと才能に溢れてあまりあるんで。」

「ど、どこから来るのよその自信!」


 さらっと返される台詞に思わずローゼリアが頭を抱えると、トレーヴェンは「おや」と首を傾げた。さらりと白銀が揺れ、前髪が瞳にかかる。ブルーサファイアをぱちりと瞬き、口の端を吊り上げた。


「事実でしょう?」

「!!!!!!!!!!!」


 それはもう美しい笑みだった。

 顔の全ての筋肉を使った全力で馬鹿にした笑みで、心底腹が立つのに、それでも美しい。美しいのだ。

 ついでに言えば、ローゼリアの衣食住はこの腹の立つ執事によって完璧に整えられているので、もう返せる言葉がない。


「立った腹が仰け反って終いにはバック宙する勢い!!!」

 むきいいい、と怒りで身体がねじ切れそうなローゼリアを、トレーヴェンはどうでもようさそうに眺める。

「まー、今日も元気で何より。」

 くわりと欠伸をしたトレーヴェンは、ふとこちらに近づく人影に気付き顔を上げた。



「なんだ、パン屋のじじぃじゃねぇか。」

「相変わらず口の利き方を知らねぇなテメェはよ。」

「お互い様だろ。」


 挨拶代わりとばかりにトレーヴェンと厭味を交わし、男は肩を揺らして笑った。

 それからローゼリアを見て首を傾げる。

「嬢ちゃんは何してんだい。」

「さぁ。絞られるぞうきんの物真似じゃねぇの。」

「ぶっ殺すわよおまえ?!」


 アウトである。

 姫とかお嬢様とか以前に、レディとしてっていうか人として、わりとアウトな台詞を口から出しちゃったローゼリアは、二人の視線にはっと両手を上げた。


 やらかした!とばかりに静止したローゼリアは、次いでそろそろと両手を下ろす。

 指を揃え、ドレスを軽くつまんで腰を下げた。カーテシーってやつ。


「おはようございます、ルッソさん。朝早くからどうなさったの?」

「いや振り幅こっわ。100から0への切り替え怖いんですけど。」

「え?」

「知ってる?これ天然なんだぜ」

 眉間に皺を入れるトレーヴェンに、ルッソは肩をすくめた。

 話が進まん、とばかりにルッソはバスケットの中を二人に見せる。

 

「新作のパンができたんでね。嬢ちゃんが日課の見回りに出ちまう前に、試食してもらいたいんだが。」

「まぁ!嬉しいわ、有難うございます!早速一つ、いただいても良いかしら!」

「一応言っておきます。はしたないですよ。」

 喜色を浮かべるローゼリアに、トレーヴェンはぴしゃりと言い放つが、温度の無い言葉と眼差しを綺麗にスルーして、ローゼリアはバスケットへ手を伸ばした。

 片手で持てる位の大きさの、きつね色にこんがりと焼けた丸いパンからは、ゆっくりと湯気が昇っている。


「焼きたてを持ってきてくださったのね?バターの香りがたまらないわ…!」

 その豊かな香りにローゼリアは思わず、ほう、とため息をつき、パンを割った。


 「さくっ」となんとも食欲をそそる音がしたそこから、閉じ込められていた湯気とバターの香りが広がる。同時に、真っ白のパン生地が姿をあらわした。


「ふ、ふわふわ~!!」

 焼き目が引き立つその柔らかな白に、ローゼリアはぶりついた。

 その隣でトレーヴェンが腰を曲げる。

 先ほどローゼリアを「はしたない」と窘めたその口で、ローゼリアが割ったもう一方、左手のパンにかじりついた。

「んんん~~!!おひい~!!!」

「おや」

 声を上げて身体を震わせ、全身で感動を表現するローゼリアに対し、トレーヴェンは口の端を拭いながら、口角を上げた。


「これはうまいな。小麦を変えたのか。」

 にやりと笑う顔に、ルッソは目を見開き、それから心底嫌そうに舌打ちをする。

「お前にはすぐ気づかれっちまうな。」

「おいしっ、ルッソさんこれおいしい~~!!!外側がクッキーみたいにサックサックで、でも中はお布団みたいにふっわふわの幸せの食感!もはや暴力でしてよ!」


 剣呑な空気がじわりと広がる横で、サク!とまた音を立て、ローゼリアはパンをかじる。トレーヴェンはローゼリアの手にあるパンを眺めて、ああ、と呟いた。


「カラトビ麦を使って…酵母も変えたか。」

「おい、人の苦労を一瞬でさらすなよクソガキ。」


 カラトビ麦。

 その名に覚えがあるローゼリアがパンから顔を上げると、ルッソはよそを向いてしまった。


「新しく栽培を始めた麦よね?」

「……嬢ちゃんが持ってきて…エルナーの野郎がいろいろ張り切ってんだろ。あいつだけに任せてちゃ、頼りねぇからな。」


 ふん、といかにも不機嫌そうに言うルッソに、ローゼリアはもくもくとパンを食べながら、トレーヴェンを見上げた。

 パンを片手にクエスチョンマークを浮かべ、自分を見上げてくる主にトレーヴェンは小さく笑った。鼻で。


「エルナーのじじぃが麦を育てて、自分がそれを使ったパンを流行らせて村を盛り上げるつってんでしょ。じじぃのツンデレってどこに需要あんだよ。」

「ああ、なるほど。恥ずかしがり屋さん。」

「うるせぇクソガキどもが!!」


 さて。

 ローゼリアは、サクサクと音を立て両手のパンを平らげた。


 その間もトレーヴェンとルッソの言い合いは一向に止まない。

 トレーヴェンは小麦の分量から酵母の種類に留まらず、発酵時間に焼き時間まで当ててみせた。ルッソは体をねじって叫んでいる。


 なるほど、絞られるぞうきんの物真似である。


 その横でトレーヴェンは呑気に欠伸をしているから、ルッソの怒りは高まる一方だろう。

 ついさっきまでの自分を見ているようで、いたたまれないローゼリアはトレーヴェンの袖を引いた。


「あー…えっと、トレーヴェン?そろそろリオネル様が来られるでしょう?このパンを召し上がっていただきたいのだけれど、どうかしら?」


 すると、ぞうきんから人に戻ったルッソが「リオネル?」と首を傾げ、「ああ」と頷いた。



「嬢ちゃんが夢中のイケメン貴族様か。」

「むっ、むちゅうって…!!」



 かちーん、と固まるローゼリアをよそに、トレーヴェンはひょいとルッソのバスケットからパンを取り上げ頷いた。

 どれも、サイズは勿論のこと焼き目まで均等な、丁寧な仕上がりのパンだ。ルッソの棍棒が似合いそうな、いかつい風貌と物言いからは想像のつかない、細やかな仕事が見て取れる。

 トレーヴェンは一つ頷いた。


「いいですね。これほどの物なら、舌も目も肥えた貴族も喜ばれるでしょう。じじぃ、来週には到着されるご予定だ。頼めるか?」


 さく、とパンをかじるトレーヴェンに、ルッソは目を見開いた。


「…貴族に、こんな小さな町のじじぃのパン食わせんのか。」

「あんたが良けりゃな」


 は、と笑いか驚愕か。

 小さな音を零したルッソは「めんどくせぇな」と背を向けた。


 何年も何十年も、ひたすらパンを焼き続けた背中は逞しい。鍛えられた筋肉を乗せ、ルッソはしゃがれた声で言った。


「お貴族様が宣伝してくれるっつーんなら、やってやらんこともえねぇ。…べつに嬢ちゃんの為ってんじゃねぇ、俺の店の為だ。」

「よっ、このツンデレー」


 ルッソは鍛えた腕でトレーヴェンの首をしめあげた。




 そして、じゃれあう男二人の横でローゼリアがため息をつくのと、

「ちょっと!!!!」

 その叫び声が響くのは同時だった。



「?」

 声に驚いたローゼリアが振り返ると、小花柄のドレスの女が立っている。

 ボロボロのドレス、窪んだ目に、長い髪。


「あ!貴女…!」

 濡れた長い髪を肌に纏わせるようなその姿は、


「昨日の腹立つ幽霊!!」


「あ?」

「あ?」

 叫ぶローゼリアに、騒いでいた二人が同時に振り向いた。

 突然現れた女に、トレーヴェンはなぜここにいるのだとばかりに声をあげ、ルッソは何がだと声をあげる。


「何の話だ。」

「昨日墓場で見つけた女の幽霊がそこにいるんだよ。あんたは見えないんだっけ?」

「普通は見えねぇな」


 そして普通は信じない。

 だが、この町の住人たちは知っている。ローゼリアの”壮大な計画”を。


「…なんだ、嬢ちゃんまだ幽霊を雇うとかいう馬鹿げた話を諦めてねぇのか。うちの町にきてからずっと言ってるが、一度も成功してないんだろ。」

「馬鹿げてないもんロマンだもん!」


 そう。


 ローゼリアは、幽霊という存在が、オカルト話が大好きだ。生きがいと言ってもいい。

 執事を一人だけ連れてこの町にやってきたローゼリアは、幽霊の従業員を雇うことを夢見ている。

 だって日常的に幽霊と過ごせるなんて素敵だし。人件費かかんないし。


 趣味と実益を兼ねたローゼリアの幽霊リクルートを、この町で知らない者はいない。

 ルッソから向けられる生温い視線に慣れているローゼリアは、女の幽霊に向き直った。


「貴女、わたくしの前によく出てこれたわね?」

 昨日の無礼な態度を忘れていなくってよ、とローゼリアが肩に乗るベールを払うと、女は勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!」

 べちゃっ、と雫が散って、ローゼリアは思わず一歩後ろに下がった。悪気はない。


「き、昨日はその、びっくりしてしまって、その、本当にごめんなさい」


 女が深く頭を下げると、びちょりと髪とドレスが揺れ、雫が落ちる。

 一層の不気味さが漂うわけだが、ルッソにとって幸運な事に彼はその姿が見えないし、女にとっては幸運な事にオカルト愛好家のローゼリアは気にならない。そしてトレーヴェンそもそも生きていようが死んでいようが他者に興味がない。


 そんなわけでシュールな絵面にツッコミを入れる者はなく、ローゼリアはこてりと首を傾げた。 


「びっくり?」

 女は、ぽたぽたと雫を垂らしながら続けた。

「あ、あなたが幽霊達を消してまわってるって噂を聞いたの!だから私…」


 ぱちん、と昨夜トレーヴェンから聞いた「噂話」がローゼリアの頭に蘇る。


「なにそれ」

 ふんと鼻息荒く腕を組むと、トレーヴェンが肩をすくめた。


「ね?言ったでしょう?」

「でしょう?じゃないわよ!嘘でしょ。悲劇よ。悪夢だわ。不名誉極まりない!」


 なんてったってローゼリアは、幽霊を連れて帰りたいのだ。共に語らい笑い合い寄り添いあいたいのだ。

 ローゼリアがやりたいのはハントではなくリクルートである。

 ぷんすかと怒るローゼリアを、女は恐る恐る、といったように髪の隙間から見上げた。


「け、消さない…?」

「消さないわよ!っていうか消せません!自分で言うのもなんですけれど、わたくしの魔法はファンシーでプリティーでしてよ。」

「ふぁんしーでぷりてぃー」


 無感情な声が聞こえたので、ローゼリアは隣の男の革靴をぎしりとピンヒールで踏みつけた。

 小さく呻く声に満足したローゼリアは「それで?」と腕を組んだまま、右手の人差し指で頬をこつりと叩く。

「わざわざ恐ろしい髑髏姫に謝罪に来た、というわけではないんでしょう。」

 嫌味たっぷりに続きを促すと、女は顔を上げた。

 2つの真っ黒の窪みから、つう、と雫が落ちてゆく。


「助けて…!!!」





ーーーーーーーーーーーーーー



 

「金を出せぇ!!!」


 野太い男の声が町に響いた。

 住民たちは、驚いて声の方を見やり、そのまま凍り付いたかのように静止した。

 ぼろぼろの布切れや、何かの獣の毛を巻き付けた様な服装の、2メートルはあろうかという大男が笑っている。


「大人しく金と女を出せば、命くらいは助けてやらぁ!」


 ひひ、と下卑た笑いを浮かべる男は、一人ではない。

 背後にいる男達も皆一様に体が大きく、そして、にやにやと笑いながら剣やナイフをちらつかせている。

 人から奪う事を何とも思っていない、そんな男達に誰もが委縮していた。

 

 賑やかだった町を、一瞬にしてピンと張りつめた空気が覆う。

 じゃり、と石が音を立てると、大男はぐんと手を伸ばした。


「おおっと、どこ行こうってんだい?」

「ひっ」


 駆け出そうとした少年を、男は片腕で易々と掴み上げた。

 少年はなんとか逃れようと、必死に暴れ、宙に浮いた足をばたつかせるが、少しも拘束は緩まない。そればかりか、男たちは楽しそうに、げらげらと笑い声をあげた。


「はなせえっ!」

「いいからじっとしてろ」

「っ!」


 男は、少年の頬をナイフの腹で叩いた。

 ぺちぺちと、二度、三度。そして、ニヤリと笑う。


「このガキの口を2つにしたくなけりゃ、大人しく金と女を出せ」


 誰かが、悔しげに小さく呻く。

 その声に、男はあたりを見渡し、満足そうに笑った。


 華やかさなど欠片もない、年寄りが目立つくたびれた町と、自分の手下である屈強な男たちとのその対比。

 ああ、と男は黄色い歯を見せ笑った。


「成功を約束された仕事ほど気分のいいモンはねぇな」


 大男の笑う声に合わせて、ゲラゲラと汚い笑い声が広がる。

 暴れていた少年は、笑い声の中、力が抜けたようにがくりと項垂れた。

 少年が、小さな声でブツブツとつぶやく姿に、人々は歯を食いしばる。

 男たちの笑いが大きくなり、反対に住民たちの緊張がキリキリと高まった瞬間!



「わああああああああ!!!!!!!」



 一人の青年が、叫びながら駆け出した。少年を掴み上げている大男に拳を振り上げる。

 それに弾かれたように、一斉に住民たちが走り出した。

 



 だが、鍛えた男たちに敵うはずもない。

 あっという間に路地に追い詰められ、男たちは悠々とその後を追った。

 背を向けた老夫婦は剣を突き付けられ、鍬を持ち上げた農夫は蹴飛ばされる。果敢にも殴りかかった青年は地面に叩きつけられ、女は羽交い絞めにされた。

 

 悲鳴が、叫び声が木霊する。

 暴力が、略奪が、はじまる、

 



 その時。




「うおぉりゃあ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 少年の甲高い叫び声と、野太い悲鳴が重なった。



 何事かと叫び声のする方に、男たちの視線が逸れる。

 同時に、響く声。


「今だ!!!」


 力強い声に合わせて、わあああ!!!と至る所から勇ましい声が上がった。

 その声にハッとした男たちが周囲を見渡すが、時すでに遅し。


 ゴン!べしゃ!ガッシャアン!!!

 あらゆる音と衝撃が男たちを襲った。


 我に返った一人の男の目の前では、頭を押さえて地面に転がる仲間や、何やら匂うドロドロに全身を覆われた仲間が、ゾンビのように蠢くという、ありえない世界が広がっていた。


「おいおいおい!うそだろ…」


 言っている場合ではない。

 ゴン!とすぐ傍で凄い音がする。足元を見れば、レンガが無残にくだけていた。


 驚いて見上げると、家々の2階の窓や屋根から住民が、中身を知りたくないバケツをかかげ、レンガを放り投げているのだ。


「いくぞい!」

「こっちは任せて!」


 ガッシャン、べったん、ドガン!

 女も男も老いも若いもない。

 すべての住民が鬼気迫る顔で、しかし声を掛け合い息ぴったりに、凶器を投げ続けているのだ。


 ーーああ、自分たちは追いつめたのではない。誘い込まれたのだ。


 と、気が付いた男の頭上で、しゃ!と勢いよくピンクのレースのカーテンが開いた。

 白い花が咲く植木鉢の横から、白髪交じりの老婆が顔を出す。

 にっかりと親しみのある笑顔を浮かべ、そして愛らしい植木鉢を頭上高々と持ち上げた。

 王の戴冠式もかくやと持ち上げた植木鉢は、後は思い切り


「あ、ちょ、ま」


 落とすだけだ。






「な、なにが…おきてる…っ!」


 いつもとはまるで違う意味で阿鼻叫喚となった景色が、大男は理解できない。

 隣で剣を持った男が「あ、あのガキ魔法を撃ちやがったんでさあ…!!」と、震える声で言った。 

 自分の見たものが信じられない。が、男はしっかり目撃していた。


 少年が突如、魔法を大男の足に打ち込んだ。


 さほど大きな魔法ではなかった。けれど、突然足の甲を打ち抜かれ、思わず大男が痛みにひるんだその一瞬の隙に、少年は思い切り顎に向かって頭突きをした。

 衝撃でぐらりと大男の身体揺らぐと、倒れていたはずの青年が勢いよく、大男の急所(下半身の方)を蹴り上げた。


 毎日一緒に訓練をしています、と言わんばかりの見事な共同作業をして見せた二人は、大男が足の間を両手で抑え「ああああああ」と叫び身体を折り曲げた瞬間に素早く距離を取り、正面に立つ。


 そして青年の掛け声を合図に、村人たちが一斉攻撃を始めたのだ。


「こ、こんな村で、ガキが魔法だと…?!」

「それだけじゃねえ!こいつらの動き普通じゃねぇよお!!」

「諦めて大人しくしたんじゃねえ!このガキ詠唱してやがったんだ!!」

「冷静すぎるだろ天才かああ!!!!」



「俺、褒められてる。」


 男達の叫び声に、ふんすと少年は笑い、青年はその頭を撫でる。

 けれど警戒は決して解かない。

 この一団を率いている男から目を逸らさず、油断ないように構えて、


 だから動きは見えていた。


「このガキがああああああああ!!!!!!!」

 身体をねじり、ギリギリのところで自分に伸ばされる大きな手を躱す。腕が顔をかすめて血が跳ねた。

 少年はそれでも目の前の男から視線を外さない。息を止め、後ろへ飛ぼうと膝を曲げた。

 青年は自分の二倍はありそうな腕を引き、懐に入ろうと身を屈める。


 ああ、だが敵は前だけではない。

 大男が愉快そうに笑うのを見て、二人は気が付いた。


 ーー後ろだ!


 少年はサイドステップで横へ逃げる。

 体制を立て直そうと詠唱の準備に入り、青年は大男の急所をもう一度狙った。

 しかし、伸ばされた薄汚れた太い腕は容赦なく少年の髪を掴み上げ、青年は思い切り背中を踏みつけられた。


「っ!」

「捕まえたぜ子ザルが!」


 少年らしい細く柔らかい金糸を汚い腕で無造作に掴み上げた男は、ひひひ、と笑った。少年の足が再び宙に浮き、身をよじるが逃れられない。


「アルト!」

「おおっと兄ちゃんも動くなよ」


 ぎしりと巨体に体重を駆けられ、青年は呻いた。肺が潰れそうなほどに圧迫され、砂を掴む。


「おい、そいつ逃がすなよお!高く売れるぜそのガキ!」


 今度こそ勝利を確信し、男たちはゲラゲラと笑いだした。

 そうだ、これはちょっと運が悪かっただけ。

 たまたま諦めの悪い町だっただけ。


 男たちの笑い声の中で、少年は「くそう」と舌を打った。

 少年は悔しさに目を潤ませて…




 なあんてことはなく、ぷっくりと可愛らしく頬を膨らませた。




「あーあ!やっぱりローゼリア様がいないと駄目だな!」

「あら?立派に戦えていてよ?」



 そうして甘く跳ねるような、澄んだ声が聞こえた時にはすべてが終わっていた。




「え?」


 男たちは、今度こそ本気の本気で自分の目を、正気を疑った。

 小さな町の少年が魔法を撃ちこんだ?弱弱しい住人たちに反撃された?泣き出すと思った少年が笑った?

 いいや。いいや違う。



 一面が(ツタ)で覆われているのだ。




 大樹の根のように太い蔓が、縦横無尽に這いまわり地面を覆い隠し、男たちの身体を締め上げている。


 どんなに力を入れても、指一本動かせない。むしろ、益々力が強くなり、すでに気を失っている者もいる。

 剣も、ナイフも握れない。

 大男の巨体も等しく、蔦に巻かれていた。まるで、つい先ほどまでの少年のように、地面から足が浮き、ぐいぐいと締め付けられる。もがけばもがくほど、強く、強く。


 

「アルト。訓練よりもずっと素早く賢く、冷静だったわ。貴方のおかげで上手くいったのよ、有難うアルト。」


 おぞましいほどの蔓の中に、いつの間にか少女が立っている。

 それは異様な光景だった。

 町を襲いに来た男達が追われているよりも、ずっとずっと遥かに異様だった。


「逃げようとしたのではなく、注意を引き囮をかって出た貴方を、風の騎士と呼んでも良いかしら」


 一面の、おびただしい程の蔦の中、紺色のドレスを纏った少女が、軽やかに笑う。

 ふふ、と上品に、愛らしく。


「やめてくれよ。ローゼリア様が見てくれてるって気が付いたから出来たんだ。もっと強くなったら、ローゼリア様の騎士になってやってもいいぜ」


 得意げに笑う少年の周りには、蔦が無い。住民たちの周りは蔦が避けて動いているのだ。

 よく見れば、地面に座り込み、樽からビールを注いでいる者までいるではないか。うねうねと大蛇が這うように動く蔦の傍で、「乾杯!」と響く声のなんと異様なことか。


 少女は、ステップを踏むように軽やかに、蔦の海を歩いた。

 ひらひら、ひらひら、ドレスが舞う。ベールが舞う。ベールを飾る真っ赤なリボンが、蝶のように飛び跳ねる。


「それはとても楽しみだわ。」


 笑う声が跳ねる。

 そうだ、笑っている。声は、こんなにも楽しそうなのに。住民たちも、賑やかなのに。


「マイクの立ち回りも中々だったわ。」

「やめてー!俺は踏みつけられてたから全然活躍してないからー!何の為の特訓だってトレさんに殺されるー!!」

「まあ、トレーヴェンだってそこまで鬼ではないわよ。多分。きっと。恐らく。」


 ころころと鈴のように笑い声は愛らしく上品なのに。


 なのに、顔が見えない。少女の表情が、顔立ちが、輪郭が見えない。

 真っ黒なのだ。

 どんなに目を凝らしても、凝らしても、真っ黒なのだ。

 ぽっかりドレスが、ベールが、リボンが宙に浮かんでいるように、真っ黒なのだ。


「ひ、」


 少女が隣を通るたびに、男たちは悲鳴を上げた。悲鳴の形に口を固定し、気を失う者もいた。


「あら、失礼しちゃうわ」


 それに少女は、殊更楽しそうに笑う。

 くすくす、くすくす。


 ああ、

 顔が見えない。

 顔が

 顔が



 かおが




「あああああああああああああああああああ!!!!!!!」



 カツン、とヒールの音と共に、少女は男の目の前に立った。


 それを認識した、その瞬間に、男は叫んでいた。


 叫ぼうと意識をしたわけではない。

 反射だ。気づけば、身体が、脳が拒絶していた。理解することを、その存在があることを。


「まあ、失礼しちゃうわ。」


 拗ねるような声は可愛らしい。

 それが、男はそれが恐ろしく気持ちが悪かった。


 そう、拗ねる()()()、だ。


 すぐ目の前に立っているにもかかわらず、少女の表情がわからない。どんな容姿なのかすらわからない。

 だって、


「黒い、髑髏…!!!!!!!!!!!!」


 少女には顔がなかった。


 正しく言い換えるならば、脂肪が、筋肉が、肉が、皮膚がなかった。



「ああ、ところで”成功を約束された”でしたかしら?」



 つるりとした黒い、黒い、黒い骨が、あるのみ。



 比喩でも隠喩でもない。皮肉でも侮辱でもない。

 文字通りの、髑髏が、

 真っ黒の髑髏が、かぱりと歯を開け笑った。



「約束は破られるものよ」 

「化け物っ………!!!!!」


 

 黒い骸骨は、歌うように言った。


「化け物で結構。わたくしの村に手を出すなら覚悟していらっしゃい?」


 そして蔓にピンク色の愛らしい薔薇が咲き乱れ


 男は目を閉じた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「死んじゃったの?」


 山賊が目を閉じる様子を見て、アルトはローゼリアを見上げた。


 ローゼリアは、腰のあたりにあるアルトの柔らかい金髪を左手で撫でながら、「眠ってるだけよ」と笑う。からからと楽しそうな声にアルトが首を傾げると、ローゼリアは右手を軽く振った。

 すると、地面に伸びる長い蔓や薔薇が姿を消す。


 後に残ったのは、蔦で縛り上げられ転がる山賊たちだ。咲き誇るピンクの薔薇に囲まれているのは、なかなかに不気味だ。しかも、うねうねと動く蔦は、山賊を次々と運んでくる。町に散った男たちを集めているのは良いが、ただただ不気味だ。

 不気味な景色を作り上げた髑髏は、ベールをふわりと肩にはらった。


「わたくしが命令した者を縛り上げ、眠りの粉をかける薔薇を咲かせる蔓の魔法よ。命名、ロマンティックピンク。」

「ローゼリア様は相変わらずネーミングセンスがクソだな。」

「アルトちゃん!?」


 ”ちゃん”はやめろ!と、アルトは頭を撫でるローゼリアの手を掴み上げた。黒い手袋に覆われた指は、驚くほどに細く、そして固い。

 それはそうだ。彼女は肉を持たないのだから。

 アルトは気にした様子なく、そのままローゼリアの手を握り、首を傾げた。


「ところで、お嬢様は怪我してない?」

「アルト…!!!!!!!!!!」


 大きなアンバーの瞳で見上げてくる顔のなんと可愛らしく、紡がれた言葉の何と優しいことか。

 アルトの騎士力にローゼリアの心の心臓が「きゅううん」と可愛く音を立て、

「どこに怪我する要因があったんだよ。お嬢さんに怪我させたけりゃ、トロールの軍隊連れて来んと。」


 隣に軽やかに降り立ったトレーヴェンへの殺意に燃えた。


「その喧嘩、買った。」

「売ってないので売却不可です。」


 ローゼリアが「むきいいい」と涼しい顔面に拳を握ったところで、トレーヴェンがすいと指を振る。

 指揮者のように指が振られると、あちこちに散乱していたレンガや、臭いを放つ茶色いのアレが綺麗に消え去った。


「すごーい!それどうやってんの!?なんて魔法?俺もできる?!」


 アルトはぴょんぴょんと飛び跳ねて、トレーヴェンを見上げる。背の高いトレーヴェンは、小さな子供の好奇心にニヤリと笑った。


「さあ?」

「うっわ」


 思わずローゼリアは声を零すが、アルトは気にした様子なく「すごいなーすごいなー」と楽しそうだ。


「…この性悪の悪影響を受けないことを祈るばかりね…」


 トレーヴェンはアルトの頭を撫でてやりながら「なんか言いました?」と目を細める。優しさがないわけではないのだ。

 ただ性格が捻じ曲がっている上に大人げないだけで。

 そんな執事とこれ以上話していては、また絞られるぞうきんにならなくてはならない。ローゼリアは「ところで」とトレーヴェンの後ろを覗いた。


「貴女にもお礼を言わせてちょうだい。」

「…わたし…?」



 ぽつん、と女は呟いた。

 置いてけぼりの小さな子供のように、頼りない声だ。

 汚れたドレスを纏う女の幽霊に、ローゼリアはふふ、と笑った。


「ええ。貴女のおかげで、みんな準備ができたのよ。」

「ローゼリア様?」


 トレーヴェンの大きな手を剥がすことに躍起になっていたアルトが、瞬きをする。きょろきょろと辺りを見渡し、ローゼリアを見上げた。


「誰かいるの?」

「昨日、墓場で出会った女性の幽霊さんよ。彼女が町に山賊が近付いてるって教えてくれてから、みんなにすぐに知らせることができたの。」


 ローゼリアがアルトに説明をしていると、何だ何だと人が集まってくる。

 酒瓶を片手に、恰幅の良い男が豪快に笑った。


「そりゃあ恩人じゃねぇか!あんたのおかげで、俺ぁ牛の糞をしこたま用意できたぜ!ありがとうよ!!」

「逆よ。エルナーさん、そっちじゃない幽霊さんがいるのはこっち。」

「見えねぇから仕方ねえ!!!」


 がはははは、と陽気に笑う声につられる様に、あちこちから「有難う」と声が上がった。

 「幽霊にかんぱーい!」なんて浮かれ切った声も上がって、お祭りモードが加速している。つい今まで山賊を相手にしていたと思えない空気に、ローゼリアも思わず笑ってしまった。


「…わたしの…おかげ…」


 静かな声に、ローゼリアは再び女に視線を向ける。


「そう、貴方のおかげ。教えてくださって、有難うございました。


 スカートを持ち上げ、ローゼリアは淑女の礼をとる。女はそれをぼうっと見つめ、そろそろと口を開いた。


「わたし…私、なぜかしら。どうやっても、あの墓場から動けなかったのに、気づいたら墓場を出ていたの。どうして墓場から出たかったのか、どこに行きたかったのか、何も思い出せなくて歩いていたら、あの男たちがいて…。あいつらが行く方向に町があるって、なぜかわかって、そしたら急に怖くなって…」


 ぼんやりと話しながら、女は凍えるように両手で自分の身体を抱いた。

 すとん、とその場に座り込むので、ローゼリアも慌ててしゃがみ込んだ。


「ちょっと、大丈夫?!」

「…お嬢さんの魔力にあてられたかな。墓ってのは結界みたいなものがありますからね。ローゼリアお嬢さんの魔力に触れて、墓場から出られたんでしょう。そんで生前の記憶が戻ってきてんのかも。」

「それ、大丈夫なの?」


 アルトは、何もないように見える場所に声を掛けるローゼリアを見て、トレーヴェンを見上げた。ちなみにアルトの首は、ほぼ垂直に曲げられている。

 声に気づくと、トレーヴェンは、よいしょとその場に腰を下ろした。


「霊ってのは、長く留まりすぎると記憶を少しずつ無くして、恨みとか悲しみとか、未練だけになっちまう。最後は、誰彼構わず呪う、そんなモノに成り果てちゃうんだよ。」


 アルトは、淡々と語る声に、ぶる、と身を振るわせた。


「全部忘れちゃうの?ローゼリアお嬢様と約束したことも?」


 真っ先に己の主の名を出すアルトに、トレーヴェンは小さく笑って答えた。


「お嬢さんの事どころか、自分の名前も家族の事も忘れて、憎いとか、悲しいとか、寂しいとか、痛いとか、苦しいとか、良くないものだけになるんだ。それだけが、この世に存在している理由だかんね。」


 真っ青な顔するアルトに、低く静かな声は続けた。


「だから、記憶を取り戻すのは良い事だ。この世に留まる理由を思い出し、納得ができれば還ることができるだろから。」


「……良い事ならまずそう言ってよ。」

「順序立てて説明してやったんだよ。」


 ぷう、と頬を膨らませるアルトの顔はまんまるだ。ぷっくりと膨れた頬をトレーヴェンがつついていると、「そう、理由よ…」と女が顔を上げた。


「理由があったの。私が墓場にいたのは、私、私が、墓場で、死んだからだ。」


 掠れた声は、ゆっくりゆっくりと女の最後を辿った。


「私、けんかをしたの。誰かと言い合いになって、町を出て、歩いてた。目的があったわけじゃなくて、ただ町を出たくて、それで、迷って、墓場に居て、そう、そこで、あいつらに見つかって、ああ、そう、そうよ、私、墓場で襲われたの。ねえ、信じられる?墓場よ?男達が笑いながら追いかけてきて、怖くて、怖くて、一生懸命走ったの。でも、髪をひっぱられて、水たまりで転んで、そのまま引きずられて、それで、」


 がたがたと震える女の身体を、ぎゅう、とローゼリアは女を抱きしめた。


 ひゅ、と女が小さく息を吸う。


「私、幽霊に触れちゃうの。すごいでしょう。」


 ふふん、と自慢げに笑い、ローゼリアは女の頭を撫でた。

 ぺちゃりと濡れた音が立つが、ローゼリアは構わずにゆっくりと頭を撫でる。

 しばらくして女の震えが治まると、濡れた髪に隠れた耳に、ローゼリアは優しく囁いた。


「ねえ、誰と喧嘩をしたのかしら。思い出せる?」


 女は、瞬きをした。

「けんか…?誰と…だれ、」


 ローゼリアの言葉を繰り返し、その緑の瞳が、くる、と大きく見開かれる。

 青白い顔に、すう、と色が差した。


「家族よ」


 女の肌は、見る見るうちに色を取り戻した。

 まるでそこに生きているかのように、瑞々しく芽吹くように。


「そう、私、家族と喧嘩をしたの。私、いつも家族と喧嘩をしてた。ああ、そうよ。妹と喧嘩をする度にパパとママが妹を庇うから、私いつもそれに怒ってたの。家を飛び出して、その辺を歩いて、お腹が減ったら帰るの。そしたらママが、仲直りしましょう抱きしめてくれるて、パパが言い過ぎてごめんなって、頭を撫でてくれるから、私もごめんなさいって、謝るの。妹は、ママと一緒に作ったのよ、って私の好きなチキンスープを温めて、ごめんなさいって泣くのよ。」


 女は、いや、少女は泣いていた。

 子どもの丸みを捨て、大人へと開花していく。そんな蕾のような頬に大粒の涙を次から次へと零して、少女はローゼリアの骨の身体にしがみついた。震える指で、高価そうなドレスを握っても、ローゼリアは怒らない。優しい声で、ねぇ、と少女へ呼びかけた。


「…貴女の名前は?」


 ローゼリアは、ゆっくりと少女の頭から背中までを撫でる。

 濡れて、汚れ、色もわからなかったはずの少女の髪は、優しい色の赤毛だった。

 くるくるとしたカールが可愛らしい、夕日のような髪の少女は、そっと身体を起こす。真っ黒の骸骨を正面から見つめ、小さな唇を開いた。


「…ニーナ。私、ニーナよ」


 目を柔らかく細めて微笑む、墓場の幽霊などではなく、どこにでもいるごく普通の少女らしい笑みに、ローゼリアは頷いた。


「今日は有難うニーナ。わたくし、ローゼリアよ。町のみんなと訓練をしたり、町興しを企んだりしている骸骨よ。」


 なにそれ、とニーナはローゼリアの自己紹介に破顔した。15,6歳だろうか。素朴な笑顔にローゼリアが満足そうに頷いていると、「ニーナ?」と震える声が彼女の名を呼んだ。


 ローゼリアが振り返ると、老婆が口を両手で覆っている。

 細い肩を支える若い男性が、戸惑ったように声を掛けた。

「どうしたんだよ、ばあちゃん」


 呼びかける声には答えず、老婆は恐る恐る、といったようにローゼリアへ近づく。

 そして、その傍にぺたりと座り込んだ。


「お、お嬢様、その、女性の幽霊は、ニーナと言うの?」


 縋るような声に、ローゼリアはニーナに視線を戻す。

 ニーナは、不思議そうな顔でローゼリアを見返した。

「誰?」

 問いかけるニーナに、ローゼリアは「マーサ」と老婆の名を呼んだ。

「…赤い巻き毛に、翡翠の瞳で花柄のドレスを着た彼女は、家族と喧嘩をして、墓場で亡くなったそうよ。」

 それを聞くと、ああ、とマーサは声を震わせた。

 ああ、ああ、と翡翠の瞳に、涙が溢れていく。


「チキンスープが大好きな、ニーナという女性を知っているかしら?」

「お姉ちゃん…!」


 ぱちん、とニーナは瞬きをした。


 こちらを見ている。けれど視線が合わない。どうやら自分の事が見えていないらしい老婆は、しわしわの顔に涙をぼろろぼろと零した。

 ニーナは、そのお婆さんにちっとも心当たりがない。

 けれど、ニーナは両手を持ち上げた。


「あんたって、相変わらず泣けば良いと思ってるのね!」


 ぽろりと言葉がこぼれた。


 ニーナは自分の言葉と、それからマーサと呼ばれた老婆を抱きしめようと伸ばし、するりと通り抜けた自分の腕を眺めた。ぱちぱちと、不思議そうに瞬きをして、顔を上げる。


「マーサ?マーサって、名前、私…」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、ごめんなさい、」

 ば、とニーナはマーサから離れた。


 そして、まじまじとその姿を見つめる。皺の目立つ顔にある、自分と揃いの緑の瞳、白髪の巻き毛。細い指にある、エメラルドの指輪。

 ニーナは、ぱちん、と瞬きをして、しょうがないなあ、と笑った。


「…マーサ、あんたこーんなにお婆ちゃんになったってのに、ちっとも変わらないのね。泣けば私が許すと思ってるんでしょ」


 ニーナが髪を撫でようと伸ばした指は、触れることなく通り抜ける。もう一度自分の指を見つめ、 ニーナは「あーあ」と笑った。


「結局、その指輪、あんたのになっちゃったね。わかってんの?ママから貰った、私の宝物だったんだから。あんたが勝手に持ち出すから、喧嘩になったのよ。」

 もう触ることもできないけどさ、とニーナは困ったように指輪を眺めた。

 つい昨日の事のように思出せるのに、ついさっきまで思い出せなかった。

 ニーナにとっては、つい昨日の事のようなのに、生意気で我儘で可愛くない事もない妹は、自分よりもずうっと年上になっていた。


「…マーサ、ニーナが笑ってるわ。」

「え…?」


 突然のローゼリアの言葉に、ニーナは勢いよく振り返った。

 ちょっと、と取り乱すニーナの声には聞こえないふりをして、ローゼリアはマーサの肩を撫でる。

「お婆ちゃんになったのに、ちっとも変わらないって。泣けば許すと思ってるのね、って嬉しそう。」

「誰が嬉しそうよ!私は怒ってるんだから!」

 ニーナの抗議に、ローゼリア耳をふさぐ。もっともローゼリアに耳はないけれど。

 見えない姉の隣で、マーサは顔を両手で覆った。


「…そう、私、お婆ちゃんになっちゃったの。パパもママもお姉ちゃんの事も、追い越しちゃったのよ。でも、ずっと、お姉ちゃんに謝りたくて…、」

 泣き崩れるマーサを前に、ニーナはふん!と顎を上げた。


「謝たって許さないわよ!その指輪を大事にしないと化けてでてやるんだから!!」

「指輪を大事にしてくれて嬉しいって。これからも大事にしてねって、言ってるわ。」

「だから!伝えるならちゃんと伝えてくれる?!」

「あら、違うの?」

「……ちがわないけど……」


 決まりが悪そうに頬を染めたニーナは、戸惑いを浮かべ自分を見上げる顔に視線を戻す。涙でぼろぼろの顔に、はああ、と盛大に溜息をついた。


 しょうがないなあ、と呟くそれは、生前の彼女の口癖だったのかもしれない。泣きながら謝る妹に向けて何度も繰り返したのだろう。

 ニーナは、マーサの正面に座りなおした。


「どこ見てんのよ、私はここよ」


 視線が合わない、自分より年老いてしまった妹を見て、ニーナは目を細める。

 ローゼリアは、横からニーナの手を取った。


「なに?」

「いいから」


 手袋に覆われたゴツゴツとした指を不思議そうに眺めるニーナの手を、マーサの手と重ねる。


「!」


 二人分の驚きの視線に、ローゼリアはこくりと頷いた。


「わかる?マーサ」

「ええ…ええ…!暖かいわ…!!」


 ぼろ、と涙を零すマーサに、ローゼリアはまた頷く。


「そのまま、そのまま真っ直ぐ前を見て。」

「…、マーサ…」


 ぴたりと、二人の視線が合った。

 ニーナが小さく名前を呼ぶと、マーサは目を見開いた。


「お姉ちゃん、いるのね?いま、呼んだわね?」


 マーサの瞳に、ニーナの姿は映らない。

 けれど、ニーナは自分と揃いの瞳をしっかりと見つめた。


「……マーサ、私もごめんね。」


 ニーナの声も、涙でぐちゃぐちゃだった。


 掠れて、震えて、嗚咽交じりで。けれどお互いに、瞬きもせず見詰めあっていた。


「チキンスープ、用意してくれてた?」

「うん、うん!私も、ママも、パパも、待ってた。毎日チキンスープつくって、待ってたの。今も、毎日っ、」


 最後は、言葉にならなかった。

 二人は、身体を寄せ合うようにして泣きじゃくった。

 時間を超えて、子供のように。


 ニーナは、そっかあ、と涙に濡れた声で、嬉しそうに笑った。

 本当に、本当に嬉しそうに笑った。


「私、家に帰れたのね。」







 そして、光がはぜるようにしてニーナは消えた。




「…お姉ちゃん…?」


 声が途絶え、体温が無くなったことで気が付いたのだろう。

 マーサは、涙で濡れた瞳で視線をうろうろと彷徨わせた。


「…還ったわ。すごく、すごく素敵な笑顔だった。」

「かえる…?」


 ローゼリアが手を伸ばすと、白い手袋がハンカチを差し出す。それを受け取り、ローゼリアはマーサの頬に当てた。

 トレーヴェンは、ハンカチを差し出した手をポケットに戻した。


「人は、死を迎えると魂だけの無垢なるものになる。意識も感情もなく、自然に、大地に、静かに溶け込むんだ。そうやって、世界を構成するものの一つに還る。」


 トレーヴェンの声は静かだ。

 低く、どこか神秘的な声にマーサは涙を零した。


「お、お姉ちゃんが墓場で見つかった後、私、会わせてもらえなかったの。大きくなってから、ひどい状態だったって聞いたわ…」


 その時の事を思い出したのだろう。眉を寄せ、マーサは祈るようにトレーヴェンを見つめた。


「でも、お姉ちゃんはもう、苦しくないのね…?」

「ああ」


 トレーヴェンは、ゆっくりと頷く。

 表情のないその顔は、ひたすらに美しく、人形めいているのに、微笑んでいるようにも見える。

 宗教画のような、近寄りがたい美しさがあった。


「穢れのない、まっさらな状態だ。時を育み、生まれ、死にゆく輪に還ったんだ。」


「そう…そうなのね…。良かった…良かった…!」

 マーサは、何度もよかった、と口にし、身体を丸めた。

 震える身体を男性の手が撫でる。ローゼリアが顔を上げると、涙ぐんだ顔が微笑んだ。


「有難う、ローゼリア様。ばあちゃん、1日も欠かさずチキンスープを作ってたんだよ。きっと、ばあちゃんも、もう苦しくない。」

「私たちからも礼を言わせてください。…父が亡くなっても、母はまだ死ねないと、ずっと苦しんでいたんです」

「有難うございます…ローゼリア様…」


 固唾を飲んで見守っていた人垣の中から、マーサの家族が次々に頭を下げる。かけられるその言葉に、ローゼリアは飛びのくようにして立ち上がった。


「ちょっと!止めてくださる?!わたくし、何もしてないもの!偶然が重なっただけでしてよ?!」

「その偶然も、ローゼリア嬢ちゃんがいなけりゃ起きなかったわけだからなあ」

「そうそう。ローゼリアお嬢さんが鍛えてくれたから、この町はいつでも盗賊だとか山賊だとかを迎え撃つ準備ができているしなあ。無事にマーサの婆さんが妹と話せたのは、全部お嬢さんのおかげじゃねぇか。」

「最初は何をと思ったが、今じゃもう怯えて暮らすこともねぇしなあ!」

「よーし乾杯だ!乾杯するぞー!」

 何度目かわからない「かんぱーい!」の声を聞きながら、ローゼリアはうう、と両手で顔を覆った。


「お嬢さん、いつまで経っても褒められるの慣れませんね」

「うっさい!」







 その町は、かろうじて町と呼べるほどの小さな町だった。

 王都から伸びる大きな道から外れた、険しい山道の先にある町は、ひっそりとそこに在る。

 関所が無いからと、時折立ち寄る商人や旅人が落とす、そのささやかな金と豊かな自然に支えらえた町は、同時に人目を避ける山賊や盗賊たちの通り道でもあった。

 故に、略奪や簒奪は珍しい事ではなかった。

 町を出る者、町を出ても途中で襲われ消息を絶つ者、町で殺される者。

 去り行く者ばかりの町に、ローゼリアはトレーヴェンと二人で移り住んだ。


 肉を持たない自分に、居場所をを与えた町を、ローゼリアは愛している。



「さあ、勝利を祝うわよ!わたくしがいる限り、この町から何も失わせないわ!」






「まあ、お嬢さんは幽霊を次々と失ってるんですけどね。」

「ねえ、トレーヴェンさん。成仏させちゃうから、幽霊の間で幽霊を消す髑髏姫って噂があるんだって、そろそろ教えてあげたら…?」

「やだね。」

 ニヤリと笑うトレーヴェンに、アルトはやれやれと肩を落とした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あばばばば…これから仕事なのにわりとしっかりめに泣いてしもうたんじゃよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ