二歳の差は大きい
「先輩、何してんすか?」
「何って、お茶買ってるだけだよ。」
秋の終わり、高校一年生の階の廊下にある自販機置き場で私の頭上から声がする。
見上げると今年の夏休み頃のにやたらと絡んでくる一年生坊主ー尾上が言う。
自販機から、ガチャンとペットボトルのお茶が落ちる音がする。
「……誰の上着ですか、それ?」
ちょっと低い声が響く。
浅黒い肌だが小顔で上級生の一部では幼さが残り可愛いと噂がある顔が険しく歪む。
自販機からお茶を取り出して、尾上の言葉を返す前にキャップを回してお茶を飲む。
はて、上着?なんのことだ?と自分の格好をみる。セーラー服の上に黒のカーディガンと隣のクラスメイトに伝言を残し借りてきた三年の校章カラーがついた学ランを着ている。平均より背の低い私にしてみれば男子の上着はどれも大きいので暖かい。腰痛持ちの私にはとても頼りになる。ジャージでは腰までカバーが出来ない。
「あぁ、学ランの事なら隣のクラスの男子に借りた。」
「はぁ?!」
呑気に言う私に甲高く尾上は言う。声が大きくてちょっと耳が痛い。
尾上は驚いた顔をしてるが何か違う気持ちが混じってるように見える。
付き合いは長く無いが初めてみる顔だ。なんだ?
近くにいた生徒たちが声に反応して数人こっちを見る。
同学年もいるが私の姿にいつもの事かっと過ぎていく。
まぁ三年に文句を言える人はそうそういない。
尾上もそれを見たのか、驚きが更に増している。
「か、彼氏のですか?」
「彼氏なんているわけないでしょ、こんなメガネブスに。」
何言ってんだよっと笑い飛ばす。彼氏いないの知ってんだろ。スカートだって一切改造や折ってもないぞ。見てくれだけは優等生だ。この前に推薦入試の女生徒にスカート貸してくれって奪われたぐらい喪女の私に彼氏なんているわけないだろ。陰キャでオタク。世の中の女性が甘いスイーツで出来てるなら、私はアニメに漫画にラノベにゲームで出来てるんだろう。そんな私にできるはずなどない。興味もない。
そういえば親しくなると彼は私に「彼氏とかいるんですか?」と聞かれたことがあった。その時は「いないし、興味ない。むしろ私に告白なんて罰ゲームだろ」と鼻で笑って答えたっけ。
「ちょっと、待ってて下さい。」
「は?」
尾上は何かを決心したのか背を向けて廊下を走り出す。今度は私が驚く番。仕方ないので自販機傍の備えのベンチに座る。二年以上の生徒は私のその姿に見慣れていたので気にはしないが、一年生たちはチラチラと見ている。
通り過ぎる教師も幸運のことに理解ある大人なのか「本人に返しとけよー」と声を掛けるだけで過ぎていく。慣れって素晴らしい。
初めの頃は驚かれたが。ここの高校が先生と教師の距離が短くてよかった。
ペットボトルのお茶を両手で挟み暖を取っている。
よく分からないけど早くしてくれないかなぁ。
移動教室じゃないけど、ここままでは休み時間が終わる。
面倒だなぁーっと思ってたら、ドタドタと音を立てて走って尾上が戻ってくる。
「先輩、それじゃなくてこれ着て下さい。」
手には学ラン。詰襟には一年の校章カラーが着いている。
「え?既に着てるからいいよ。」
今から脱ぎ変えると寒いし。
しっかりと断ろうと口を開く前に「燈子!!」っと私の名前をアルトの男性の声が響く。
「また、私の学ラン持ってたでしょ?!言えばホッカイロ渡すから取らないでよ!!」
階段から三年のカラーの上書をはいた男子がやってくる。
手入れの行き届いた艶やかなこげ茶の髪にアンバーの瞳。女子よりも整えられた綺麗な肌と整った中世的なイケメンが形のいい眉を上げて私にずんずんと迫る。
「あぁ、借りてる。クラスの人には言ってあったでしょ?」
「そーいう問題じゃないのよ!!」
「減るもんじゃないからいいでしょ?」
「あんたは世間を見なさいよ!!」
「冷え性と腰痛持ちをなめるな。そしてあんたが見ろよ。」
「うるさいわね!!これが私よ!!黙りなさいオタクが!」
「うわ、偏見。お前の彼女も同類だけど?」
「え、あの?」
尾上の声で彼の存在を思い出す。
私と男子生徒のやりとりで後輩の存在を忘れていた。
尾上に私は親指で投げやりに男子生徒を指さす。
「私の従兄。」
「いとこ?」
きょとんとする尾上。
そりゃ、オネエな三年男子生徒は衝撃的だろうな。私も数十年ぶりに高校で再開したとき驚いた。思えば幼い頃に数回会っていたが、その容姿から女の子の格好していたので名前を聞いても自分の“親族”で“男”と思えなかった。もともと親族とは縁が薄いのもあるが。
ついでに私はイケメンとも縁が遠い人間だし。
「そうなのよ。この子、それで寒いと毎回私の上着を奪っていくの。困ってるのよ。」
「私は今が寒くて困ってる。文化祭は私の制服貸したんだし。とりあえず、休み時間が終わるから戻ろう。あとホッカイロくれ。」
「少しは恥じらい持ちなさいよ!!」
「そんなもんもってない」
ベンチにから立ち上がり、教室に向かおうとすると尾上が私に自分の学ランを押し付ける。
「放課後に返してくれればいいんで、これ使って下さい。」
なんか真剣な顔して言ってる。そっか、尾上の学ランか。
「…校章カラーが一年のは借りれない。先生にさらに目を着けられる。」
気持ちは嬉しいが、教師からカツアゲと思われるの嫌なので尾上の学ランを借りるのを断る。
学年主任まで目を付けられてないが、出席日数がやばい授業があったりするので、
なるべく目を付けられる行動は控えたい。まぁ目立っているが。
「そうね、これ以上目を着けられたら親、呼ばれるわよ。」
「それは困る。呼ばれたらおばさんに頼もうかなあ。」
「やめて、本当にうちのお母さん行くから!もー、別の高校行けば良かったわ!」
プリプリ怒る従兄にクスリと笑う。
「尾上、気持ちだけもらっとく、ありがとう。」
「………はい。」
なぜかしょんぼりした顔の尾上がいた。でも構ってる時間はない。
授業に遅れる。次の授業はそろそろ出席数がやばい。
私と従兄は急いで階段を駆け上がる。
次の日の朝、登校すると下駄箱にホッカイロの10枚いりの一袋と「使って下さい。尾上」と書かれた付箋のメモ書きがあった。
「随分、かわいい後輩じゃない?」
一緒に登校した従兄がニヤニヤと笑い、隣にいる二年の中学から付き合いのかわいい後輩女子が「そろそろ、認めちゃいなよ」と生暖かい顔をする。
「認める?何を?」
靴をはき替えて、ホッカイロを鞄に押し込み、先日付き合い始めた二人を睨みながら私は言うと二人からは冷めた目線を頂いた。
とりあえず、尾上にスマホのメッセージアプリで「ホッカイロありがとう」のお礼を送っておいた。
お大事に!可愛らしいスタンプが送信されてきた。
寒い朝なのに、なぜか心が少しは暖かく顔がにやけた。
今日は従兄の学ランを借りなくて済みそうかもしれない。
はじめて投稿しました。ふと浮かんだ青春小話です。なので中身はすっかすかです。
鈍感ヒーローならぬ、わけあり鈍感ヒロイン。そんなヒロインを一途に思って頑張る年下男子の話を書きたくなりました。助っ人のオネェな従兄はツッコミ役です。彼がいないと話が進まないので。