第七話 花は乙女の風に揺られて
いつものように資料室へ向かおうとしたとき、後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。
「悠里、どこ行くの?」
声をかけられ振り向くと、黒いツインテールを揺らす少女の姿があった。
「ルナ。……うん、ちょっとね」
「なに、幼馴染の私にも言えない場所なの?」
曖昧な反応が気に入らなかったのか、ルナはじろりと僕を睨んだ。
麻宮ルナは僕と同い年の患者だ。幼馴染といっても昔から付き合いがあったわけではなく、ただこの施設に入所した時期がほぼ同じだったというだけだ。ルナの方がわずかに早く入所したせいか、はたまた元からの性格なのか、まるで姉のように世話を焼きたがってくる。しかし年不相応の小さな身体と髪型のせいで、小さい子どもが背のびをしているような印象が強い。
「いや、本当に大した用事じゃないんだ。ちょっと、友達に会いに行くだけだから」
「ふーん……じゃあ、私も行く」
「えっ⁉︎」
「別に良いじゃん。それとも何、本当にやましい場所にでも行く気だったの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
正直、ひまりを他の人に合わせるのには抵抗があった。性格的にもあまり多くの交流を望むタイプではなさそうだし、なにより……ひまりは明らかに『訳アリ』だ。水城さんからも釘を刺されたように、彼女の素性はあまり公にしない方が良いのだろう。なら無闇に他人と関わらせるのは危険なんじゃ……とあれこれ考えを巡らせながら抵抗したものの、結局強引なルナに押し負ける形になってしまい、向こうが嫌がったらすぐさま帰る、ということを条件に連れていくことになってしまった。
部屋に入ると、案の定こちらに目をむけたひまりが一瞬で不機嫌そうな顔をする。あまりに想像どおりの顔だったので、思わず笑いそうになってしまった。
「ユーリ。……誰」
不機嫌そうな顔のままひまりはまるで飼い主が他人を家に連れてきた時の猫のように、警戒しながらジトリとルナの顔を窺う。
「こんにちは。私の名前は麻宮ルナ。悠里の幼馴染だよ。よろしくね!」
「……私はひまり。よろしく」
「ひまり? 何ひまりなの……」
「ところでユーリ、なんで突然知らない人を連れて来たの」
名字を聞こうとしたルナの言葉を遮るように、ひまりが尋ねる。
「いや、友達のところへ行くって言ったら、ついて行くって聞かなくて……」
「ちょっと、その言い草はあんまりじゃないの。私はみんなが悠里が最近付き合い悪いって言ってるから、心配してるんだよ? 知ってた?」
「別に、そんなの僕の勝手じゃ……」
「この狭い施設ではみんな仲良くしたいんだよ。ひまりちゃんだって、自分のせいで悠里が陰口叩かれてるなんて、嫌よねえ?」
そう言いながら、ルナはひまりに抱きついた。そしてひまりの耳元で何かを囁いたが、その声は僕には小さすぎて聞き取ることができなかった。
「お前のせいで悠里が孤立しかけてんの、わかってる? 私の悠里に手出してんじゃねえよ、ブス」
ひまりは心なしか青ざめているようにも見えたが、ただ黙ってコクリと頷いた。するとルナはひまりの首に回していた腕を離し、にっこりと笑った。
「だよね、良かった! でも安心して、私が一緒にいればそんなこと誰も言わなくなるから。私と悠里が幼馴染なのはみんな知ってるからね!」
そう言いながら、ルナは僕が持ってきていたお菓子を勝手に並べ、お茶会の準備を始めた。そのあまりの強引さにひまりが起こり出さないかと憂慮してチラリと顔を盗み見るが、淡々とした態度で紅茶を淹れていたその後もひまりはルナを強く拒否することはなく、他愛もない話をしてその日のお茶会はつつがなく終わりを迎えた。