表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第六話 蜜を吸われて、花を咲かせて

 そういえばあの日、水木さんからひまりについて結局何も聞けなかったな、と思い出したのは、ひまりが資料室に来なくなってから三日ほど経ったときだった。またこの間のように倒れているのではないかと隈無く探したが、彼女の気配はどこにもなかった。まあ僕地震、毎日ここに来れていたわけではないし、ひまりにも何か用事があるのだろう。本を読んだ理科大をしたり、なるべく資料室にいる時間を増やして、ひまりが来る日を待った。


 ひまりが再び資料室に現れたのは、それからさらに三日ほど経った頃、ちょうどあの騒動から一週間が過ぎた日だった。ゆっくりと開けられた扉の先の彼女を見て、僕の身体は硬直した。

 明らかにやつれた身体。目の下にあるくっきりとしたクマ。そして……長袖のワンピースから見え隠れする、薄く残った痣。何かあったのは明白だった。

 「……ひまり、そーー」

 「身体に異常がないかとか、病気の進行具合とか色々診られてたらこんなに時間が経っちゃった。まったく、ちょっと倒れたくらいで大袈裟だよね」

 僕が言葉を発した瞬間、遮るように捲し立ててひまりは喋った。まるで、聞かれることを拒むように。しかし、普段のは絶対に見せないような思いっきり口角をあげたーー上っ面の笑顔を見て、どうしても黙っていることができなかった。

 「……本当に言いたくなかったら、そう言って。ひまり、この一週間で何があったの?」

 ひまりは口角を上げたまま一瞬硬直し、その後強ばった顔でか細く言った。

 「……本当に心配しなくて大方ぶ検査だったっていうのも本当の話。ただ……私は涙花病だから、ちょっとね」

 そう語るひまりの唇は微かに戦慄いていた。涙花病は患者自体が少なく、原因すらも未だ不明のままである。それはつまり、意図的な動物実験なども出来ない段階だ。とすると、彼女の身体で行われていたのはーー

 と、そのおぞましい事態を想像する前に思考を止める。これ以上の詮索は、誰も幸せにならない。僕はひまりの手をそっと包み言った。微笑んだ少しでもひまりを安心させるために、なるべく穏やかに。

 「話してくれてありがとう。大変だったね。向こうに昨日焼いたケーキがあるから、一緒に食べよう」

 「えっ、ユーリのケーキ⁉︎」

 パッと顔を上げたひまりは先程の上っ面の笑顔ではなく、心の底から嬉しそうに目を輝かせた。

 「と言っても、昨日のは調理実習で作ったものをこっそり持ち帰っただけだから、ただのプレーンのマフィンなんだけど……」

 「なんだって良いよ。ユーリの作るもので美味しくなかったものなんてないもん!」

 そう言いながら、ひまりは軽い足取りでお茶会の準備を始めた。差し出されたカップには、深紅の液体に揺蕩う柔らかな笑顔があった。僕はその笑顔を閉じ込めるように、ゆっくりと紅茶を啜った。

 「相変わらず美味しいよ、ありがとう」

 「お粗末さま。ユーリのケーキも、相変わらず美味しいね」

 本当は水城さんのことなんかを色々聞きたかったのだけれど、それは今ではないような気がした。ひまりだって急に気持ちの切り替えができるわけでもないだろうし、嘘ではないものの、やはり多少無理してでも楽しもうとしているのだろう。今必要なのは、蝶に蜜を吸われて

萎れた花の、休息の時間だ。


ーーーー

 「そういえば、こないだ悠里くんと話してきたよ」

 「えっ⁉︎ 待って、どういうこと?」

 ガタン、と大きな音を立て、ひまりが勢いよく椅子から立ち上がった。

 「そんなに大きな音を立てないで。ひまりが私の研究室に出入りしているの。バレたら面倒でしょ? 特に……室長なんかには」

 その言葉にひまりは微かに肩を震わせ、俯いた。そして静かに椅子を元に戻し、奈々に尋ねた。

 「……それで、どうだった?」

 「んー。まあ悪い子ではないんじゃないかな。私のことひまりに危害を加えようとしているんじゃないかって、警戒しまくりでかわいかったよ」

 ケラケラと笑う奈々にほおを膨らませてひまりが返す。

 「もう、どうせ奈々ちゃんがからかったんでしょ。私たちの仲も話さずいきなり核心突くとか」

 「いやあ、まるで野良猫みたいな反応するからついね。ていうかひまり、ナンバープレートのことバレてたよ」

 「ええっ⁉︎」

 それまで穏やかだった空気が一瞬凍りつく。

 「まあ、それに関してはかなりキツく口止めしておいたし、大丈夫だろうけどね。でも気をつけなよ。自分では大丈夫だと思ってても誰に見られてるかわからないって、よくわかったでしょ」

 「はい……ごめんなさい」

 まるで小さな子供のように落ち込んで丸まった背中を、奈々がポンと叩く。

 「脅すようなこと言ってごめんね。大丈夫、もし何かあったとしても、私が絶対守るから。ね?」

 「奈々ちゃん……ありがとう、大好き!」

 「よし、じゃあ久々にお茶会しようよ! ひまり、紅茶淹れて。今日は柚子の琥珀糖があるんだ」

 「やった! 奈々ちゃん世界で一番好き!」

 「まったく調子良いなあ、こいつ!」

どうもこんにちは。お久しぶりです。

最近自分がお茶会にハマってるせいか、お茶会の描写が増えたような気がします。

ちなみに琥珀糖とは、寒天と砂糖で作られたお菓子で、綺麗で儚く、ひまりのようなお菓子です。

とても美味しいのでぜひご賞味ください。

(全然小説の話してないですね)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ