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第八話 幽閉された花は幸せなのか?

 それからというもの、ルナは毎日のようにひまりのもとへいく僕についてきた。迷惑だろうとは思いつつも、毎日お菓子やら可愛い手土産を持ってきているので、あまり無下にはできなかった。ひまりはというと相変わらず拒否するわけでもなく、かといって歓迎するわけでもなく、相槌を打ちながら静かに僕たちの会話を聞くばかりであった。ひまりがただ一言、「来ないで」と言ってくれれば済む話なのに。僕が連れてきた友人だからと気を遣っているのだろうか。それとも……

 「ひまりちゃん、今日も喋らなかったね」

 ひまりのもとからの帰り路、ルナは決まって同じ台詞を放つ。

 「やっぱり、私嫌われちゃってるのかなあ。唯一の友達の悠里のこと、とっちゃったから」

 申し訳なさそうな言葉とは裏腹に、その声はゲームをクリアしたかのようにどこか軽やかに聞こえた。

 「そんなことはないと思うけど……」

 ひまりは他人に心を開くまでに時間がかかるタイプであることは、初対面の時の反応から明白だ。むしろ、攻撃的な態度を取らないだけで僕のときより随分マシなようにも思える。まあ、だからといって好意的かと言われれば、それも明言はしにくいのだけれど。

 「ねえ悠里。いくらあの子が一人ぼっちで可哀想だからって、毎日毎日悠里が構いにいく必要ないんじゃない? ひまりちゃんだって、今までずっと一人でいたわけでしょ。一人が好きなんじゃないの? それとも、悠里がそんなに心配するほど、あの子は悠里のことが好きなの?」

 「いや、そんなことはないと思うよ」

 謙遜ではなく、素直に思ったことを口に出す。

 あくまで推測の域を出ないが、おそらくひまりは僕を、というよりは施設内の人間に対して一線を引いている。原因は大方予想がついているが、今それを言及したらそれこそ二度と話してくれなくなってしまうだろう。あんなに人気のない資料室にこもっているのも、誰かに秘密を知られないように、そして誰かが知ってしまう(・・・・・・)ことを防ぐためだろう。逆に言えば、一度交流を持った僕が強く拒否されないことを考えれば、本来はそこまで人嫌いというわけでもないのだろう。

 「……ふーん」

 そっけない返事が気に食わなかったのか、ルナは歩く速度を少し早めて僕から一瞬顔を隠した。と思うとそのあとなぜかすぐに笑顔で振り向いて、「行こ? 次のレクの時間に遅れちゃう」と僕の手を引いた。彼女との付き合いはひまりよりもかなり長いけれど、まだまだ理解できないところが多いなと感じた。


 それから数日経ったある日、家族からの差し入れを見たルナは足を膝の上ほどまで浮かせて歓喜の声をあげていた。彼女の家は裕福なのかそれともよほど愛されているのか、毎日のように差し入れが届く。普通は月に一度か多くてもせいぜい週に一度なのに。そんなわけで毎日届く荷物をルナはいつも当たり前のように受け取っていたが、あんなにも喜びを露わにしているところを見るのは初めてだった。その日一日、ルナはそれが入った箱をぎゅっと抱きしめ、小さな子どもがお気に入りのぬいぐるみを見つけた時のように肌身離さず持っていた。

  そしてその次の日、相変わらずご機嫌で箱を抱えたルナと共にひまりのもとを訪れた。ルナはこちらも相変わらず静かに出迎えるひまりに隠れて、なにやらゴソゴソと箱の中身を取り出し始めた。

 「今日はね、すっごく良いもの持ってきたんだよ!」

 ひまりが席につくまで勿体ぶって蓋を開けようとしないルナに、紅茶を淹れる手を止めてこちらへ向かってくる。ひまりが箱が視界に入る位置まで移動してきたことを確認すると、思いっきり蓋を外した。

 「見て見て! じゃーん!」

 開けられたボックスを僕とひまりが覗き込んだ。

 そこにあったのは、四つのアクリルキューブだった。中には桜、たんぽぽ、鬼灯、そしてサンカヨウが埋められており、花の最も美しい瞬間を切り取ったようだった。そこだけ時が止まり、その美しさにこちらの刻まで止まってしまいそうだった。

 「ね、すっごく綺麗でしょ?」

 「ああ、これは確かに綺……」

 僕の声を遮ったのは、耳をつんざくような甲高い音だった。それがガラスの破片が飛び散る音だということ、そしてそれがひまりがティーカップを割ったことによるものだったと理解するのに数秒を要した。

 「ひまり、大丈ーー」

 「帰って」

 久々に聞いたひまりの声は、床に溢れた紅茶とは裏腹に、底冷えするような冷たさをはらんでいた。顔からはすっかり血の気が引いており、尋常じゃない様子が伺える。見たところ怪我はなさそうだが、動けば破片を踏むかもしれない。

 「ひまり、とりあえず片付けて……」

 「いいからそれを持って二人とも帰って。お願いだから」

 そういうとひまりは茫然としている僕たちを無理矢理扉の外に押しやり、バタンと音を立てて扉を閉めた。目の前の扉が何だかひまりの心の扉のように感じ、どうして良いかもわからなくなってひとまずその日は帰ることにした。今日の帰り路のルナは流石に静かになるかと思いきや、今は大切なものを否定されたことに憤っているようだった。ひまりのあの怒り方は尋常ではなかった。普段綺麗なものを見るとルナと同じようにはしゃいでみせるのに、一体あのアクリルキューブになにが隠されているのだろうか。それを聞く手立ては10cmの扉に阻まれた今の僕には残されていなかった。

お久しぶりです。投稿遅れて申し訳ございません。

作中に出てくるこのアクリルキューブ、実在するんですよ。とっても綺麗です。ひまりちゃんは嫌ってますが、私は大好きです。

次話は来週日曜投稿予定です。お楽しみに!

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