VS人喰いマンション
透明人間との戦いがひと段落つき、俺たちはまた、マンションの一室で休んでいた。
「まだ外に出ないんすか?」
「出るわけないだろ。他の奴らは出来る限り潰し合わせるんだよ。」
美奈がゴロゴロするのを、さっきの学習から器用に避けて直が言う。
「それにしても直くん、さっきの透明人間ちゃんに随分敵意を買ってたねぇ。何かしたのかな?」
「何かしたって…そりゃボコボコに殴りましたけど、それはみんなも一緒だし。むかつくとか言われても何が気に障ったんだか…。まぁもう会うこともないからいいけど。」
直はめんどくさそうな顔で座る。
「いや絶対また会うだろ。あの女ネームドだったじゃん。」
「ネームド言うな。」
ったくこのアホ毛金髪は…。
「美奈がポイントをゲットしたから、これからはできるだけ美奈にポイントを集中させたいな。」
「それってトドメだけ美奈ちゃんにさせるってこと?」
「あぁ。でも俺や綾ならともかく美奈なのがなぁ…。」
「そうなんだよねぇ〜。」
俺と綾は揃って這いつくばる金髪を見る。
「なんだよ姉貴兄貴。期待の眼差しを向けないでくれよ。照れるぜ。」
「落胆と不安の間違いだろ。」
「なんでだよっ。」
直が茶々を入れると美奈がガバッと起きる。
「考えてもみろ。身体能力が平均以上ある先輩や綾先輩が、お前に止めだけ譲らせるために手加減しなきゃならないんだぞ。RPGで1人のレベル上げるために他のカンスト3人が『ぼうぎょ』しかできないようなもんだ。」
「このパーティーはアタシのレベ上げ用のお膳立てだった?!」
美奈が素っ頓狂な声で言う。
「例えがいっつもゲームだな直は…。」
「自分をしれっとカンスト3人側に含めてるのがまたなんとも。」
綾とこっそり耳打ちで言う。
「はぁ…はぁ…疲れた…直のくせにすばしっこい…。」
「お前が俺に追いつけるわけないだろ。」
美奈がぜぇぜぇ言っている。
「無駄に体力使うなよ。汗びっしょりじゃねぇか。」
「しょうがないっすよ動き回ったんだから…はぁ…暑い…。」
美奈が滝の様に汗をかいている。
「俺もなんだかんだ汗かいたな。」
「直、お前までだらしないぞ。また鍛えてやろうか?」
「先輩のしごきはキツいですって。って、先輩も汗かいてるじゃないですか。」
え…? あれ、本当だ…ていうか…。
「待てっ、なんか暑くないかっ!? サウナみたいじゃないかっ!」
俺は辺りを見ると、部屋に取り付けられていたエアコンが起動していた。これのせいか。
近づいて表示を見る。……35℃。
「待て待ておかしい! 暖房に35℃なんてないだろ!」
「久来、最初に突っ込むところそこじゃないよぉ。」
綾に言われて冷静になり、暖房を切った。
ピッ…。
ふぅ…。
…ピッ!
「ってなんでまた一人で勝手に付くんだぁ!!」
明らかにおかしい、攻撃かっ!?
「水、水飲むっす!」
美奈がキッチンの蛇口を捻る。
「あぢぃぃぃぃっ!!?」
熱湯。
「部屋を出ましょう!」
直が扉に手をかける。
「くそっ! 開かないっ!」
直が扉を蹴るがびくともしない。
「洗面器なら水がぁ!」
美奈は洗面器の蛇口を捻った。
「ふぅ! こっちは冷水だ。助かったぁ。」
美奈は水を被って顔を上げると、当然化粧台の鏡に自分の顔が映る。鏡に映る美奈の顔の上に…
↓バカの顔
「………………っ。」
美奈は暑さもあってか、小学生レベルの嫌がらせに顔を真っ赤にしている。
ガアアアアアァァ!!!
唐突にテレビが付く。音量MAXで。
「うるさいうるさいって!」
リモコンを何度も押すが全く反応しない。
「はっ!」
綾は部屋にあった物干し竿でテレビを叩き壊した。
「っ!」
そして振り向いてエアコンもぶっ叩いて破壊。
「みんな慌てすぎ。易々と心を乱されたら敵の思うツボだよ。心頭滅却して…」
その時、綾の足元に何か滑り込んでくる。
「よっ。」
軽々とかわす。そして綾はそれの上に乗っかった。
『パンパカパンパンパーン!! 49.8kg! 先月より1.6kg増えましたね! おめでとうございま〜す!』
…そんな音声が流れた。体重計のようだ。
ガァン!!
綾は無言で体重計を思い切り踏みつけて破壊する。
「綾っ、心頭滅却心頭滅却っ!」
俺は綾をなだめる。
ガンッガンッガンッ!!
破壊されてもなお地団駄踏む綾。直と美奈は怯えて部屋の端でプルプルしている。
「くそっ、訳のわからない攻撃ばかりしやがって…!」
どこに敵がいるのかも、どういうキャドーなのかも分からない。
「おらぁ! さっきからおちょくりやがってぇ! アタシたちを倒すんじゃないのかぁ!? あぁそっか、アタシたちを倒す手段がないから姑息な嫌がらせしかできないのか! 情けないやつめ! あーっはっはっは!」
美奈が盛大に声を張り上げて挑発する。
ヒュッ
「ん、何だ?」
風を切るような音がして、美奈の横を何かが通り過ぎる。振り向くと、壁に刺さった包丁…。
「…待て、話せばわかる。」
「おい、どうしてくれる美奈。」
敵を怒らせたらしい…。
ガラララ…
食器棚が美奈目掛けて倒れてくるっ!
「わぁっ!?」 「っ!」
綾が美奈を抱えて飛び退く。食器棚はあっけなく轟音を立てて倒れた。
「助かったっす姉貴〜。」
「まだっ、くるよっ!」
飛び散った食器…皿の破片やフォークが綾たち目掛けて飛んでくる。
綾は物干し竿を振り回してそれを防ぐ。
「っらぁ!」
俺はバールで扉のドアノブを破壊する。
「「せぇーの!!」」
俺と直は同時に扉へ体当たりし、廊下へ転げ出た。綾も美奈を抱えて出てくる。
次の瞬間、マンションの廊下に置いてあった植木鉢が飛んできて、直の背中に直撃する。
「ぐわっ、この!」
直が植木鉢を睨みつける。キャドーを発動しているのだろう。
「マジかよ…冗談じゃない。」
直の顔が青ざめる。
「直くん、敵の位置とかわかった?」
綾が直の顔を覗き込んで聞く。
「…ここです。」
「え?」
「このマンション自体が、巨大なキャドーです!」
「何だと!? このマンションそのものが敵ってことか!」
俺は周囲を確認する。すると廊下の電球が外れてこっちへ突撃してくる。
慌てて頭を下げて電球を回避するが、奥の電球も外れて宙に浮いている。
「ホームア◯ーンだぁ!」
「黙って走れっ!」
パシィン!
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「またやったぁ! バカ兄貴っ!」
「う、うるせぇっゴチャゴチャ言わずに走れぇ!」
「もうっ、ふざけてる場合じゃないよっ。」
綾を先頭に、飛んでくる電球やら植木鉢を躱しながら急いで一階まで駆け下りる。
そして一階の部屋に入る。
「なっ、何だこれは?」
部屋の窓がタンスやクローゼットなどで塞がれていた。
「隣の部屋に行きましょう!」
しかし、一階の全ての部屋が塞がれていた。
「くそっ、まずいぞ!」
このマンションは1階ごとの高さがかなりある。
おまけに外の地面はコンクリートなため、2階から飛び降りるのは危険すぎる。
手詰まりになった俺たちに、マンションの家具たちが再び襲いかかる。
「みんなっ、こっちだよ!」
綾がそう言って駆け出す、俺たちも後に続く。
俺たちは非常階段の通路にある電源室に来た。
「ここなら、電源装置以外何もないから安心だね。」
「さすが姉貴。どうやって見つけたんすか?」
「マンションの見取り図を確認しておいたんだよ。」
とりあえずこれで一旦落ち着ける。
「直、このマンションはどういうキャドーだ?」
「このキャドーは建物を自在に操れるもののようです。ただし、有効範囲はマンション内だけで、且つキャドーの使い手はマンション内に居なければ使用できないようです。」
「となると、外に出られない以上、このマンションのどこかにいる主を見つけ出して倒さないといけないか。」
「はい。それから、俺たちがどこの階にいても攻撃してきた所を見ると、相手はマンション内の全てを監視できる。もしくは監視が可能な場所にいると思われます。」
「なるほどな。」
俺は声を潜めて言う。
「ちなみにこの会話が聞かれている可能性は?」
「聞かれていると考えても良いかと…」
直もこちらの意図を察して声を潜めて話す。
「どうやって監視しているのか…優秀なキャドーだけど本体が1人の人間でしかないなら…。」
◇ ◇ ◇
マンションの某部屋にいるキャドーの主は、彼らが電源室に逃げ込んだのを観測していた。
彼らをしばらく見張っていると、金髪の少年が電源室を飛び出し、階段を上がり始めた。
そして10階まで駆け上がると、奥の管理室に向かって走り出す。
…恐らく彼らはこちらがマンション全体を監視していると思い、監視カメラのモニター室がある管理室に向かったのだろう。
自分のキャドーがマンションにある物体を操ることができる。というものであることも、見当がついているようだ。
走る金髪の少年に、電球やガラス片などをぶつけようと先程から試みているのだが、少年はかなりの運動神経の持ち主のようで容易に躱される。
少年が管理室に入り、中を捜索し始める。
だが、自分がいるのは管理室ではない。自分が彼らの姿を捕捉できるのは、監視カメラではなく、自身のキャドーによるものだ。
彼らはそこを勘違いして、わざわざ10階まで登り、自分がいもしない管理室を探しているというわけだ。
少年はご丁寧に管理室を探し回っている。
管理室の外に大量のガラス片を設置する。
恐らく彼が1人できたのは、大人数で行くとこちらの攻撃の的になると考えたからだろう。
だから一番運動神経が良い彼が1人で管理室に来たのだ。
管理室を出た所をガラス片で蜂の巣にしてやる…
…それにしても、いつまで探しているのだろうか。管理室はそこまで広くはない。自分がいないのはすぐに分かる筈だ。
早く出てこい。お前はここで終わりだ。
バタンッ、バタンッ、バタンッ、
…何だ?
上からも音がする。
バタンッ、バタンッ、バタンッ、
…扉を端から開けていってる…?
まさか…
電源室に意識を集中させる。電源室はもぬけのからだった。
…やられた! 管理室に行った少年は囮か!
バタンッ、バタンッ、ガチャガチャ、
「ビンゴだ! この部屋だけ鍵がかかってるぞ!」
ドアのむこうから女の声がする。
っ、部屋を特定されてしまったっ。
足音がドタドタと集まってくる。
この男のキャドーには弱点があった。マンション内であれば、意識を集中させることで、どこでも見ることができるが、一度に一箇所しか見えないのだ。
管理室に向かった男を仕留めようとするあまり、他の連中が片っ端から扉を開けていっているのに気づかなかった。
ガンッ、ガンッ
ドアノブが破壊される。
◇ ◇ ◇
ドアが破壊されるのと同時に、包丁やフォークが部屋の中から飛び出してくる。
直の指示でドアを破壊した瞬間に伏せたので、一切攻撃を喰らわずに済む。
そのまま部屋になだれ込む。
「いたよ! あそこ!」
綾が部屋の奥を指差す。カードを持った男が椅子に座っている。
「ちっ、ここまで来るとはな。」
男は忌々しそうに顔を歪める。
「見つけたぞこのやろー! 覚悟ー!」
美奈がとびかかる。
「おっと、触らない方がいいぞ。ここでリタイアになりたくなかったらな。」
そういう男の体は、薄い泡のような膜に覆われている。
「この膜は超高電圧の泡だ。触れた瞬間に黒焦げだぞ。はっはっh」
ポンッ
俺は泡に触れて飴玉に変えた。
「は…」
男は半笑いのままフリーズしていた。
美奈は男の肩にポンと手を置いて、ニカっと笑う。
「ドンマイ」
ぎゃあぁぁぁあ!
鳴海美奈 撃破ポイント20
男が消滅すると、突然マンションが激しく揺れ、ヒビが入り出した。
「えっ、なんかやばくね?」
「まさか主が倒されるとマンションが崩れるのか…?」
みんなで顔を見合わせる。
「やばいぞ! 逃げろー!」