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ずっと一緒に。異世界ライフ  作者: 江野喜けんと
第1章 やってきたのは裏世界?
18/432

ニグラム


 翌朝、俺たちは双葉さんの部屋に集まった。兎にも角にも、これからのことで相談しなければならないことが多すぎる。


 「ひとまず君たちの住居を用意しなければならないね。あちらの世界への帰還方法が見つかるのもいつになるか分からないし、だから君たちには私の所有する……大丈夫か君ら。見るからに寝不足面だぞ。」


 双葉さんに指摘されるまでもなく、目の下にクマを作っていれば一目瞭然だ。


 「また夜遅くまで訓練していたのだろうが、休むときは休んだほうがいい。慣れないことばかりでストレスが溜まりやすいのだから、尚更ね。」


 「「ふぁ〜〜い…。」」


 美奈と直はしょぼしょぼした目をこすりながら言う。


 「で、話を戻すが、私の使っていない拠点の一つを君たちが生活するための住居にしようと言う話だ。諸々の費用は私持ちだから心配は無用……と、話を勝手に進めてしまっているが構わないかな?」


 双葉さんが言うと、俺と綾は顔を見合わせる。


 「大丈夫です。ただ、そこまでしてもらうのであれば、俺たちに双葉さんを手伝えることはありませんか?」


 「ん? 別に気にしなくていい。前に言ったと思うが、私も君たちからデータを採らせてもらっているわけだし、何より君たちの保護は私の仕事だ。…いや、でも…いや〜そこまで言ってもらっちゃ〜何かないかなぁ。」


 双葉さんが考え出す。


 「双葉さん、何か自分でやるのが面倒くさい雑務がないかなぁって顔してるよ。」


 「双葉さんの助手さんに聞いた話だと研究以外はぐうたらな人らしいですから、面倒ごとやらされるかもですよ?」


 「瑠衣ちゃんも言うねぇ。」


 綾と直の会話が聞こえる。瑠衣ちゃん? 多分、俺と入れ違いになった双葉さんの助手の人だろう。俺としては双葉さんを疑った申し訳なさからの進言だったが、双葉さん…おもったよりこれ占めたと言った表情。


 「あっ、そうだっ。」


 双葉さんの頭に電球マーク。携帯を取り出し、誰かに発信する。


 「あぁもしもし瑠衣? 突然で悪いんだけど………何? 今は業務時間外? すまんすまん、だからこうしてプライベート携帯の方にかけたのさぁ。……え? 死んでください? ごめんごめんよ〜瑠衣ちゃぁん。ちょ〜っと聞きたいことがあるんだけどさぁ、キャドーコアのストックってあとどれくらいかな? …うん、うん、そうだね、あまりなかったよね。…え、私がサボって補充しないせい? ちょっ、機嫌を損ねないでくれよ瑠衣ちゃぁん。」


 双葉さんが電話して、体をくねらせたり、頭を下げだり、時には冷や汗をかいたりしている。


 「………瑠衣さんってけっこう手厳しい人なのか?」


 「なんか双葉さんの助手やるようになってから胃薬飲むようになったって言ってた。」


 美奈の言葉に、まだ会ったこともない瑠衣さんに同情してしまう。


 「まぁそんなわけでカルデナまで行くよ。掃除含めてね……うん、うん、久来くんたち? もちろん連れて行くよ。ニグラムやキャドーの説明に丁度良いからね。それでここからが本題なんだけどね〜〜、私が全部説明するのも疲…弟子の成長の機会でもあるし、瑠衣にも引率頼めないかなぁと…え? 予定がある? 研究? んも〜つれないなぁ最愛の師匠がいない研究室で独り研究なんて寂しすぎて夜泣きしちゃ……………切られた。」


 「いや、切るでしょ。瑠衣さんとの関係性は知りませんけど今の双葉さんウザすぎでしょ。」


 「まったくツンデレで困る。こうなったら代わりにもう1人のツテを呼ぶとしよう。」


 双葉さんはそう言って携帯を再び操作する。…さっきの電話の後、瑠衣さんまた胃薬飲んでるのかな…。でも、双葉さんの他人に見せないお茶目な素顔、瑠衣さんとの信頼関係が窺える。


 「さて、君たちにお願いしたいことを説明しようか。」


 双葉さんはそう言って、ホワイトボードに絵を描いた。獣のような体に、鋭い爪と牙、ウサギのように大きな耳もある。


 「これは何か? 答えてみたまえ。久来くん。」


 「合成獣。」


 「次、綾くん。」


 「クリーチャー」


 「直くん。」


 「ゴブリンオーク。」


 「美奈くん。」


 「双葉さん、ごへっ!?」


 今、双葉さんの指先から小さな火球が飛び出して美奈の腹に当たった…。


 「君たちが私の絵心に対してどう思っているのかよく分かったよ。これは……『ニグラム』と呼ばれる生命物質だ。」


 ニグラム…さっきの電話で出た単語だ。


 「ニグラムについて語ると色々長くなりすぎるので、君たちにわかりやすく説明すると、この世界にのみ存在するモンスターだ。人間を襲う。」


 「えぇ…キャドーだけでも相当アレなのに、ここにきてそんなファンタジーな…。」


 「でも直、双葉さんの描いた絵の通りの(おぞ)ましい奴がいるなら、モンスターと言って差し支えないだろ。デュラハンやリビングデッドの方がまだ可愛く見え…ごへっ!?」


 美奈の腹にまた火球。


 「信じられない気持ちも分かる。だが事実だ。君たちには実際にニグラムを見てもらう。君たちに頼みたいのは、ニグラムの討伐だからだ。」


 双葉さんが言うと、一瞬シンとなった。


 「討伐っ!? 無理無理無理! こんな化け物の相手はできないって!」


 美奈が首をブンブン振った。


 「心配するな。ニグラムの討伐は誰でもできるものだ。君たちに依頼するものも、命の危険が伴ったりするものではないよ。」


 双葉さんが淡々と言う。


 「いや命おとすっ、この化け物は落とすって!」


 「美奈ちゃん落ち着いて。そこで耐久値やキャドーの出番…というわけですか。」


 綾が言うと、双葉さんが頷いた。


 「その通り。話が少し脱線するが、必要な知識だから話しておこうか。」


 双葉さんがキャドーカードを取り出す。


 「キャドースピリッツの時、君たちの体へのダメージを肩代わりしてくれたシステム…耐久値。これは、日常的にも存在している。」


 カードには、耐久値の数字。相変わらず100だ。


 「日常的に存在する耐久値は、キャドースピリッツ時に付与される耐久値とは別物でね。戦いを前提としたものではなく、キャドーが存在することで発生する危険を軽減するためのものだ。キャドースピリッツのものよりも丈夫なんだよ。」


 「キャドースピリッツの時よりも簡単に0にはならないということですか?」


 直がカードを見ながら言う。


 「そうだ。異能の危険から身を守るための機能だ。車に正面衝突されるくらいなら無傷で済むがね。」


 すげ…この紙ペラ1枚でフルアーマー装備並み…


 「そして、日常的に存在する耐久値はすぐに回復する。100から99になっても、3秒後には100になる。」


 「つまり、ニグラムという魔物は、こちらの耐久値を0にできるほど強くないということですか?」


 「その通りだ。あくまで()()()()()()()()の話だが。」


 双葉さんね言いようなら、さらに強いやつもいるのだろうが、少なくとも、俺たちに危険はないという認識で良さそうだ。


 「ニグラムはこの世界特有の鉱物、キャドーコアの周辺に湧く。キャドーコアの説明は、実際に現地でしよう。」


 双葉さんは説明を続ける。


 「ニグラムは決まった姿形をしておらず、大きさもバラバラだ。私が書いた絵も、一例でしかない。基本的には大きいほど強い個体とされ、四つの等級、弱小種、強敵種、脅威種、接触禁忌種に分類される。」


 「接触禁忌種とか名前からしてやばそうな予感しかしないっすよぉ…」


 「安心してくれ美奈くん。我々が向かう場所、カルデナ洞窟には弱いニグラムしかいない。本当は定期的にそこの管理者…つまり私がニグラムが湧きすぎないように掃除しなければならないのだが…」


 「最近掃除してなくてニグラムが大量にいるかもしれない?」


 「…面目ないね。」


 双葉さんは綾の言葉に目を逸らして言う。


 「ただ、等級だとピンとこないですねぇ。弱小種ってどれくらい強いんですか?」


 綾の疑問はもっともだ。


 「弱小種の大きさは…大体、ウサギやモルモットといった小型の哺乳類の形をしている個体が多い。たまに虫と人間が混合したような見た目の個体もいるようだが…。」


 「うぇ〜くっそキモイじゃないすかぁ。」


 「そいつらってどうやって倒すんですか?」


 直が双葉さんの書いたニグラムの絵に、剣を突き刺す絵を追加する。


 「どんな手段でもいい。例えば久来くんや綾くんの腕力、剣術で攻撃すれば一撃で絶命するだろう。」


 それは…弱いな。本当に小動物レベルだ。


 「強敵種の強さはどうですか?」


 「強敵種は、人間が生身で武器もなく、且つキャドーの恩恵が得られず戦った際に強敵とみなされる個体が強敵種とされている。まぁ、比較的大型の個体だね。キリンとかサイぐらいか。」


 「いや、キリンやサイと生身で戦ったら絶対死にますやん…。」


 「安心したまえ。先ほど言ったが、君たちの命が脅かされるような強さではない。私もついて行くし、瑠衣に振られてしまったからもう1人手練れを連れて行くしね。」


 「手練れ? 強い人ですか? それは楽しみぃ。」


 「ふふ、まぁ後でのお楽しみだよ。」


 綾が聞くと、双葉さんは笑ってはぐらかした。


 「んじゃ、肝心の脅威種と接触なんとか種は?」


 「……そちらは知らなくて良い。遭うこともないだろう。」


 美奈が聞くと、双葉さんの表情が少し翳った気がした。


 「まぁ要するに、危険性の話をするなら…車の衝突に耐えられる体に子うさぎが体当たりしてくる状況を想像してくれ。」


  「全然平気じゃないすかぁ!」


 美奈が跳ねる。


 「では、車の衝突に耐えられる体にキリンの衝突。」


 「ま、まぁ怖いけど平気だろ…」


 「では、車の衝突に耐えられる体にナウマンゾウが落下。」


 「いや…死ぬだろ…。」


 「ははっ、当日はしっかり引率するから安心してくれ。私は大人だからね。」


 双葉さんが胸を張る。さっき瑠衣さんに引率を投げようとしていたような…。


 それから、双葉さんに色々と教えてもらううちに夜も更けていった。


 …翌日、朝早くから俺と綾は走り込みをしていた。考えることは山ほどあるが、実際に見てみないことには分からないことも多かった。


 「疲れてるねぇ久来。」


 並走する綾が顔を覗き込む。


 「まぁな。キャドー、ニグラム、研究センター、女神イリス、そして裏世界か…。色々と謎に満ちている。」


 この世界の常識や用語などと言ったことは、双葉さんにも聞けるし最悪自分たちでも調べられるだろう。

 だが、なぜ俺たちがこの世界に、や、俺たちを脅かす存在がいるか…と言った根本的なところは聞けない。まぁ双葉さんはどんな目的があるにせよ、俺たちには親切だ。


 「双葉さん……神宮双葉さん…か。」


 「気になる? 双葉さんのこと。」


 「まぁな。この世界で最初に会った人だし、あの人以外に頼りもないから。」


 彼女を知ることは、この世界の色々を知ることにも繋がるだろう。まぁとはいえ、まず自分の問題からか。


 アパートに戻ると、美奈は相変わらず寝相悪く寝ている。


 「ぐ…ぐぐっ…ひ…ひひ…」


 美奈が目を半開きにして、薄気味悪い顔をしながらよだれを垂らして寝ている。


 よくこんな器用な顔ができるもんだ。


 「先輩方、おはようございます。」


 直は朝早くから双葉さんの家にある小説や絵本、辞典などを読み漁っていた。


 「何か興味深いものでもあったか?」


 「まぁ興味深いことは尽きないとして…先輩、この本を見てください。」


 直は俺に一冊の漫画を差し出してきた。週刊連載のジャンピングだ。


 「ジャンピングだな。」


 「おかしいと思いませんか?」


 「「……何が?」」


 俺と綾は顔を見合わせる。漫画の内容もおかしなところはない。謎の文字が使われていることもない。まぁ、キャドーというこの世界の常識が混じった俺の知らない漫画もあるが、直がそれを今更おかしいと言うはずもないし。


 「…いえ、自分でも整理しきれていないので、まとまったら話します。」


 直はそれきり考え込んでいた。


 そして調査当日、俺たちは双葉さんの案内でカルデナ洞窟に向かった。


 双葉さんが言っていた助っ人は現地で合流するようだ。


 「ニグラムとかいう奴はこの目で見たことがないから緊張しますね…いわゆるモンスターってやつですか。」


 直が歩きながら言う。


 「キャドー関連以外は私たちの世界と同じだと思ってたけど、ここに来て一気に別世界味が出てきたねぇ。」


 綾が答える。


 「つまり、ダンジョン攻略みたいなモンっすね。やっと異世界っぽいことができるじゃん!」


 美奈はそう言ってはしゃいでいる。


 俺たちがこれから入るカルデナ洞窟はかなりの広さで、内部は少し複雑に入り組んでいるらしい。


 「私たちは3日間洞窟の中に入って、ベースキャンプを作ってそこに泊まる。目的はキャドーコアという鉱物の回収とニグラムの殲滅だ。」


 双葉さんが説明する。危険はないとのことだが…どうだろう。注意は必要だ。


 「でもみんな、怪我には気をつけてね。私たち、回復魔法なんて持ってないんだから。」


 綾の言う通り、本当のゲームではないのだから、可能な限り怪我はしたくないものだ。


 「さて、着いたぞ。待ち人もご到着のようだ。」


 双葉さんの視線の先に、洞窟の入り口と、腕を組んでこちらを見下ろす赤髪の少女がいた。


 「待っていたわよっ、神宮先生の子飼いさんたち! キャドースピリッツ以来ね!」


 よく通る声が響いてくる。


 「まだアタシたちと距離離れすぎてんのに声上げるの早くないか? アタシまだ相手の顔見えねぇんだけど。」


 そんなに目の良くない美奈が目を細めて言う。


 「まぁあれだ。両者こちらに気づいて近づいて行く時、どのタイミングで声をかけるか難しい時あるじゃん。」


 「いや、兄貴は遠くから近づいてきたら近づき切る前に逃げられるだろ。」


 せっかくフォローしたのに潰される俺。


 「おぉ〜透明人間じゃねーか! お前が助っ人か?」


 美奈がすり寄っていく。


 「その通り! 改めて名乗らせて頂くわ。私は神崎透子(かんざきとうこ)、文武両道のスーパーお嬢様よっ! ほほほほほほっ!」


 透子さんは、俺たちと戦った時のように高らかに笑った。


 「わ〜こんなコッテコテのキャラ作ってる奴アタシ初めて見た。お嬢様とかスーパーとかほほほとかどこから突っ込めばいいかわからねぇ。」


 美奈が穏やかな笑顔で言う。


 「分かってないわねあなたっ。私を痛い人間と思ってるのかもしれないけれど、キャラ作りとは、自分に自信を持たせるために大切なことなのよっ。ほほほほほっと高らかに笑うことで、私は私の心を確立するのよっ。」


 透子さんは恥ずかしげもなく言った。


 「やぁ透子くん、わざわざ春休み中にすまない。瑠衣が捕まらなくて頼むことになってしまったが、急な要請に応えてくれて感謝しているよ。」


 「構わないわ双葉さん。今回は特に、ニグラム初戦の方々の案内、ニグラム戦闘経験豊富な私にどんどん頼ってもらって構わないのよ!!」


 透子さんも俺たちの事情は知っているのか。


 「あぁ〜声が大きい…寝起きの頭に響く…。」


 直がゲンナリすると、透子さんがくわっと睨みつける。


 「あなたっ、小此木直っ! 今回は協力という立場だけど、いつか必ずリベンジさせてもらうわよっ!」


 透子さんはビシッと直を指差す。


 「そんな過去のことは一々覚えてなくていいよ。しつこいと友達なくすぞ…。」


 ピシッ!


 「とも……だち……?」


 空気が割れる音がして、透子さんの空気が変わる。双葉さんは、やばっ、と言う顔をしている。


 「あ、いや、悪かった。友達どうのこうのは俺も言えた話じゃなかった。」


 直は何かとてつもなく面倒くさいオーラを感じたのか、すぐに謝罪する。その顔は苦笑い。そう、決して嘲笑う意味ではない笑いなのだが…。





 「そうっ、笑うのねっ!?私がこのキャラで友達が出来なくて気にしていると言う事実を、あなたは笑うのね!?気丈に振る舞いながらも友達0人のステータスを背負っていることを、滑稽だと笑うのね!?良いわよ笑いなさいよ!いくらでも笑うといいわ!笑わないなら私が笑ってやるわよ!ほほほほほほほほほ!!」



 全員、透子さんから距離を取る。


 「どうしよう、思ったより10倍くらい変な奴だった。」


 直が顔を引き攣らせる。


 「彼女は自信に満ち溢れているように見えるが、それは内心の弱気の裏返しであり、さらに被害妄想の気も少しある、だからたまにあぁなる。」


 「拗らせすぎだろ。やっぱ変なのしかいないな。」


 美奈が負のオーラを放つ透子さんを見て言う。

 

 「まぁ良い。ここで話していても仕方がない。早く入ろう。」


 双葉さんの言葉を合図に、全員でカルデナ洞窟に入る。


 「透子ちゃんってキャドースピリッツには何度も参加していたりするのかな?」


 綾が透子さんと世間話をしている。


 「私は…そうね。基本ベスト8まではいつも残っているわ。開幕敗退なんて最大の屈辱だった…。」


 ベスト8は当たり前…か、やはり双葉さんが呼ぶだけあって強者のようだ。


 「だが双葉さん、危険が伴う可能性のある仕事にいくら強いとはいえ俺たちと同じくらいの女子を派遣して大丈夫なのか?」


 俺は半ば独り言の様に言ったが、透子さんは聞こえていたらしくこちらを振り向いた。


 「私はちょっと家の関係で研究センターと付き合いがあるのよ。神宮先生とも交流があるし、正式なサポーターだから安心してもらっていいわよ。」


 「そう言うことだ。おそらく、透子くんは君たちが思っているより数段強いから安心してくれ。」


 双葉さんも補足する。


 「透子ちゃん、勇ましいね〜。」


 「きっと元来負けず嫌いな性格なんじゃないのか。」


 透子さんは俺より年下、美奈たちと同い年らしい。


 美月さんとは違う意味で、元気な後輩だった。


 「…みなさん、一応ここからはニグラムの生息する危険地帯。命の危険はないけど、迂闊な行動はしないように。」


 透子さんは俺たちを先導して歩いていく。さきほどの情緒不安定さは鳴りを顰め、真剣な表情で透子さんは言う。


 「透子さんは、こう言う案内人ってよくやるのか?」


 俺は先を歩く透子さんの背中に話しかける。


 「透子で構わないわよ。久来さん、あなたの方が年上なんだから。そうね、これで50回目くらいになるわ。誰かさんが人使い荒くて。」


 透子はそう言って白い目で双葉さんを見る。双葉さんは聞こえませんと言わんばかりに明後日を向いている。


 「へぇ〜、じゃあ透子ちゃん、ニグラムとの戦いも慣れてるのかな?」


 「えぇ、私の歳で女だと不安要素も多いと見られることもあるの。だからこちらも、それなりの訓練を積んでいるわよ。」


 なるほど…危険を相手にするとはそういうことか。


 透子の立ち振る舞いを改めて見る。ハキハキとしているが、見かけでは強者かはわからない。綾をチラ見して意見を求めた。


 「久来なら10秒で制圧されちゃうね。」


 綾は小声でクスクス笑いながら言った。


 マジで…? 


 「なぁなぁ透子ぉ、そのポーチって結構良いやつだろ? おしゃれとか気合い入れてる感じか?」


 美奈が透子の背中に話しかける。美奈はそっちには目が効くか。


 「別に特別気合い入れてるわけじゃないわよ。汚れるかもしれないし。」


 「そうなん? 肌身離さずそれ持ってるとか?」


 「何個もあるうちの1個に過ぎないわ。」


 「えぇ…それ絶対高いやつだろ。金持ってんなぁ…家とかでかいのか?」


 「さぁ…部屋数なら50くらいはあるかしら。」


 「なん…だと…」


 美奈が唖然とする。俺らも軽く驚愕していた。


 透子はどうやらかなりのお嬢様らしい。


 立ち振る舞いにはどこか気品があるし、もしかしたらとは思っていたが。


 「でも、そんなとこのお嬢様なら、危険仕事はむしろ遠ざけるもんじゃないのか?」


 直が聞く。


 「そうでもないわよ。家が大きければ、色んなところに才能をアピールしておく必要が多くなる。私には姉が2人いるけど、経営や外交なんかは姉たちね。私はどっちかというと研究センターに顔を売っておくポジションね。それぞれ役割があるのよ。」


 透子は、いいところの御令嬢であると同時に、その責務に従事するだけの能力も持ち合わせている様だ。


 「……っ、待てっ、なんか来るっ!」


 美奈が立ち止まって言った。


 「あら、私は気配でわかったけど、この距離で気付くなんてすごいわね見かけによらず。…早速お出ましよ。」


 透子は驚いた様だが、俺からすると美奈とほぼ同時に察知できる彼女の方がすごい…。


 透子が止まると、黒い毛皮、赤く光る目のウサギのような形をした生物が奥から迫ってくる。


 ギュルルル…


 「これが…ニグラムってやつか?」


 美奈が言う。


 「そっ。弱小種よ。こんな入り口から湧いているなんて、誰かさんはよっぽど掃除をサボっていたようね。」


 「…これが…ニグラム…気味が悪いな…。」


 直が心底不愉快そうに言う。すると、ニグラムが透子に飛びかかる。


 「ふっ!」


 透子はそれを鋭い回し蹴りで蹴り飛ばす。


 吹き飛ばされたニグラムは地面に叩きつけられ消滅した。


 「え、嘘…めっちゃ速い…。」


 直がビビっていた。内心俺も少し…。めっちゃ遠くまで吹き飛んだぞ…普通の蹴りだよな今の。


 「わぁ、透子ちゃんすごいねぇ〜。」


 「これくらいならキャドーを使うまでもないわ。それにいざ私でもカバーし切れない数が来たら…」


 透子は流し目を綾に送る。


 「期待…してるわよ。」


 「あはは、できる限りのことはするよぉ。」


 綾はにっこり笑って言った。


 「やばい…俺ら男組が足手まといになる可能性ありますよ…。」


 直が言った。


 「大丈夫だ…スタミナなら俺たちが上さ…多分。」 


 「頑張れ〜木偶の棒諸君〜。」


 美奈がニヤニヤしながら言った。


 「うるせっ、お前も大して変わらんだろっ。」


 「あでっ!」


 直が美奈の頭をこづいた。


 「いやぁ〜実に頼もしいよ透子くんっ。さぁどんどんいこうっ。」


 「まったく双葉さん調子が良いんだから。入り口から湧いているようだし、この調子じゃ洞窟内のニグラムは100を超える数でしょうね。瑠衣さんの苦労が偲ばれるわ。」


 俺たちは洞窟の更に奥へ進んでいく。


 

 

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