VS桜の少女②
「直ぉーー!」
「バカっ、近づくなっ! 死ぬわけじゃないんだっ!」
突っ込もうとする美奈の後ろ襟を掴む。直は脱落してしまった。神宮さんに聞いた話だと会場外に戻されるらしいが…,
「つまらないわねぇ。1人10秒くらいは保ってくれないと…ね? たかたが私という変態相手に。」
源氏迷と名乗った少女は意地の悪い声でゆったりと近づいてくる。さっき美奈に言われた変態というワードを根に持っている様だ…。
「久来、厳しいだろうけどちょっと時間稼いでくれないかな。」
背後に来た綾がひっそりと言う。戦況を最も正確に把握できる綾が言うのであれば従うまでだ。
「わかった。出来るだけ早く頼むぞ。」
綾が下がるのを見送らず迷さんと対峙する。美奈の気配も遠ざかった。綾が引っ張っていったのだろう。
「作戦はまとまったかしら?」
「わざわざ待ってくれるなんて随分余裕じゃないか。裏目にでないといいな。」
深く腰を落とし、正面から歩いてくる敵を見据える。
…身体能力だけでも相当高い。加えてキャドーの力まであるとなると…綾には悪いけど、時間を稼ぐなんて悠長な考えは捨てた方が良い。
思考を、自身が返り討ちに遭うリスクを背負ってでも、目の前の敵の無力化にシフトする。
「ふふ、さぁてと、まずはあなたから…。」
迷さんは悠然とした足取りで近づいてくる。彼女の戦闘スタイルから言って接近するメリットは皆無。つまり舐められている。
…それでいい。油断があってやっと同じ土俵くらいの相手だ。もっと近くに…。
ザクッ…ザクッ…
「………………。」
しかし、そこで迷さんの足が止まる。そして鋭い目付きでこちらを見る。
どうやら彼女の戦士としての勘は俺の予想を上回っていたらしい。自身の目の前の敵…俺が、何かは知らないが自分を打倒する可能性を持つと察知した様だ。
「…あなた、その構え……この状況から私を倒す…?」
迷さんは止まって小さく呟いた。
「いえ、いいわ。あなたはそこで消えなさい。」
そして彼女は接近を止め、最善手へ切り替える。手をかざし、俺を斬り刻むための花弁が集約する。
「っ。」 「っ!?」
いや、厳密には花弁が集約したと思われる、だ。俺は既に迷さんの懐に飛び込んでおり、彼女の身体以外の光景は見えないからだ。
「はぁっ!」
俺の突き出した拳を、迷さんはこれまた俺の予想を上回る瞬発力で避ける。
「っ、あなた……っ!?」
彼女の驚きなど知らない、聞かない。もう既に俺の身体は再び迷さんの懐に。
「っ!」
放つ。二撃、三撃。当てることに全てを集中させる。彼女の筋力は人並み以上だが、女子の域を出ない。直撃させれば十分体勢を崩せる。
「らあぁっ!」
連撃の果てに蹴りを繰り出す。当然彼女には当たらない。その背後にある細い木に直撃して薙ぎ倒した。
「うっそ……。」
迷さんは小さく呻いて今度こそ追撃を許さないとばかりに十分な距離を取った。俺も頭のスイッチを切り替える。
「あなた、人を潰すことに慣れてるわね。さっき自分で意識飛んでたでしょ。」
「人を厨二殺人マシンみたいに…。余計なこと考える余裕がないだけだよ。君は格上っぽいしな。」
「…あなた自身の認識はそうなのね。まぁどのみち…」
迷さんはそう言ってもう片方の手にも桜のサーベルを持つ。
「遊びは終わりねっ。」
そしてサーベルを振るう。両側から発生する竜巻。さらに正面からは見たこともない桜色の斬撃。
「こいつはっ…。」
まずいな…さっき近づいた際に相当警戒された。絶対的安全圏から仕留めるつもりだ。
足を取られない様に、最小限の動きを意識してかわす…が、竜巻は俺が避けると同時に弾けて四方に花弁の刃物を撒き散らす。
「くっ…避けきれない…。」
転がっていた拳大の石を掴む。大袈裟に振りかぶる真似はしない。そんな隙を見せたらそれでお終いだ。
姿勢を低くして竜巻を掻い潜る。まだだ…この距離でも…もっと近づいて…
「鬱陶しいわね…その動きは…!」
迷さんがサーベルで地面を小突く。すると花弁が舞い上がって上昇気流の様に真下から俺を切り裂く。
「っ……!」
だいぶ持っていかれた…でも、今なら…
「当たるっ!」
石をやや下ぶりに迷さん目掛けて投擲。
「自爆特攻にしてはつまらない切り札…。」
迷さんは呆れた様にサーベルを自らを守る様に石の軌道上に傾ける。
べギャッ…!
「は……?」
そのサーベルが石の直撃でひゃげた。迷さんは目の前の出来事が理解できない様子でただサーベルを見る。
「悪いが…こと投げることに関しては…」
その隙に俺は再び迷さんの懐へ。
「俺の得意分野でねっ!」
拳を前に突き出す…が、迷さんの身体は花びらの塊になって消える。
「…………………。」
「何だ、それは君の回避術なんだろ。どうして睨むんだ。」
「敢えて使うのと、油断して使わざるを得なかったのは違うのよ。屈辱だわ。あなたみたいに粗暴なストリート相手に。」
迷さんは苛立ちを露わにしてサーベルを持ち直す。
「…そうか。」
「理解できないって顔ね。」
「まぁな。やらなきゃやられるのに、変なこだわりで全力を渋るのが分からない。それで負けたら笑い話にもならない。」
迷さんのこういう所は、綾に通ずるものがある。
「そう…戦いの矜持なんて贅沢品だと嘲笑っているのね。でも、命の取り合いであっても美学を持ち込めないのは弱者の証よ。結果だけに固執した力がいかに脆いか思い知りなさい。」
「…………。」
今のは、かなりグサっときたな…。結局、俺と迷さん…いや、俺と綾の差はそういう所なのか。だが…
「時間は稼げたんだから…なんでもいいか。」
「っ!」
源氏さんが飛び退くと、辺り一体に雪崩れが起こる。
…綾のキャドーだ。雪を降らせる力を貯めて一気に豪雪となり降り注いだ。
「待たせたね久来、あとは私が何とかするから、下がってて。」
綾がそう言って進み出る。その手には鉄パイプ。美奈が後ろでゼェゼェしている。棒状のものを探させていたのか。
「悪いんだが綾。ちょっとあの人の相手は俺にやらせてくれないか?」
今ここで綾の背中に隠れれば、飛んだ口だけ野郎だ。
「うぅん…じゃあサポートだけお願いするよ。最低限でいいからね。」
綾はそう言って迷さんに対峙する。それ以上は聞く耳を持たないと言った様子だ。
「勝手に話を進めて…そう上手くいくと…あぁ、そういうこと…。」
迷さんが手を翳すが、花びらは雪に埋もれて上手く機能しない。
「そういうこと。じゃ、お相手願おうかな? 久来に戦いの矜持を語るくらいだもん。自分のキャドーが封じられたくらいで逃げたりしないよね?」
綾は不敵に笑う。
「愚問ね。それにあなたとの方が楽しめそうだもの。」
源氏さんはサーベルを構える。
「放棄する理由がないわねっ。」
次の瞬間、サーベルが鉄パイプにぶつかり撃鉄を起こす。
「あぁ、あなたやっぱり良いわねっ。武器がナマクラ以下なのが惜しいけれどっ。」
「これくらいのハンデがないと私は楽しめないかなっ。」
「言うじゃないっ、手元ががら空きよっ!」
「あはははっ、簡単に倒れないでよねっ!」
二人は恐ろしく速い衝突を繰り返す。これでは俺が介入する暇などあったものではない。
「姉貴クッソ楽しそうだなぁ。」
美奈が感心している。が、俺は危機感を募らせていた。
綾が本当にナマクラ以下の武器で、俺が手も足も出なかった迷さんと互角なのはすごい。綾は手の内を全く見せていないし。
だがそれは向こうも同じのはず。綾がすっごく強いと称した相手は基本、俺が瞬殺されるレベルだ。これ以上二人がヒートアップしてしまうと最悪ここで共倒れに…。
「…ふぅ……はっ!」
源氏さんが一層ため息を吐いた思うと、地面に大きな衝撃が走り、俺と美奈は吹き飛ばされる。
「うわぁっ!?」 「ぐうぅっ!?」
「っ、ふたりとも!」
綾が迷さんから距離を取る。
「つぅ…あぁ、大丈夫だ。」
体を起こして迷さんの方を見る。今の衝撃で雪は吹き飛ばされていた。
「と…いけない。お出迎えしなきゃならない相手がいるのを忘れていたわ。あなたとの勝負は惜しいけど、ここで退場してもらう。」
迷さんは手を上にかざすと、大量の花びらが集約し、巨大な鎌を作り上げた。
マジかよ…完全に専門外の武器…おまけに射程も格段に伸びてしまった。
死神の様な巨大な鎌をひっ下げて、迷さんがゆっくりとした歩みで迫ってくる。
これでもせいぜい力の片鱗程度なのだろう…強すぎる…。
綾の力を上回っているかは分からないが、やり合うのは危険すぎる。だがどうやって撤退すれば…
ボシュゥゥ!
その時、俺たちと迷さんの間に、ピンク色の煙幕が巻き起こった。
「皆さんっ、こっちです!」
そこには栗色のボブカットの少女がいた。
「…君は?」
「話は後です! 撤退するなら今ですよっ! 今のうちに逃げますよ!」
「あっ、あぁ分かった!」
ひとまずは賛成だったので、女の子についていって,逃げ出した。
◇ ◇ ◇
「…逃げられたわ。できれば仕留めたかったのだけど、仕方ないわね。」
源氏迷はたいして執着せずに背を向けた。
追撃すればいくらでも出来たが、特にする気は起きなかった。
「良い暇つぶしにはなった…そろそろ来るんでしょう…待ってるわよ、黒金神無。」