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后羿(コウゲイ)

 2時間後。

 雁居が真剣にDMに返事を打ち込むのを横目に、俺はテーブルに片頬をつけて突っ伏していた。半端ない頭痛だ。


『お待たせしました。私の呪いで党首様の居場所を当てたら証拠になりますか?』

『なりますが、チャンスは一度だけです』


 ごくりと雁居の喉が鳴った。震える指で、一文字一文字ゆっくりと入力している。


『――党首様はドイツのハンブルクにいらっしゃいますね』


 運命の瞬間だった。


「あっ!」

 しばらくして、雁居が短い叫び声をあげた。慌てて起き上がる。


「どうした!?」

「こ、これ……!」


 震える手で見せてくれたスマホの画面。そこには『正解』の文字が。雁居は涙に潤んだ目で笑っている。


「よかったな!」

「うん!」


 雁居はスマホで軽やかに返事を打ち始めた。


『ありがとうございます! それで、お会いして頂けるのですね』

『勿論、約束は守ります。ただし……』


 小首を傾げる。


『ただし、……貴女が 死 ん だ 後 に、ですが』

「えっ?」


 唖然とした声が上がった。

 その一瞬後、傍らの大きな窓ガラスが派手な音を立てて割れた。

 キラキラと舞う破片に紛れて、いくつかの大ぶりの斧が、鋭く回転しながら雁居めがけて飛んでくる。


「雁居!」


 対面の席にいた俺は、とっさに右腕を伸ばして斧の進路に割り込んだ。


「――――ッ!」


 呻き声を耐える。斧は寸分たがわず、俺の腕の骨まで到達して食い込んだ。血が噴き出す。

 薄く向こう側が透けている斧だ。さては太陽党の自殺者たちの斧か!


「と、透君!」


 斧の何本かは外れて、店の壁をズタズタに切り裂いた。店内に悲鳴が上がる。


「か、壁が……! 一体、何なのよ!!!」

「見てあの子! 何もないのにいきなり血が……!」

「はやく逃げて!」


 出入り口に殺到する人、テーブルの下に隠れる人、立ちすくむ人、ひたすら叫び声をあげる人――店は大パニックだった。

 雁居を窓から離れたテーブルの下に押し込み、俺もテーブルの下に隠れる。すぐに雁居が俺の腕を引っ張った。


「透君、腕! 止血するから見せて!」

「大丈夫だ、もう治ったよ」


 すっかり癒えて傷一つないなめらかな腕を見せると、雁居は唖然とした。


「! なんで!? そうだ、火葬場の時もすぐに治って……」

「言い忘れてたけど、俺不死身なんだ。怪我くらいすぐに治る」

「――――?!」


 絶句する雁居。

 そんな時でも雁居の持っていたスマホが通知音を響かせた。


「俺のことはいいから。あの野郎なにを言ってるって?」


 俺の声に滲む党首に対する怒りに気付いたらしい。ぎこちなくスマホを操作している。


「う、うん。えっと、『貴女はどうも危険人物らしい。計画の邪魔になりそうだ。ここで死んでもらいます。ああ、約束は果たします。貴女の遺体にはお会いしますよ』……どうしよう、透君」

「……なんとかして切り抜けるしかない」


 外は恐らく太陽党の幽霊たちが包囲している。党首命令で俺たちを殺しに来たのだ。あの野郎自分の手は汚したくないってか、上等だ。

 切り抜けてどうにかして奴をぶん殴らないと気が済まなかった。


「雁居、鏡持ってないか? あったら貸してくれ」

「う、うん」


 手鏡を反射させて外の様子を窺う。案の定大量の霊が店を取り囲んでいた。

 皆一様に斧をたずさえている。幽霊が見えない生者のやじ馬たちも混じっていて、区別も難しい。

 もしこちらから攻撃したら被害がでそうだった。


「ご当主に連絡できるか? 応援を要請しよう」


 俺達に霊達の注意を引き付けて、背後からご当主の率いる退魔師達で急襲し、蹴散らす。

 現状ベストな作戦はこれだろう。


「わ、わかった!」


 雁居は慌てて電話し始めた。


「……あっ、お兄様! 雁居です! 助けてください! 今たくさんの霊にとり囲まれてて、一般のお店にも被害が。場所は……え? もう応援を送った? …………。お兄様、流石にそれは無謀というものです! ……あっ! もしもし!? もしもし!」


 どうやら一方的に切られたらしい。スマホを見つめて呆然としている。


「応援は送ってくれたんだろ? 何が無謀なんだ?」


 雁居は眉尻を下げて泣きそうな顔をしている。


「それが……、応援は一人だけ寄越すって」

「……はァ?」


 無謀ってレベルじゃないぞそれは! 武器を持った大量の霊に三人で立ち向かえと?


(ご当主も焼きが回ったか? それとも俺達に死ねとでも言いたいのか。一般人にも被害が出かねないこの状況で?)


 ご当主の身内である雁居の手前口には出せないが、俺の頭は怒りとご当主への罵詈雑言でいっぱいだった。

 雁居は不当に疎まれているとは思っていたが、まさかここまでとは。


 ……いいだろう。腹は据わった。


「雁居、客に紛れて逃げるぞ。できるだけ俺を盾にしろ。裏口がまだ手薄かもしれないな。行こう」


 そう言って手を引いて、テーブルの下から出ようとした。

 が、雁居は首を振って抵抗する。


「と、透君。応援の人を待とう? お兄様もなにか考えがあって……」

 まだ甘い考えを捨てない雁居に怒りが噴き上がる。


「お前は、今までにされた仕打ちを忘れたのか! 今回だって大量の敵の中に妹を放置して、応援は一人しか寄越さない。これで何を信じろって言うんだ」

「――っ」


 雁居はショックを受けて黙り込んだ。顔が青ざめている。

 途端に後悔が押し寄せてきた。

 馬鹿は俺だ。ただでさえ追い詰められている雁居に、なんてことを……。


「……ごめん。ご当主の思惑は俺にはわからん。生き延びて直接聞くしかない。ただ、応援を待つよりかは今逃げた方が良い。時間が経てば経つ程、敵が増えて脱出が難しくなる」

「透君……」

「せめて、もう少し敵の数が少なければ……」


 外を窺っていると、空に緑色の何かがキラリと光った。


(ん……?)


 目をすがめる暇もなかった。緑色の光は数十筋にも分裂して、幽霊たちの上に降り注いだ! まるで雷雨だ。


 ドガガガガガガ!!!!


 斧は砕かれ、幽霊たちは逃げ惑う。光が命中した幽霊は、ぼっと音を立てて緑の炎に焼かれ、消滅した。

 生者のやじ馬たちが何もしらぬとばかりに、ざわざわと立ち尽くしている。

 緑の光は生者には見えないし、影響を及ぼさないらしい。


「綺麗……」


 雁居はぽつりと呟いた。


「あれに見覚えはないんだな?」

「うん、普通は生きてる人を巻き込まないで浄霊するのはとても難しいの。だからすごい術者の技だと思う」


 緑の雷雨はその後5分間続き、あれだけ大量にいた幽霊の大群は全部浄霊されてしまった。俺達は呆気にとられるしかなかった。


 何が起きているかも認識できない外のやじ馬が散り始めた頃、のしのしと道の向こう側から男が現れた。

 紅い弓をたずさえ、白い矢筒を背負った35歳くらいの長身の男だ。顔立ちは東洋系だが日本人ではない。

 その男は入店し、割れた窓の側でポカンと立ち尽くしている俺達の側に来ると、日に焼けた顔でニヤリと笑った。


「よぉ、助けに来たぜ」

「……もしかして、あんたがたった一人の援軍か? さっきの緑の光はあんたの……?」

「ああ、俺の仕業。タカオに頼まれて救援に来た。しっかしお前ら……」


 男はそこで言葉を切ると、俺たちを上から下までじろじろと眺めた。

 ぶしつけな視線に思わず雁居を後ろに庇う。

 男は納得したのかばりばりと黒髪を掻くと、溜息をついた。


「な、なんだよ」

「いや、やっぱり弱いなと思って。あの程度も切り抜けなくて、太陽党の党首をぶっ殺すなんてできるのかね。強敵だぜ、アイツ」


 物騒な言葉に二人そろって唖然としてしまった。


「ぶっ殺すって……」


 ぶん殴りたいとは思ったが殺したいとまでは……。

 俺達の戸惑いを察したのか、男はおや? と片眉を上げた。


「タカオから何も聞いてない?」

「……聞くも何も、応援を送るとしか」


 げっ、と男は呻いた。


「マジかよ。タカオは今流行りの不愛想系男子を目指してるのか? フォロー役がその分喋んなきゃいけないから勘弁してほしいんだけど」


 男はぶつぶつとよくわからないことを呟いている。なんだこの軽薄な男は。

 男はひとしきり悪態をついていたが、何やら勝手に納得したらしい。

 くるりと俺達に向き直るとニッと笑った。


「じゃあ、軽く自己紹介。俺は后羿コウゲイ。名前の通り中国人。太陽党の党首をぶっ殺そうと日夜頑張っている男だ。で、お前らにも協力してもらう」


 絶句する俺。

 しかし雁居は育ちが良かった。面食らいながらもぺこりと頭を下げる。


「ご、ご丁寧にどうも……? 雲野雁居です。さっきは助けて頂いてありがとうございました」

「嬢ちゃんはいい子だなぁ。タカオの妹とは思えない。いっそ俺の妹にならないか?」


 后羿は雁居の頭をなでようと手を伸ばしてきた。思いっ切り叩き落とす。


「えー?」


 唇を尖らせる后羿を、俺はきっと睨み据えた。


「助けてくれたことには感謝する。が、触るな。それより、党首の暗殺に俺達も協力してもらうとはどういうことだ?」

「ここで詳しく説明すると警察呼ばれちゃうなぁ。ほら俺武器持ってるし、殺す殺さないなんて話は真に迫り過ぎてるから」


 こちらに非があるように言っているが、先に党首を殺すなんて言い出したのはこの男だ。思わず突っ込みそうになった。

 しかし、近づいてくるパトカーのサイレンの音を前にしてはそれどころではない。

 ぐっと黙ると、后羿はほらなと肩をすくめて笑った。


「さってと、警察が来る前に急いで雲野邸に帰るぞー。改めて向こうで説明するから、お楽しみにー」

「は、はーい」


 雁居はすっかり后羿のペースに乗せられていた。ため息をついて、退店しようとする二人の後を追う。

 何やら嫌な予感が止まらなかった。

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