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太陽党

 時刻は午前10時。学校にはしばらく病欠の連絡を入れてある。

 いったん家に帰って私服に着替えた。貴重品をいれたバッグを肩に掛ければ、準備万端。

 

 一番近いのはあの女性が自死した現場だ。ひとまずそこに向かう。

 私服で出歩けば、補導もされない。せいぜい浪人生に見えるくらいだ。

 と、思って堂々と繁華街を歩こうと思ったのだが……。


「……なんだこれは……?」


 例の眼鏡をかけた途端、見えた光景に思わず息を呑んだ。

 血の匂いすら漂ってきた気がして、口元を覆う。

 道端に3人もの半透明の人が転がっていた。胴体を真っ二つにされてピクリとも動かない。

 道行く人はそれが見えていないらしい。半透明の遺骸を踏んづけても、止まることなく歩き去っていく。


(この遺骸が、殺霊事件の被害者達か……?)


 ご当主の話では4人の被害者はすでに見つかっているので、この3人は新たな被害者だろう。念のために遺体に触れようとするが、手は空を切った。霊だ。幽霊だ。幽霊が死んでいる。


(これが、《殺霊事件》か……)


 遺体の見えない通行人が邪魔そうに俺を避けていくのをよそに、そっと1人の遺骸の側にかがんだ。

 傷口を検分する。

 まだ若い男性だ。ただし服装は白い死に装束だった。ちゃんとお葬式をあげてもらった霊なのだろう。


(……鋭利で重い刃物で胴体を切断。ただし傷口はガタガタで潰れている。何度も振り下ろしてようやく切り断ったっていう感じだな。犯人は非力な女性か?)

 

 被害者の首筋には“丙”の文字が刻まれていた。犯人のメッセージかもしれない。他2人の遺体も似たような服装と傷口だった。ただし首筋の刻印は、それぞれ“乙”と“丁”である。

 遺体の検分は我ながら手慣れたものだった。伊達に数百年生きてはいない。戦国時代を何度か殺されながらも、殺して駆け抜けた実績がある。


(ん……?)


 遺骸の側に赤いものが落ちていた。

 触れられないかと手を伸ばすが、相変わらず地を削るばかりで掴めない。


(ということは霊由来の遺留品?)


 しょうがなく地に頬をすり寄せて、それを間近で観察する。通行人の目が痛いが、それどころじゃない。――赤いものに見覚えがあった。


(赤い、――ネイルだ)


 被害者の誰とも一致しないネイル。

 一昨日の記憶がフラッシュバックする。あの女性も赤いネイルをしていた。


「答え……みたいなもんじゃないか」


 とりあえず、次の目的地は決まった。あの廃ビルだ。

 雁居が殺霊事件を追っているなら、犯人(この場合は犯霊かもしれない)を追えば雁居も必然的に見つけることができるはず。

 俺は駆け出した。


△▽△

 

 辿り着いた廃ビルの入り口には立ち入り禁止の黄色いテープが張られているが、女性の自殺から3日も経っているので警官はいない。

 自殺の観察者こと俺が目撃証言をしたので、早々に自殺と断定されて撤収したらしい。好都合だった。


 ひょいっとテープをくぐって中に入る。廃ビルの内部は床と天井を汚す血しぶきの跡とたくさんの警官の足跡が目立った。床は埃で覆われていたからなおさら。


「俺の勘が正しければ……」


 眼鏡を外して床を検分すると、……あった。

 自殺した女性のハイヒールの足跡だ。

 ビルの入り口から自殺したロビーまで続いている。彼女は自殺したので、当然帰りのハイヒールの跡はないはずだが……。


 霊の痕跡も見える眼鏡を掛けると、くっきりと自殺現場から歩み去るハイヒールの跡が浮かび上がってきた。


「あの女性は死んだ後、霊になってここを出ていった。その後で繁華街で殺霊事件を起こしたってことか?」


 いや、これじゃただの推測だ。そもそもあの異常な殺霊事件を女性一人が思いついて実行したのか? もっと確実な証拠が必要だ……。

 証拠証拠と呟いていると、ふと肩のバッグが重くなった気がした。ぱちりと目を瞬かせる。


(……あった、馬鹿だ俺)


 あの日女性のスマホを回収していたのだった。


△▽△


 現場近くの公園のベンチに座って、2時間かけて女性のスマホの情報を洗い出した。


「功徳カウンターにインスタにツイッターに、chromeのブクマに画像ファイルに……」


 片っ端から確認すると驚愕の事実が分かった。


(あの人の功徳カウンターの数値、人間に転生するには大分足りてねぇ……)


 自殺する前、女性は確かにこう言った。


『……うん、ありがとう。必ず人間に転生してみせるからね』、と。

 人間に転生するも何も功徳が足りてないから、人間に転生できるはずがないのに。


(……死後、幽霊になってから功徳を積める方法があった? それが殺霊事件なのか?)


 答えはツイッターにあった。

 女性のアカウント(@heren)のDMを漁ると、うさんくさいやり取りが記録されていた。相手は@suns。


@heren:こんにちは。友達から話を聞きました。私も参加したいです。やり方を教えてください。


@suns:やぁ! ありがとう。君の参加を嬉しく思うよ:)

     詳しいことはコミュニティで教えるね。→http://~

     君のアドレスでメールを送ってくれば、パスワードを知らせるからね。bye:)


 アドレスをクリックすると、『太陽党』と黒地に金の文字で書かれた怪しいHPに飛んだ。メルアドとパスワードの認証を求められたので、女性のメールも漁ってパスワードをGET。ログインに成功した。

 コミュニティの内容は実に物騒なものだった。


『簡単! 死後にたくさん徳を積む方法! これであなたも来世はまた人間に!!!』


 規約や謳い文句を読むにつれて、信じられない思いが湧き上がってくる。

 要約すると、太陽神に自らと他人の霊魂を生贄として捧げることで死後も功徳を積んで来世人間に転生できるとか。

 可愛らしい太陽のアイコンが言うやり方はまず、斧で自殺する。その後幽霊になったら、その斧で他の幽霊を殺し、その魂を太陽に捧げる。これを繰り返す……。


 注意する点は3つ。

『実行は日の出と日の入り』

『生贄の胴体を斧で真っ二つにすること』

『死ぬときに手を触れた道具でないと死後触れないので、斧で死ぬこと』


 俺は頭を抱えた。

(ビンゴじゃねぇか……)

 日の出とともに斧で自殺した女性。胴体を真っ二つに断ち切られた被害者達の霊。雁居が看破したという殺霊事件の凶器の斧……。


 すべてが、この太陽党を指していた。

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