死が蔓延する世界
……あれから1年経った。
世界中を戦い抜いた。寝る暇もなく、太陽党員が雪崩を打って殺しに来る。
もはや追っているのか追われているのかもわからない。世界は混乱し、死者は日に日に増えていく。
目につくだけですでに3000人の死を目撃した。
助けられなかった人も巻き込んでしまった人もいる。この手で殺してしまった人も……。
人の死を間近に見てしまい、日に日にやせ細っていく雁居を見るのが辛かった。
とうとうスイスの廃ホテルで雁居は倒れた。
「ごめんね、透君。后羿さん……」
熱で目が潤んでいる。ふぅふぅと吐き出す息も熱く、苦しそうだ。
額を流れ落ちる汗をタオルで拭って、俺は謝る雁居を宥めた。
「気にするな。疲れが出たんだろう。ゆっくり休め」
「そうだぞ、嬢ちゃん。見張りは俺と藤見でやるから安心して寝てなさい」
「うん、ありがとう。二人とも……」
掠れる声でようやっと言うと、雁居はすうっと眠りに落ちた。
「……よし、眠ったな。じゃあ、皆殺しにするか」
后羿は紅い弓をくるりと取り出した。
「あんたはほんとにタフだな……」
うんざりしながら、俺も后羿から譲り受けた弓の調子を確かめるように弾いた。后羿は笑った。
「疲れたか? まぁ確かにな。『甲』の奴、いつもはここまで粘らないんだが……。なにか時間稼ぎをする理由があるのかもしれない」
連れ立って一階に下りる。フロントマンの死体があったロビーは血の痕跡で彩られていた。もう何も感じない。
ホテルの周囲に張った結界はズタズタになっていが、辛うじて亡者たちの侵入を防いでいる。
結界の向こう、胴体を真っ二つにされ死んでいる一般人が5人。太陽党員に生贄にされた人々だ……。
后羿が振り切るように言った。
「忘れろ、目の前のことに集中するんだ」
「……ああ」
亡者たちの大群を前にして、やることは決まっていた。投げつけられる斧を結界で防ぐ。
結界に開いた銃眼から霊力の籠った矢を射出する。近づきすぎた太陽党員は霊刀で殺す。
殺して殺されて、死んで生き返って。身体に沁みついた動き。なにより后羿が強すぎた。
……だから油断したのだと思う。
バリバリバリバリと空から何かのモーター音が聞こえた時には遅かった。見上げるとヘリがホテルの屋上に近づいていた。数人がロープを伝って屋上へ降りる。動きがプロだ、速い!
「しまった!」
「戻るぞ! アイツらの狙いは嬢ちゃんだ!」
「言われなくても!」
二人で階段を駆け上がる。雁居が眠る部屋のドアが蹴破られていた。
見張りの侵入者が銃撃してくる。慌てて身を隠す。
雁居を担いだ男達は俺達を銃で牽制しながら、屋上への階段を駆け上る。ヘリで逃げる気だ!
「雁居!」
なりふり構っていられなかった。体を穴だらけにされながらも廊下を前に進もうとする。
その不気味な猪突猛進に敵がひるんだ。俺を囮にした后羿がその隙に牽制役二人を射貫いた。
チャンスとみて突撃する! 手にした霊刀で一人の首をはね、二人目の心臓を突いた。
そのまま二人目を盾に吶喊する。
あと一歩に迫った時、敵の一人が何かのピンを引き抜いた。
くそっ、身を庇う隙もない!
派手な爆発音とともに一瞬で何もかもが遠ざかる。遅れて感じる痛みと共に世界が暗転した。
気が付いたら、埃まみれのベッドに寝かされていた。傍らの椅子には后羿が座っていて、何やら難しい顔で地図を見ている。
「……雁居は?」
かすれた声で尋ねる。后羿は地図から顔を上げると忌々しそうに答えた。
「攫われた。『甲』からの伝言だ。『小娘を返してほしければ日本の崎森市に来ること』だとさ。……どうする?」
「どうするって、いくしかないだろう?」
「まぁ、そうなんだけどな。あれだけ逃げ回っていた『甲』が待ち受けてるってことに罠の匂いを感じる」
俺はため息をついた。
「雁居を死なせるわけにはいかない。俺だけでも行く」
ベッドから降りようとすると、后羿は慌てて止めた。
「待て待て。俺は行かないとは言ってない。焦るのはわかるが落ち着け」
淡々と言われて、一瞬で怒りが噴きあがる。
「俺は落ち着いている!」
后羿は一瞬呆気にとられた後、笑った。
「落ち着いてるやつは怒鳴らんぞ」
その宥めるような笑顔に、いかに自分が苛立っていたのか気付いた。
「……ごめん、八つ当たりだ……」
そうだ、后羿は悪くない。俺は自分の不甲斐なさに苛立っていたんだ。
目の前で雁居を攫われた、その軟弱っぷりに。
自己嫌悪で深く沈んでいると、后羿は和ませるように胸を張った。
「まぁ、任せておけ。俺は太陽絶対殺すマンだからな、今までの転生でも100%『甲』を仕留めてきた。どんな罠を仕掛けられようとも今回も必ずうまくいく」
その自信たっぷりなドヤ顔に思わず苦笑した。
「あんたがそういうなら、そうなんだろうな」
「勿論だ。だから安心して休め。どんなに急いでも飛行機のフライト時間は明日だ。体力、気力を取り戻すチャンスは今だけだ」
そう言って后羿は笑顔で俺の頭を撫でた。
「……本当に雁居は無事だろうか」
俺の不安そうな顔を見て、励ますように強く頷く。
「ああ。向こうから呼び寄せるくらいだ。流石に俺達が到着するまで嬢ちゃんを殺す真似はしないだろう。人質は無事であることに価値がある」
その力強い言葉にふと力が抜ける。后羿を信じよう。
「……わかった。あんたももう寝なよ。俺達を守るのにいつも身体を張ってくれてただろ。感謝してる。今日くらいゆっくり休んで欲しい」
「えー、いきなりデレやがった。今日の藤見君は予測不能なデレが多すぎるよ! おっさんはもうお腹いっぱいだわ」
そう言って后羿はおどけて肩をすくめた。なんだか照れてきて、顔を背ける。
后羿の声が柔らかくなった。
「ありがとな、藤見。あともう少しだ」
「ああ、雁居を助けて『甲』を倒す。ここまで来たならやってやるさ」
「おうその意気だ!」
后羿はわしゃわしゃと俺の頭をかき混ぜた。
決戦は崎森市。今度こそ決着をつける。