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夜襲

 夢を見た。

 芋虫のごとき俺が、複雑な魔法陣の上に転がされている。


 獄卒は僧侶どもだった。目は潰され手足はもぎ取られ、噴き出した血で新たな魔方陣が描かれた。

 意識を失うたびに水に顔を付けられて、強制的に目覚めさせられる。

 死ぬぎりぎりまで放置させられて、蛆が集り始めた頃にようやく治療させられる。

 それが永遠と続いた。しわがれた声が聞こえる。


「もし末法の世……」

「この者が……功徳は、……神に……」


 地獄とはかくあるものか。

 僧侶どもへの憎しみと死への渇望がいっぱいになった頃、魔法陣は完成した。

 傷が、癒える。死んでも死んでも傷が癒えた。

 こんなのは化け物だ。

 

 ――僧侶どもを皆殺しにした。人じゃなくなった絶望を叩きつけるように。

 

 夢を見た。数百年前の、現実にあったことだ。


△▽△


 跳ね起きた。飛び出しそうに高鳴る心臓を服の上から押さえる。


(……今は2025年。ここは雲野邸の離れ。……大丈夫、さっきのは過去の記憶……ただの夢だ)


 必死に自分に言い聞かせて悪夢の残滓を振り払っていると――。


 突如、大地を揺るがすような爆発音が聞こえた。反射的に立ち上がり、庭に続く障子を勢いよく開ける。

 嫌な予感で心臓がバクバクと高鳴っている。

 そのまま外に出て辺りを見回すと、空が赤々と燃えていた。


 いや、違う。燃えているのは雲野邸だ! 屋根を炎が走りバチバチと甲高い音を立てて屋根瓦が燃え落ちた。


「なんなんだ一体……!」


 答えは屋敷を囲む塀の上から飛んできた。后羿コウゲイだ。


「太陽党の襲撃だ。ダイナマイトを投げ込んできやがった。この屋敷は霊的襲撃には強いが、物理的破壊工作には弱い。一ヵ所に長く留まるのは危ないとは言ったが、まさか退魔師の総本家を襲撃してくるとはな……」


 そう言って弓を引き絞り、空に向けて矢を射離した。緑の雷雨が塀の外に降り注ぐ。后羿は塀の外を一瞥し、げんなりとした。


「うへぇ、まだうじゃうじゃいるぜ。じゃあしょうがない、とっとと出発するかー」

「は?」


 まさか燃えている雲野邸を放っておくのか!?

 信じられない気持ちで見ると、后羿は肩をすくめた。


「は? じゃないよ。俺達がいなくなれば、向こうも雲野邸を襲う理由が無くなる。俺達はこれからずっと逃げ続けなければいけない。……太陽党に追われるというのはそういうことだ」


 なんでもないように言う后羿。しかしその声には僅かな憐憫が含まれていた。


「自分のせいでなんて思うなよ。悪いのは太陽党であってお前じゃない。……といっても、呑み込むには時間もかかるだろうが」


 ぐっと唇を噛み締める。想像以上に過酷な旅になりそうだった。


「……お、タカオと嬢ちゃんも来たな」

「透君! 后羿さん!」


 雁居の背には大きなバックパック。夜通し叱られていると思っていたが、準備をしていたらしい。俺も慌ててバックパックを取りに行った。

 正門も裏門も亡者の山だった。どっちも同じならと、正門から打って出ることにした。


「見送りはここまででいいぜ。後始末を任せちまって悪いな」


 ご当主は溜息をついた。


「わかっているならとっとと行け。いつまで経っても片付かん」

「へいへい。ったく、今生の別れになるかもしれないってのに相変らず不愛想なこって」


 そうか、志半ばで死ぬこともありえるのか……。

 ふと雁居と目が合った。思いは一緒だったらしい。自然と二人揃ってご当主に頭を下げる。


「お兄様、今まで育てて頂きありがとうございました」

「ご当主には散々お世話になりました。ありがとうございました」


 ご当主は静かに言った。


「……気が早いぞ。礼は無事に帰って来た時にするものだ。気を付けて行ってこい。そして必ず帰れ」


 雁居は目を見開いた。無事を願われるなど初めてといってもいい。

 雁居の声が涙で潤む。

 俺もぐっと喉にこみあげるものを感じた。


「「……はい!」」


 挨拶が済んだとみて、后羿は弓を構えた。


「よし行くかー。亡者どもを一気に蹴散らして駆け抜けるぞ。ついて来い!」


 正門がギギギと重苦しい音を立てて開く。途端になだれ込む亡者の群れ。后羿は引き絞った弓から矢を放った。矢は光を集めて、極太の光線となり、通りまでひしめく大量の亡者を一網打尽に消滅させた。


 駆け出す后羿に俺達は続いた。闇夜に紛れて、姿を消す。

 後ろは振り返らなかった。


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