【塩】を使った緊急事態の回避プランB
「ここに、”ひとつまみの塩”を加えます」
テレビでは、有名な料理研究家が自らの考えた創作料理の作り方を披露している。
私はジョギングマシンの上で、上体を大きく振りながら歩きつつ、それを観ていた。
「ふーん、”ひとつまみの塩”か。そういうのが、味の決め手になるのかしら」
私がそんな独り言を呟いていると、”これが味の決め手になるんです”と料理研究家がアシスタントに答えていた。
「やっぱりね。料理って化学だから」
私が大して自分でもよく分かっていないことを呟いていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「はーい」
私はジョギングマシンを停止させると、小走りで玄関に向かった。
ドアミラーから覗いてみると宅配のようだ。
(あら、何か頼んでいたかしら?)
私はドアロックを外すと、ドアを躊躇なく開けた。
「はーい」
「あっ○○急便です。ここにサインをお願いします」
「はいはい」
私は渡されたものにサインをする。
そうしていると、宅配人の視線が、ちらちらと私の胸に移ることに気付いた。
(しまった、ジョギングタイムだから、かなり胸元が開いた服を着てたんだった)
一人暮らしで誰も見てないからいいやと思って、油断していた。
お兄さんを悩殺してしまわなければいいけど……
「はい、書けましたよ」
「あ、ありがとうございます。こ、これ荷物です」
「はーい、ありがとうございまーす」
結構大きめの段ボールだった。伝票には
”送り人 母”
と書かれている。
(なんだ、お母さんでしたか。いつも、ありがとうございます)
私は、段ボールを両手で抱えるように受け取る。
「結構重たいんで、気をつけてください」
配達のお兄ちゃんがそう注意してくれたので、気張って受け取ろうと準備態勢に入った。
そして、配達のお兄ちゃんが受け渡そうとすると同時に、私の両手に物凄い重量がかかってきた。
「お、おもたーい!」
私が思わず声を上げると、配達人のお兄ちゃんが再び荷物を持ち上げてくれた。
「す、すいません。これは重たいですよね。僕でも結構きついですもん」
「いててて」
一瞬で私の両腕はパンパンになってしまった。
さっきは心の中でお礼を言った母だが、今は少し恨めしい。
(詰め込みすぎよ!もっと減らしなさいよ!)
母の仕送りにはいつも助けられているものの、娘思いが過ぎるのが玉に瑕だ。
「すいません、大変申し訳ないんですけど、玄関に置いてもらってもいいですか?」
「え、ええ。全然大丈夫ですよ」
配達のお兄ちゃんは気のいい人みたいで、快くOKしてくれた。
私は彼をワンルームのマンション内に招き入れると、玄関に段ボールを置いてもらった。
「ありがとうございますぅ」
私がお礼を言うと、配達のお兄ちゃんから更なる提案があった。
「もし、よろしかったら、部屋の中までお持ちしましょうか?ここだと通行の邪魔になるんでは?」
「えっ……」
始めは、初対面の彼を部屋の中に入れるのは強い抵抗があったが、確かにここに置いておくのは邪魔だなぁと思った。
私じゃ持てないし、これ。
「んー……じゃあお願いしようかな……」
「はい、わかりました」
配達のお兄ちゃんは段ボールを持ち直すと、部屋の奥にどんどんと進んでいった。
私はそんな彼を見て、キッチンに合った食卓塩を手に取った。
特に意味はないけれど……
「それじゃ、その辺に置いておいてください」
私が部屋の手前あたりのスペースを指示すると、配達のお兄ちゃんはそこに段ボールを置いてくれた。
「どうも、ありがとね。助かっちゃった」
私がそう言うと、彼は無言だった。
……なんだか顔つきがオカシイ気がする。
「あの、お姉さん……これってそういうことでいいんですよね?」
「そ、そういうことって?」
私がそう尋ねるや否や、彼は私をベッドへと押し倒した。
「え、え。ちょ、ちょっと。やめて、やめてよ!」
私がそう言って抵抗するも、彼は私に馬乗りになると、自身の上着のボタンを外し始めた。
「うへへぇ。堪らないですね。お姉さん。そんな服で……僕の事、誘ってたんでしょ?」
「ち、違う。そ、そんなつもりじゃ……」
私は全力で抵抗するも、若くて力のある彼に敵うはずもなく、瞬く間に組み敷かれてしまった。
「うへへぇ……どうして抵抗するんです?……まあ、そこが燃えるんですけどね」
「くっ……」
あー、お母さんお父さんごめんなさい。私に危機感が無かったばっかりに……
「まずは、そのぷるぷるの唇からだな……」
「い、いやぁ」
彼は、私の唇に自身の唇を添わせる。
そして、舌を私の口内に侵入させてきた。
がしかし、すぐに違和感を覚えたのか顔を勢いよく遠ざけた。
「しょ、しょっぺぇぇぇぇぇ!!」
私は今がチャンスとばかりに畳みかける。
「あら、なかなか情熱的なキスだったじゃない?さあ、もう一回しましょうよ」
「うっ、ぐえぇ。なんてしょっぱいんだ。……くそー、こんなしょっぱい女は無理だぜ」
そういうと、彼は脱いだ上着を手に持つと、部屋を去っていった。
私は震える体で、玄関まで走ると、ドアロックをかけ、その場で座り込んだ。
そして、手に持った食卓塩を見つめた。
「確かに、これが”決め手”になったわね……うーしょっぱいよーーー」
口の中はしょっぱくて、喉は焼けるように痛かった。
私は直ぐにうがいをすると、警察に電話した。
【塩】を使った緊急事態の回避プランB -終-