002 祈念式 成人の儀
002 祈念式 成人の儀
寒い寒い冬の季節が終わり、小さき緑萌ゆる春の季節となった。とはいえ、まだまだ冬の寒気は残っており冷たい空気に晒された朝露はうっすらと霜を降ろしている。
徐々に日が昇り、最高神たる光の大神オルトヴィーネスの恵みである暖かな太陽の光が大地に降り注ぎ、いつもと変わらぬ平穏な朝が来たことを遍く生命に告げる。
大陸には3つの大国が存在する。広大な北の大地を治めるトレーシア王国、主に西側から南側にかけて鉱物資源が豊富な山岳部と穀倉地となりうる平野部は併せ持つロッカー王国、そして大陸中央部から東側の森林部や海に面した土地を活用し、豊かな国力を維持する海運国家ラブル王国。
いずれの王国でもこの春の季節には齢15に達した者を成人と定める成人の儀『祈念式』を行うのが慣わしだ。ロッカー王国の南に位置するチュートン領でも今年15になる少年少女たちが領内の各地から領都の神殿に集い、正午から始まる祈念式に出席するための準備を精一杯のおめかしをしつつ親と共に行っている。
祈念式を行うための礼拝堂は広く、村ごとに集っている新成人及び家族を軽々と治めてなお、十分に広さを残していることがわかる。初めて村から出て領都に来た新成人や、めったに村から出ることもない付き添いの村人も集った人の多さに驚きと微かな緊張と期待を高めている様子が見て取れる。
神殿内には神の像6体が中央奥にあり、壁面にあるステンドグラスから差し込む光に照らされてより神秘性を感じさせた。
* *
私は今年15歳を迎えた新成人の一人としてチュートン領都の神殿に参内していた。前日には祈念式に着ていくための衣装も丁寧に揃えて、必要な準備をすべて終えて意気揚々と付き添いの両親と共に村を出発して領都の宿で一泊した。軽い興奮状態でなかなか寝付けなかったが、それでも朝は早くに目が覚め両親を困らせながらも入念に身支度を整えて午前を過ごしたのだ。
この日のために拵えた衣装は普段着ているような村内での作業着とは比べるべくもなく、華やかな装いのクリーム色のワンピースにアクセントとしての花柄の刺繍を縫い取り、袖や襟口には嫌味にならない程度に目を引くフリルもつけている。肩口からストールを纏い全体の露出は抑えてあるのが、大人に成りきれていない15歳という幼さや奔放さを残す容姿の印象を押さえ、結い上げた髪を押さえる大き目の石を拵えた髪飾りも幾分か大人っぽさを演出していることに鏡で自分の姿を確認したときに満足を覚えた。
領都に来ることも初めてのため祈念式の後には両親と共に観光も予定に入れている。同じ村からの祈念式の参加者は今年は6人だ。当然ながら全員が顔見知りである。神殿内では村ごとに集まっているので周りを見ればすぐ近くに控えているのがわかる。みんな普段と違う衣装を纏い、自分と同じようにキョロキョロと周囲を見渡して物珍しげにしているのが何だか可笑しい。クスクスと小さく声が漏れてしまう。
「何か見つけたのかい? フィリス」
すぐ隣のお父さんから声を掛けられて顔を向ける。お父さんもお母さんも今日はいつもとは違って外行きの綺麗な服を着ている。自慢ではないが村でも美男美女のおしどり夫婦と評判の両親だ。私も両親の良いところを引き継ぎそれなりの容姿をしていると思う。両親共に華やか金髪で私も同じ色合いだ。今日は結い上げて飾っている。瞳は薄いアイスブルーでこれはお父さんから受け継いだ。全体的な顔立ちはお母さんに似ていると思う。
「ううん、皆がいつもと違う綺麗な服を着てキョロキョロしてるのが何だか可笑しかったの」
「あら、フィリスだって一緒よ。キョロキョロ見回して目を大きくしていたわ」
お母さんが明るい調子で言い、軽く私の肩に手を乗せて笑う。
「フフフ、フィリスも今日で成人よ。落ち着きを持ってね」
「そうだな、大人の仲間入りすることだしお転婆も卒業しないとだな」
わかっているわ。一緒に来た6人の幼馴染の中では私が一番お姉さんだもの。今日の祈念式だってしっかりこなしてみせるもの。
「ねえねえ、私たちのところは6人参加だけど、全体で集まるとすごい大勢いるのね。こんなに多くの人をわたし始めて見た。すごいよね、フィリス!」
「だよな。うちの村の全員より多いぜきっと」
「うん。ちょっとどころじゃなくてびっくりしたよ。こんなに人がいるとは思わなかった」
両親から視線を外し、声の方に目を向ければ私の幼馴染たち、赤髪の活発なリンカ、黒髪のやんちゃなグラント、ブラウンヘアのおっとりしたサキ。それぞれ精一杯おめかしした状態でいるのがわかる。
「村の外に出ることじたい初めてだもんな! いろいろ気になるっ!」
「わかる」
ひょいっと脇から顔を覗かせてくる茶髪のムードメーカーなフリップ、それに相槌を打つ白髪の 無口なディアス。
「もうすぐ祈念式も始まるだろうし、終わったらみんなも観光にでるでしょう? お店とかいっぱい見て回りたいわ」
「おう、村に戻るのは明日以降だし、終わったら今日は探検しようぜっ!」
「探検じゃなくて観光だよ」
「どっちでもかわんねーよ」
「いく」
私も観光は非常に楽しみだ。でもひとこと言っておかなければ・・・。
「祈念式が終わっても6人だけじゃ駄目よ。お父さんたちの誰かに付き添ってもららわないと」
むっとした表情でグラントが即座に言い返してくる。
「おいおい、これが終われば俺たち大人だぜっ! 父ちゃんたちの付き添いなんて必要ないぜ」
おいおいはこっちのセリフだよ。祈念式が終われば確かに大人になった扱いになるけど、突然心や知識が成長するわけないじゃない。土地勘がないどころか初めて来た場所で付き添いもなく歩き回るとか探検とか言い出し、どんな危険があるかも考えないなんて・・・。
「・・・子供のまんまじゃない」
ブフッっとすぐ横から噴出す音が聞こえ、リンカが口元を手で抑えている。さらに小さく「わかる」とディアスが呟くのが聞こえた。グラントにも聞こえたようでぐぬぬと唸って少し顔が赤い。まぁグラントが騒ぎ出すのは村でもいつものことだから、みんな慣れきっている。はいはいと受け流し、わかったわかったと相槌を打って、うんうんと適当にあしらうのだ。本当にいつもと変わらないやり取りに、やっぱりいきなり大人に成るわけじゃないことを実感する。でも祈念式が終われば大人になることに変わりはない。胸が熱いね。
* *
ゴーンゴーンと礼拝室に鐘の音が響く。ざわめいていた礼拝室も鐘の音に合わせて段々と静かになっていく。いよいよ祈念式が始まるのだろう。室内が静まりかえったところで奥側にある扉が開き神官服を纏った人物が数人祭壇脇に控える。さらに神官とは別に身なりのいい初老の男性も一人入室し、最後に一目で神殿の偉い人だとわかる、他の神官と比べて意匠の凝った神官服を纏った男性が祭壇に上った。
「これより祈念式を執り行う。対象の新成人は前へ、ご列席のご家族方は後ろにお願いします。
皆様の準備が整いましたら神殿長よりお言葉をいただきます」
脇に控えていた神官の一人が声を響かせ、礼拝室でゾロゾロと移動が始まる。そこかしこから「しっかりね」といった親御さんからの激励の声が耳に入り、両親も一声掛けてくれてから後ろへ離れていった。しっかりと新成人と付き添いが分かれて準備が整うと神殿長が手に持っていた大きな本を開き書見台へと乗せた。神殿長の口から落ち着いた声でゆっくりと語られたのは神話における世界創生の話だった。
光の大神 オルトヴィーネスを最高神として、付き従う偉大なる5柱、火の神 ラグナートゥリア、水の神 イグナーシュオ、風の神 シュターブリーズ、土の神 ブルートレーネ、命の神 エントーナトア、それに数多の眷属神。ゆっくりとそれぞれが司るもの、そのご加護による恩恵を語る。祈念式とは15歳という節目に神々に祈りを捧げ神々から加護を賜り、一人前になったのだと示す儀式が元になっているらしい。遠い昔に神々はお隠れになっており近年ご加護を賜るといったことはないようだが、決して誇張ではなく約2000年前に神々のご加護を賜り世界を大いなる災厄から救った者がいたのだといった。
「・・・新たに成人を迎える皆様も、敬虔に神々に祈りと感謝を捧げご加護を賜れるようこれからの日々を真摯お過ごしください」
そこまで語ると神殿長は初老の男性の方に向き直り、手を差し出すように祭壇へ招いた。男性も頷きを返して祭壇へと進んでいく。
「本日はチュートンの領主様の代理として代官のアーディロウ様にお越しいただいております。アーディロウ様、どうぞお言葉を」
書見台より本を手に取り、アーディロウに場所を譲って神殿長は少し後ろに下がった。
「諸君、成人おめでとう! チュートン領において若く可能性に満ちた諸君らの成長を喜ばしく思う。君たちはこれより一人前の大人として扱われることになるが、それでもまだ大人というステージのスタートラインに立ったばかりであることを自覚して欲しい。まだまだ君達は未熟である。これから仕事につき、技術を身に付け、それに伴う責任を背負い成熟していくものである。これから先、失敗もあるだろうが先達の姿を見て、教えを請い、いつしか次の世代へ継いで行くよう成長を期待するものである。見込みのあるものは平民であっても執りたてられることもあるだろう。精進するように・・・」
アーディロウは一通り新成人への演説を終えると奥扉から退室し、再度神殿長が祭壇に上がった。手にした本をもう一度書見台に置きパラパラとページを捲っていく。目当ての場所を見つけたのか捲る手を止めてしっかりと新成人へと向き直った。
「それでは、最高神及び偉大なる5柱、そして数多の眷属神へ祈りを捧げ祝福と加護を願いましょう」
礼拝室にいる全員が祈りのポーズを取り神殿長の祝詞に続く。
我は世界を創造せし偉大なる神々に感謝と祈りを捧げる者なり
数多の啓示 恩恵を与えし神々の尊き御力に報い奉らんことを・・・
我等の祈り 感謝 願い つきづきしく思し召さば 御身のご加護を賜らん
ステンドグラスから降り注ぐ光が神々の像を彩り、祈りを捧げたそれぞれの内に暖かな思いが溢れた気がした。それは大人になったという喜びであったり、自負であったり、これからに対する決意であったかもしれない。先人たちが辿り、受け継いできたのと同じように、こうして私たちも今日、成人を迎えた。
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