001 古の石版
その1
遠い遠い、遥か遠い昔。神々は唯一無二の秘宝を用いて世界を創造した。
神々は世界創造後も長い時をかけて調整を繰り返し、あらゆる概念、理、大いなる自然、そして様々な生命の種を根付かせた。
いつしか楽園の如き神々が治めるその世界は『オルトフィリス』と呼ばれるようになった。
コトリと小さな音がすぐ脇から聞こえ、ふと視線をずらす。
先ほどまではなかった小さなカップから白い湯気が立ち上っており、これまた意識していなかった香りが湯気とともに漂っていることに気づいた。ついでにカップを持ち運んできたであろう人物が目に入る。
中肉中背ではあるがちょっと肥満気味な体型。髪は薄く歳をそれなりに重ねていることがすぐにわかる。
普段着の上に白衣を纏ってはいるが、シャツがズボンからはみ出しており身嗜みが整っているとはいい難い。ちょくちょく家族から指摘されているようだが直る気配はないみたいだ。不健康そうな顔色をしているが、それはお互い様かついまさらなので野暮なことは今更持って口にしない。目にはいってきた情報から相手は最近仕事をもってきてくれた依頼人のブラス=ウィッカーに間違いない。
「どうだい、進んでいるかい?」
コトリともう一度すぐ脇から音が聞こえ、小さなカップがもう一つテーブルに置かれた。
どうやら両手に一つずつ持っていたらしい。無言のままカップをこちらに寄せられた。どうやら差し入れらしいのでありがたく頂くことにする。
「ありがとうございます。ですが、正直さっぱり進みませんね。まだまだ一番最初の部分です。翻訳があっているかはわかりませんが、どうやら世界創生の神話か創作の御伽噺の類ではないかと…」
そうかぁ、期待しないほうがいいかなぁ~と小さくブラスさんが呟くのを耳にしながら、差し入れられたカップを口元に運び、湯気を立てるお茶を火傷しないように慎重に啜る。
「まぁ、まだ始めたばかりだしね。翻訳しないといけない石版の写しも山ほどあるみたいだから、何かしら発表できるものが出てくるのを根気よく探す方が精神衛生上良さそうだ」
それには全くの同意だ。そもそも考古学や異文化研究において時間を掛けずに手にできる成果などありえない。労せず手にはいる結果など、たいした価値などないのが歴史研究の常なのだから。そのくせパトロンからは早く結果をだせとせっつかれるため真に世知辛い。もっとも私の専門は考古学ではなく言語学なのだが…。
「しかし、助かったよ。こんな子供の落書きなのか絵なのかわからないものが文字で、解読しろなんて無茶振りが神殿からくるなんて思っても見なかったからね。言語を専門としている変わり者なんて私が知る限りでは君くらいなものだ。」
「私の他にも言語学者はいますよ」
「訂正しよう。こんな地味で旨味もない暗号解読がごとき翻訳作業を愚痴一つなく進んで請け負う変わり者の言語学者は君だけだ。君が依頼を受けてくれるまで何人に断られたかわかるかね? 暇人め、ありがとう」
皮肉と感謝を同時に言うとは器用なものである。確かに旨味は殆どない。神殿からの依頼であるためもともと報酬も少ないし、魔道具でもなければ石版の写しのため現物でもない。ただの文字の解析のため実利なんてないようなものだ。せいぜいが過去の文化を他より早く知ることができる程度だろう。基本的に金にはならない。
「どういたしまして。それにしてもこれらの石版はどこで発見されたものなんでしょう。場所だけでも教えてもらえれば過去にその場所にあった国や文化圏から似たような文字や発展したと思われる言語から類似性を見つけて解析も進む可能性もあるんですが、情報はないんですか?」
ブラスさんもカップを傾けてゆっくりとお茶を啜った後に軽く肩をすくめる。
「僕が聞いた限りではトレーシア王国の北東に位置する遺跡から新たに発見されたものらしい。正確には遺跡から少し離れたところに別の遺跡が埋まってたみたいだね」
神殿関係者が言うには最初に発見された遺跡が当時の王宮に該当するもので、新たに発見された方は昔の神殿に該当するらしい。石版が見つかった方には祭壇と思われる場所や神の像などもあったそうだ。
「なるほど神殿由来の石版なら神話やそれに近しい御伽噺が出てくるのも納得できるか。新たな解釈や逸失した啓示なんかもそのうち出てくるかもしれませんね」
「そうだね。神殿側でもなんとか解読しようとしているみたいだけど上手くいってないみたいだよ。できれば他所に頼らずに神殿内だけで解読したかったみたいだけどね」
啓示の内容や客観的事実の記載から今の神殿の教えと異なる部分が出た場合のすり合わせは必須だろうからな。仲が悪いところ(主に王宮)からのイチャモンが付く前に整合性を取って対策するのは理解できる。だが秘匿せずに外部に解析依頼を出すくらいだから大した価値はないと判断されたか、どうしようもないほどにお手上げかのどちらかだろう。
「のんびりとまでは言わないけど、そこそこの感じで解析を進めるしかないさ。世紀の大発見でも書いてないかなぁ~」
自分でも分かっているだろうにあえて現実味がないことを茶化すように口に出すとは、ブラスさんは今回の仕事にあまり面白みを感じていないようだ。話題を変えた方がいいかもしれないな。
「そういえば、もうすぐ季節も変わって祈念式が始まる時期ですがどなたかお知り合いは参加するんですか?」
もうすぐ冬の季節も終わり春が訪れる。毎年恒例の新成人を迎える祈念式が行われる時分だ。神殿側も一時的に忙しくなる季節である。
「いや、今年は参加者は誰もいないな。弟の子供が確か来年が15歳で成人だな」
首を傾げながら考えつつブラスさんが答えを返してくる。
そうですかと答えて自分の親類を思い出す。
「私の方は弟の娘がちょうど成人で参加ですね」
子供の成長は早いと二人で語りながらカップの中身を飲み干す。
「さて、それじゃ続きをするか」
「そうですね。少しずつでも進めましょう」
カップを片付けて石版の写しを手に取る。
遠い遠い、遥か遠い昔。神々は唯一無二の秘宝を用いて世界を創造した。
神々は世界創造後も長い時をかけて調整を繰り返し、あらゆる概念、理、大いなる自然、そして様々な生命の種を根付かせた。
いつしか楽園の如き神々が治めるその世界は『オルトフィリス』と呼ばれるようになった。
最高神
光の大神:オルトヴィーネス
偉大なる5柱
火の神:ラグナートゥリア
水の神:イグナーシュオ
風の神:シュターブリーズ
土の神:ブルートレーネ
命の神:エントーナトア
数多の眷属神
戦いの神、封印の神、成長の神、豊穣の神、英知の神、芸術の神、鍛冶の神、癒しの神、酒の神、料理の神………
幾久しく安寧と平穏ありし世界『オルトフィリス』
我等は世界を創造せし偉大なる神々に感謝と祈りを捧げる者なり
数多の啓示 恩恵を与えし神々の尊き御力に報い奉らんことを・・・
我等の祈り 感謝 願い しかとおぼしめさば 降りかかる災厄を退け
御身のご加護を賜らん
来る災厄 ■なる神 ■■の神
我等は世界の滅びに立ち向かわん
お読みいただき、ありがとうございます。