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ヒウリ奇想譚  作者: マツオユキタカ
2/2

旅立ち

 俺は見たダアトの欠片が手の平に溶け込んでいくのを、それは激痛であったでもそれをただ耐えるしかなかった。そして猛烈な空腹感に襲われた。

 ジークリートは見た。ヒウリが苦しむ間、十秒程であったであろうか、ヒウリの髪の毛と瞳が金色になった事を。ヒウリは膝から崩れ落ちた。背中からは電流のようなものが、ほとばしっている。

「なにが、私に……」

「ありえない、ヒウリ……」

「え?」

「使徒の力を借りずに、体内にダアトの欠片を取り込むなんて、ありえないことよ。あなたはいったい何者? いえ、そもそも人間なの? この魔法で覆い隠された、宵闇の塔が見えたり、ジュレゴの魔法を二度も受けて傷一つない。そしてダアトの欠片を体内に取り込み瞬間的に強力な魔力を発した」

「私は人間です……」

 俺はうなだれながら何とか口を開いて言葉を発した、それほどまでに体力を奪われていた。俺は懐に入れておいた果物をほおばり、冷たい床の上に寝転んだ。

「私は人間です、お嬢様のような魔力もない人間……。いえ、一度死んだ事がある……。目覚めるとこの地にいました」

「死んで目が覚めたらこの地にいた? 馬鹿な事を言わないでよ」

「これを見てください」

 俺は黒装束の胸元を開いてジークリートに見せた、そこには心臓の当たりに刺し傷があった。

「これは?」

 ジークリートは触れられない手で、傷をなでながらヒウリの話に耳を傾けた。

「あの紋章の使徒に刺されたのです、その時私は、死んだはずでした。でも、死んでいなかった……」

 俺は目覚めた時を思い出し、語り始めた。

「私は火の付けられた母屋で刺され、確かに命を落としました。しかし、胸の傷は痛みましたが目が覚めたのです。私は必死で探しました、焼かれた母屋を、殺された母と妹を……。しかしなにもかもなかった。そこにあるのは見たこともない大きな山、広い草原……。そして何故この地に来たのか? 何故? なぜ? 私は吹き抜ける風に、ただ呆然と立ちすくむしかなかったのです。何が私に起ったのか、いや何がおこなわれたのか。それが知りたいのです。そして死んでいたであろう時に、夢も見ました変な夢でした、今では時がたち夢すら見たことも本当だったのか? 私の母と妹は本当に殺されたのか? それすら分からなくなってきています……でもこの胸の傷がある限り、あれが事実だったという事は変わらないのです」

 俺はあの時の心情を躊躇もなく、ジークリートに吐露している自分に驚いた。

 あの時の苦しみは今でも忘れられない、自分は何もできなかった。むざむざ母と妹が殺されるのを見ているだけだった。それだけではない、あの男は村の住民全員を殺し火を放ったのだ。そして最後にヒウリの一家を惨殺した。

 あの悔しさを、もう味わいたくはなかった、あの男は言った、

『時間切れだ』

 と、それが俺を一突きで殺した理由だった。

 そして夢を見た長い夢だった、あの男も出てきた。知らない男も出てきた。それぞれが勝手な事を俺に言っていた。なかには少女も出てきた、その少女も勝手な事を言っていたような気がする。ただ数年前まで確実に覚えていたのは、獣の様な男に「お前は死ぬのだ」と言われた事だけだった。しかし三年の年月がそれらが本当だったのか、ヒウリに疑問を持たせるようになっていた。

 一通りジークリートは聞き終わると、そんな俺を見てジークリートは訊ねた。

「あなたの国は?」

「日本です」

「日本? 聞いたこともない国ね。もしかしたら外に出れば知っている人がいるかもしれないけど……ほら私は九百年ここに閉じ込められていたから」

 俺は黒装束の胸を直し、何とか立ち上がった。

「お話した通りです、私はその使途を倒さねばなりません。仇を討つのが、我が国の習わしなのです」

「それじゃ、予定通りあなたは私を利用して、仇を討てばいいわ。私もあなたを利用するわけだしね。従者のために役に立つ、こんなにいい主人はいないわよ」

 ジークリートはほほ笑んだ。しかしジークリートの瞳は言葉とは裏腹に、本当にヒウリを心配している事がわかる瞳だった。

「それにしてもヒウリはなんでそんなに堅苦しい話し方なのかしら?」

「それは私に言葉を、教えてくれた人のせいだと思います。私はあの方と同じように喋っているだけです」

「その人は?」

「亡くなりました」

「そう……」

「それじゃあ、お嬢様。今から外へ出る御用意をしてきます」

 俺はそう告げると音もなく部屋から消えた。

 部屋から出る瞬間、ジークリートが呆然としている姿が目に入った。


 まず俺は食堂へ向かい、腹に果物や肉料理を詰め込んだ。

 食事をしているとその味に気になる味が混ざっている事に気付いたが、さほど気にもせず平らげそして食料の量からおおよその城内の人数を計算して、くまなく城内を探索し、やっと警備の教団員がいる場所を見つけた。そこは隠し通路と思われる場所だった。

 城内の兵はほとんどが隠し通路付近を警護していた。

 隠し通路は人一人がやっと通れるほどの道幅の螺旋階段だった。そしてそれは空気の流れから、外へ出るただ唯一の道と思われた。

 今迄にない厳重な警備であった、等間隔で教団員が並んでいた。

 三十人はいるであろうか。

 俺は天井の梁から一番手前にいた男の首を荒縄で締め付け口をふさぎ絶命させた。そして宙づりにした、まだ生きていると思わせる為の行為だった。そして二人目に取りかかろうとした瞬間に、宙づりにした男の荒縄が切れ落ちてしまい、気付かれてしまった。

 教団員達は一斉に剣を抜き俺を仮面越しに睨みつけた。

「どこから忍びこんだ!」

 教団員達は叫んだ。

 しかしこんな狭い所でロングソードを抜くとはなんと戦い慣れしていない輩かと、俺はがっかりとした。

「どこからでもいいではありませんか。それよりもこんな狭い所で長剣など振り回せるのでしょうか?」

 俺は皮肉をこめて教団員達にいった。

 しかし俺の皮肉の言葉は教団員達の耳には届いてはいないようで、狭い階段で一斉に飛びかかって来た。ロングソードは振り回すたびに、石壁にぶつかり火花を散らした。それでも教団員達は諦めずに俺に迫って来た。

 俺は二人目のロングソードを軽くかわすと、その教団員の喉めがけてクナイを突き立てた。絶命した教団員は階段を落ちていった。巻き添えに何人かの教団員も転がり落ちた。

 しかしその教団員達の体の上を踏みつけて次から次へと教団員は攻め込んできた、俺は落ちていたロングソードを拾うと――。

「このような狭い螺旋階段での、長剣の使い方を教えてあげましょう」

 と、言った。

 先頭でロングソードを薙ぎ払うように振り回している教団員の剣下に潜り込み、槍のようにその教団員の男を串刺しにした。串刺しにしたままその後ろの男もつらぬいた。そして足で教団員をロングソードから抜き出すと、そのまま後ろへ蹴飛ばしまた教団員を数人なぎ倒した。そして倒れて生きている教団員へ飛び乗り首にロングソードを突き立てた。

 残りの教団員は、恐れをなしたのか逃げるように後ろに後ずさりを始めた。しかしそれを俺は許すわけにはいかなかった。ジークリートを無事にこの城から出すためには外に城内の異変を感じ取られてはいけないのだ。

 俺は横壁を蹴り、一気に駆け抜け教団員達の後ろへ回り込んだ、それを見た教団員は驚愕の声を上げるしかなかった。

 今度は下から上の教団員めがけて俺は攻撃を仕掛けていった、一人一人急所を射し絶命させた。数分後には、螺旋階段には肉の塊だけが残っていた。

 俺はとっさに出口のドアを見た、すでに誰かが逃げた跡が見受けられた。

 俺は城内の情報が、城外に出た事を悔やむしかなかった。

 しかしそれはそれで俺には面白いと思えた。

 それは俺にとって修行になり、またその成果を確認できるからだった。

 螺旋階段の死体の後始末を終え、再確認をして、それからまた城内を散策していくと頑丈に施錠された牢屋の集まった通路を見つけた。牢屋の中を見ると人がいる、その誰もが横になりよだれをたらし、へらへらと笑っていた。俺は思った、これはジークリートに捧げられる生贄……ジークリートの部屋で見た生贄なのだ。

 この宵闇の村を探りに来た冒険者達か……?

 たぶん皆、脳に何か作用のある薬か外科的手術を受けているのであろう。あまりの醜悪な様に俺は目をそむけてしまった。もう彼等は救えないのだ、一生ここで暮らし朽ち果てるしかないのだと。彼らの事は、一生自分の胸に秘めジークリートには教えない事を誓った。

 そして俺はジークリートのための荷物をかき集めた。

 ジークリートのところへ戻ってくる頃には次の日の夜になっていた。

 ジークリートの部屋に戻ると、彼女は俺が出て行った時のままの体勢で待っていた。

「なんなの、主人をこんなにまたせて!」

「すみません、お嬢様」

「今度こんなに、私から離れたら許さないから!」

 という風に怒るジークリートの顔は、安どの色で高揚していた。俺はそれを見て、少し可笑しくなった。よほど俺がいない時が、不安だったのであろう。

 俺は集めてきた大量の荷物をジークリートの前に出した。ジークリートは驚き、その荷物を見た。

「これからお嬢様の、お身体をお作りします。城の外に出るのにそのお身体ではなにかと不便ですから。物を触れない、触れられないじゃ問題だらけです。洋服はそれから作りましょう」

「ふむ。ヒウリ、なかなか考えているようね。私もお前のような従者を持って鼻が高いわ。エシンなどと比べ物にならないわ。身体は軽い物なら私の魔力で動かせるわ、それで作って」

「わかりました。――そういえば聞いておきたいのですが、生贄が言っていた教団とはいったい? 実は私がこの村へ来たのも、その何とか教団に追われていた人の、今際の際の約束で来たのですが」

「創世の(ウロボロス)教団の事ね。彼等はクリフォトを神とあがめる狂信者の集団よ。そしてクリフォトの下には使徒が、使徒の下にエシンが、エシンの下に教団員がいるわけ。エシン以下は皆人間よ、自分たちもいずれ魔力を持ち、この世界を支配できると信じている狂信者よ」

「クリフォトという、神の信者なのですか?」

 俺は厄介だなという顔をした。

「どうしたの、ヒウリ? 何か問題でも?」

「信者は厄介ですよ、その神を信じていますからね、絶対にあきらめない。どこまでも追いかけてきます」

「うぅ。気持ち悪い」

「そんなのんきな事は、言っておられませんよ。狙われるのはお嬢様なのですから」

 ジークリート、ハッとして叫ぶ。

「そうよ! ヒウリ、約束よ、私をちゃんと守って、人間にしてね!」

「わかっています」

 俺はジークリートにうなずいて見せた。

 それから半日かけて、ジークリートの身体を作り。髪を編みこみ、ドレスを造り上げた。もちろんそのドレスも色々と、ジークリートの要望が入りこんだ、代物になったのは言うまでもない。俺はどうせ旅で汚れるのに何故ここまで服などにこだわるのか、女性の心理を疑った。出来あがったジークリートの洋服は、それは豪華なものであった。

 銀髪が生えるよう、深紅のように赤い生地に、羽毛のような白さの生地で飾りをつけ、腰のベルトには金のパテルノステルと呼ばれる高級品のロザリオのベルトを付けた。手袋は黒く、所々にダイヤをあしらい、さりげない高級感を出している。首と袖口、スカート口には白鳥の羽をあしらった。そして最後にジークリートの瞳が隠れるように、美しく装飾した仮面をジークリートに付けさせた。

 ジークリートの、衣装が完成する頃には、陽がまた落ち、夜明けを待つ時間になっていた。

 ジークリートを担いで崖を降りられないので、ヒウリは見つけておいた出口にジークリートを案内した。

 最初は歩きづらそうにしていた、ジークリートも次第に歩きなれてきたようで、今まで自分が幽閉されていた城内を楽しそうに眺める余裕が出てきた。

「お嬢様、少し寄り道をします」

「どこに?」

「武器庫です、備えあれば何とやらですから」

 二人は武器庫へと向かった。

 俺はそこで櫛形短剣と、両刃の斧、槍、手榴弾などを手に入れた。

「そんなものどうするの?」

「料理に使うのです」

「え?」

「私の勘が正しければ、この城を出るには覚悟が必要かと思われます」

「覚悟……」

「はい。何が起こるか分からないのが、旅ですから」

「でも私は、その覚悟をしなくてもいいように、ヒウリに忠誠を誓ってもらったのよ」

「そうですが、一応忠告は致しました」

 俺は歩きだし、階段を下りて行った。ジークリートも降りて来るが、その足音には不安が混じっていた。階段の踊場にジークリートを足止めし、俺は囁いた。

「お嬢様。ここでしばらくお待ちください」

「なんでよ!」

 ジークリートは気が立ったように叫ぶ。俺はジークリートの声が、頭の中にしか聞こえない事に安心した。もし声が出ていたら、待ち伏せされていたら大変な状況になっていた。

「外の安全を、確かめてきます」

 俺はそういうと螺旋階段に近付き、様子をうかがいながら下り扉に近付いた。

 案の定扉の外に無数の殺気があった。

 俺がそう考えていたのも調理場で食事をとった時からだ、肉の味付けが定食屋の味付けと同じだったからだった。

 俺は思った、この村全体が教団員の村なのだと。確かに城は魔法で隠されているのであろう、しかし城のせいで一日中出来る暗闇ができる村の噂は必ず広まる。

 だがそうなれば噂の村を訪ね来る、冒険者や貴族がやってくる。そして、誰も戻ってこなければ、呪われた村と言われさらに冒険者を呼び集めるに違いない。そして噂は噂を呼び、ジークリートの事も何らかの形で噂に上がってくるだろう。九百年も隠せ通せるわけがないのだ。

 そして、そんな人間を黙らせる必要が出て来る。だからこそ村全体を教団員で埋め尽くし、冒険者や旅の者、教団に敵対する者を捕まえていたのだろう。

 俺が森の中で出会った男もそういった者の中の、教団に敵対する組織の一人なのだったと思われる。そしてジークリートに月に一度ささげられていた人間の一人になる予定だったはずが、何らかの結果逃げ出したのだろう……。

 俺はこのような事はジークリートに、言う必要はないと扉に手をかけた。すると扉がバネで弾き飛ばされるかのように弾かれ、壊れた。

「教団を恐れぬ痴れ者め、死ねぇ!」

 そして小さな入り口から、仮面をかぶった教団員が幾人も入り込んできた。

「ここで、運動をするには狭いと思います」

 俺はそう言うと突進してくる先頭の教団員の、一番防御が薄いであろう顔めがけ槍をねじりこんだ。

 ねじりこまれた教団員は、無言で仲間を巻き添えに階段を崩れ落ちていった。

「魂の抜けた肉体は重いでしょう」

 俺はさらにその上に跳躍して槍を抜きとり、ほかの入り込んできた倒れている教団員全員を刺殺した。

 俺は一瞬にして、入口を血の海にしたのだ。俺が殺した者の中には、食堂で声をかけた爺も混じっていた。

 俺は急に身を反らした。

 反らした部分に矢が何本も通過して行き、石の壁を削った。

 俺は矢が治まったのを確認すると、外に躍り出た。

 そこには三十人ほどの教団員が、それぞれに武器を持ち、待ち構えていた。

 俺はにやりと笑い両刃の斧を取り出し、ブーメランのように右方向に投げつけた。

 両刃の斧は意思でもあるかのように教団員数人の首を撥ね、一人の男の顔に突き刺さり役目を終えた。

 そのすきに俺は左側に跳躍し、疾風のように駆け抜けながらクナイで一人ずつ喉を切り裂いていった。

 倒れた教団員の切り口からは、心臓の鼓動と同じ間隔で血が噴き出し、辺りを赤く染め生ぐさい臭いを放っていった。

「死ね!」

 教団員の一人が俺の後ろから切りつけてきた。

「後ろから切りつけるのに、声を出すなんてとんだピエロではないですか」

 俺は体をのけぞらしブリッジの様な態勢で避けると、この教団員の腹をクナイで裂いた。内臓が血しぶきと共に飛び出し、教団員は内臓が出ないように腹を押さえながら倒れたが、ヒウリはもうその場にはいなかった。

 反対側の両刃の斧のもとへ跳躍した俺は、斧を取り上げた。顔に両刃の斧を突き刺していたのは、定食屋のオヤジだった。

「あなたの料理は、美味しかったですよ。おかげで城の中でも、満足ができました」

 俺は、今度は両刃の斧を反対側へブーメランのように投げつけた。

 悲鳴が聞こえて来る。

 数分の戦いで立っているのは、俺を含め数人になっていた。

 そのうちの一人が切りつけてきた。

 俺は櫛形短剣を取り出し背の部分で刃を受け止め、教団員の刃を折りそのまま短剣を顎に突き刺した。

 それを見ていた残りの数人は、俺に背を向け逃げ出した。

 俺は逃げ出した教団員めがけクナイを投げ放った。

「これからの旅のためにも、一人も逃がしはしません」

 クナイはすべて教団員の後頭部にきれいに刺さった。

 もう立っているものは、俺一人しかいなかった。

 俺は死体の中を歩き回って、まだ息のある者に止めを刺して回った。万が一にでも生き残りがいてこちらの情報が相手側に、知れ渡らぬようにするためだった。

 その後俺は死体を一部の場所に移し、ジークリートには見えないように配慮した。そして村の中を一通り周り、生き残りの教団員の気配がないかを確認して回った。


 俺は城内に戻り、ジークリートを待たせてある踊場へ向かった。

「お嬢様、外はかたづけました。さぁ、ちょっと歩きにくいですが外へ出ましょう」

「ヒウリ、おまえ何をしていたの?」

「掃除です。お嬢様を外に出すためには、必要だと思いましたので」

「血生ぐさい臭いを、感じるわ……」

「お嬢様、そんな事も感じ取れるのですか?」

「えぇ、五感はなくとも感じ取れるわ」

「隠したつもりだったのですが、凄いですね。この城を出たところに三十人ほどの教団員がいましたので、全て始末しました。この村自体が教団員の村だったようです。どおりでこんな小さな村に、時計塔があったのかがわかりました」

「時計塔?」

「お嬢様は、お知りにならないのですね。九百年の歳月の間に、時計なる時間を計る機械が発明されているのです。それらは村や町の富の証として、村や町の中央広場に建てられているのです。ふつう三十軒ほどの村にはありません。来た時からおかしいとは思っていたのです」

「時計。そんなものが、出来ていたの……」

「見に行ってみますか」

「えぇ」

 ジークリートは上機嫌で、俺の後に従った。その間何度もよろけてはいたが、気にはしてはいないようだった。

「これが時計塔です」

 俺は時計塔の前にジークリートを立たせた。

 俺はジークリートが時計塔に見入っている間に、噴水場で黒装束を脱ぎ体を水で洗った。黒装束は水につけると、瞬く間に水を赤く染め上げた。俺は赤く染まった水面に映る自分の顔を見ていた、その顔は笑っていた。自分の修行の成果が、いかんなく発揮されている事に満足しているのだ。そしてこれからは追手が迫ってきて、いづれあの男が俺の前に現れる喜びも感じていた。

 黒装束を絞り腰に巻きつけ、初めて村に来た時の姿に戻るとヒウリは、村の中を探索し始めた。


 俺がジークリートのもとに戻ってくると、まだ飽きもせずジークリートは時計塔を見ていた。

「そんなに見上げていると首を痛めますよ、お嬢様」

「ヒウリか。なかなか面白いね時計って、短い棒と長い棒が動いている」

「あれが時を、刻んでいるのです」

 ジークリートは感心したように、時計塔をもう一度見上げた。そして俺を見た。

「ヒウリ、なにそれ? その獣と荷物は?」

「旅には食料と資金が大事ですから。それにお嬢様が乗る馬も」

「あぁ、ヒウリ。お前はホントに気がきくわね」

 俺はジークリートを、馬に乗せ歩き出した。

 最初こそ揺れるだの安定が悪いだのと騒ぎその度に俺が見つけてきた扇子で俺の頭を叩いていたが、慣れてくるとジークリートは外の雰囲気を楽しむようになり始めた。

「ヒウリ。あなた、本当は何者なの? 冒険者ではないでしょう」

「私はニンジャ、忍者ヒウリ。影に生きる者です」

 俺は殺された時以外の自分の生い立ちを、詳しくはジークリートに話していなかったし話そうとも今の時点では思ってもいなかった。

 影に生きる――それこそが忍者におかれた一生の宿命であった。雇い主の影に隠れ、暗殺命令をうけ敵を暗殺し、雇い主の警護をし……果ては雇い主を守って名もなき草木の様に死ぬのが忍者の末路である、そう教育されてきた。けして表舞台には出てはいけない存在、それが忍者なのだと。

「ニンジャ? それは分かららないけど、影に生きる、か……」

 それ以上ジークリートは、俺に問いかけなかった。たぶん影に生きると聞いて、自分の人生と照らし合わせたのだろう。

 俺は後ろを振り返った、朝日が昇り宵闇の塔を照らしていた。宵闇の塔は九百年間変わらずに、村にその影を落としている。

 変わったのはその城には朽ち果てるだけ……そして村にはもう誰もいない事だけだった。


 崖の隙間にある、白い三つ目シンボルが掘られた神殿に、使者が早馬で飛び込んできた。

「伝令、伝令です! 早く、ガルシア様にお目通りを!」

 男は神殿の奥に駆け込んでいった。

「ガルシア様!」

 身廊(しんろう)に一人の男が立っていた。

「どうしました、そんなにあわてて」

 ガルシアと言われた男は、赤地に金の刺繍の入った方位をまとっていた。振り向いたその姿には髪がなく、眉もなかったただ鋭い眼が赤々と輝いている。そして額には黒光りするダアトが埋め込まれていた。紋様はヒウリの探している文様と違い、三角形を二つ重ね、中央に円を描いたものだった。

「姫が! 姫巫女様が宵闇の塔から連れ出されました!」

「なんと! ……あそこの村は全員我が教団の者だったはずだが?」

「それが、全員……」

「ジュレゴは?」

「ジュレゴ様も見当たりませんでした」

「やられたということか。所詮、エシンだな……」

「どうしましょう?」

「姫を追うのだ」

「しかし、どこへ?」

「姫の行く場所は一つしかないのだよ、とにかく西へ、西へ向かえ。必ず西に姫は向かっている」

「ははっ」

 伝令はガルシアにお辞儀をして、謁見の間から出て行った。

「しかし、人間がエシンを倒せるとは思えん。もしかしたら……」

 ガルシアは笑った。

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