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大尾の住処  作者: 伊井下弦
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精霊流し

夕方にざっと降った雨のせいなのか、それとも凸凹歩道のせいなのか、私の痛んだ足は、おぼつかない足元を辿りながら夕飯の材料を仕込む為、いつものスーパーマーケットへ向かっていた。


例の老紳士が、店舗より先にあるバス停で、バスを待っているのが目に入った。私を見つけ、カンカン帽を宙に浮かせて礼をした。私も軽く会釈をし、彼は到着したバスに乗り込んで去って行った。


そうか今日は浅野大橋辺りで、『精霊流し』が行われるとか。


思い出した私は、バス停まで行き、間もなく到着したバスに乗り込んだ。今日は、いつもよりバス便の数が多くなっているようにおもえる。いつもの閑散とは裏腹な人で溢れた浅野大橋辺りのバス停でバスを降り、歩き出した。夕方にざぁーと降った雨と山間からなれくる河が体温を奪い、涼しく感じられる。大橋の天辺に至るには、人ごみと夕暮れ、また片ちんば足と片目では無理があり、私は、河に沿ってひとつ橋を遡った。


木製の『梅の橋』を渡り、女川の対岸の堤防に隙間を見つけた私は、その隙間に潜り込み、川面を見守り、流れ来るはずの灯篭を待った。頭上では葉桜を軒にして、蚊柱が舞っている。空では鳶が、日暮れまでの僅かな時間の内に見物客の揚げを奪おうと幾度も空に輪を描いていたが、何せ多すぎる見物客に獲物を諦め、日暮れ間際にどこかに飛び去って行った。


河にせり出し設えられた川床では、何を話しているやらよく聞き取れないセレモニーが続き最後に和太鼓が、闇夜にその振動を放ち、それを合図に精霊流しが始まった。上流から流れくる蝋燭の橙色の灯りをたよりに灯篭は、ほどよい間合いでゆらゆらと、梅の橋を次々と潜り眼下を通り過ぎてゆく。小さな灯りや大きな灯り、ある灯りは二人で寄り添い川面をゆるりと揺れながら、川下に下りゆく。


私は。川面を下る灯篭を、幾つか見送った後、ある一つの灯に眼が止まった。その灯は、少し流れては川岸にぶつかり、人に押出され流れ中ほどに戻され、憂げな様子でまた別の川岸にぶつかる、と言う頼りない動作を繰り返し、人の手を何度も煩わせて除叙にその橙を小さくしていった。


私も、30代で慢性病を患い、それが性で足を患い、片目の視力を失った。その度毎に色々な人に手間をかけ続け、それでも生き続けた。そうやって自分に授かった憂いともに五十代を、迎えたのである。このまま河原におりてその灯に、付いていこうかと思っていると。隣に例の老紳士が現れ、「どうですかな、精霊流しは、楽しんで頂けたかな?」と聞く。余りにも唐突な質問に、わたしは、「はい。」とだけしか答えられなかった。「昔,この上流の大水で、大勢の人が亡くなった。それ故、沈魂のために精霊流しが始まったとか?」と紳士は話した。話の続きを聞こうと、紳士の方に振り向くと、もう彼は隣に居なかった。紳士は、梅の橋の天辺でカンカン帽を宙に上げ私に笑顔で会釈して、暗闇へと消えて行った。


それから暫く、灯りを一時楽しんだ後、人混みが苦手な私は、精霊流しが終わる前にタクシーに乗り込み、浅野大橋を後にして部屋に帰って眠りに就いた。「鎮魂か?」


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