白山
曇天の遙か先で白山は霞み、伊弉冉も流れ行く雲間を覗き込み、訪れるだろう闇を待っているのだろうか。
辺りは物静かでやっとの事で海風の誘いによせられた磯の匂いが、サテンのカーテンを湿らせる。
新緑だったはずの山々は、水墨と化し配下の古都を囲い込む。この北の小さな都は、「かぁかぁ」と群れて飛び去るカラスに急かされて、今日を終える支度で忙しそうだ。
昨夜の事である片ちんばな私は、やっとこさた近所のコンビニで水とパンを買った。さらに重くなった足を引きずりながら帰るすがら、息が少し上がったので、道端にあった丁度良い石に腰を掛けて一息ついた。
前屈みになりぜいぜいと息を鎮めながら、ノゲイヌムギの先の石に目をやると、足袋と草履を粋にひっかけ、麻絽の襦袢に紗を合わせた短めの裾丈の着物を着た老紳士が、腰掛けている。私が再び俯き、ぜいぜいをはじめると、
「今宵は、少し蒸しますな」
と話しかけてくる。
「まだまだ夜風が冷たいので、蒸すほどではないですよ」
と言って、振り返ると既に老人は居ず、私の呼吸は急に楽なっていた。
帰ろうと石から身を離し、歩道へ一歩歩き出すと、今座っていた石は墓石で、そこは街中に忘れ去られた十程の小さな墓場であった。
まあこんな事も有るのかと、家路に着いた次第である。
「終の住処」は既に存在する小説なので、本題を修正し新規に作成しました。