婚約破棄したくてもできない!~貴重な光属性? それが何か? の場合~
???「クリスマスは譲ったッスけど、一日天下ッスよ、ヒロイン様!」
「サイファー伯爵令嬢アリシア・ルキ・フグス・フォカレ、私の婚約者であることを鼻にかけたその行い、余りある! よって、そなたとの婚約を破棄する!」
赤毛の青年――第一王子ハワードが鋭い眼光で意気揚々と黒髪の少女に告げる。第一王子の背後には金の髪の少女が庇われるように立っていた。その周りにはハワードの取り巻きたち。
王宮の舞踏会で行われたこの宣言に会場中の耳目を引いた。ハワードの両親である国王夫妻や宰相、大臣たちも驚いて見ている。
「あら? ハワード殿下。婚約者の私に何かご不満でも?」
黒髪の少女――アリシアは何を寝ぼけたことを言っているのかしら。寝言は寝てから言いなさいよ、という態度を微塵たりとも隠さない。
「オリー・オーロラを苛めたではないか! ドレスを切ったり、頭からワインをかけたり、階段から突き落とした覚えがないと申すのか!」
アリシアに馬鹿にされたハワードの怒りは火に油を注がれたような勢いで増す。
しかし、アリシアも負けてはいない。
「畏れながら、まったく身に覚えがございません。光属性だからと跡継ぎのいない男爵家の養子に入った方がおられるとは耳にしたことがございますが、それだけです。その方が私と何のかかわりがあるのでしょうか?」
坊やが何が言っているわね、それも可愛いとも思えないことを。図体もデカイから可愛げの欠片もないけど。
副音声のまま、退屈そうな様子だ。
「同じ貴重な属性とはいえ、そなたは闇。オリーは光。それを妬んでの犯行であろう」
「妬む必要がどこにございますか?」
政略結婚なのにどこにそんな要素を見い出せるのかわからない、と呆れんばかりのアリシア。
思っていることが態度に出てしまうアリシアは到底、高位貴族の娘らしくなかった。それでも伯爵の娘という王族になるにはギリギリの地位でありながら第一王子の婚約者になっているのは彼女が貴重な属性の片方、闇属性の持ち主だからだ。
同じように貴重な光属性であればどのような身分の貴族でも王族と結ばれることは可能だが、アリシアが生まれる前から貴族に光属性が生まれたという話は聞かない。
そこで貴重な属性を王家に入れるためにアリシアが選ばれたのだ。
「光属性は容易に魔物を倒せるがそなたは出来まい」
そう。
光属性がこの世界で貴重だと尊ばれるのは魔物の存在があった。他の属性魔法でも魔物を倒すことはできるが光魔法には敵わない。まるで紙を切るかのように容易く魔物を倒せるのだ。
残念ながらそのような効果を光魔法で得るには、同じ属性である光属性の持ち主にしかできないのが難点である。
「まあ。フフフ・・・。まだまだお勉強が足りないようですわね。闇属性は魔物を倒せませんが別のことには使えますのよ」
「何を申しておる?!」
アリシアの言葉を理解できないハワードは眉を顰める。
アリシアは可哀想なものを見るかのような顔をした。
「ハワード殿下。最近、騎士団に新しい部隊が出来たのをご存知ではいらっしゃらないとは嘆かわしい限りですわ。もしや、その令嬢と一緒にいる時間を作るために執務を疎かになさっておりませんこと?」
「!!」
驚く王太子と金髪の少女――オリーを他所にアリシアは艶然と微笑む。
「実は私、その新しい部隊の隊長であり、隊員でございます。一介の伯爵令嬢が隊長職を与えられるのは心苦しいですが、私以外できるものがおりませんので」
アリシアは召喚魔法を唱えて自らの武器を見せる。それは――
「ひっ!」
「魔物がっ!!」
突然、現れた魔物の群れにあたりは大混乱に陥った。
ハワードの取り巻きはハワードとオリーを庇う。ハワードもただでは庇われておらず、王族としての風格があった。
だが、アリシアは余裕を崩さない。
「闇属性の魔法はこのように魔物を従えることは出来ますのよ。そしてこのようなことにも」
魔物たちはアリシアの周りを固め、第一王子に威嚇するような唸り声や牙や爪を剥き出してみせる。
アリシアはそれを気にせずに別の聞きなれない魔法を詠唱すると、ハワードに庇われていたオリーが闇に包まれる。
「オリー!!」
「音も光も届かない闇の中であなたはどのくらい耐えられるかしら? この子たちも数時間で言うことを聞いてくれるようになったけど、あなたの場合はどうかしらね? 光属性だし、相反する属性での爆発が怖いなら火の魔法で明かりを灯せば魔物より長く耐えられるわよね」
悪役としか思えない高笑いを上げるアリシアにハワードは睨めつける。
手元に剣がないのが残念でならない。
しかし、そこに現れた存在のせいであたりに満ちた緊張感は破られる。
「お嬢ちゃん。魔物をいきなり呼びつけるなんて、何があったんッスか?! それに勝手に闇魔法を使うなんて駄目ッス! 一人で使っちゃ駄目だって言ったッス!」
空中に浮かんだ抱き枕(羊)はそう言ってオリーを包む闇を払う。
「バトラー」
闇から解き放たれたオリーが目の前に浮かんでいる抱き枕(羊)に向けて言った第一声は――
「何、このイケメン!」
――だった。
「「イケメン?」」
その場にいた全員の声が重なった。驚きに戸惑う表情も当のオリーと表情の分からない抱き枕(羊)以外の顔に浮かんでいる。
その反応にオリーが驚く。
沈黙に支配された中で抱き枕(羊)をマジマジと見たアリシアがようやく口火を切る。
「・・・バトラー、あなたイケメンですって」
「確かにそう聞こえたッス。何か悪いものでも食べたんスかね?」
イケメンと呼ばれた当人は嬉しいとも感じないらしく、サラリと酷いことを言った。
アリシアはブツブツと小声で何かを呟いたあと、抱き枕(羊)に言った。
「バトラー。ところで、あなた殿方なの? そもそもあなたに性別あるの?」
「性別なんてないッスよ。魔法に性別、求めないで欲しいッス!」
「そうよねえ」
困ったわ、とも言いたげなアリシア。
「ちょっとお嬢ちゃん、その手の炎は何ッスか?」
アリシアの手は炎に包まれている。炎を投げつける魔法の投げつける前の段階のものだ。
「殿方だったら、バトラーを焼却処分しないといけないでしょ? 幼い頃とはいえ、身内以外に寝顔を見たのだから」
アリシアは笑顔で言った。
「笑顔でそんなこと言うなッス!」
「そなたは・・・?」
アリシアと謎の抱き枕(羊)の会話にハワードが口を挟む。
闇魔法とアリシアが言ったものを謎の抱き枕(羊)は詠唱もなく簡単に解いたのだ。得体の知れない抱き枕(羊)である。
抱き枕(羊)は空中でピョンピョンと飛び跳ね(上下に動いた?)、自信満々に言った。
「闇魔法ッス! お嬢ちゃんの抱き枕してるッス!」
「抱き枕じゃないでしょ! クッションでしょ!」
「イケメンの抱き枕・・・。お願い、私の抱き枕になって~!」
「嫌ッス! 断固拒否ッス!」
「・・・」
オリーの目に闇魔法がどのような姿で映っているのか、一同は訊きたくなった。どう見ても間抜けな顔の抱き枕(羊)にしか見えない。
「・・・。そうそう、ハワード殿下。貴重な光属性なのに男爵家しか養子にとらなかった理由はご存知? 養子が殿方では息子に跡を継がせられないから、ですのよ。養女であれば自家の嫡男や有力な家との婚姻も可能でしょうが、養子では嫡男を廃嫡して家庭不和を呼び込むか、養家を忘れて新しく家を興されかねませんもの」
「オリーが男?!」
「それが本人なら女装している殿方でしょう? それともその名を騙ってらっしゃるのかしら? 婚約破棄された私には関係ありませんが」
女装している男相手だろうが、光属性の人物の身分を騙った女だろうが、どちらにしろそういう輩に騙されて婚約破棄したとあってはお笑いぐさでしかならない。
これはオリーを信じるどうのこうの以前の問題だ。
「い、いや。婚約破棄は取り消す」
ハワードは慌てて前言を撤回する。男相手も勘弁だが騙されて婚約破棄するなど施政者の素質に関わる。
「王族の言葉の重みがありませんわ。これなら――」
「魔物に制圧させないでくれッス! そんなこと企むから騎士団に目をつけられるッス!」
「元はといえば、魔物と間違えられたバトラーが悪いんでしょ」
「闇魔法として仕事をしつつ、家出をしているのにひどい扱いッス!」
「私以外の使い手がいないのに、何の仕事しているのよ?」
「世界に夜が来るようにしているッス。生物が休めるように眠らせて休ませているッス」
「ほとんど魔法が使えないのに、どうしてそんなことできるのよ?!」
「言ったじゃないッスか。闇魔法ができることは眠らせることと目覚めさせることと闇に包むことだって言ったッス」
「あなたって本当に使えない闇魔法ね!!」
舌打ちこそないが抱き枕(羊)との会話は高位貴族の令嬢らしからぬ口調である。
魔法そのものと対等に物を言う令嬢アリシアを止められる者はここにはいない。
たとえ本人が一介の貴族令嬢だと心得ていたとしても、アリシアの能力は既にこの国どころか世界を支配できるものだと国の重鎮たちは知っていて騎士団にスカウトしたのだから。
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「それにしても、どうしてあなたがイケメンに見えたのかしら?」
「男好きだったからじゃないッスか? 願望がそう見せていたと思うッスよ」
「ええ、そうね。ハワード殿下の後ろに重役の息子やら、将来有望(笑)そうなのがいたもんね。それもイケメンばかり」
「そう言えば光属性で養子に入った男の子はどうなったッスか?」
「あの子は寝たきりだったそうよ。この前、快復したそうだけど」
「じゃあ、偽の光属性の女の子は?」
「消えちゃったみたい。おかしなこともあるわね」
「消えたッスか? お嬢ちゃんが何かしたんじゃないッスか?」
「私は何もしていないわ。本当にいきなり消えたんですって」
「それは確かにおかしなことッスね」
どこかの日本人の女の子がオリー・オーロラとなって幻の部屋と宮廷を行き来して乙女ゲーを楽み、エンディングになったので存在が消えて(帰って)しまったというお話。
本物のオリー・オーロラ(男)はその間、臥せっていた。
勿論、そんなことはこの世界の誰も気付いていない・・・。