取り巻きCと紅はこべ 中
取り巻きC・エリアル視点
エリアル高等部二年秋
前話続きにつき未読の方はそちらからどうぞ
「去年に比べて」
着付けた衣装を見下ろして、ツェリは言った。
「大人しい意匠ね」
拍子抜けたような感想に膝を折り、死んだ目で答える。
「ほかが、辛過ぎて……っ」
心よりこぼれた弱音に、ツェリは心底哀れんだ目でこちらを見下ろした。
疲労困憊からこんにちは。どんな衣装でも世界一可愛いお嬢さま!の取り巻きC、エリアル・サヴァンでございます。
夏季休暇が終わり、休暇明けの浮ついた空気も消え去って、今日は待ちに待ったハロウィーンの日。
お仕事として申し付けられている衣装の納品前に、今は個人的に依頼を受けた衣装を受け渡しているところだ。
去年のように隠したりはせず、普通に衣装を晒したまま更衣室から出たツェリに、その場の視線が集まる。
今いる場所はいつものサロンで、去年と同じく突貫で更衣室が仮設されている。
違うのは集まった顔ぶれで、この場にいるのはわたしとツェリのほかに、リリア、レリィ、アリスと、自前で仮装済みのモーナさまだ。
モーナさまに今年は仮装するのかと訊いたところ、ケヴィンさまと一緒に楽しむためと言っていた。良いお姉さまである。仮装は悪魔だった。魔道具なのか、尻尾が動いている。
なぜ男子がいないのかと言えば、ヴィクトリカ殿下もテオドアさまもケヴィンさまも、お仕事として依頼された方の面々だからだ。
去年の衣装を知っている、リリア、レリィにモーナさまが、少し意外そうな顔をする。
去年の衣装を知らないアリスは、素直にぎょっとした顔だ。
「思ったより、大人しい」
ぽろりと素直な感想を漏らすのはレリィ。
「え?」
それに唖然としたのはアリス。
「これで大人しいって、男装よ?」
正確には男装ではないのだけれども。
わたしがツェリに着せた衣装は、海賊船長の幽霊の衣装。女性海賊を意識したので胸を潰したりはしていない。
ただ、ボトムスはぴったりとしたトラウザーズなので、確かにこの国基準では男装だろう。
「男装は去年もだったもの」
しれっと答えたレリィの言葉を受けて、アリスが信じられないものを見る目をわたしへ向ける。
「男装を?させたの?公爵令嬢に?」
「ええ。まあ、はい」
「まさかワタシもなんて言わないですよね?」
言わないからそんなに怯えた目をしないで欲しい。
「ツェリ以外はスカートですよ。今年は」
「そうなの?」
「なんで残念そうなのよオーリィ」
首を傾げたレリィへ、すかさずアリスが突っ込みを入れる。文通期間があったこともあり、アリスとレリィは随分と打ち解けているようだ。
入学始めの頃こそ第二王子派の起こした騒動で周りと壁が出来てしまっていたが、今ではレリィ以外の令嬢たちとも交流を深めているらしい。
ゲームのように孤立しなくて、良かったと思う。
「ツェリ以外はスカートってことは、もしかしてヴィックやテオもスカート?」
「それは」
笑って誤魔化す。
「見てのお楽しみですね。さ、次はリリアですよ」
そのままリリア、レリィ、アリスと衣装を着て貰う。
さんにんとも、古めかしく煤けて破けたような加工をしたドレスだ。ところどころ、赤茶けた血糊も付けてある。
リリアは少し年齢層が高めの型。対するレリィとアリスは、子供服。
お互いの服を見比べて、ツェリが言う。
「これ、もしかして、海賊と、それに囚われた貴族の親子のつもりかしら?リリアが母親で、オーリィとアリスが姉妹?」
「ご明察」
ぱちぱちと手を叩いて見せる。
「もう少し手下が欲しかったところだわ」
「それなら心配ありませんよ」
謀ったように、サロンの扉が叩かれる。
扉に向かって招き入れれば、現れたのは。
「あなた、申し合わせたの?」
「意匠を相談されたので」
海賊の手下の格好をした、ピアとその友人たち。
「みなさまお似合いですね。とても愛らしい幽霊海賊さまたちです」
海賊の手下と言ってもその衣装はディアンドルのようなドレスを、粗野に崩したものだ。武器や装飾で、海賊らしく見せている。
「女性海賊団、と言うわけ」
「キャプテン・ツェツィーリアと手下たちに、捕えられたお姫さまです」
「えー、レリィも手下が良かったなあ」
レリィが羨ましそうにピアたちを見たあとで、でも!とアリスにまとわり付いた。
「アリスと姉妹は嬉しい!ねぇアルねぇさま、双子に見える!?」
「見えるわけないでしょう。身長差どれだけあると思っているのよ。ワタシが姉で、オーリィが妹ね」
「アリスの方が歳下じゃない!十ヶ月も!!」
「見た目の話よ見た目の」
確かにアリスとレリィを見比べると、身長でも凹凸でもアリスが歳上に見える。
そんな会話を後目に、時計を見てツェリへと声を掛けた。
「申し訳ありませんお嬢さま、わたしはそろそろ行かないと」
「ああ、気をつけなさいよ。私はここにいるから、困ったらすぐ来るなり呼ぶなりしなさい」
「そんなに、心配するようなことはないと思いますが」
依頼主たちもヴィクトリカ殿下もクララ先輩もいるのだ。そうそうおかしなことは出来ないだろう。
「なにもないなら良いのよ。それはそれで」
用心に越したことはないでしょうとお説教をして、ツェリはわたしを見送った。
「いってらっしゃい」
そうして見送られて、向かった先は広い教室。
サロンと同じように、仮設の更衣室が二部屋出現している。
これは、えーと。
「着付けが難しい服は、エリアルさんに補佐をお願いしたいのですが、そうでないものは使用人に」
「なるほど」
確かに第二王子殿下やマルク・レングナーの着替えを手伝えと言われると、それはごめん被りたい。
幸いデザイン画は衣装に添えてあった。
「ではこちらの一角はお願いします。着用図は添えてありますので、それを見本に着付けを。わからなければ、声を掛けて下さい」
ざっくりと仕分けして、衣装を手渡す。失敗したかもしれない。
「ではええと、ヴィクトリカ殿下、お越し頂いても?」
とにかく王太子殿下をお待たせするわけにはと、殿下をお呼びする。あちらも、手際良く渡した服を確認した使用人が、第二王子殿下に声を掛けていた。
「構わないよ」
微笑んだヴィクトリカ殿下が頷いたので、ヴィクトリカ殿下分の衣装を抱えて更衣室へ入る。
「これは」
ヴィクトリカ殿下に用意したのは、オフィーリアを意識した衣装だ。長袖裾長の、エンパイアラインの白いワンピース。上半身の身頃は光沢のある厚手の生地で、袖とスカートは透けるような白いシフォンを幾重にも重ねて、切り替え部分は金糸の細い組紐で結ぶ。
「とりあえず、こちらを。わたしは向こうを向いていますから」
そんなドレスを一緒に入って来た使用人に託す。さすがに人前で王太子殿下の服を剥いて着替えさせる度胸はない。
「てっきり今回も、あまり肌は出さない服になるかと思っていたけれど」
ドレスを渡された使用人は怖気付いた顔をしていたけれど、間が開くことはなく衣擦れの音が聞こえる。
おそらくヴィクトリカ殿下が、躊躇いなく着替えを始めたのだろう。
女装は二度目だから、と言うだけではなく。
この企画が、そう言う企画だからだ。
そう。夏季休暇前にわたしに持ち込まれたのは、任意の投票で一定以上の票数を獲得した男子生徒に、仮装で女装をして貰おう、と言う企画だった。
だから了承など得られるはずもないとタカを括って、対象者全員から了承を得られたら協力するなんて言ってしまったし、まさか自分も対象者だなんて思ってもいなかった。
断じて言うが、わたしは男子生徒ではない。猫でもない。なぜ、女装企画に女子が選ばれるのか。
「同じような衣装では、面白みがないでしょう?」
ため息を押し込めて答えれば、おそらく苦笑しているであろうヴィクトリカ殿下が、そうだね、と同意を返してくれた。
「それに、言うほど露出が多いわけではありませんよ、殿下のものは」
「と言うことは」
使用人がいないように会話をするのは、それに慣れているからだろう。信頼の証でもある。
「もっと露出が激しい衣装もある、と言うこと?」
「そうですね」
「そう、見るのが楽しみなような、怖いような」
呟いてから殿下が、着られたよと教えてくれる。
振り向けば、ワンピース姿の殿下。
「どこかきつかったり、引き攣ったりはしていませんか?」
「大丈夫。どこも苦しくないし、身動きも取りやすいよ」
「裾が長いので足元に気を付けて下さいね。少し、髪をいじってもよろしいですか?」
殿下の了承を得て、椅子に腰掛けた殿下の髪をいじる。コテで少し巻いて、水草のような緑の細いリボンを絡める。それから、肩にショールを、頭にヴェールを被せた。どちらもところどころに小花のような刺繍を施した透ける薄い生地で、色は白藍。銀糸を織り込んでいるので、揺れるたびに光沢を変える。
まるで、いま、水の中から起き上がったような。
満足の行く出来に微笑んだわたしを、立ち上がった殿下が首を傾げて見下ろす。
「どうかな、似合っている?」
「よくお似合いですよ」
「それなら良かった」
ふ、と微笑んだ殿下が、でも、と続ける。
「女装、と言うからもっと、胸に詰め物をしたり、化粧をしたりするのかと思った」
「化粧は、した方が映えるかもしれませんが」
出来れば死人メイクで顔色を蒼白にしたいところだ。溺れ死んだ、哀れな少女のように。
「胸に詰め物は、今回は誰もしませんよ」
「そうなの?女装なのに?」
腰をくびれさせ、胸を盛って、筋肉質な腕や脚、飛び出た喉仏を隠して。その方が、女装としては完璧かもしれない。
「殿下は、不気味の谷、と言う現象をご存知ですか?」
「不気味の谷?」
「いえ……そうですね。今回わたしが頼まれたのが、仕事で女性になりきらなければならない方や、自分の望みで女性の姿を得たい方の服であったならば、こうはしませんでした」
去年もそうだったけれど、今年も。
わたしは女装をさせたいわけではなく、その方に似合い、美しく見える服を着て欲しいのだ。
そして、この企画を持ち込んだ方の望みも、同じであると判断した。
「細い腰や豊かな胸、筋肉のない手足に喉仏のない首は、確かに女性らしさと言えるでしょう。長い髪や、脚の形を見せない服も。ですが、衣装だけ女性らしくしたとしても、それだけでは女性のようには見えません」
女性らしく、装えば装うほど。
身についた男性らしい立ち居振る舞いが際立ち、違和感として浮かび上がるだろう。
だから今回は敢えて、男性らしい身体を、隠さない服を選んだ。
ふふっと笑って、今は遠い現世の歌劇を思い起こす。
「殿下、知っていますか?」
「うん?」
「鳥も、虫も、多くの動物も、雌より雄の方が華やかな見た目をしているのですよ」
それは、自分の子孫を残してくれる雌に、選ばれるためのもの。
「原来、男性とは美しくあるものなのです。わざわざ女性など、装わずとも」
さあ、と、亡霊の姫君の手を引いて、姿見の前へと導く。
「ご覧下さい、身体や顔を偽らずとも、あなたはこんなにも美しい」
「……うん。と、自分で認めるのは、少し恥ずかしいかな。でも、エリアル嬢の満足の行く出来になっていたなら良かった」
優しく微笑む殿下は、オフィーリアと言うには正気過ぎたけれど。似合わない女装に感じる違和感は少しもなくて、やはりこの判断は間違っていなかったと自信を持てた。
「では、みなさまにお披露目しましょうか。どうぞ」
「ありがとう」
そのまま手を引いて更衣室を出れば、こちらを振り向いたひとびとから、感嘆のため息が出る。
「素晴らしい、ですわ、エリアルさん。あなたに頼って良かった……!」
目を潤ませて言う主催の少女に、まだ早いですよと苦笑を返す。まだひとりめだ。
次に声を掛けようとしたところで、もうひとつの更衣室からひとが出て来る。
「フェル。私とは、ずいぶん違う衣装だね?」
「それぞれの方に似合うものを、選びましたから」
姿を現したのはフェルデナント・ヤン・バルキア第二王子殿下。上品で浮世離れしたヴィクトリカ殿下の衣装とは真逆の、まるで騎士のような衣装だ。ただし普通の騎士服ではなく、下半身はクリノリンで膨らませたスカートで、細部にフリルやリボン、刺繍で女性らしい華やかさを出している。
いわゆる、姫騎士、と言われる類の格好だろう。古典を原典にしたヴィクトリカ殿下とは、その点も異なる。
あまり、女装らしくない女装だ。受け入れて貰えるだろうかと主催の少女に目を向けると、感極まった顔をしている。
問題なかったらしい。
「キューバー公爵子息様、お越し頂けますか?」
「──?、わかりました」
瞬間驚いたような顔をして、ラース・キューバーが歩み寄って来る。向こうで呼ばれたのは、ケヴィンさまだ。
正直逆が良かった。が、このふたりの衣装を逆にするわけにも行かないので、衣装を選択したときの自分を恨むしかない。
「これを、着て下さい。上は下着なしでお願いします」
「これは、シュミーズ、ですか?」
「肌襦袢、いえ、まあ、そうですね。シュミーズです」
「あなたに下着姿を晒せと?」
「今更でしょう」
思わず漏れた声に使用人が思わず肩を揺らし、ラース・キューバーから睨まれる。
「誤解を生むようなことを言わないで貰えますか?」
「冗談です。申し訳ありません。キューバー公爵子息様の衣装がいちばん着せにくいものなので、わたしでないときちんと着せられないのです」
薄手の肌着を差し出しながら、頭を下げる。
「わたしも失敗したと思いました。もっと着せやすい衣装にしておけば良かったと」
頭に降って来たのはため息だった。
「好きにするように言ったのは僕でしたね。わかりました。向こうを向いて待っていなさい」
ラース・キューバーは使用人の手など借りずとも着替えくらいこなす。
大人しく背を向ければ、さして待つこともなく良いですよと声が掛けられる。
「では、失礼しますね」
ラース・キューバーの衣装は、迷った。選ばれた男性陣のなかでもぶっちぎりの女顔で、かつ、去年ほどではないにしろ小柄で細身だ。下手な服を着せればもうただの美女が出来上がってしまって、周りとの差が際立つ。彼の場合やろうと思えば、女性らしい動きもやれてしまうだろうし。
女顔を気に入っていないらしい彼としては、屈辱この上ないだろう。
仮装らしい仮装で、かつ、周りと比べられず、ラース・キューバーの矜持も守れるもの。
庶民の服で良いと言われたのを良いことにディアンドルにしようかとも思ったが、あれはむしろ、ガタイの良い男性に着せた方が吹っ切れて似合う。
細身な身体が活かせるのは、むしろ。
「……見たことのない形の服ですね」
「キューバー公爵子息様でも、未知の国でしたか」
先日特使が来ていたので、知っていてもおかしくないと思っていたのだけれど。
と言っても正式な型ではない。慣れないと動きにくいし着崩れるので、特に下半身は大きく型を変えてスカートにしてしまっている。足元も、踵の高いブーツだ。
「あまり緩めてしまうと崩れるのでしっかり締めますが、苦しくないですか?」
「この程度であれば問題ありません。それで、これは?」
腰を締めた帯に作り帯を差し込みながら、答える。
「極東の民族衣装です。少し、髪をいじっても?」
「構いません」
癖のない髪をあんこで膨らませてまとめる。色鮮やかなリボンと、花飾りの付いたビラ簪で飾れば完成だ。
「はい、完成です。足元に気を付けて」
姿見の前に立たせれば、まじまじと見つめて一言。
「派手ですね」
「そうですか?」
ラース・キューバーに着せたのは、振袖風の衣装だ。引き裾でこそないが、作り帯は舞妓のようなだらり帯。襟も打掛ばりに衣紋を抜いた。遊女にする気はないので、肩は出していないけれど。
「殿下や王太子より派手な衣装と言うのは」
「これを着こなせるのはキューバー公爵子息様だけだと思いますよ」
ラース・キューバーは派手と言ったが、振袖基準では地味だと思う。地紋はあるが柄はない色無地の振袖は瞳に合わせた濃紫。八掛は髪色の菫色で、襦袢は白。半衿は白地に金と菫色の刺繍を入れた。帯は暗めの金に朱や翡翠色の柄。帯締は緋色で帯留は黒だ。
ヴィクトリカ殿下や第二王子に着せるなら、練色の地に暖色で総柄を入れる。まず紫は選ばない。
草履は無理だろうとブーツにしたが、本当はぽっくりを履いて欲しかった。それくらいには、
「よくお似合いですよ」
「嫌味ですか」
「まさか」
首を振って、
「比較的まともな方の衣装なので、感謝して頂きたいところです」
「これでまとも」
「テオドアさまやクララ先輩に、どんな衣装を着せろと」
さすがに同情が買えたか、ラース・キューバーが口を閉じる。
「さあ、あとがつかえているのでどんどん行きましょう。時間は有限です」
「わかりました」
ヴィクトリカ殿下にしたように手を取ろうとすれば、必要ないと断られる。
「ブーツは慣れていますし、この服、見た目に反して裾捌きは悪くありません」
そうなるように工夫したからね。
ラース・キューバーが微笑みの貴公子らしからぬ表情で、小さく言う。
「さすがの腕です。仕立て屋に品を出しているだけはある」
「え」
ぽかんとしている間に、さっさと出て行くラース・キューバー。
「…………今褒められました?」
「え、あ、そう、ですね?」
思わず使用人さんに訊ねて、驚かせてしまった。
「キューバー公爵子息様がわたしを褒めるなんて、珍しい」
「そう、なのですか?」
「あいえ、聞かなかったことにして下さい」
微笑みの貴公子の評判に傷を付けるのも良くないかと慌てて撤回すると、なぜか笑みを返された。
「特別な方なのですね」
「え?いや、それは、どうでしょう?」
キューバー公爵家的には喉から手が出るほど欲しい駒だろうし、ラース・キューバー的には、どうだろうか?高等部入学当初であれば間違いなく嫌悪されていただろうが、今は、わからない。
「次の方を、呼んで来ますね」
「はい。お待ちしております」
曖昧に誤魔化したわたしは、使用人さんにどう思われただろうか。
「テオドアさま」
「ん、俺か」
歩み寄って来るテオドアさまの顔は比較的穏やかだ。今まで比較的、まともな格好だったからだろう。ケヴィンさまの衣装はフリルやレースで華美にしたシスター服で、これまたよく似合っていた。
だが、残念ながら。
「では、これを着て頂けますか?上は肌着を全て脱いで下さい」
「これって、下衣しかないが?」
「上衣はわたしが着せるので」
テオドアさまと、同時に隣に呼ばれたクララ先輩が、いちばんやらかした衣装なのだ。
宣言して、背を向ける。
「アル、俺に遠慮がなさすぎないか?」
ぼやきつつも逆らわない辺り、テオドアさまも諦めはついて来たのかもしれない。
「着たぞ」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「…………おい」
諦めはついても突っ込みはやめないところが、真面目だと思いますよ。
「どうかしましたか」
「丈がおかしくないか」
「こう言う服なので」
「こう言う服って」
「民族衣装です」
テオドアさまに用意したのは、ベラだ。ドレープをたっぷり取ったハーレムパンツに、胸下までの上衣。腕や足にじゃらじゃらと装飾を付け、腰に薄手のスカーフと金属の装飾、頭にはサークレットとヴェールを付ければ立派な踊り子の完成だ。
「これで人前に出ろと?」
心なしか、使用人さんの目も同じことを言っている気がする。
「これでも露出は抑えた方なのですが」
「これで?」
疑いの目を向けられて、傍に置いてあったデザイン画を拾い上げる。
「元々はこれです」
見せたのはセクシー路線の衣装。布面積の少ないストラップレスブラに、左右にざっくりスリットの入った太腿丸見えで透ける素材のスカート。
今のテオドアさまの格好は、お腹は出ているけれど袖付きの上衣だし、下衣は一切脚を露出していない。ベラとしてはかなり、色気を抑えた意匠だ。
「これは、本当に、民族衣装なのか?」
「本当ですよ」
この世界にも存在する衣装であることは、とりさんこと邪竜トリシアに確認済だ。
「そうか」
「スカートにしなかっただけ、優しさでは?」
「そう、だな」
深く、深くため息を吐いたテオドアさまに、布靴を差し出す。
「裸足では危険ですから、こちらを」
「ああ。ありがとう」
「言われて嬉しいかはわかりませんが、お似合いですよ?」
女性寄りのデザインにはしているが、普通に男性のベリーダンサーでおかしくない衣装だ。大柄で筋肉質なテオドアさまが着ていて、違和感は一切ない。
「……アル、好きだもんな、腹筋」
「ひとを痴女みたいに言わないで貰えますか?フリルとリボンまみれのドレスを着せる選択肢もあったのですよこちらは」
「そうだな。ああ、動きやすいし、悪くない格好だ。腹が出ていなければ完璧だった」
確かにこの国でおへそを露出するのは冒険が過ぎたかもしれないけれど。
「これでお腹を隠していたら、ほかの方に間違いなく恨まれていましたからね?みなさま、スカートなのですから」
「俺だけなのか、パンツは」
「ええ」
ほかにまだ数人ひかえているが、みなスカートだ。いや、ラース・キューバーは着物だし、二尺袖に行燈袴の方もいるが。
「見て下さい、いちばん女装らしくない格好が、テオドアさまです」
姿見を指差して見せる。
「確かに、女装と言うより見慣れない衣装と言うことが目立つな」
「と言うわけで、良いですね?出て下さい」
「え、いやおい、アル!!」
問答無用と手を引いて更衣室を出ると、とっくに着替え終えていたらしいクララ先輩と目が合った。
「うわ、やってんなー」
「クララ先輩、いや、あの、あんたもひとのこと言えた格好ですか?」
「似合うだろ?」
にっ、と笑うクララ先輩は、がっつり胸元の開いたディアンドル。豊かな胸筋の谷間が、惜しげもなく晒されている。
「良いですね!想像以上の出来です」
「いや、衣装受け取ったとき笑ったけどな。これ着せるか!?って。でも、来てみたら案外おかしなことにならなくて驚いた」
「襟周り大きく開けていますが、それ以外は体型が隠れますからね。比率も綺麗に見えるように考えてありますし」
褒め言葉に答えれば、うんうんと頷きを返された。
「砦で兵士がこんなの格好してんの見たことあるけど、もっとバケモノみたいだった。すげぇな。比率の問題なのか。しかもこれ、ドロワーズがパニエになってんの歩きやすい。こんなのもあるんだな」
「それは」
今回の衣装作りで、前世知識をもとに作って、おしゃれ番長ゼルマさんに目を付けられた件ですね。
「ゾフィーの仕立て屋の新商品ですね」
「アルが開発したのか?」
「えーっと、そう、なります、ね?」
「すげえな?」
「ありがとうございます」
そこに目を付けられると思っていなくて、ぎょっとした件なので、そっと流して下さい。
と言うか、
「クララ先輩、ドロワーズとかパニエとか、ご存知なんですね?」
「砦は女装が横行してんだよ」
「なるほど」
触れないでおこう。
雑談しているうちに、隣の更衣室はもうひとり着替えを終えたらしい。
「あー、エリアルだあ。ねぇ、似合うー?」
「ではわたしは次の方の着替えに移りますね」
聞こえた声は黙殺して、次の方の衣装を手に取る。
「ちょっと無視しないでよー」
「忙しいので」
「雑談してたじゃーん」
雑談していたけれども。
絡んで来たのはマルク・レングナー。着ているのはアオザイ風の服だ。ただし実際のアオザイと異なり、下衣はフリルを重ねたスカートを合わせている。色は上衣が濃い緑。下衣が白。
似合っているかいないかで言えば、よく似合っている。マルク・レングナーは肌色が濃いので、異国風の衣装が合う。
ため息を吐いて、似合いますよと答えた。
「似合うように作ったのですから似合わなければ困ります。これで満足ですか?では邪魔しないで下さい」
言い置いて、今度こそ次の方を呼ぶ。
それから何人か着替えさせて、残る衣装は一着。着替えが終わっていないのは、
「男子生徒は、出て下さいね」
さりげなく、主催の少女が舵を取る。そうそうたる面子から許可をもぎ取ったことと言い、侮れない方だ。
「着替えの手伝いは要りますか?」
「いえ」
「では、着替え中絶対に扉は開けさせませんので、ご安心下さいませ」
「ありがとうございます」
残った衣装、自分用に作った衣装を手に取り、使用人もいなくなった更衣室に入る。
誰の衣装も悩んだが、自分の衣装にいちばん悩まされた。
わざわざ、女装、と言われたのだ。去年のように着ぐるみで誤魔化すわけにも行かない。けれど、男子生徒が女装するなか、女性であるわたしが、女装をする意味とはなんなのか。
まともに女装をすればいちばんまともになる。それは間違いがない。だってわたしには男士生徒と違い、くびれた腰に膨らんだ胸があるのだから。身体だって、ラース・キューバーよりもケヴィンさまよりも、マルク・レングナーと比べたって華奢だ。
それこそ、ケヴィンさまに着せたようなシスター服を着れば、肌も晒さず黒い服で、完璧な女装を見せられる。
だが、それが求められている姿だろうか?
女性である、と言う優位性にあぐらをかき、ただ、当たり前の仮装をしただけで、満足して貰える?
それならわざわざ、女装企画に巻き込みはしなかったのではないだろうか。
では、求められているものは、なんだ。
男装令嬢に女装を求める、それは。
「普段と違う装いが見たい、と言うことでしょうね」
しかし、申し訳ないが。
服の色は変えられない。これはサヴァンのさだめだから。肌を見せる格好も出来ない。この身に刻まれた生々しい傷痕を見せるわけには行かないから。
では、その上で、彼女らの期待に応えるためには?
今日何度目になるかわからないため息を吐いて、わたしは衣装に袖を通した。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
有言を実行する調彩雨(SSR)
実は前話投稿時点で
中はすでに書けていたのですが
中は
下の投稿も10日前後で
したいところなのですが
察して下さい努力はします
投稿にあたって読み返して
女性陣とヴィクトリカ殿下以外
怪物の仮装になっていなくないか?
とセルフ突っ込みしたのですが
なんか、良い感じに、包帯とか眼帯とか血糊とか化粧とか付け耳とか本人の雰囲気とかで
巧いことやったと思ってスルーして頂けると
とてもありがたいです
たぶん第二王子の頭には矢が刺さっていますきっと
そんな感じです
と言うわけで(?)
お察しの通り作者はあふぉなので
誤字報告とても助かりますありがとうございます
誤字だろうなと思いつつ見逃して下さる
そんな優しさも助かりますありがとうございます
皆さまの優しさにて支えられし調彩雨です
遅筆のあふぉ作者で申し訳ありませんが
続きも読んで頂ければ幸いです




