取り巻きCは壁に隠れる 中
取り巻きC・エリアル視点
エリアル高等部二年四月
本年もよろしくお願い致します
突然だがここで、ゲームにおける攻略対象、第二王子フェルデナント・ヤン・バルキアについて振り返ってみようと思う。
なにせ王子さまなので、ゲームではメインの攻略対象に据えられていた。
性格は傲慢で、庶民について理解のない、俺様何様王子様。
熱した鉄のような赤みがかった金髪と深紅の瞳が印象的な色合い。メインの攻略対象だけあって、顔面の造形にも気合いが入っていた。
彼のエピソードの特徴は、優越感、だろうか。
誰に対しても偉そうで諫言も聞き入れない暴君王子だが、打ち解けて行くにつれてヒロインの言葉には耳を傾けるようになるし、気遣いもしてくれるようになる。
ヒロインだけ、特別扱いしてくれるのだ。
最初の態度が普通とわかっていれば、その特別扱いに達成感や喜びを感じられるだろう。
そのために周囲から嫉妬されると来れば、優越感も大いに。
さらに嫉妬で辛く当たられたと教えれば、怒髪天を突いて怒って、宝物のように守ってくれるし、ほかの男がヒロインに粉をかけようものなら、バッチバチに牽制してくれる。
つまり、惚れた女には甘いし独占欲もある人間なのだ。フェルデナント・ヤン・バルキアと言う男は。
そしてヒロインとの扱いの対比を見せるためか、彼の周りに対する態度は傲慢そのもの。統率力と言えば聞こえは良いし、実際その強さに心酔するものもいる描写だったが、悪く言えばお山の大将。ジャイアニズムの権化だ。
さらに言うならば敵と見なした相手には、さらに厳しく容赦ない。
だから。
彼がこれだけわたしに敵意を向けて来ると言うことは、おそらくわたしを、王太子派陣営、すなわち、自分の敵だと見なしているからなのだろう。
準決勝の二試合は、わたし、エリアル・サヴァン対第二王子、フェルデナント・ヤン・バルキアと、テオドア・アクス公爵子息対クララ先輩こと、クラウス・リスト侯爵子息に決まった。
いつものサロンでの昼食でそう告げたとき、ツェリが見せた複雑な表情を、見逃せるほどに鈍感であったならと、少し思ってしまった。
「誰を応援しても良いですよ」
「えっ」
にこっと笑って言えば、明らかな動揺。
「二試合同時ですからね。お嬢さまもどちらを重点的に見るか迷うでしょう?テオドアさまを応援して良いのですよ」
続けた言葉に見せた安堵も、見なかったことに出来れば。
「っなんでテオなのよ」
「未来の旦那さまとして」
「婚約もしていなければその予定もないわ」
顔をしかめて見せる愛しい少女に、クララ先輩でも良いのですよと。
「あなたはどちらが勝つと思うの」
「テオドアさまとクララ先輩ですか?十中八九、クララ先輩でしょうね」
「おい本人いるところでそう言う会話やめろ」
昼食を共にしていたテオドアさまからの苦言に、でも、と反論する。
今日の昼食面子はツェリとテオドアさまとわたし。レリィはアリスたちとカフェテリア、リリアはピアと一緒に新たな留学生と交流、殿下は生徒会の仕事があるらしい。
「クララ先輩は本番に強いですから、普段の戦績は当てになりませんよ」
彼の怖いところはそこだ。
普段の訓練では教本通りのお行儀良い戦い方をするくせに、いざ実戦となると、おそらく鉱山夫や鍛治師の仕込みであろう喧嘩殺法じみた手も平気で取り入れて来る。
そうなると、テオドアさまやスー先輩のような正攻法を学んで来ている人間には、やりにくい相手となる。
対わたしでのパスカル先輩とクララ先輩の戦績の差も、原因はおそらくここだろう。
勝ちにこだわるなりふり構わなさに関して、わたしとクララ先輩で通じるものがあるのだ。
「っ、負けない。クララ先輩にもアルにも勝って、今年は俺が優勝する」
「……アルは第二王子殿下に、勝ちそうなの?」
「ん?ああ、俺は、と言うか、たぶん騎士科の二、三年はそう見てるやつが大半だろうな」
わたしはテオドアさまが負けると予想したと言うのに、テオドアさまの方はあっさりと、わたしの勝ちを断言する。
「フェルデナント殿下も弱いわけじゃないが、あのひとの剣術は真っ直ぐ過ぎる。真っ直ぐな剣技であそこまで強いのは素直に関心するが、アル相手には分が悪い」
「ひねくれているものね、アル」
「そんな……っ。ひどいですお嬢さま、わたしほど真っ直ぐな人間も珍しいと言うのに!!」
よよ、と泣き真似をして見せれば、どの口でそれを言うのよと呆れた顔を返される。
「この口ですが」
「……いや」
そんなわたしたちを見て、テオドアさまが首を振る。
「俺も、アルは真っ直ぐだと思う」
「えっ」
「なんであなたが驚くのよ」
「いえあの」
否定されるのが常だったので、肯定されたことに驚いたと言いますか。
「真っ直ぐだろ。真っ直ぐひとつの芯を持って、動いてる。……尊敬するよ」
そう言ったテオドアさまは、真っ直ぐにわたしを見据えていた。
ひゅ、と息を呑む。
「ひとつの、芯」
呟いたツェリへ視線が移ったことに、なぜか安堵してしまった。
「ツェリを、守る、否、幸せにする、か?会ったときからずっと、その芯は変わってない。呆れるくらい、真っ直ぐに」
笑って吐かれた言葉を受けて、ツェリが目を見開く。
揺れる瞳に、もう良いのだと、言ってあげたかった。
「そう、ね……」
一度視線を下げてから、ツェリは顔を上げて微笑んだ。
「テオとクララ先輩には悪いけれど、アルの応援をさせて貰うわ。私」
そんな我慢を、させたいわけではないのに。
でも。
だけど。
「ありがとうございます。お嬢さまに応援して貰えるのに、無様な試合は出来ませんね」
笑って受け入れてしまったわたしは結局、自分勝手でわがままなのだと思う。
そうして迎えた模擬試合準決勝戦、当日。
「頑張って下さいね」
「アルねぇさま、れりぃ頑張って応援する!」
「ワタシも、応援しています、アル先輩」
「勇姿はばっちり、ワタクシが写真に収めます!」
「ありがとうございます」
見学に来たリリアたちに、微笑んでお礼を言う。
「……」
「せっかく来たんだから、アリスもなにか言ったら?」
「ワタシは授業で来ただけで、このひとの応援に来たわけじゃないもの。……見てて痛いから怪我はしないで」
「気を付けますね」
レリィにせっつかれたアリスが早口に言って、そんなアリスをレリィとケヴィンさまが苦笑して見る。優しい友人に恵まれたようで、なによりだ。
嫌がられるだろうなと思いつつも、アリスの頭をなでる。もう片手では、レリィの頭を。
彼女らがわたしの庇護下にあると、わかるように。
「魔法などなくとも圧倒的に強いのだと言うことを、お見せしましょう」
それから目を移して、最愛のひとの前に跪く。
「……あなたに勝利を、お嬢さま」
「準決勝程度でなにを言っているのよ」
小さな両手でわたしの顔を掬い上げて、ツェリは笑って見せた。
わたしが教えた。わたしが、そう在るようにと。
「優勝以外の報告は、認めないわよ」
「御随意に、愛しいひと」
「授業始まるぞ、アル」
お互いに笑みを交わしていると、後ろからテオドアさまに呼ばれる。
「今行きます。では、行って来ます、お嬢さま、みなさま、?」
立ち上がったところで手を掴まれて、首を傾げる。
「応援してるから、絶対に勝つのよ」
「もちろん」
掴まれた手を握り返したところで、焼け付くような視線を感じて振り向く。
気合い十分なようで。
わたしの視線の向かった先に気付いたツェリが、小さく、あ、と声を漏らす。向こうもちらりとツェリを見て、さっと視線を逸らした。
「では、今度こそ行って来ますね」
騎士科の集団に混じり、号令が掛かるのを待つ傍ら軽く準備運動をする。
「体調は問題なさそうだね」
「殿下。ええ、ばっちりですよ」
「授業直前まで雑談とか、余裕かよ」
「心の準備ですよ。テオドアさまも来れば良かったのに」
少なくともリリアとレリィは、テオドアさまにも応援をくれたはずだ。
「アルのついでだろ」
「テオドアさまを応援したい方も、たくさんいると思いますよ」
「と言っても、こっちは俺とクララ先輩だからな。騎士科はともかく普通科が注目するのは、そっちの試合だよ」
とは言っても。
「見ごたえのある試合になるのは、そちらだと思いますが」
「おい」
テオドアさまが胡乱げな顔に、ヴィクトリカ殿下が心配そうな顔になる。
「なにやらかそうとしてるんだ。真面目にやれ」
「エリアル嬢、危険なことは」
「真剣にやりますよ」
答える声が、教員の掛けた始業の号令とかぶる。
「手を抜いたりはしません」
にっこり言った言葉を聞いても、ふたりの顔は晴れなかった。
手を抜くつもりはない。だってこれは、エリアル・サヴァンの力を知らしめる好機だ。
ただ。
「……理想の貴公子の称号は、返上することになるかもしれませんが」
小さく呟いた言葉は、誰かの耳に入っただろうか。
敵意もやる気も十二分な対戦相手を見て、肩の力を抜く。
首席でないとは言え学年で五指に入る頭脳。魔力だってヴィクトリカ殿下よりも高いし、身長も高く体格も良い。作為ある対戦表とは言え剣術だって準決勝に上がって来た。
フェルデナント・ヤン・バルキアと言う男は決して、スペックの低い人間ではない。受けて来た教育や、食べて来たものだって、王族だけあって一流のはずだ。
実際のところ素のスペックと言う点では、王太子ヴィクトリカ殿下よりも第二王子フェルデナント・ヤン・バルキア殿下の方が、高いのではないかと思う。ゲームでは、下剋上を達成しているわけだし、俺様何様王子様でも、付き従うものがいるカリスマもある。
ただ、それでも現状ヴィクトリカ殿下が王太子なのは、もちろん生まれた順序や、殿下の母が正妃さまであることも大いにあるが、なにより、第二王子とは別の方向性で、ヴィクトリカ殿下にひとを統べる才があるからだ。
それはすなわち、広い視野でよく見、よく聴き、酌み取る力。
自分を律し、他者の立場を理解し、自分と異なる意見も聞き入れる力だ。
西の帝国の脅威があるとは言え、今は平時。平穏を守るのに必要なのは、圧倒的なカリスマよりも、軋轢を生まない調停者だろう。
そういう意味で、ヴィクトリカ殿下は非常に秀でた方だと思う。
逆に言えば、第二王子には、その才が欠けている。
ひとつ信じるものを決めたら、周りの意見など耳に入らなくなるのだ。
よく言えば真っ直ぐ、悪く言えば、直情的。
巧く手綱を握る者がいて、正道を進むなら、その推進力で国を盛り上げることも出来るだろう。だが、もしもそうでないならば。
間違った方向に進んだなら彼は、とんでもない暴君にもなり得る。
だからツェツィーリアだったのかもしれないと、思う。
伯爵家から平民に落とされ、公爵家の養子に入った、罪人の娘。
国にも、公爵家にも、逆らえないだろう。
巧く第二王子に取り入り気に入られたなら、王太子派にとっては良い手綱になる。
もしかして、だからゲームでは王太子派陣営の令嬢たちが、第二王子派の人間に近付いていたのだろうか。自分を楔に、兄弟たちが担うことになるであろう次代を、安定させる為に?
それなら、それなら。
この現実でもツェリが、第二王子の婚約者候補に、される未来があるのかもしれない。
だとしても、だ。
「今のあなたじゃ、お嬢さまは任せられないのですよ」
小さく呟いた言葉は、相対する者の耳には入らなかっただろう。
曲刀を構えて、開始の合図を待つ。
「始め!」
合図と共に、斬り掛かって来た相手の剣を、いなして避ける。
第二王子の獲物は両手剣だ。身の丈の半分ほどもある剣を、危なげなく振って来る。
正々堂々として行儀の良い、騎士の剣だ。
王都の王立学院はクルタスと違って、剣術で使うのは決められた剣のみだと聞いた。両手剣、片手剣、それからレイピア。それから剣のほかに、槍の授業もあるのだったか。
第二王子は忠実に、教わった剣術をモノにしているのだろう。
テオドアさまほどではないが、そこそこに身長も筋肉もあるので、速度も迫力もそれなりにある。本気で斬り掛かられれば苦戦しただろう。
通常で、あれば。
残念ながら頭に血が昇っている今の状態では、攻撃が単純過ぎてわたしの敵ではない。その分、速度と勢いは上がっているのでそれはそれで脅威だが、どんなに素早い攻撃も、先読み出来れば避けることは可能だ。
こちらから攻撃することはせず、避けて打ち落とす。体勢を崩しても転ばないし剣を落としもしないのだから、彼は良い教育者の指導を真面目に受け、熱心に訓練も行って来たのだろう。
第二王子に対する評価を上方修正しつつ、いなし方を変える。
勢いを殺さず足元を崩すようにいなせば、ころりと面白いように転んだ。転んでも剣は手離さないし、受け身を取ってすぐ立ち上がる。思った以上にしっかり訓練されている。
転んだ相手に追い討ちをかけることはせず、立ち上がってかかって来るのを待つ。またかわして、転がす。繰り返し。
ざわざわと、戸惑う空気を感じる。
当然だろう。
試合が始まってからわたしは、いちども攻撃を行っていないのだから。ただ、攻撃を受け流して転がしているだけ。王族相手に舐め腐った戦い方で、無様に地に膝を突かせているだけだ。
これを剣術の試合とは、恐らく言わないだろう。
立ち会いの教員がなにかを言おうとして、歯痒そうに口を閉じた。
それはそうだ。
さきの徒手戦の、お互いに悪ノリしていた試合とは異なる。
下手な口出しはむしろ、わたし以上に相手の尊厳を傷付ける。
それでもわたしに向けられる目は、真面目にやれと訴えていた。
真面目にやっているさ。真面目にやっているとも。真面目に、全力で、おちょくっているのだ。
「女相手に一太刀も当てられないまま負ける気ですか」
「貴、様っ」
「わたしが飽きる前に当てて下さい。攻撃に転じたら、瞬殺でしょうから」
観客にまでは届かないであろう声量で、煽る。
離れた位置にいる教員にも、声は届いていないだろう。
「愚弄するな!」
第二王子の怒鳴り声に、観客がさわめく。
見苦しいものを、見せてしまって申し訳ないが。
「愚弄?現状事実では?わたしに負けたパスカル先輩の試合は見ましたか?彼との方がよほど、まともな試合になっていたでしょう」
と言うか接戦だった。苦戦したし、痣や擦り傷も出来ていた。
まあ違いは実力差と言うより、冷静さの有無が大きいと思うけれど。パスカル先輩も視野が広くて、周囲の思惑を読むことが巧いひとだから。
安い挑発だと言うのに、ただでさえ冷静でない第二王子は簡単に逆撫でされ怒りを募らせる。それでますます太刀筋が直情的になり、読みやすくなる。悪循環だ。
第二王子の息が上がって行く。シワひとつなく手入れされた服も、丁寧にくしけずられていた髪も、土埃にまみれてみすぼらしく汚れて行く。
そろそろ、良いだろうか。
倒れた第二王子に追い討ちをかけ、仰向けに転がして胸を踏む。首許に、切先を。
「あなたは弱い。口ばかり大きく、実力が伴わない」
「黙れ!!」
剣も飛ばさず、手も拘束していなかったために、振り回された第二王子の剣がわたしを狙う。
それを軽く飛んで避けるあいだに、第二王子は立ち上がり再び剣を構えていた。
その、根性と負けん気は、認めよう。
でも弱い。剣が、ではない。心が、だ。
また、避けては転がしの繰り返し。
その合間、ふと目を向けたツェリと、目が合った。
「アル──っ」
ぎゅっと握り締められた白い手に、苦笑を贈る。
ここまで酷い戦いを見せれば、あなたは見限ってくれるだろうか。
その、小さな余所見の間で。
どうやら第二王子は、怒り心頭に発したらしい。ぶわりと可視化されそうなほどの怒りと、目に宿る殺気。
来た。
剣撃を見極めて、曲刀を第二王子の剣に絡める。絡め取った剣を弾き飛ばし、その勢いのまま接敵、腕を取って、投げ飛ばす。
吹っ飛んだ第二王子に追撃しようとした足を、止めた。
魔力。
「俺を、馬鹿にするなぁぁあ!」
膨れ上がる炎が、視界を覆った。
背後には、観戦する生徒たち。最前には、ツェリたちの姿も。避ければ、当たる。
これが第二王子最大の、短所であり欠点であり、恐らく彼が王太子に推されない最大の理由。さらに言えば、わたしがツェリに、攻撃魔法を覚えさせなかった理由の一端でもある。
第二王子の魔力は天才的な量とは言い難いが、宮廷魔術師になれる程度には高い。その魔力を原動力にした火魔法の火力は非常に高く。
短気な彼が激昂すると、その大火力をろくな制御もせずにヒトに向けて放ってしまうことがある。
そのために、第二王子の周囲は彼を激昂させないよう気を遣うし、褒めそやしつつどこかで恐れている。
そして、ゲームの序盤、第二王子は模擬試合に攻撃魔法の名手であるツェツィーリア・ミュラーを引きずり出し、負けそうになって逆上して、大火力の火魔法で大怪我を負わせる。
その、怪我を治したのが治癒魔法使いであるヒロイン、イルゼ・トストマンで、自分が治すからと、恐れず接して来るイルゼ・トストマンに絆されるのだ。
下らない。
そんな、三文芝居の役者に、ツェリを使わせてなるものか。
眼前に迫る炎を、親の仇のように睨む。
魔法を使えば、退けるのは容易だ。この速度ならば、魔法なしで避けることも出来るだろう。
だが、これは魔法禁止の剣術模擬試合で、わたしが避ければ後ろの観客に魔法が当たる。
この程度の火魔法ならば、すぐ処置すれば死にはしないだろう。わたしはサヴァンだ。
小さくため息を吐くと、わたしは両手を広げ、襲い来る炎に立ち塞がった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
前話で年末のご挨拶をしているのですよね
で、今すでに新年が半分終わっているのですよね
うん。
お待たせして誠に申し訳ありませんでしたあぁぁぁ……
しかも短いわぶった切っているわ
もう!
見捨てず続きも読んで頂けると幸いです




