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取り巻きCは鮮やかに恋を知る

視点秘匿/取り巻きC・エリアル視点

エリアル高等部二年四月


本年もよろしくお願い致します(遅い)

 

 

 

 それまで。


 会う機会など、得ようと思えばいくらでも得られたはずだった。

 けれどお互いもその周囲も、あえて会おうとも会わせようともせず、ゆえにそのときが、お互いをお互いと認識出来る距離で顔を合わせる初めての機会だった。


 思えば、不自然と言えなくもないことだった。


 いくら派閥的に分かたれているとは言え、歳は近く、どちらも国にとって重要な存在。

 もっと早く顔合わせ程度済ませているべきだったはずだ。


 しかし実際にはこんな歳まで顔を合わせる機会はなく。


 それでも出会えたのは運命、なんて、そんな夢見がちなことが言えるほど、幼くもなくなってからの対面。


 思い返しても認めるのは癪だが。


 こんなにも。


 こんなにも、鮮やかな人間が、いるものなのか。


 ひと目見て、そう思って、目が離せなくなったことを、鮮明に覚えている。




 みなさまこんにちは。

 高等部二年生になっても取り巻きポジションを譲る気はありません。我らがお嬢さまの取り巻きC、エリアル・サヴァンです。


 長いようで短い春期休暇も終わって、新学期。

 新たに新入生を迎え入れるクルタス王立学院高等部には、ピリピリとした緊張感のある空気が漂っていた。


 それもそのはず。


 本来であれば王都の王立学院に通うはずの王族。その、次代当主、すなわち次期国王の座を奪い合う第一王子と第二王子。そのふたりが、ひとつの学院に通うことになるのだから。


 ここが王都の王立学院であったならば、なくはない話らしい。

 あるいはどちらか一方のみがクルタス王立学院に通うことならば、学院内での無用な争いを避けるためと言う理由でこれまでもあったらしい。


 しかし今回のようにクルタス王立学院の方に派閥の分かたれた第一第二王子両名が揃うと言うことは、今まで一度もなかったそうだ。


 すなわち生徒だけでなく教師としても、初めての状況と言うこと。

 ここでの動向で次期国王決定に影響があると言うことは決してないが、それでもみなどうしても、そわそわピリピリと、緊張した空気になってしまう。


 それも明後日の入学式が終わって、ふたりの王子がいる状況に皆が慣れれば、多少落ち着きはするだろうけれど。




「……一端が私と思うと、少し申し訳ないね」


 生徒会長として入学式の準備に携わっていたヴィクトリカ殿下が、息抜きとして訪れたいつものサロンで、小さくため息を吐いた。

 明後日の入学式では国王陛下が祝辞を、王太子で生徒会長であるヴィクトリカ殿下が歓迎の言葉を、第二王子が新入生代表の挨拶を務めるそうだ。これもまた、クルタス王立学院としては異例のことで、国王陛下が来られるように王都の王立学院とは日程をずらされることが多い卒業式に対し、同日程にされることの多い入学式では、クルタス王立学院に来るのは国王名代と言うのが常だったのだ。


 成人後とは言え未だ学生の身分にある王族が表立って演説する機会はあまりない。演説ではなくお祝いや挨拶とは言え、国王と次期国王候補ふたりがそろってひと前で語る機会と来れば、自然周りの注目は集めることになる。


「殿下のせいではないですよ」


 王太子はヴィクトリカ殿下だ。周りが騒ぎさえしなければ、順当に彼が次期国王で済む話。

 殿下に次期国王の資質がないと言うなら話は別だが、中等部でも高等部でも立派に生徒会長としてみなをまとめて見せているし、成績も常に学年で五指以内、みなに慕われ敬われる人徳もあって、手を汚す覚悟も手を汚させることの意味も理解している。統治者として、申し分ない能力も人格も持った方なのだ。


 ヴィクトリカ殿下自身は王位に執着もなく、余計な争いを起こさせないため王太子の座に着き続けているだけ。

 それを引っ掻き回してややこしくしているのは、権力争いにうつつを抜かす馬鹿な大人たちだ。


 現代史を少しでもさらえばそんなことをしている場合ではないとわかりそうなものなのに、なぜ無駄な争いに労力を割こうとするのか。愚者の思考はどうにも理解出来ない。


「そうよ!元々ヴィックがクルタスにいたのに、あっちが勝手に追って来たんじゃない。ヴィックはちっとも悪くないわ!」


 勢い良く同意するのはレリィことオーレリアさま。

 これから第二王子と同学年になる彼女だけれど、初対面が散々だったらしいだけに、第二王子に対する心証は良くないようだ。


「ずっと王都の王立学院にいたなら、高等部も王都の王立学院に行けば良いのに!」

「それを言うなら私も初等部は王都の王立学院だったけれどね」

「でも、クルタスにヴィックが移ったのも、半分はやたら騒ぎ回る連中にうんざりしてだろ?わざわざ避けてやったのに、追って来るフェルデナント殿下が問題じゃないか?……そのせいでグレッグまでこっちに入学するし……」


 うんざりした表情のテオドアさまに、殿下が苦笑を向ける。


「まだ苦手なのかい?」


 そのひと言を意外に思って、テオドアさまへ目を向けた。


「テオドアさま、ボルツマン公爵子息さまが苦手なのですか?」


 ゲームではそのような描写はなかったように思う。むしろグレゴール・ボルツマンは、自分より秀でた武人として、悪役王子の取り巻きAを、認めていた記憶がある。その上で、なぜあれほどの実力者が第一王子に付くのかと、苦悩する場面があったはずだ。


 ……グレゴール・ボルツマンは声的にもキャラクター的にも苦手で、ほぼ作業としてやったので、実はあまり詳しく覚えていないのだけれど。


「苦手、と言うか、うーん」


 眉を寄せて、テオドアさまは苦い顔。


「どうにもあいつ、胡散臭くて。猫嫌いだし」

「猫」


 動物嫌いなんて描写、あっただろうか。


 記憶を探って、ふと、関係ないことを思い出す。


「そう言えば、わたしも昔少し苦手でした、猫」

「え?」「は?」「はい?」「えっ?」「ええ?」


 五方向から投げられた、お前猫だろ?と言いたげな目線に、猫ではないからと内心返しながら、苦笑して言う。


「と言っても、学院に上がる前の幼い頃の話ですが、どうにも身構えてしまって。今は好きですよ」


 原因はわかっている。前世のわたしが猫アレルギー持ちで、猫に近付くと体調を崩していたからだ。前世でも猫は好きだったし、猫に好かれてもいたけれど、身体は猫を拒絶していて、その記憶が今世でも、足を引いて猫を警戒させていたのだ。


「ああ……縄張り争いね」

「そうだよな、仔猫にとっちゃ他猫は脅威だよな」

「もう強いから大丈夫ですね」


 待って。

 待って!


 その納得の仕方はおかしい!わたしは、猫ではないから!!


「小さい頃、噛まれでもしたの?アルねぇさま」

「大きい猫に、いじめられでもしたのかな?」


 唯一レリィだけまともなことを言ってくれたけれど、殿下のそれは猫扱いじゃない?何度も言うけど猫ではないよ、わたしは。


「噛まれたりいじめられたりした記憶はな、ああ」


 ないと答えかけて、思い出す。


「ありましたね、引っ掛かれたこと」


 あれはお互いに不幸な案件だったなと苦笑した。


 幼い頃、木の上から落下して来た野良の仔猫とエンカウントし、反射的に抱き留めたは良いが、パニックを起こした仔猫ががむしゃらに暴れ、引っ掛かれまくったことがあった。


「人馴れしていない小動物は怖がらせてしまうので、近付くと怯えてしまって」

「それ、怪我は」

「すぐ治して貰ったので痕も残っていませんよ」


 苦笑いして、でも、と続けた。


「以来あまり野生の小動物には近付かないようにしていたので、影響はありましたね。不用意に怖がらせるのは、本意ではありませんから」


 それから首を傾げて、話を戻す。


「ボルツマン公爵子息さまも、なにか理由があって猫が嫌いなのかも知れませんね」

「誰にだって苦手なものはあるわよね」

「ええ」


 それでも、と、苦い顔のテオドアさまに苦笑を向ける。


「どんな理由があろうと、許せないことはありますよね」

「……アルにもか?」

「もちろんです」


 にっこりと笑って、胸を張る。


「もしもなにかがお嬢さまを不必要に傷付けようものならば、どんな手を使っても、生まれて来たことを後悔させてやりますよ」


 え、ちょっと嫌だな無言にならないで下さいよ。


「……ハハ、ジョウダンデスッテ」

「棒読みやめなさい!それに、目が本気だったわよ!」

「心配なさらなくても」


 くわ!とわたしに詰め寄るツェリをなだめる。


「周りに迷惑を掛けるようなことにはしませんから」

「っ、それを、心配しているわけじゃないわ!あなたを、心配しているのよ!」


 なだめたつもりが余計に煽ってしまったようで、ガ、と胸ぐらを掴まれる。

 はしたないですよお嬢さま。


「私はそんな復讐望んじゃいないから、あなたは余計なことはせず大人しく私のそばにいなさい!!」

「わー……格好良い台詞ですね。惚れます」

「茶化すんじゃないわよ!良いから黙って頷きなさい!!」


 くすくすと笑って、愛しい女の子を抱き寄せた。


「それがあなたの幸せならば、喜んで」


 そうして、ぱっと離れて立ち上がる。


「さて、申し訳ないのですが、わたしはそろそろ行かないと。中等部からの持ち上がりの方々の入寮案内の補佐を、頼まれているのです」

「ああ。後輩からの信頼が厚いもんね、エリアル嬢は。今年から模範生だったかな?」

「はい。留守にすることも多いので相応しくないと、辞退しようとしたのですが、どうしてもと頼まれてしまって」


 模範生とは寮生活で後輩を補佐する役に就く生徒のことで、似た立場に寮長副寮長や監督生が存在するが、その三役がどちらかと言うと規則に基づいて律する立場にあるのに対し、模範生は困り事の相談を受けたり不安を解消させたりと、甘やかす立場にあるのが特徴だ。

 このため寮長副寮長や監督生が主に成績や家柄、教師からの評価で選ばれるのに対し、模範生の選出には下級生からの希望が大きく反映される。家格の低い生徒が相談しやすいように、子爵家や男爵家からも選出されやすいのも特徴だろう。


 高等部一年から二年に上がるにあたって、わたしにはこの模範生就任の打診が来ていた。

 まさか来るとは思っていなかったので、驚いたし断ろうとしたのだけれど。


「無理に頼まれたなら、私から断りを入れるよ?」

「納得して受け入れています……寮費を優遇すると言われて、つい」


 目をそらして答えれば、呆れを含んだ空気が漂った。


「あなた……補習教官で学費は免除されているじゃない」

「エリアル嬢、そんなにお金に困っているの?サヴァン家の年金は、」

「ああいえ」


 サヴァン家への年金は子爵家としては破格に多いし、領地経営も問題ない。


「わたしが自分の意思で家からの仕送りを断っているだけで、サヴァン家がお金に困っているわけではありません。年金は多過ぎるくらいですよ。領地も栄えていますし、イェレミアス兄さまの給金もありますから」


 単なる、わたしのわがままなのです。


 苦笑して、時計を見て、急がないとと呟く。


 入寮案内の補佐と言っても、中等部ですでにクルタスの寮生活の勝手はわかっている子たちなので、軽く寮内の位置取りを案内するだけだ。手続きは職員でやってくれるし、規則なんかの細々した説明は教員と寮長でやってくれる。何度も寮内を回らなければいけないため体力勝負ではあるが、騎士科の訓練ほどではないし、時間を取られるだけでやること自体は大したことでもない。


 ただ、とにかく時間が掛かるらしいので、遅刻をするわけには行かないのだ。


「どこに集合なの?」

「女子寮の集会室です」

「寮まで一緒に行くわ」


 立ったままだったツェリに言われて、きょとん、と見返す。


「寮になにか用事が?」

「寮長候補にされているのよ。寮長の仕事があるときは、可能なら見学しろって」

「なるほど」


 現状のクルタス王立学院高等部に通う女子生徒で、最も家格が高いのがツェリだ。女子寮長に就ける生徒としては、最適人材だろう。


 中等部入学時はまだまだ不安定だったツェリの基盤も、四年でかなり固められたと言うことか。


 それは、ヴィクトリカ殿下やテオドアさま、リリアやモーナさまと言った、高位の方々がツェリを対等に扱い親しくしてくれたおかげが大きい。


「では、一緒に行きましょうか。と言っても、わたしは寮長とは違うお仕事ですが」


 わたしまでもを友人と扱って下さる寛大な方々に感謝しつつ、大切なお嬢さまへと片手を差し出す。


 差し出した手は、躊躇いの欠片もなく掴まれた。




 いつものサロンから高等部の寮までは、校舎の裏、アーモンドの並木道に接する道を通るのが近い。


 薄紅がまばらになり葉の目立ち始めたアーモンドの並木は、満開の頃に比べれば見劣りするが、春の穏やかな風に揺れる新緑は生命力にあふれ、春の訪れへの喜びに浮き立っているようだった。


 萌木の葉を揺らした風が、横を歩くツェリの髪をひらめかせる。


 春風とは言えまだ冬の気配も残る風だ。


「寒くはありませんか?」

「そこまで弱くないわよ」


 答えたツェリが、わたしと繋いでいない方の手で髪を押さえる。


「でも、そうね、髪が乱れるのは困りもの、」

「誰かいるのか」


 その、声は。


 予想外の時に予想外の声を聞いたために、一拍、思考が停止した。


 わたしが思考停止している間に、そんなことは知らないツェリが声の方へと振り向いた。


 はっとツェリを振り向き、それからそうじゃないと気付いて声の方へと顔を向ける。


 鮮やかな、吸い込まれるほどに鮮やかな、真紅。


 その強い色に、思考を奪われそうになりながら、ぐっと踏み留まって、ツェリの手を引く。それから手を離して、頭を下げた。


 さすが、目を縫い付けられるような、容姿だ。


「……お前たちは」

「名乗っても?」

「許す。顔を上げろ」


 板に付いた、尊大なもの言い。視線を上げれば熱した鉄のような赤みがかった金髪が目に入った。兄への反発か、髪は短くウルフカットにされている。


「クルタス王立学院高等部二年、エリアル・サヴァンと申します。こちらは」

「ツェツィーリア、ミュラーと、申します」

「ツェツィーリア……ミュラー家の養子か」


 サヴァンの名も双黒も気にならないとばかりに、その真紅の瞳は、ひたすらツェリへと向けられていた。


 ここで素直に、お嬢さまの美しさに一目惚れしたのだなんて思えれば、幸せだったのだが。


「せっかくお会い出来たところ残念ですが、急いでいるところでして、御前失礼致します。お嬢さま」

「っえ、ええ、失礼、致します。第二王子、殿下」


 どこか夢見るようなツェリの手を取って、足早に歩き出す。


 不敬と怒りを買ったかとヒヤヒヤしながらのことだったが、不思議と呼び止められることはなく。


 女子寮(追えない場所)に辿り着いて、ほ、と息を緩めた。


「なぜあのような場所にひとりで……」


 思わず額を押さえて、不意討ちの邂逅に冷えた肝をなだめる。肝試しは、進んでやりたいとは思わないのだけれど。


 そこそこ速足で来てしまったので、大丈夫かとツェリを振り向、


「お嬢さま……?」


 いつになく、ぼんやりしているツェリに、無理をさせてしまったかと慌てる。


「お嬢さま、大丈、」


 ぱんっ


 頬へと伸ばした手を打ち払われて、目を見開く。


「ツェリ……?」

「ぁ……っ!」


 カァ……っと鮮やかに、真白き頬が色付いた。


 繋いでいた手がほどかれ、美しい手が愛らしい顔を覆う。


 恋とは、落ちるもの、だったか。


「だ、大丈夫。少し、息が上がって」


 ゲームで悪役令嬢が第二王子に恋をしている描写はなかったし、そんな態度も見えなかったのに。


「そう、ですか。申し訳ありません、慌ててしまって」

「大丈夫、よ。さ、行きましょう」


 赤い顔を取り繕おうとするさまは、初々しく可愛らしいものだった。


 そう、まるで。


「……顔は、一級品、だもんなぁ」

「な、なにか言った?」

「いえ、行きましょうか」


 伸ばした手は、今度は払われることなく、瞬間の躊躇いのあとで掴まれた。


 春の始めのまだ寒さが残る陽気だと言うのに、触れたツェリの手は熱いと感じるほどに温まっていた。


 そんなことにはならないと、油断しきっていたところに。


 ああ。


 これが、恋か。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

お待たせした上に短くて申し訳な……しかし衝撃度は……m(__)m


だから!第二王子殿下は!登場させるのが怖かったのに!!

いえまじで今もう投稿ボタン押すの怖……

結構初期から決めていた展開なのですが!受け入れて頂けるかどうか!!


と言ってもほぼ喋っていない上に名前すら呼ばれておりませんが


つ、続きも読んで頂けると嬉しいです

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[気になる点] これは……。 人が恋に落ちる瞬間という奴なのかっ!? わくわく
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