取り巻きAと黒猫を愛でる会
取り巻きA・リリアンヌ視点
エリアル高等部一年の春
とある日の昼休み。
教室の扉からちょこんと現れた黒い頭に、にわかに教室内が華やぎました。
そんな教室の変化に気付く様子もなく、きょろきょろと室内を見回した黒髪の生徒、エリアルはわたくしと視線を合わせ、微笑むとわたくしの許へと歩みを進めます。
ああ、今日もエリアルは可愛いですね。
エリアルが近付くのがわたくしだと気付いて、それまで雑談をしていた子たちが頬を赤らめます。
「こんにちは、リリア、コルネリアさま、ハイデマリーさま、ヒルトラウトさま、シュテファニエさま」
「「「「こ、こんにちは、エリアルさん」」」」
「こんにちは。なにか用事ですか、エリアル?」
ひとりひとり丁寧に名前を呼んで挨拶するのは、エリアルが交流のある相手に対して見せる親愛の証。無意識であろうその行動がご令嬢たちの心を掴んでいることも、より親しい相手を先に呼ぶ傾向にあることで、呼ぶ順番に一喜一憂されていることも、この愛らしい方はご存じありません。
そこもまた愛らしい、なんて言えば、いついかなるときであろうと真っ先にエリアルから声を掛けられる、ツェリさまにあきれた顔をされるのでしょうけれど。
愛らしいものは愛らしいのですもの。愛しいと思うことの、なにがいけないでしょう。
緊張する周囲に代わって用件を問えば、常に少し下がっている柳眉をさらに下げてエリアルがわたくしのかたわらに膝を突きます。
なにか、お願いごとでしょうか。
そんなにかしこまらなくても、可愛いエリアルの頼みならば、出来る限りでもってお答えしますのに。……まあ、エリアルのおねだり顔も眼福ですから、見られて悪いことではありませんけれど。
「みなさまにひとつ、お願いをしても良いですか?」
小さく首を傾げて、エリアルがわたくしたちひとりひとりと目を合わせます。
あらあら、そんなことをされては、ますます断り辛くなってしまうでしょうに。
「エリアルの頼みでしたら、喜んで聞きます。ねぇ、みなさん?」
「えっ、ええ!」
「もちろんですわ!」
「わ、わたくしで出来ることなら、なんなりと」
おひとりは声も出ないのか、こくこくと首肯して見せました。
少し目を見開いたエリアルが、ついで安堵したように表情をゆるめます。
「ありがとうございます。みなさま、お優しくて……わたしは幸せ者ですね」
わたくしたちが優しいのではなく、エリアルだから優しくするのですけれど。
わたくしは侯爵家の娘ですし、ほかの方々もみなさん伯爵家のご令嬢。本来であれば格下である子爵家令嬢の頼みなど、聞いてあげる義理はないのですから。
けれどそんな内情はおくびにも出さず、わたくしは微笑んでエリアルを促しました。
「それで、どのようなお願いですか?」
「ええと」
問い掛けに、エリアルが言いよどみます。どうやら、頼みにくい内容のようですね。
いったいなにを頼まれるのでしょうかと続く言葉を待てば、うかがうような上目遣いでエリアルは言います。
「留学生の、ピア・アロンソさま、わかりますか?」
「アロンソさま……エスパルミナからの留学生ですね。ええ、わかります」
小柄で華奢、とても短い栗色巻き毛の少女を思い浮かべて頷きます。その短い髪と、瞳とよく似た金緑の耳飾りが印象的で、留学生の中でも少し、浮いてしまっている子です。
バルキア王国ではまず、貴族女性の短髪はあり得ませんし、魔法の使い手でも耳に傷を付けて着ける耳飾りは嫌厭します。短い髪も傷付いた身体も、自分の価値を下げることになってしまいますから。
当然、その通例にそぐわない方も、遠巻きにされがちになってしまうわけで。
この点でも、短髪で両耳に耳飾りを着けながら当たり前に受け入れられているエリアルの稀有さがわかるものですが。
付き合う相手ですら自身の価値に繋げるのが貴族と言うもの。親しくする相手を選んでしまうのは、貴族として仕方のないこと。
けれどせっかく来て頂いた留学生が、孤立してしまうことを憂慮していなかったかと言えば、そんなこともないわけで。
意外な方から出たその名前に、けれどどこか納得もしておりました。
エリアルは目ざとく優しい子で、なんてことのない顔をして、ひとを助けてしまうから。
「アロンソさまが、どうかなさいましたか?」
「先日、ダンスの授業で倒れてしまって」
「まぁ」
驚いては見せましたが、情報としては知っているものでした。顔色が悪いことに気付いたエリアルが声をかけ、付き添われて医務室に向かう途中、倒れてお姫さま抱っこで運ばれたと。
うらやまし、いえ、倒れてしまうなんて心配ですね。
「どうやらまだ慣れない環境で、体調不良を言い出せなかったようで」
「留学して来たばかりですものね。お知り合いも、いらっしゃらないようですし」
話の流れが読めて来て、内心苦笑します。
計算なのか、素なのか。本当に、自分の使い方が巧くて、感心させられてばかりです。
「そうなのです。ですから、ほんの少しでも構わないので、みなさまに気に掛けて頂けたらと」
「そんなことで良いのですか?」
「出来れば、仲良くして差し上げて頂ければ、嬉しいです。せっかく留学先に、クルタス王立学院を選んで下さったのですから、バルキア王国のことも、クルタス王立学院のことも、良い思い出として残して頂きたくて」
この、愛らしい子は、望むと望まざるとにかかわらず、周囲の注目を受けています。
ですから、この会話も、周りにしっかり聞かれていて。
もちろん不躾に聞き耳を立てるような方はごく少数ですが、そうでない方も自分たちの会話を楽しむふりをして、意識の何割かはこちらに向けています。
ですから先の言葉も、みなさまに間違いなく届いていて。
ぴくり、と周囲の空気が動きました。
本当に、恐ろしい方。
「承りましたわ。わたくしも、アロンソさまのことは気になっていましたし、異国のことを知れる、素晴らしい機会ですもの。アロンソさま、わたくしのお友だちになって下さると嬉しいですが……」
「ありがとうございます。こんなに優しいリリアなら、きっと仲良くなれますよ。とても、可愛らしい方なのです」
ほわり、と、綿毛がそよ風に揺られるような笑みを浮かべたエリアルに、その場にいた者の思いは一致しました。可愛らしいのは、あなたの方ですよと。
「わたくしも喜んで」
「ちょうどエスパルミナの毛織物に、興味を持ったところでしたの」
「アロンソさまを歓迎しているのだと、お伝えしませんとですわね」
「っ!」
最後のお一方も、頬を赤らめて必死に頷いて見せます。
エリアルは目をきらきらと輝かせて、満面の笑みをひとりひとりに向けて下さいました。
「ありがとうございます。みなさまに頼らせて頂いて、良かった」
「このくらい、お安いご用ですわ。いつでも頼って下さいませ」
ふ、と笑みを返して、そして、膝を突いたままのエリアルに、その意思を察して訊ねます。
「そうですわ!今週末に、みなさまで一緒に刺繍をする予定なのです、よろしければ、エリアルもいらっしゃいませんか?」
四方向から聞こえたほとんど声になっていない悲鳴には、わたくしもエリアルも、気付かない振りをしました。
「わたしがお邪魔してしまって、よろしいのですか?」
「邪魔だなんて!エリアルでしたら大歓迎ですよ」
「では、お言葉に甘えて」
目を細めたエリアルに日程と場所を伝えれば、楽しみだと笑みを深めてエリアルは立ち上がります。
「いつまでもお邪魔しては迷惑でしょうし、お暇しますね。アロンソさまのこと、よろしくお願い致します」
「ええ。週末、お待ちしておりますわ」
引き留めても良かったですが、残念ながらもちませんね。
立ち去るエリアルを見送って、ぽーっと呆けてしまっている方々に目を戻し、苦笑します。
「大丈夫ですか?エリアルは今日も、とても愛らしかったですね」
「刺繍……エリアルさんと……?ほんとうに……?」
「わたくし……心臓がもつかしら……」
「それより、引き換え条件のようなお誘いをしてしまって、無理に引き受けてくれたのではないの?そこは大丈夫?嫌われない……?」
ひとりが不安げに言った言葉に、残りのお三方が青ざめました。
それに、大丈夫ですよと苦笑します。
「わたくしがお願いへの了承を伝えたあと、エリアルがすぐには立たなかったでしょう?」
「そう、ですわね?」
「あれは、もしわたくしたちになにか要望があるならお礼として答えますと言う、意思表示ですわ。ですからわたくしは提案に乗って、みなさまが良い思いを出来るよう要望を示しました」
そこで一度言葉を切り、安心させるように微笑んで顔を巡らせました。
「わたくしたちは愛らしいエリアルを独り占めするひとときが得られて、エリアルは頼みごとのお礼が出来る。どちらにも損のない取引ですし、持ち掛けたのはエリアルですから、嫌われるなんてあり得ませんわ」
「ほん、とうに?」
「ええ。大丈夫です」
ほうと息を吐いてみなさま胸をなで下ろします。
「では、週末までに少しでも良いお話が出来るようにしませんと」
「突然話し掛けるのも驚かせてしまうかしら?授業が一緒のときに、さりげなくお隣に座らせて頂いて」
「そうですわね。それで大丈夫そうでしたら、食事やお茶にお誘いしましょう」
「確か、お家は商業をなされていらっしゃるのよね?」
「でしたら、ヒルトラウトさんとお話が弾むのではなくて?」
水を向けられたヒルトラウトさんが、はにかんで頷きました。
「実はずっと、お話ししてみたいと思っておりましたの。でも……」
「そうですわね。あのお姿ですもの、わかりますわ。わたくしも、可愛らしい方だわと、気になっておりましたのに勇気が出ませんでしたもの」
「でも、もう心配要りませんわね」
顔を見合わせ、ええ、と頷き合います。
「エリアルさんのお願いですもの」
「ええ。エリアルさんが仲良くして欲しいとおっしゃいましたもの。それに」
「ご自身のお国でも、ラドゥニアでもなくバルキア王国を選んで下さった方ですわ」
「そう。それも、王都の王立学院ではなく、クルタス王立学院をお選びになられて」
ふふっと笑う声は、嬉しさがにじんでいました。
「良い選択だったと思って頂きませんと」
「その通りですわ、素敵な学院生活を、一緒に送れるように致しましょう」
ころころと鈴を転がすように笑えば、辺りが華やぐよう。
「本当に、エリアルさんは素敵ですわね」
「ええ。そこにいらっしゃるだけでもお素敵なのに、こんなに気遣いもお出来になって」
「真剣な表情ですと息を飲むほど格好良いのに、ふとした表情はあんなにも愛らしくて」
「リリアさまのお陰でわたくしたちも親しくして頂けて、もう、リリアさまにはなんとお礼を言って良いか……」
あら、わたくしまで褒めて下さるのですね。
「お礼なんて。共にエリアルを愛でる、同好の士ではありませんか」
「素晴らしいお考えですわ」
「エリアルさんが魅力的過ぎて、募集せずとも同好の士が増えることは頭痛の種ですけれども」
華やいだ表情で熱心に語るさまは、微笑ましいものです。
「ねぇ、きっとアロンソさまも、エリアルさんを好きになられますわね」
「間違いありませんわ。そうしたら、わたくしたちの仲間にお誘いしましょう」
「そうすれば、学院生活が彩りを増しますものね」
「素敵!良い案ですわ」
「エリアルさんのお話でしたら、いくらでも出来ますもの」
「きっとずっと、仲良くなれますわ、ねぇ、リリアさま?」
呼び掛けられて、わたくしは微笑みを返しました。
「ええ。わたくしたち黒猫を愛でる会は、エリアルを愛し慈しむすべての方の、味方ですもの」
エリアル、あなたは今日も、わたくしたちの日常に華やぎを与えて下さっていますわ。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
リリアさんは作者の圧倒的癒しです……マイナスイオン出ている……
リリアさんのお膝でエリアルさんをお昼寝させたい……癒し……
あとふたつくらいエピソードを消化したら
エリアルさんが二年生のお話に手を掛けたいなと思っています
思えば長く高一なエリアルさんを書いて来たものですね……
年内に第2王子殿下を登場させたい……目標……
続きも読んで頂けると嬉しいです




