取り巻きCと牡丹百合 むいかめ そのいち
取り巻きC・エリアル視点
エリアル高等部1年の年始
不穏で始まり不穏で終わります
そしてとても短いです
ぱしり。
白い手が、少年の両目をふさいだ。
「大丈夫、かすっただけ。もう血も止まった。痛くない。痛くない。もうなんともない。痛いのは、全部取ってあげる。ほら、いたいのいたいのとんでいけー、わるいおとなにとんでいけー」
目をふさいだ手の主が、手を離して微笑む。その右手、今まで少年の目をふさいでいたのとは逆の手は、真っ赤に染まっていた。ぎゅっと握った真っ赤な手を、振りかぶる。
「ほら、飛ばすよ。えいっ。ね、もうなんともない」
大丈夫だから、お休み。
そう言って再び目をふさがれた少年は、うながされるまま闇へと意識を解かし出した。
持つべきものは頼れる先輩。るーちゃんことブルーノ・メーベルト先輩のありがたさを実感しながらおはようございます。我らがお嬢さまに早く逢いたい取り巻きたい取り巻きC、エリアル・サヴァン、本日冬期演習合宿六日目でございます。
昨日、るーちゃんと合流してからは、平和でした……。普段と変わらず接してくれるるーちゃん、周りとの壁になってくれるるーちゃん、そして嫌な目のない場所での作業。
慣れない行動、嫌な扱いで辟易し腐りかけていた心を、だいぶん癒して貰えました。さすがは騎士科の聖女さま。
しかし残念ながら、今日はそんな安穏からは遠い一日になりそうな予感。
もう、問題はお腹いっぱいなのですが……。
百を求めるのはしんどい。
昨日一日で、学んだことだった。
ここは初等部からの地道な努力で地位を築いて来たクルタス王立学院ではなく、相手も普段関わっている貴族の令嬢令息ではない。
ましてここで食い下がろうが諦めようがツェリにさしたる利益も害悪ももたらさないと来れば、なにがなんでもと言う気概も持てないわけで。
ある程度で妥協してしまえと、投げやりな気持ちにもなると言うもの。
でも、とりさんからあまり魔法を使うなと言われている手前、肉体労働が出来ないなら魔法で、と言うわけにも行かず。
「設置はお任せするので、穴堀くらいは」
「監督だけで大丈夫ですよ?」
「戦場に出れば、塹壕線になることもあるでしょう?」
結局、真面目で健気な少女の皮を被ることになる。
「いざ実戦で出来ないなどと言うことは避けたいのです。安全なところで穴堀りの経験を、させて頂けませんか?」
昨日のうちに柵上には設置が完了したと言う有刺鉄線、今日は穴を掘って底に敷き詰めるそうだ。
今日はラフ先輩の班に入れて貰ったわたしは、その穴堀りに同行。有刺鉄線付きの柵があるとは言え砦の端での作業が許されるのは、騎士科生が信頼を獲られたと言うことだろう。
問題を起こしまくっていたわたしとは異なり、先輩同輩は真面目に演習合宿をこなしていたのだ。……わたしも起こしたくて問題を起こしていたわけではないけれど。
「アルなら穴堀りくらい出来る。と言うか、下手すると学生内でいちばん慣れていると思うが」
「……無理をしていると感じたらやめさせます」
ラフ先輩の口添え付きでなんとかスコップを手に入れることに成功したわたしは、花壇の前の土にスコップを差し込んだ。すぐ下ではなく、少し離れた位地に。花壇を潰すことはなく。第四中隊らしい判断に、ほっとしていた。
せっかくの花壇なのだ、どうせなら踏み荒らされることなく、咲いて欲しい。
ざくざくと掘り進めた土を猫車に積めば、ラフ先輩が集積場所に運んでくれる。集積した土は、袋に詰めて土嚢にし、穴の砦側に詰むそうだ。徹底している。
「……普通、役目逆じゃないか?」
そんなわたしとラフ先輩を見て、真冬だと言うのにダラダラと汗を垂らした同級生がこぼす。
「いやでも、学生じゃサヴァンがいちばん早いぜ、掘るの」
「手押し車二台交互で運び続けだもんな、どっちが重労働だか」
穴堀りと荷運び、どちらが大変か、か。まあ、間違いなく、
「穴堀りの方が重労働だと思いますよ?」
土を猫車に投げ入れながら、笑って言う。
「ならなんでお前が掘ってるんだよ」
「……猫車を押していたらなにか言われそうで」
「仲良くしろよ、同じ猫だろ」
「なんのことかわかりません」
わたしは猫ではない。
「それに」
苦笑混じりにラフ先輩を見た。
「ラフ先輩、わたしの体力が尽きたと思ったら休ませるつもりでしょうから」
疲れが見えた時点でスコップは取り上げられ、猫車を押すことすら許されず休憩を命じられるだろう。そこが、妥協点だったのだ。
「休ませられるつもりはありませんが」
こちらは雪山行軍からのクリスマスツリー堀り経験者だ。舐めないで頂きたい。ざかざかと深さを取り、せっせこ拡張して行く。幅四フィート、深さ二フィート半ほどの穴だ。
そう言えば、穴を掘っては埋めるだけの労働を延々続けさせられる刑罰があったような。今は冬だからまだ良いけれど、炎天下の穴堀はなるほど拷問だろう。
無心で掘り進めれば、逆方向へ掘り進めていた同級生が遠くなっている。
「休まなくても良いが、水分は取れ」
「ありがとうございます」
ラフ先輩に差し出された水筒を、手袋を外して受け取った。冷たい塩レモン水だ。
「アルが野外作業と聞いて、料理人が用意したらしい」
「……あとでお礼を言いに行きます」
なぜ行動理由が、今日は野外作業だからでなく、わたしが野外作業だからなのか。昨日も野外作業だったはずだ。作ってあげていないのか。
疑問には目をつむることにして、作業を再開した。砦の外周は広い。手分けしているとは言え、さぼっている暇はない。
と、思っていたのだけれど。
「私とアルの分担は終わりだな」
「ではほかの方の手伝いに」
「アルは休憩だ」
小休止を挟みつつ一時間半ほどで、別の誰かが掘り進めた穴とこんにちはした。各自間隔を開けて掘り始めていたので、つまりわたしたちの分担分は終わりと言うこと。
「ですがまだお昼には早いですよ?」
「アルが掘るのが早い。その速度で手助けしたら、手助けでなく肩代わりになる」
「分担が少なかっただけでは」
「ない。騎士よりは少ないが学生としては平均……より掘っているな。見ろ、騎士の分担部分に食い込んでいる」
こんにちはした穴の掘り手が苦笑していたのは、わたしが掘り進め過ぎていたかららしい。
「ほら上がれ」
脇に手を入れられ、ひょいと抱え上げられる。
そのまま木陰に運ばれ、飲みかけの水筒を押し付けられた。
「午後もあるから少し休め。半時間休んだら、土嚢作りの手伝いに行って良い」
これは、言い付けを守らないと土嚢の手伝いすらさせて貰えないやつ。
「……わかりました」
「ん」
頷いてわたしの頭をなでたラフ先輩が、自分は休まず後輩の手伝いに向かう。猫車を押すだけだったラフ先輩の体力が有り余っているのはわかっていたから、そのことに物申せもしない。
よく晴れたのどかな日和で、火照った身体には冬の冴えた風が心地良い。
あまり休んでいると身体を冷やしそうだが、ラフ先輩の言う通り、30分ほどならば丁度良い休憩だろう。
小さく息を吐いて、水筒に口を付ける。
「演習合宿も、明日で終わりですか」
夏の二回の演習合宿と異なり、参加したことが良かったのか悪かったのか、いまひとつ判断がつかない。
フリージンガー団長との面識は利点だろう。とりさんの能力や、与えられた知識も。
でも、それはツェリから離れて、ルシフル騎士団を引っ掻き回してまで、得る必要のあるものだっただろうか。
「はやくかえりたい」
年末からのぎくしゃくを乗り越えてやっと和解出来たと言うのに、なぜその直後にこんなに離れているのか。全くもって不可解だ。不満だ。
わがままで、投げやりな気持ちで水筒の中身を煽る。
と、視界の端に、なにかが。
柵の向こう、ぎりぎり見えるほどに離れた、細い路地の暗がり、髪を掴まれ引かれる、幼い女の子。
気付けば、飛び出していた。
それが、罠である可能性も考えずに。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
短過ぎると思いつつ
でもここで引くのがわくわくするなと言う気持ちが抑えきれず……
お待たせしているのに短くて申し訳ありません
このところ改ページがあるツールで書いていたために
短く区切りたい病気に罹患しましたm(__)m
改ページって……楽しいですね……
出来るだけ早いお届けを心掛けますので
続きも読んで頂けると嬉しいです




