取り巻きCと牡丹百合 いつかめ
お待たせしてしまい申し訳ありませんm(_ _)m
取り巻きC・エリアル視点
エリアル高等部1年の年始
前話続きかつ怪我描写ありにつきご注意下さい
朝は、感謝した、のだけれどな。
休憩時間、お手洗いに立てこもって、片手で顔を被う。
-とりさん、なにしたの……
わたしの心からの問い掛けに、邪竜はどこか不機嫌そうに答えた。
-なにもしてないよ
そんなわけあるか……!
脳内の邪竜を助走を付けて殴りたい気持ちを持て余して、わたしはごつんと壁に頭を打ち付けた。
ただ今冬期演習合宿五日目です。
みなさまこんにちは。ぐっすり眠って心機一転、今日こそ何も問題を起こさずに生きるぞと言う志も新な取り巻きCことエリアル・サヴァンです。
昨日わたしの身体を乗っ取った邪竜いわく、今日はウル先輩の班と一緒に行動して良いと言うお許しが出たとのこと。ただし、集団行動の指示が出ていて、ウル先輩と数人の班員がお迎えに来た。
お迎えを待って朝食に向かい、ご飯に舌鼓を打って、今日は朝から第一中隊の訓練に参加と相成ったのだけれど。
「なにか?」
「あっ、いや。なんでもない」
ぼーっとこちらを見る視線に、首を傾げて問う。相手の騎士は、はっとして首を振った。
「……手合わせ、お願いしますね」
「あ、ああ。頼む」
剣を交えて、手加減されているなと思う。細心の注意を払って、相手をされている感じ。
ほかの生徒には、されていない扱いだ。
「ほかの生徒と同じ扱いで、大丈夫ですよ」
「え、あ、いや」
たじろいだ騎士の手から、剣を払い飛ばす。
「ちゃんとやって頂けないと、訓練とは言え危険です」
「う、す、すまない」
謝罪して剣を拾う騎士を見つつ、ため息を押し込めた。
朝から、万事この調子だ。
なんと言うか、こう、姫扱い、みたいな。壊さないよう真綿で隔てられて、それでいて、注目だけはされているような、居心地の悪い扱い。
ちやほやされるのが好きな子なら、喜ばしいのだろうけれど。
わたしは、特別扱いで守って欲しいなんて、露ほども思っていない。
結局不完全燃焼のまま訓練を終え、座りの悪いまま昼食を終え、休憩時間に我慢の限界が来て、お手洗いに立てこもった。
-なにもしていないって、じゃあなんでこんな扱いになってるの
どこか不機嫌な邪竜に、問い掛ける。
第一中隊の騎士だけがこの態度ならば、彼らが騎士科の女生徒を扱いあぐねているのだと思うことも出来た。けれど、態度が違うのは、学生や第四第五中隊の騎士もなのだ。
昨日まではそんなことなかったのだから、考え得る解答はひとつだ。
昨日身体を乗っ取った、邪竜がなにかやらかした。
-わーは特殊なことはなにもしてない。ヒトがばかなだけでしょ
つんとした声。やはりどうにも、今日の邪竜は不機嫌だ。
-なにか、嫌なことでもされた?ごめん、わたしを休ませるために
ご機嫌ななめの理由も昨日のことしか思い付かなくて、とたん、邪竜への疑いはとりさんへの申し訳なさに変わる。
なにせ国殺しのサヴァンだ。生意気なこともずいぶんやってしまったし、嫌がらせを受ける可能性は十分にある。わたしはもう慣れたものだし気にもならないが、ひとに肩代わりさせようとは思わない。
まして、善意で休息を与えてくれたとりさんに、嫌な思いをさせるなんて。
-そう言うわけじゃない。大丈夫
まだ不機嫌さは抜けないものの、とりさんは否定してくれた。
-でも
-本気を出さなくても、自重せずサヴァンらしくするだけで、ここまで意のままなのかって、呆れただけ
苛立ち紛れのため息。怒りの矛先は、どうやらわたしではない。
-サヴァンらしくって
-竜は弱い同族に惹かれる。サヴァンの子はヒトよりは強くても、竜よりは弱いでしょう。武器であり、守る者であると同時に、庇護される者でもあるんだよ、サヴァンは。フリージンガーの坊やも、言っていたでしょう
モモのふーちゃんもなかなかにぶっ飛んだ呼び方だったが、とりさんに至っては坊やか、本当に、竜とは恐ろしい生き物だ。
-サヴァンは囲われるくらいで丁度良いんだって
ささくれだっている理由がわたしと似ているのでは?と気付いて、怒れなくなってしまう。
-実際、そうだって、こと?
-そ。だから、ね
とりさんも同じように、頭痛を堪えるような仕草に、なっているのかもしれない。
-言うなれば、生まれたての赤子と同じなんだ。そこにサヴァンがいるだけで周りの人間は愛し庇護せずにはいられないし、ただ存在するだけでサヴァンは周囲の愛情をかっ拐う
-そんなの
乙女ゲームの、主人公でもあるまいし。
口に出さなかった突っ込みは気にせず、とりさんは続ける。
-特に魔法適性のある子はその気が強いけど、エリはひとに壁を作っているから、顕著に効果は出ていなかったんだよ。でも、使える能力を使わず放置するのはもったいないでしょう。巧く掌握して方向性を示してやれば、暴走することもない
どや顔をしたあとで、しょぼ、と顔を曇らせるとりさんの様子が、脳裏に浮かんだ。
-まさかこんなに簡単に篭絡されると思わなくて
-篭絡
どん引くわたしの頭に、とりさんのため息が響く。
-エリは、イディオ家についてどれくらい理解してる?
-いや、全く。レミュドネ皇国時代にサヴァン家に仕えていた家で、今は途絶えていると言うことくらい
-この国じゃ知れてそのくらいか。イディオ家は、サヴァンの守り手であると同時に、サヴァンの使い手でもあったんだよ
とりさんが、こんなに饒舌なのも珍しいなと思いながら、耳を傾ける。サヴァンのことをちゃんと教えられる人間が周りにいない以上、とりさんの助言はこの上なくありがたいものだった。
-使い手
-そ。良くも悪くもサヴァンはサヴァンだからね。ひとを使うのは巧くない。その、サヴァンが苦手な部分を補っていたのが、イディオ家ってわけ。サヴァンが掌握し、イディオが指針となる、それで、数百年の永きに渡り、上手く行ってたんだけどね
-イディオ家は
-断絶した。悪いけど、その辺の事情については詳しくないよ。カミーユの時代、わーはすでに囚われの身だったから
言って、とりさんは深々とため息を吐く。
-フリージンガーはひとを使うのが巧いでしょ?イディオ家の代わりにならないかと思ったんだけど、駄目だね。あれは、魅了されるだけだ
-……フリージンガー団長でも?
-フリージンガーの坊やでも
若干うんざりしたようすで、とりさんは肯定した。いったい、フリージンガー団長ととりさんの間に、なにがあったのだろうか。
-本当に、なんと言うか、化け物だよね。わーが邪竜と呼ばれるのも詮なしと、思ってしまいそうになった
-思いはしないんだ
-数百年閉じ込められるような悪事を働いた記憶はないよ
きっと顔をしかめているのだろうなと感じる声音で言ったあと、とりさんは続ける。
-サヴァンの能力、強力な精神魔法、って言うのは、反則技みたいなものなんだよ。モモの変化ほどではないにしろ、サヴァンの力だって、竜並みの実力者が持つなら、神に祭り上げられておかしくないくらいの能力なんだ
-竜並みの力なんて、ヒトには出せないけれどね
-それで良いんだよ。ヒトが持つべき力ではないんだから
こういう話をしていると、やっぱりとりさんは竜なのだなと感じる。
しかし。
-で?
-で、って?
だからと言って竜は神ではないし万能でもないわけで。
-この状況、なんとかならないの
-……なんとか出来たらやっていると思わない?
-……っ
この邪竜……っ
-ごめんって
-ごめんで済んだら、
-さすがに数時間じゃ、方向付けまで出来なかった
ぞ、とした。
-それ、
どう言う。
問い掛けの前に、答えが帰る。
-あと一日あれば、もっと良い状態に持って行けたんだけどね。エリ、もう一日休む?
-え、いや
いつものような軽い口調で、邪竜トリシアはのたまった。
-人間を従えるくらい、造作もないからね。たまの気分転換には、丁度好い
それは、そう。いつもホットティだけど、今日は暑いからアイスティにしようか、とか。自分がミントタブレットを口に入れるついでに、隣にいた友人にいるか訊く、とか。
そんな感じの、本当に軽い、なんてことのない口調で言われた言葉だった。
-ぁ、う、ううん。今は、良いや。切り札は、温存したいし
答えた声は、硬くなかったか。顔は、ひきつっていなかったか。
とりさんも、モモも、わたしには友好的だけど、ヒトではない。人間を超越した、上位存在で。
だから、とりさんにとってヒトなんて、ヒトにとっての犬や猫も同然なのかもしれない。
-そう?じゃあ、自分で頑張ってね
軽い問いだったから、断られても特に気にした様子はなくて。
だから、現状を思い出して、あ、やっぱりお願いすれば良かっ……駄目だ駄目だ、他力本願は良くない。ほかの誰も気付かなくとも、わんちゃんはとりさんの介入に気付いてしまうかもしれないのだし。
とっさに出た言葉とは言え、事実なのだ。とりさんが、わたしの切り札のひとつであることは。
絶対に、奪われるわけには行かない。とりさんも。モモも。
毛筋一本の可能性でもこじ開けるために、切れる札はいくらあっても足りはしない。
-でも、助言くらいは欲しい
-うん。そうだね
やっぱり珍しくも協力的なとりさんに助言を受けて、わたしは嫌々ながら籠城先から外に出た。
そうしてとりさんの助言に従い、苦戦しつつもどうにか少しずつ座りの悪い状態を打開して行く。
-エリは周りに壁を作ってるんだよ
助言にはさんで告げられた言葉は、耳に痛かった。
壁を作っているつもりはない。けれど、とりさんに言わせればわたしは、ツェリやわんちゃんに対してすら途方もない壁を築いているそうだ。
-それは必ずしも悪いことじゃないし、自己防衛でもあるから、無理になくす必要はない。なくすとどれだけ効果があるかは、今回でよくわかったし、そもそも、無意識に張っているものだから外すのは難しいでしょう。完全に取り払うのは、たぶん今のエリじゃ出来ない
出来れば便利ではあるけどね、と軽く流し、とりさんは続けた。
-今は一度心を奪った状態だから、これ以上のめり込ませる必要はない。ただ、そうだね、例えるなら、どこへと指示もないまま走れと言われたような、そんな状態にある。そのせいで烏合の衆のようにまとまりのない動きになるし、こちらの思うようにはならない。だから
まるで指導者のように、とりさんがすぐ後ろに立って肩を支えてくれている心地がした。
-行く先を示してやれば良い。それだけなら、今のエリにも出来るからね
そうしてとりさんは、わたしに手玉に取った人間の転がし方を吹き込んだ。
-コツは自信を持つこと。自分が好かれていると言う自覚を、はっきり持って動くんだ
締めくくりに言われた言葉は、どんなナルシストだよと空笑いしそうになる言葉だったが、告げたとりさんの声は大真面目だった。
-良い?エリ、エリ自身の魅力どうこうじゃないんだ。あくまで、血による補整。だから、自信を持ってもナルシストではないし、甘く見ると痛い目に遭う。目の前の男は自分の虜なんだと、肝に銘じて相対しなさい
普段は同じくらいの立ち位置で話してくれるのに、たまにこうして指導者のような話し方をするから、どきりとさせられる。
ぐっと息を詰めたわたしに気付いたか、とりさんが空気を緩めて付け足す。
-甘く見た結果が現状だけど?
実地訓練って効果あるよね!!
よーく理解して動いた結果、ぎこちないながらもそれなりに転がせたけれど。
「……しんっ…………っど……っ」
ナルシスト適性が自分にないと言う現実を、身にしみて理解することになった。
そっと外へと抜け出し、砦と街を隔てる柵を臨む壁に寄り掛かって、小さく体操座りをする。
とりさんの申し出を断ったことを、本気で後悔し始めていた。
「つ、かれた…………」
膝の上で組んだ腕に頬を寄せ、ふてくされる。こんな面倒な作業を代わってくれようとしていたなんて、とりさんは慈愛の天使なのかもしれない。
似たようなことは幼少期からクルタスで、ずっとやっていたつもりだった。
好感度を上げて、あるいは、恐怖を煽って、反感を買って。
そうして心を操って、望む反応を得て来た。
だと言うのに多少状況が変わっただけで、こんなにも疲弊すると言うのは。
「…………わたしはもう…………ないのに」
無意識に握り締めていた腕が、ぴりりと痛む。戻らないと。
息を吐いて立ち上がったところで、視界に動くものが映った。
「そこ、花壇!避けて!」
反射的に上げた声にびくっとこちらを向いたいくつかの視線が、丸められたあとで蜘蛛の子を散らしたように逃げ、あ、ひとり転んだ。
いっそ安堵すら覚える反応に思わず口許を緩め、ひょいと柵を飛び越えた。
立ち上がれない少年に、痛いところは?と声を掛ける。
「あ……う……」
ひどく怯えた態度が、今は心地好く感じてしまって、いけないいけないと穏やかな表情を心掛けた。恐れられるのは慣れている。その、対処法も。
「怒りませんし、連れ去りもしません。どこが痛いですか?痛いところを、押さえて下さい」
前世であればようやく小学生になったくらいの、男の子だった。ぐず、と鼻をすすって、起き上がらないまま右足首を抑えて見せる。
泣いてはいるが目線はしっかりしているし、顔に外傷もない。頭は打っていなさそうだと判断して、そっと助け起こす。身体の右半分ばかり汚れているところを見るに、慌てたあまり右足を変に着いて、右から転んだのだろう。長袖に長ズボンだから、そこまで派手に擦りむいてはいないだろうけれど。
「少し、足を見せて下さいね」
言って靴を脱がせ、ズボンの裾を膝までまくる。裕福な家の子なのか、毛糸の靴下を履いていた。それも脱がせて、膝を確認する。幸いにも、膝はぶつけていないようだ。擦り傷もない。
「腕も少し、失礼しますね」
腕をまくって、少し眉を寄せる。少年が、泣き声を上げ始めた。うん。擦り傷って気付くと痛くなるよね。わかるよ。
右腕に大きく出来た擦り傷を見、打撲はないことを確認して、先日も活躍した救急セットを取り出す。足をくじいて、右腕を突いて横様に転んだのだろう。だから、顔や脚は無事だった。
「少し染みますよ」
傷を洗って拭いて、創傷被覆薬を塗る。右手を取って、乾くまで待つあいだに説明する。
「この薬が、カサブタの代わりになります。自然にはがれ落ちるまでは、強く擦ったり引っ掻いたりしないで下さいね」
「……ん」
あら素直。
微笑んで頷きを返し、問題の右足首に目を移す。
「申し訳ありません、少し、響きますよ」
「ひぅぅ……」
顔を歪める幼子に心を痛めつつも、音魔法で骨や関節を探る。骨折や靭帯の傷はないようだが、かなり熱を持っている。
「押したとき、痛いですか?」
「ううううぅ……」
こくこくと頷きを返され、そっと少年の額を撫でる。
「捻挫ですね。冷やしましょう」
言って救急セットから冷却材を取り出す。わんちゃんに、こんなものがあると便利だと言ったら作って貰えた、準魔道具だ。発動させると三時間ほど、適度な冷気を発生させ続けてくれる。
「ひやっとしますよ」
足を持ち上げて冷却材を当てながら、さてどうしようと頭を悩ませる。捻挫の冷却は二、三十分程度。それから薬を塗って、包帯で圧迫固定してあげれば良い。圧迫用の包帯も、経皮消炎鎮痛剤も持っているので、道具は問題ない。
が、こちらは演習合宿中に、ひっそり抜け出して来ている身なわけで。
十分ほどならお手洗いで誤魔化せても、三十分も消えていれば気付かれるし探される。独りで抜け出してさぼっていることだけでも問題なのに、わたしが今いるのは柵の外。
なんて言いわけをしようか。
「あの」
「……」
「あの!」
「ん?ああ、しびれて来ましたか?」
自分の手のひらで確認していたつもりだが、相手は幼児。冷えきるのも早いだろうと冷却材を離せば、そうじゃないと首を振られた。
「あなたは、エリアル・サヴァンですよね」
「そうですね」
思ったより大人びた口調で話し出した少年に驚きつつも頷けば、少年は重ねて問うて来る。
「サヴァン子爵家の、ご令嬢」
「ええまあ、一応は?」
「貴族さまが平民を助けて、なんの意味が?」
ああ、それが疑問だったのか。
再び少年の足首に冷却材を当てながら答えた。
「わたしの役目は、国を守ることです。民を守らずして、どう国を守れと?」
「この国で今怪我をしている人間が、何人いますか?」
なんとまあ、弁の立つ子供だろうか。
「貴族だろうが、平民だろうが」
おとなしく、素直な言葉を吐くことにする。
「ひとが傷付いたひとに手を差し伸べることに、そこに傷付いたひとがいたから以外の、どんな理由が必要ですか?」
それだけだ。結局。
どんなに愚かと言われようと、わたしの行動理由なんて、そんなもの。助けたいから助ける。守りたいから守る。それだけの、わがままで傲慢で独りよがりな理由なのだ。
だから。守られたくないのに、守られるなんて、まっぴら。
やっぱり自分はわがままだなと呆れながら、少年に笑みを向ける。
「……施し、と言うわけですか?すべてを救えるわけでもないのに」
「そうですね。施している気はありませんが、そう見えることは否定しません」
「それは、偽善でしょう」
善、偽善とは、なんだろうか。
わたしは善行をしようと思って行動しているわけではないし、誰かに感謝されたいわけでも、褒め称えられたいわけでもない。クルタスでの行動であれば人気取りになるので計算尽くのことも多いが、こんなところで平民を手当てしたところで意味もないどころか、今見付かれば間違いなく各方面からのお叱りを受けるくらいだ。
わたしはただやりたいことをやっているだけなのに、勝手に周りが好き勝手レッテルを貼って、分類して行く。今も、むかしも。
「あなたがそう思うのでしたら、そうなのでしょうね」
それにうんざりする気持ちもあるが、反論しようと言う気はない。わたしはわたしで勝手にするから、勝手に評価すれば良いと思う。
手のひらがぴりぴりして来たので、冷却材を離す。もう少し冷やせば良いだろう。
「……」
「なにか?」
じとっと見つめられて、首を傾げる。
「怒らないんですか。平民の子供に、こんな無礼なことを言われて」
「良いことを教えてあげましょう」
反論は、しないけれども。
にっこりと微笑んで、少年に語り掛けた。
不愉快でないわけではない。
「争いは、同水準の者同士でないと成り立たないのですよ」
歳の割に賢いらしい彼には、正しく意味が伝わったらしい。
「……つまり、あなたにとっては」
若干の怒りがにじむ声で、問うて来る。
「ぼくも、ノルベルトさんも、ほかの平民も、牛舎に繋がれたウシと同じようなものだと」
にこり。と、笑みを返す。立ち上がろうとした少年の脚を掴んで止め、冷却材を当てた。
「まだ手当てが済んでいませんよ」
きっと彼にとっては、わたしがとりさんのように見えているのだろうな。
自嘲しつつ、十分冷やした少年の足首に薬を塗り、血を止めない程度に包帯で圧迫固定する。
「薬と替えの包帯をあげますから、日に一度塗り直して下さい。一週間は包帯を付けて、安静に過ごすように」
告げてから、そっと包帯を巻いた足首と、擦りむいた腕に触れる。
「痛いの痛いの、飛んでいけー。向こうのお山に、飛んでいけー」
痛いのを掴んで引き抜いて、捏ねて丸めて。
「とりゃっ!」
立ち上がって、フルスイング。おー、よく飛ぶ。
「はい、もう大丈夫ですよ」
振り向いて、少年に手を差し伸べる。
「背負って家まで送ってあげたいところですが、時間がなくて。あまり右足に負担を掛けないように気を付けて帰って下さい」
手を取ってはくれない少年の腕を取り、腰を支えて抱き起こした。救急セットから数日分の薬と替えの包帯を出して、手渡す。
「擦り傷はわたしの手当てで十分ですが、捻挫に関しては応急処置です。悪化したり経過が悪いようなら、ちゃんとお医者さまに見せて下さい」
「…………」
わぁ、嫌そうな顔。
大変不服げな顔で押し付けられた薬と包帯を見下ろしたあとで、少年はわたしを見上げた。
「ありがとう、ございます」
先日もそうだったけれど、お礼はちゃんと言ってくれるんだよね。
「どういたしまして」
微笑んで答え、そそくさと柵を越えて、
「おかえり」
聖女さまと、目が合った。
「…………」
しばし無言で見つめ合い、
「…………ただいま……戻りました……」
とりあえず笑って誤魔化してみる。
「ええと、訓練に、戻りますね?」
「訓練なら終わったよ。行方不明者が出たらしくてねぇ、今は総出で捜索中」
「行方不明者、ですか。街のひとにですか?それとも、騎士団員に?」
まさかわたしでは、ないよ、
「演習合宿中の学院生だよ。唯一の女生徒でね、みんな心配してる」
アリマシター。いや、発覚も捜索開始も早いなぁ。
「それは、ご迷惑を」
黙って歩み寄って来る騎士科の聖女さまに、びくっと身構える。思わず目を閉じれば、
びし
「った」
「まったく、この子は!」
おでこにデコピンを喰らって、涙目になる。
「本調子じゃないのに無茶しない!復唱!」
「ほ、本調子じゃないのに無茶しない!」
「わかった?」
「わ、わかりました……」
「なら、今日の残りは僕の補佐。フリージンガー団長には、許可取ったからねぇ」
しょうがない子と笑う顔、柔らかい気配に、今日ずっと感じていた嫌な感じはない。ラフ先輩も、ウル先輩も、フリージンガー団長すらとりさんの、いや、サヴァンの毒牙にやられていたのに。
「どうして……」
無意識にもれた言葉の意味は、正確には通じなかっただろう。
「昨日の夜、様子がおかしかったから」
「そう、でしたか?」
「うん。少し具合が悪いのかなって思ったくらいだけどねぇ。ふらついてて、転んじゃってたし。だからみんな余計に心配してるんだろうけど、ここの団員は気遣いが下手だから、余計疲れたんじゃないかなぁって」
なるほど、それもあって姫扱いだったのか。
「それが嫌で、抜け出したんでしょぉ?」
「えへへ」
気遣いも嬉しければ、普段通りの態度に安堵してもいた。
「柵の外に出られるよりはまだ、僕のそばの方が安心だからね」
おいでと手を差し伸べられれば、このところの気まずさも忘れて手を取っていた。
「みんな、猫の扱いが下手なんだよねぇ、エリアル」
「猫ではありません」
握った手は大きくて、少し、ひんやりしていた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
ちょっと急ぎ足で仕上げたので後日修正するかもしれないです申し訳ありません
誤字チェックとかも……していないので……orz
ご連絡が遅くなってしまいましたが
4/19,4/21,4/23,4/25の割烹に
前話で募集したリクエストの小話を載せていますので
よろしければどうぞ
では
続きも読んで頂けると嬉しいです




