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取り巻きCと牡丹百合 よっかめごご そのいち

お待たせして申し訳ありません

作者は無事です


取り巻きC・エリアル視点

エリアル高等部1年の年始


暴力・暴言描写がございますので苦手な方はご注意下さい

長くなりそうだったため、途中でぶった切っています

 

 

 

 ひとりの攻撃を避けた先へ、待ち構えたように繰り出された攻撃を避け損なって、頬に蹴りを喰らう。

 自分で地面を蹴って衝撃を殺したが、タイミングがずれてそこそこの打撃を受けた。


 跳び退って距離を取り、口の中にたまった血を吐き捨てる。


 肩口で口許を拭い、苛立ちに舌打ちした。


 後ろ手で拘束された腕が忌々しい。両腕が自由なら、あんなに無様に蹴りを喰らったりしなかったのに。


 相対する敵は六人。足技だけでは巧く決定打が決められず、誰ひとり戦線離脱させられない。


 勝ち誇ったような笑みを刷く相手に、深々と息を吐く。


 そろそろ、堪忍袋の緒が切れそうだ。


 取り巻きC、ただ今演習合宿四日目です。




 みなさまこんにちは。おうちに帰るまでが演習合宿です。これから三日間なにも問題を起こさず終えたい騎士科の問題児、取り巻きCことエリアル・サヴァンですよ。

 ええ。さすがに三日連続でやらかしてしまうと、問題児、と言うレッテルを、受け入れざるを得ない気持ちになって来る。


 かくなる上は問題なく残り日数を過ごして、問題児の汚名をすすぎたい所存。

 手始めに今日の午前はおおむね問題を起こさずに過ごせたので、このまま午後も何事もなく終えようと決意しております。




 鉄線とペンチを扱い過ぎて手袋越しでも少し痺れた指を振る。ぐっと身体を伸ばせば、固まっていたらしい背中がぱきりと鳴った。


「相っ変わらず、凄ぇ集中力だな」

「そうですか?」

「文句なしで、お前がいちばん長く作り終えてると思うぜ?いや、中隊長も良い勝負か」

「細かい作業を黙々とすることには、慣れていますから。怪我はありませんか?」


 鉄線の扱いは難しい。気を抜けば簡単に怪我をしてしまう。増して先を尖らせた古い鉄線なんて、凶器でしかない。凶器として使うのだからそれで良いとは言え、手や目でも怪我してしまえば騎士として痛手だ。そのためにペンチや分厚い手袋の使用を推奨したけれど、漂う錆が原因でない生臭さは、怪我人が出たことを示しているのだろう。


 願わくば軽傷であることを祈るけれど。


「あー、俺は大丈夫だが、何人か、な。手袋してたし大した怪我じゃねぇよ。直ぐ治る」

「演習合宿に支障が出ない程度なら、良いですが」

「出ねぇ出ねぇ。あっさい切り傷だ。ちゃんと水洗いして手当てしたし、ま、ひどくてもしばらく剣持つのが痛い程度だろ」


 笑ったウル先輩が、手袋を外した手でわたしの頭を撫でる。表情に曇りは見えないから、言葉通り軽い怪我のようだ。


 腹減ったし早くメシ行こうぜと促されるまま立ち上がると、第四中隊長さんに声を掛けられた。


「お疲れさまです。この分なら、明日には有刺鉄線の設置が出来るでしょう。不良在庫になりかけていた鉄線も消費出来て、本当に良い意見でした。第四中隊も午後は訓練ですから、もし一緒になるなら午後もよろしくお願いしますね」


 穏やかに笑う彼が、振るために少し上げた手は、分厚く硬い皮膚を持ったごつごつした手だった。


 彼を文官のようだと思った自分を反省する。


「はい。ぜひ、ご指導をお願いしたいです」


 彼はいったい、どんな戦い方をするのだろうか。使う武器は?戦闘様式は?

 どんな戦い方をするにしても、きっと強いに違いない。生半可な努力では、こんな防具みたいな手にはならないから。


 楽しみに頷けば、苦笑された。


「素直な子ですね」


 ぽんぽんと撫でる手は、従兄弟のお兄さんに撫でられたみたいな、優しさと少しの無器用さを感じさせる。器用に有刺鉄線を作って見せたひとの見せた慣れない仕草が微笑ましい。


 兄貴(スー先輩)ともウル先輩ともラフ先輩とも違うけれど、このひともこのひとで兄キャラだなぁ。


 和んだから、わたしから離れたあとに言った、蓋付き落とし穴に有刺鉄線を仕掛ければ、付けた毒が流れ落ちにくいなって言う独り言は、聞かなかったことにさせてね!


 後片付けがあるからと言う中隊長さん含め半数ほどの騎士さんたちを残し、昼食へと向かう。学生と騎士に囲まれての移動では問題も起きようはずもなく。


「午後に関してですが、ラファエルの班は第三中隊に参加を。ウルリエの班は引き続き第四中隊と行動しなさい」


 午後も第四中隊と来れば、今日の平穏は決まったも同然だ。


 集合場所を伝えられ、歯磨きやお手洗いを済ませてから、指示された集合場所に、


「ああ゛?なんだって餓鬼がこんなとこに」


 向かう途中で、絡まれた。


 おかしい。ここは騎士団詰所の建物内で、一年生数人と共に行動をすると言う用心までしたのに。


「あー、あれじゃないスか?ほら、お貴族サマの騎士見習いだかなんだかが来るって言う」

「あ゛?夜警強化の元凶か?チッ、面倒掛けやがって」


 小柄だが、フリージンガー団長のような繊細さは感じさせない、ずっしりとした体型。ばさばさのミディアムウルフヘアは錆色で、三白さんぱくがちの瞳は爬虫類めいた菜花色。

 取り巻きらしきひと含め、ガラが悪く姿勢も悪い。今まで出会ったルシフル騎士団の騎士たちと、同じ団服のはずなのに、どこか薄汚く、だらしなく見える。


 清濁合わせ呑むルシフル騎士団の、恐らく彼らは濁部分。


「ご面倒お掛けして申し訳ありません。残り今日含め四日のみですので、お許し頂ければ幸いです」


 面倒事を起こしたくない一心で、静かに告げて会釈し、立ち去、


「ンあ゛?騎士見習いになんで女が混じってる」


 立ち去らせてお願いだから。


「……正確には騎士見習いではなく騎士科生ですので。男女問わず入学は認められています」


 無視して怒らせても厄介だ。無難に、されど手短に。


「集合時間が迫っておりますので、失礼致します」

「あっ、この黒髪、ノルベルト・カーラーに勝ったって噂の奴じゃないか?」


 余計なこと思い出さなくて良いから。


「ノルベルトに?」


 ああほら興味持っちゃったじゃないか。もう良いや捕まる前に逃げ、


「……急いでいるので、離して頂けませんか」

「別に仕事があるわけでもねぇだろ」


 わたしの腕を掴んだ錆色髪が、言いながら、くぁ、と欠伸する。


「騎士団の訓練に参加させて頂く予定になっております。集合時間を決められておりますので重ねてのご迷惑を掛けないため、遅れる訳には」

「訓練ン?これからっつぅことは、第四か?はンっ弱小中隊じゃねぇか」


 第四中隊悪く言うなよヤンキー崩れごときが。


 内心いら付きながらも、今だけはことなかれ主義に徹して怒りを押し込める。


「見習いから見れば正騎士さまはどなたもはるか格上ですよ」

「サヴァン、遅刻する」

「わかっています。この通り急いでおりますので、手を離して」


 見かねた同行の学生たちが声を掛けてくれるのに便乗して、早く離して欲しいと訴える。勇気を出したひとりはなんと、捕まれているのと逆の手を取ってくれさえした。


 それを見た錆色髪が、嫌な感じに嗤う。


「騎士見習いのオヒメサマっつーワケか?下らねぇ」


 取り巻き共が同調して嗤う。


「サヴァン」

「大丈夫です」


 わたしが怒ると思ったのだろう。なだめるように肩を叩いて来た同級生に、微笑んで返す。


 こんな屑共、相手にするまでもない。


 自分の顔面を最大限利用して、情けない笑みを造りあげた。


「そうですね、あなたの興味を引けるようなことはなにもありません。下らないことに関わってもつまらないないでしょうし、手を離して頂けませんか?」

「下らねぇ茶番やってンじゃねぇよ」


 笑みを見た錆色髪の声が冷えた。


「媚びて守って貰ってるようなオヒメサマに、負けるようなタマじゃねぇンだよ、ノルベルトは」

「まぐれですよ。女と思って、油断したのでは」

「だからそんな甘ェ奴じゃねぇっつてンだよ!」


 ぐっと腕を握り締められて、不快感に顔を歪める。


「その話はあとで聞きますから、今は手を離して下さい。訓練に遅れてしまうので」

「ぁあ゛?格下が逆らうのか?」

「わたしたちに指示を出しているのはフリージンガー団長です。あなたがどなたか存じ上げませんが、騎士団所属であるならフリージンガー団長よりは下の立場のはず。より上位の官からの優先指示に従うのは当然では?」


 あ、やべ。


 肩に置かれたままの手に力がこもるのを感じるまでもなく、やらかしたことは悟っていた。売り言葉に買い言葉で、思いっきり反抗してしまった。


 目の前の錆色髪の男の、口端が持ち上げられる。


「言うじゃねぇか。……お前ら来い」

はな、」

「大事なオウジサマたちを傷付けたくはねぇだろ、オヒメサマ?」


 っち。


 魔法で吹っ飛ばしても良かったが、問題を起こさないと誓った手前、明らかに自分主体でやらかすのは気が引ける。


 ああもう、問題は起こしたくなかったのだけれどな!まぁ、これは騎士団側の問題なのだから、わたしの責任ではないはず。うん。


「集合時間にいなければ、探されますよ」

「こっちで伝えといてやるよ。第五中隊の訓練に参加することになったってな」


 第五か。そしておそらく、目の前のコレが中隊長か。


 第四中隊との落差に唾棄しつつ、ここまで方向性の異なる集団をまとめ上げるフリージンガー団長の手腕に改めて舌を巻いた。


 そうしてそのまま、腕を引かれて連れられる。通ったことのない道だ。どこに向かうのだろうか。


 途中建物の外に出て、柵近く、花壇の前を歩く。植えられているのは、やはり牡丹百合なのだろうか。よく見れば、柵の向こうも花壇になっていた。


「そこ」


 第五中隊の隊員らしいひとりが花壇を踏みそうになって、思わず声が出る。


「あ?」

「足元、花壇です。花が植えられているので、踏まないで下さい」

「こんな時に花の心配たぁ、オヤサシイこって」


 錆色髪が振り向いて片目をすがめる。馬鹿にした嗤いだ。


「花に罪は、ないですから」


 ついでに言うならわたし以外の学生たちにも罪はない。化け物を畏れず行動を共にしてくれた、優しいひとたちだ。巻き込んでしまって、申し訳ない。


 見返した目が不快だったのだろうか。錆色髪が顔をしかめた。


「花なんざ愛でる奴の気は知れねぇ」

「牡丹百合は食べられますよ」


 食べるために育てているわけではないだろうけれど。


「ボタンユリ、ねぇ」

「養分も豊富です」

「オヒメサマは教養も豊かなこって」


 馬鹿にされているなと感じたが、言い返しはしなかった。人質を取られているこの状況、相手の思惑がわかるまでは、迂闊に怒りを買えない。


 外を通り抜けて着いたのは、どうやら訓練棟の地下。巧く明かり取りが作られているのか、燭台に火はないのに明るかった。


 地下なんてあったのかと、感心して見回すと、たくさんの目と視線がぶつかった。

 第四中隊より少ない人数。不参加者がいるのか、元々少ないのか。


「隊長?なんスかそのガキ」

「おいアイツ、あのカーラーに勝ったっつーヤツじゃね?」

「ノルベルトに!?」


 ノルベルト・カーラーは、どうやら本当にこの街の実力者だったみたいだね。

 背後で閉められた扉と引き換えに、ようやく解放された腕を振って思う。


 錆色髪に負けず劣らずガラの悪い集団。身体を強ばらせた同級生たちに、申し訳なさが募る。

 問題児とは言え、しょせんはお坊っちゃまたちの中のワルなのだ。言わば金持ちの道楽。ごっこ遊びのようなもの。実際に死線を潜っているような輩を前にすれば、育ちの良い室内犬も同然で、狼の前の野兎よろしく、震えて逃げるしかない。


 一緒にいても巻き込むだけなら、行動を共になんてしなければ良かった。


「申し訳ありません。巻き込んでしまって」

「いや」

「サヴァンのせいじゃないだろ」


 こんなときでも優しい彼らの、どこが問題児だと言うのだろう。


 わたしがどうなろうと、彼らは無事に帰さなければ。


 決意も新たに、敵を見据える。


 お前は怖がらないのかって、うーん、そうだね、ぶっちゃけ見た目だけを言うならば、冬場にクリスマスツリー狩りを指揮しているきこりの棟梁とかの方が、よっぽど怖い。今目の前にいる第五中隊の騎士たちは、度合いで言うならクルタス王立学院のあるリムゼラの街の大工レベル。その程度なら気の良い大工の棟梁ナータンさんで慣れているし、そんな彼らよりはるかに危険に慣れている、樵や猟師のおっちゃんたちとも交流があるので、今さら怖がることも……と言う気持ちだ。

 第五中隊の面々が狼なら、ナータンさんは熊。樵の棟梁に至っては、ヒグマだからね、羆。与える恐怖の度合いが違う。


 ……わたしに好戦的と言う評価が下るのって、こう言う背景もあるのではないか?ここ数年は、血の気の多い街のあんちゃんたちと普通に交流しているから。


「で?コイツら叩きのめせば良いんすか?隊長」

「訓練だ訓練」

「訓練スか?この弱っちょろそうなガキ共と?」

「ああ」


 やはり隊長だったらしい錆色髪が、にいっと口端を吊り上げる。


「あのいけすかねぇセイジョサマとやらも来てるらしいからな。致命傷じゃなきゃ問題ねぇだろ」


 騎士科の聖女ことブルーノ・メーベルト先輩は、去年もルシフル騎士団に配属されていたと言っていたか。それも、ルシフル騎士団所属の問題児の面倒を任せられていたと。

 つまりこの馬鹿共が今貶したのは、わたしの尊敬する、るーちゃんであると言うこと。


「はっ」


 思わず、吐き捨てるような笑いが漏れた。


「格下相手に手加減も出来ないとは、程度が知れますね」

「おいサヴァン」

『そのまま、この声には反応を示さず聞いて下さい。あなた方にしか、聞こえていません』


 殺気立って周囲を睨み据えながら、魔法で同級生たちに声を届ける。


「ああ゛ン?ンだって?」

『これからあなた方のことを忘れるよう、この方々に段階的に認識阻害を掛けます』


 わたしたちは、騎士見習いだ。

 怪我をし、痛みに慣れることも必要だし、血反吐を吐くような訓練も、実際の戦争に比べれば甘っちょろいもの。挫折し心を折られることだって、忍耐力を着けるために必要なことだ。

 けれど、心を砕くのは違う。

 戦場に立てなくするのは違う。


 それを、訓練とは言わない。


「言葉のままですよ。先も伝えましたが、あなた方騎士は騎士見習いであるわたしより格上です」

『あなた方から周りの意識が離れたら、そっと扉に近付いて下さい』


 そんなことで、彼らの未来をついえさせはしない。


「その、格上との訓練で、大きな怪我をさせられたことはありません」

『完全に認識阻害が掛かった段階で、わたしがこの方々の注目を集めますから、その隙に扉から外へ出て、第四中隊の所へ向かって下さい』


 彼らは、るーちゃんの、ラフ先輩の、ウル先輩の、大事な後輩で、わたしの大事な、同輩なのだから。

 素晴らしい指導者の元で、素敵な騎士になる未来がある彼らを、こんな屑共につぶさせてなるものか。


 一人残して逃げ出すような状況に、拒否感があるのだろう。顔を強ばらせる同級生たちに、地下訓練場を見回す振りで笑みを向けた。


「相手をして下さった騎士さま方が、怪我をしないよう気遣ってくれていたからでしょう」

『残念ながら、わたしも一緒に離脱することは出来ません。どうか、応援を呼んで頂けませんか?』


 にっこりと微笑み、首を傾げて見せる。


「あなた方は、それが出来ないとおっしゃる。つまり、意気がっていても実力は大したことがないと、そう言うことでしょう?」

『あなた方が頼りです。お願い致します』


 思いっきり顔を歪めて、同級生のひとりが溜め息を吐く。

 わかったよと、その唇が動いた。


「てめぇっ」

『ありがとうございます』


 襲い掛かって来たひとりを、投げ飛ばしながら伝える。


 大丈夫。策は、掛かっているはず。

 わたしはこのまま、注目を集め続ければ良い。


 認識阻害、と言うのは、サヴァンの持つ魔法のなかでも、威力の低いものだ。魔力消費が低く、魔法と気付かれにくいので、そう言う意味で使いやすくはあるのだが、威力が弱い分制約も多い。

 なんと言うか、簡単に言うとあれに近い、ミスディレクション。手品の強化版みたいなものと理解してくれれば想像しやすいと思う。つまり、何かに集中させて、別のものを隠したり、目が向けられていない間に紛れ込ませたり、意識を外させたり。もちろん使い方や使う魔力量で効果が変わりはするけれど、基本的には凄く腕の良い手品師を幸運の神さまが手伝ったくらいの、使い方次第な能力で、視野が広く警戒心の強い相手には通じにくく、バレるとすべてが明るみに出てしまう、困ったちゃんなのだ。

 うちの邪竜は強化版を不特定多数相手に常時展開すると言う人外技をあっさりやってのけたりするけれど、完全に特例だ。と言うか、とりさんは否定のしようもないくらい完璧に人外なので、人外技が出来ておかしくない。ちなみにわたしも年末誘拐されたときに、対ヘクトル兄さまと御者さんで強化版を掛けたけれど、あれは対象がふたりだけで、わたしを警戒していなかったから出来たことだ。


 つまり、なにが言いたいかと言えば。


 真っ向勝負でここにいる全員に認識阻害を掛けるのは無理だった、と言うことだ。


 だから、手品師の手法を使い、さらにこうして全力の挑発を仕掛けている。それでも正直なところ、分の悪い賭けだ。


 勝てると思ったから仕掛けたし、勝つつもりしかないけれどね。


 みっともなく地に伏した男を見下し、鼻で笑う。


「弱い。お話になりませんね」


 もっと怒れ。もっとわたしに夢中になれ。


「この程度でわたしに訓練をつけようと?あははっ」


 嗤ってから、心の底から嘲りきった顔を造る。そのままぐるりと顔を巡らせ、第五中隊長を見据えた。


「このていたらくで、よくもまぁ第四中隊を弱小だなどと言えたものですね。ああ!弱過ぎて、相手の力量もわからないのですね。お可哀想に」


 視線に憐憫を乗せれば、周りはしっかり逆上してくれた。


 ……ち。腐っても中隊長か。


 一足飛びに第五中隊長へと肉薄し、裏拳を打ち出した。受け止められる。

 右足蹴り。振り抜いた勢いのまま左フック。右手で掴み。頭突き。当たらない。


「まともに戦えるのは、隊長だけですか?では、あなたに勝てば第四中隊の訓練に戻っても?その方がよほどためになります」

『扉へ寄って下さい。静かにゆっくり。でも急いで』


 地面を蹴って二段回し蹴り。三重蹴り。オープン・ハンド・ブロー。跳び退ってヤクザキック。ダブルラリアット。当たらない。


 殺気をばらまく。殺すと言う意思を。


 注目しろ。こちらを見ろ!


 拳と蹴りを重ねて、猛攻を仕掛ける。


「見ているだけですか?掛かって来なさい!!」


 よし。掛かった。


『今です。出て!!』


 喋る間も与えぬためとにかく手数を増やす。当たらなくとも構わない。中隊長がこちらにかまけていてくれれば。


 早く。早く。早く。


 出きった。


 閉まりかけの扉を魔法で押して閉め、退出不可の防御壁を張る。


 やっ……た。


「っ……う」


 気が抜けた瞬間、繰り出された反撃の蹴りに吹っ飛ばされた。とっさに腕でガードしたが、踏ん張りは利かず転がる。

 受け身を取ってしゃがみ状態で体勢を整えたわたしを、第五中隊長が見下ろす。


「それで?」


 近付いて来る第五中隊長に、もう襲い掛かることはしない。


「仲間を逃がしてひとり残って、それから?」


 扉を指差す第五中隊長を見て、はっとした隊員たちが扉へ目を向ける。慌ててひとりが扉へ駆け寄るが、直前で跳ね返され到達出来ない。


 がっといっせいにこちらを振り向いた表情は、一様に気色けしきばんでいた。


「助けでも期待してンのかぁ?」

「まさか」


 微笑んで、首を振る。


「わたしがしんがりですよ。彼らが安全なところに逃げ延びるまで、扉を守るのが役目。応援など、期待していません」


 おもむろに、立ち上がった。

 計画遂行におけるいちばんの難所、庇護対象の戦線離脱に成功したので、ずいぶんと心に余裕が出た。まぁ、ここからが正念場、とも言えるのだろうけれど。


 第四中隊長から指定された集合場所は、訓練棟の最上階だった。正確に場所を把握出来ているかは怪しいが、おそらくこの地下訓練場の扉からは、対角に位置する。そこに脱出した彼らが到達するまで、早くても駆け足で5分、真っ直ぐ行けなければ20分は見た方が良いだろう。もし集合箇所から移動されていたら、さらに時間が掛かる。

 彼らが安全圏に入るまでは、なんとしても扉を通すわけには行かない。


 それから第四中隊が助太刀に来てくれるまで、最短でも15分と言ったところか。


 助けが一切来ない、と言うことはないと思う。第四中隊長さんがどう判断するかはわからないが、たとえ彼が来ないと言う判断をしたとしても、同級生たちは引き下がらないと予想出来るから。そうなれば、彼らはウル先輩かラフ先輩、あるいは、るーちゃんを頼ることになる。ウル先輩はともかく、ラフ先輩なら単身でも助太刀に来てくれるだろう。


 その、助けが来るまでは、怪我なくどうにかしたいものだ。

 身体を張って逃がされたと思ったら、きっと彼らは気にしてしまうから。


「へぇ?こすい手使った割に、見上げた根性じゃねぇか」


 第五中隊長が剣呑な眼差しで嗤う。


 怪我しない、と言う目標が達成出来るか否かは、わたし自身の立ち回りと、彼にかかっているだろう。


 彼にだけは、認識阻害を掛けられなかった。空間把握にけているのか、警戒心が強いのか。彼だけは、同級生たちから目を離してくれなかった。

 だからめちゃくちゃな攻撃でも、言葉と動きを封じるしかなかった。


 つ、と、激しく動いたせいか冷や汗か判断のつかない汗がこめかみを伝った。


 勝負時だ。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございました


エリアルさんは無事任務遂行出来るのか

続きも読んで頂けると嬉しいです

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