取り巻きCと牡丹百合 ふつかめ そのさん
取り巻きC・エリアル視点
エリアル高等部1年の年始
前話続きかつ怪我描写ありにつきご注意下さい
振り返り、気付いて真っ先に出来たのは叫ぶこと。
「るーちゃん避けて!」
焦って伸ばした手は、間に合った。
ノルベルト・カーラーの横に座ったままだったるーちゃんの腕を咄嗟に引っ掴み、背にかばう。
るーちゃんの手を離し、飛んで来たノルベルト・カーラーの拳を受け止め、くるりと倒れさせ関節をきめて地に伏せさせた。
目覚めるなり起きて攻撃して来るとか、捕らえられた野生動物かよ。危ないな!
「あなたは馬鹿ですか!?」
取り押さえたまま、怒鳴る。
「わたしも彼も貴族ですよ?あなたの暴言やさきの戦いが許されているのは、わたしが見逃しているからであって、許可もなく怪我させれば、刑罰は免れません。長期の投獄や、酷ければ、死罪だってあり得るのですよ!?」
「うるせぇ、」
「あなたはこの街のまとめ役でしょう!いなくなれば必ず困る方がいる。下らないことで、周りを困らせるのはやめなさい!!」
ノルベルト・カーラーは逃れようと動くが、しっかり技がかかっているのでろくな抵抗も出来ていない。
「わたしは強い。当たり前です。生半な気持ちで、みずからを国殺しなどと名乗りはしません。わたしは強い。なぜなら、強くなければ自由すら得られないからです。強くなければ生き残ることすら出来ないからです。あなたの強さが、一度無様に負けた程度で折れるようなものだと言うのでしたら、わたしが負けるはずはありません。わたしの強さは、揺らぐことなど許されないのですから」
「お前になにが、」
「そっくりそのまま返します!あなたになにがわかりますか!」
ぱっと手を離し、その身体が起き上がる前に蹴り飛ばした。
「黒い髪。黒い目。外見で出自も能力も言わずと知れる!どれだけ力を制御しようと、友好的に接しようと、この双黒がわたしが化け物だと知らしめる!そのせいで畏れられ、監視され、好奇の目にさらされ。ほかと同じ扱いを望むことすら、命懸けです」
蹴り飛ばした身体を踏み付け、踏みにじる。
「片手で数えられる歳のうちからあなた方のような人間に狙われ、誘拐され。先日も誘拐被害者になったばかりです。ひとのふりをすれば御せると勘違いされて迫害されるなら、先手必勝で化け物として黙らせるしかないでしょう」
唇の両端を、釣り上げた。
「けれどそうして力を示せば、今度は恐ろしいから首輪を着けろ、拘束して自由を与えるなと、弱い豚からはやし立てられるのです。そのくせ、豚は自分が危機に陥ると自分を守れとのたまって。自分は、わたしを守ってくれも恩を返しもしないくせに!」
首輪の鈴を指で弾く。
特殊な鈴は、黙りこくって音を聞かせなかった。
「実力を示せ?無理に決まっているでしょう。実力を示せば国が滅びます。実力を示せ?無理に決まっているでしょう。常に八割方能力なんて封じられているのだから!」
ぐっと、足下に重みをかける。
「わたしは残りの二割で、さすが国殺しよと言われる力を示さなければならなかった。二十年も生きていない小娘がです。その過酷さが苦しみが、あなたにわかりますか?」
足をどけ、襟首を掴んで引き上げた。
「あなたの生活も誇りも苦悩も、わたしにはわかりません。けれど、あなたにだって、わたしのことは欠片もわかりはしないのです。その立場で、言いましょう。あなたは冷静になるべきです。逆上して怒鳴り散らしたって、みっともないだけですよ。見ていてわかったでしょう?」
手を離し自由にしても、ノルベルト・カーラーがまた襲い掛かって来ることはなかった。
うん。自分よりぶち切れている人間を見ると冷静になる作戦、成功かな。
「ちなみに先程の言葉は嘘混じりですから、信じる信じないはあなた次第です」
少なくとも魔力の大部分が、邪竜トリシアの封印に持って行かれているのは事実だ。それが全体の何割なのかは、わたしにはわからないけれど。
なにせ竜の封印だ。たぶん景気良く大仰に持って行かれているだろう。
ふっと、背後から笑いが漏れる。
スベルグ・アイメルトが、笑っていた。
「なるほど。若いのに喰えないお嬢さんですね」
こちらへ歩み寄り、ノルベルト・カーラーを引き起こす。片手だ。ノルベルト・カーラーに比べれば、明らかに細身なのに。
「ジャック団長のときも喰えない若者が来たと思ったものですが、なかなかどうして、あなたも並ぶほどに喰えない方ですね」
「フリージンガー団長ほどではありませんよ」
「さてその言葉も、本音かどうか」
首を傾げる仕草に肩をすくめて返し、おそらくわたしやフリージンガー団長よりよほど喰えないであろうひとを見上げる。
「ですが確かに、詰めは甘いかもしれませんね。いくらノルベルトをなだめるためとは言え、市民への暴行はいかがなものか」
わざとらしく、ノルベルト、怪我は?なんて訊く辺り、嫌らしさを感じる。
「ええ。そちらからの突然の暴行に対する私刑ではありましたが、少しやり過ぎでしたね。そちらの方は、わたしより弱いわけですし。ですから、そのお詫びとして、メーベルト男爵家継嗣への暴行未遂が重刑にならないよう、口添え致しましょう」
「……そう、ですか」
「それではご不満ですか?」
スベルグ・アイメルトが、目を細める。
「いいえ。……噂には聞いていましたが、平民に甘いと言うのは事実ですか」
「それが守るべき相手であるのなら、甘くもなるでしょう」
「ここはサヴァン家の領地ではありませんが?」
「これでも騎士見習いの立場ですので」
背筋を伸ばし、一礼。
「守るのは国です。平民が豊かでない国は、いずれ倒れます。であれば、国を守る騎士が民をも守るのは当然では?」
「各地の騎士団で演説して欲しいほど、立派な心掛けですね」
頷いたスベルグ・アイメルトが、ノルベルト・カーラーの背を叩く。
「謝罪なさい。ノルベルト。これ以上の足掻きは、恥の上塗りですよ。彼女には、わたしたちを殺すことも出来ました」
「……突然殴ろうとしたことと、ろくに知りもせず悪態を吐いたこと、悪かった」
「こちらこそ、乱暴をして申し訳ありませんでした。メーベルト先輩、この謝罪に免じて、さきの暴行未遂については」
「うん」
るーちゃんがわたしの横に立ち、頷く。
「エリアルのお陰で僕は無傷だからねぇ。エリアルが許すなら僕がどうこう言うつもりはないよぉ」
言って、ノルベルト・カーラーに手を伸ばす。不思議と抗うことを許さない圧力があって、ノルベルト・カーラーも大人しく触られた。
「はい。これで怪我もなくなったし、このことはお互い清算したねぇ。じゃあ、用事は済んだし戻ろうか、エリアル」
さすが姐さん、抜かりないね!
思わず懐かしい呼称が飛び出すほど鮮やかな手口に、つい大人しく手を引かれてしまう。
「え、あ、あの」
「あとは団長がどうにかしてくれるよ。行こう」
我らが聖女にして頼れる姐さんは、いったいなににお怒りなのか。
有無を言わさず場外の、ひと目がないところまで連行される。
足は止まったが、見えるのは背中だけ。
「るーちゃん……?」
「だから嫌だったんだよ」
ぎゅっと握られた手が、少し痛い。
「エリアルは、弱いねぇ」
振り向かないまま言われた言葉に、息を詰める。
「っ、わたしは」
「処分竜馬なんて、誰か殺してるかもしれないくらいだし、あのふたりだって、何人破滅させているか知れない」
静かな声。冷えた声。
「エリアルが慈悲を掛けてあげる必要なんて、なかったのに。あんな、弱さをさらして」
「るーちゃん、」
「ほんとぉ、しかたないこ」
振り向いた顔は泣きたいような笑いたいような、でも、ひどく優しい顔だった。
腕を引かれて、抱き締められる。
「仕方ないから、守ってあげる。弱い君が、一人でも多く殺さなくて済むように、治癒してあげる。だから、頼ってね」
「わたしは」
「うん」
大きな手が、頭をなでる。
「僕が勝手にやるだけだから、エリアルは……素直に頼ってくれると嬉しいけど、気にしなくて良いよぉ。僕はエリアルから見たら弱いかもしれないけど、こう見えてちょっとは強いんだからね」
エリアル、僕をかばおうとしたでしょ、と、身体を離したるーちゃんがわたしを睨む。
「それは、あの、わたしよりるーちゃんの方が足が付きにくい分、狙われやすいと思って」
双黒は嫌でも目立つ。隠せば良いにしても、敵になるのは宮廷魔同士。
国を敵に回す覚悟がなければ、サヴァンに手は出せないのだ。
対するるーちゃんは、天才的実力とは言え治癒魔法使い。もちろん国に保護はされているが、では救出に国家権力が総動員されるかと言えば、そんなことはない。能力も危険性のないものだし、治癒魔法使いは基本的に怪我人病人を見捨てられないひとが多いから、捕らえてしまえば御せると思われておかしくない。
つまり、ハイリスクなエリアル・サヴァン誘拐に比べて、るーちゃん誘拐はローリスクハイリターンなのだ。
「スベルグ・アイメルトは計算高そうな男でしたから、狙うとすれば博打的なわたしよりも、確実に有用なるーちゃんなのではないかと」
「どこが?」
むくれ顔で、るーちゃんが問い返す。
「明らかにエリアルに目を付けた顔だった。平民に優しい貴族令嬢だから、手を出して失敗しても殺されはしないって考えてた!」
「そんなことは、いや、ひとは殺せないとなめられたかもしれなくはありますが、それにしたって、あれだけ実力を示せば襲おうなんて……」
「思うよ。エリアル、あれだけ言ってたくせに、自分で自分の価値を理解出来ていないんじゃないのぉ?」
やばいるーちゃんの言動が心配性のお母さんだ。
逃げ出す方法を考え始めたわたしの耳が、こちらへ来る足音を拾う。方向的にフリージンガー団長ではないと思うけれど、
「戻らねぇと思ったら、こんなとこで寄り道かよ!お前ら危ねぇんだから、ひと気のねぇとこでもたもたしてんなよ」
オトウサンキチャッター!!
現れたウル先輩の姿を見、来るお説教タイムに戦慄しかけたところで、今度は背後から足音が聞こえる。
「まだこんなところにいたのですか」
「フリージンガー団長」
「余興は終わりです。少し遅いですが昼食にしますから、みなさんを集めて下さい」
「わかりましt」
天の助けとばかりに駆け出そうとしたわたしの、襟首が捕まれる。
「あなたは私と来なさい。ブルーノ、ウルリエ、頼みましたよ」
「僕は」
「行きなさい。このじゃじゃ馬は捕まえておきますから」
「わかりました」
どんな攻防があったのか、抗いかけたるーちゃんが大人しく頷いて従う。
「ウルリエも、良いですね?」
「はい。んじゃアル、大人しくしてろよ?」
そうして残される、犠と魔王。
「……あなたは」
フリージンガー団長が、襟首引っ掴んだままわたしに言う。
「そう言えばまだ一年生でしたね」
「そう、ですが」
この会話はどこに着地するのかと怯えながら、探り探り答える。
「ウルリエやブルーノと親しいので、三年生のような気でいました」
「それは」
確かに今回参加者のなかでは、三年生と親しいけれど、それは普段交流のある生徒が参加していないからであって。べ、べつにぼっちじゃないからね!ぼっちじゃ!
わたしが優等生だから不良生徒と親しくないだけであって、一年生のなかで浮いているなんてことは決してない。中等部時代は生徒会書記を務めたくらいなのだ。人脈はちゃんとある。ちゃんと。
でも、確かに、フリージンガー団長が見ている限りでは三年生とばかり交流しているわけで。
「先輩方が、気遣って下さっているので……申し訳ないです」
「ああいえ。勝手に気遣って来る輩には好きにさせておけば良いんですよ。あなたの邪魔にならない程度ならば」
言いながらフリージンガー団長が歩き出す。え、襟首掴んだままなの。離さないの。
「そうではなく。あなたが」
悪戯して連行される猫のような体勢のまま歩く。
言葉に迷った様子のフリージンガー団長に、ひょいと顔を伺、
「団ty……なにやってるんですか」
伺おうとしたところで、フリージンガー団長に声が掛かる。
「猫の保護です」
「猫って……」
「わたしは猫ではありません」
学院の生徒はどこにもいないのに、なぜこの会話になるのか。
遠い気持ちになりながら、わたしはフリージンガー団長の手から逃れた。
ひと気のないところは脱した。ほかの騎士の目もある。
「食堂に行けば良いのですよね?ここからならひとりで行けますよ」
「……寄り道は駄目ですよ?」
「大丈夫ですよ。幼い子供ではないのですから」
だから、そんな疑わしい目を向けられるいわれは……。
じとっとわたしを見つめたあと、フリージンガー団長は大きくため息を吐いた。
「気を付けて。ひと目のないところは通らないように。なにかあったら、大声で助けを呼ぶのですよ?」
「わかりました」
うなずいて、フリージンガー団長に見送られながら、試合場になっていた訓練場と本館を繋ぐ渡り廊下を目指す。
まだ、見られている。
まだ。
まだだ。
結局角を折れるまで見続けられて、そんなに危なっかしいだろうかと自省する。
いや。そこまで心配されるほど危うい人間じゃないはずだ。フリージンガー団長も先輩方も、過保護が激し、
「ん……?」
考えごとをしつつ渡り廊下に差し掛かり、廊下に出る扉を開けたとき。
耳が、泣き声を拾った。
これは、子供、かな?
声につられて廊下から外に出てしまったのは、泣きじゃくる声が幼い頃のツェリに似ていたから。
渡り廊下から少し離れた死角。砦と街を隔てる鉄柵の手前で、小さな女の子がうつぶせに倒れ込んで泣いていた。ゾフィーの仕立屋の末っ子、ローレよりもさらに幼げな、前世の保育園年中さんくらいの女の子。
「泣いてると置いてくぞ」
「とろくさいな」
「だから連れて来たくなかったんだ」
少し離れたところから、こちらは小学校低学年くらいの男の子たちが女の子に声を掛けている。
ぱっと見た印象からして、男の子たちの誰かが女の子の兄で、親の頼みか妹のわがままか友人たちとのお出掛けに妹を連れて来て、その途中妹が転んで泣き出したってところかな。
試合を見に来たのだろうけれど、残念ながらここは関係者以外立ち入り禁止区域だ。
でなければ、フリージンガー団長はわたしがひとりで出歩くことを許さなかっただろう。
「ここは立ち入り禁止ですよ」
驚かせないよう、穏やかに声を掛ける。
こちらに気付いた子供たちが、ひっ、と顔を強ばらせる。
「ばっ、バケモノ……っ」
「逃げろっ」
だっと逃げ出す少年たちのなか、ひとり残る少年と、起き上がれない幼女。
「ミラ、早く来い!」
「ま、まって……」
近付けないながら必死に幼女へ手を伸ばすあたり、彼が女の子の兄なのだろう。
「別に、取って食いはしませんよ」
クルタスのあるリムゼラの街ではついぞ受けなくなっていた反応に苦笑いしながら、慌てたあまりか涙も引っ込んでいる女の子の隣に膝をつく。
「顔から行ったのですね。痛かったでしょう」
おでこと鼻を擦りむいている女の子に、手を突き損ねたのかと眉を寄せる。
こんなとき、るーちゃんならぱぱっと治癒してあげられるのだろうけれど。
そっと脇に手を入れ、立てた片膝に座らせた。
「顔以外に痛いところがあったら見せて下さい」
「えと、あの」
「大丈夫。落ち着いて」
優しい声と笑みを意識して、女の子と視線を合わせる。
「ああ、手と、腕も擦りむいていますね。膝は……大丈夫ですね。良かった。膝を擦りむいてしまうと、なにをするにも痛いですからね」
頼れる宮廷魔導師わんちゃんから一式貰った救急セットから、傷口の洗浄液と清潔な布を取り出す。
「少し染みますよ」
言いつつそっと、女の子の手を洗う。
「い、いたいぃ……」
「そうですよね。ごめんなさい。少し我慢して。顔も洗いますから、目を閉じて。失礼しますね」
「ふ、うぅぅ……」
「うん。我慢我慢。そのまま少し、目を閉じていて下さいね」
傷口をしっかり洗浄してから、創傷被覆薬を取り出し、女の子の顔に塗る。
わんちゃんが最近開発したと言う創傷被覆薬は、湿潤治癒の補助薬剤と被覆材の機能を併せ持った、言わば塗るキズパワーパ○ドなのだ。粘着テープはないのにキズパワーパ○ドはある世界……ところ違えば発展様式も違うのか、わんちゃんが異才なのか。
「もう目を開けて大丈夫ですよ。手をお借りしますね」
「しみない……」
「ええ。この薬がカサブタの代わりですから、数日は引っ掻いたり強く擦ったりしないで下さいね」
出来るだけ痛まないよう慎重に薬を塗りながら、女の子に諸注意を告げる。
「カサブタと同じで治ったら自然と剥がれますから、それまではそっとしておいて下さい」
塗ったら表面が乾くまで数秒待つ。これで、防水防菌の被覆膜になると言うのだから、便利なものだ。しかも水絆創膏と違って、染みないし、伸縮性がある。
今はまだ量産出来ないらしいが、早く量産体制を整えて広く普及することを、全力で願っている。
「はい、出来ました。仕上げに」
女の子の両手を左手に握り、顔を右手で覆う。
「痛いの痛いの、飛んでいけー。向こうのお山に、飛んでいけー」
女の子から痛いのを掴んだ手を離し、捏ねて丸めて。
「えいっ」
遠くに見える山めがけ、ぽーいと放り投げる。
「よし。もう大丈夫ですよ」
笑って頭を撫でてあげてから、女の子を支えて立たせる。立たせた反応から足を痛めてはいないことを改めて確認し、
「お待たせしました。今度は転ばないように、歩く速度を合わせてあげて下さいね」
「……っ」
少し離れたところからずっと様子をうかがっていた少年に向けて、背中を押す。
意を決した様子の少年が、早足にやって来て、女の子の手を取る。歩き方に比べて丁寧な手の取り方は、怪我を気にしてのことか。
兄妹愛を微笑ましく思いつつ立ち上がれば、少年が、きっ、とわたしを睨み上げた。
「……手当て、ありがとうございます」
「へっ、あ、どういたしまして?」
視線の苛烈さに反した言葉に面喰らい、間抜けな返答を返してしまう。
「ほら、ミラもお礼」
「うん。おにいさん、ありがとうございます!」
「どういたしまして。ここは立ち入り禁止なので、ほかの方に見付かる前に出て下さ、」
「寄り道はしない、と言う約束だったはずでは」
「ひぇ……」
ガッと背後から、うなじを掴む手。
お互い、いちばん見付かってはいけない相手に見付かったようだな少年よ!
冷えきった肝と背後の気配から無駄に明るく現実逃避する。
「イクサも、ここは立ち入り禁止だと前も言ったはずですが」
すぐ後ろから聞こえる声とか気のせい。気のせいだから。
「入って欲しくないならちゃんと守ったらどうですか」
「言ってもわからない獣相手ならば、その必要がありますね」
嘘、少年、フリージンガー団長に言い返す!?って、あ、名前言っちゃった。
イクサと呼ばれた少年は、わたしをちらりと一瞥した後でまたわたしの背後を見上げた。
「言ってわかっても破るのがこの街の人間でしょう。あと、そのひとは侵入者に気付いて警告しに来たついでに、その場にいた怪我人の手当てをしただけですから。騎士としては真っ当な行動でしょう」
「おや、庇いますか」
「妹に、手当てをして下さったので」
庇ってくれるのはありがたいけれど、なぜわたしは彼に睨まれるのだろうか。
あと首痛いです謝りますから力を緩めて下さいお願いします。
「まぁ酌量はしましょう。行きなさい、イクサ」
「はい」
ああ、仲間が行ってしまう。
「いっ、たたたたたたた、痛い!」
少年を見送ったとたん増された握力に、堪らず声を上げる。
「言ってわからない猫は檻にでも入れましょうか」
「痛い。痛いです。離して下さい」
「この首輪に鎖を付けるのも良いですね」
「わ、わたしは猫ではありません」
深い深い溜め息にびくびくしながら、ふと足元に気を取られる。
「あ……」
「なにか弁明が?」
「いえ。ただ、これで転んだのかと」
外と砦を隔てる柵。それの内外を取り巻いて、花壇が作られていた。時期でないからかなにも咲いていなくて目立たず、足元を疎かにすると花壇を低く囲むレンガに躓きそうだ。走っているときに突っかかれば、顔から派手に転びもするだろう。
冬場と言うのに柔らかそうに耕された土からは、ちょこんと小さく薄緑が覗いていた。番紅花、それとも、牡丹百合だろうか。
「春が楽しみですね。何が咲くのですか」
番紅花ならば食用も薬用も出来るし、牡丹百合ならお菓子の材料になる。
微笑んでフリージンガー団長を振り返り、状況を思い出した。
「申し訳ありません」
「植えてあるのは牡丹百合ですが、踏み荒らされるのであまり無事には咲きませんよ」
フリージンガー団長がわたしの首から手を離し、腰を抱え上げた。頭を背中側にされた、俵担ぎだ。
その、細身の身体のどこにそんな力が……。
「……あなた、ちゃんと食べていますか?」
「食べています。オロシテクダサイ……」
主張も空しく担がれたまま、花壇から離れ運ばれる。
気分は売られて行く仔牛だ。
「命令違反の状況を説明しなさい」
「渡り廊下に出たところで、泣き声が聞こえて」
「それを、罠だとは思わなかったんですか」
思わなかった。が、たとえその可能性に思い当たったとしても。
「罠だろうが嘘だろうが、泣いている子がいるならわたしは助けたいです」
罠を警戒して見棄てるくらいなら、罠にはまっても手を伸ばす。
被害を受けるのがわたしだけならばと言う、ただし書きは付くけれども。
「ご立派な志で」
「……命令違反は、悪かったと思っています。今後は気にせず捨て置いて下さい」
そう言う前提だったでしょう。
昨日の注意を持ち出して言えば、そうしたいのは山々ですがと苦々しげな声。
「あなたとブルーノに関しては、奪われれば責任を問われます」
え、と思って身を起こすも、体勢的に顔は見えない。
「でしたら、わたしなんて受け入れなければ良かったのではないですか?」
「そうですね」
ぺしりと、腿裏をはたかれる。
「受け入れを後悔するようなことには、しないで下さい」
「……ゼンショシマス」
なにか、理由があって、わたしを受け入れてくれたのだろうか。
小さく首を傾げつつ、出来るだけは迷惑を掛けないようにしようと、意識を改めた。
別に、迷惑を掛けたい訳じゃなかったんだよ。本当に。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
幼女をタラシこむ手腕に定評のある主人公
塗るキズパワーパ○ドは真剣に欲しいです
粘着テープはかぶれるので
続きも読んで頂けると嬉しいです




