取り巻きCは暗躍する
取り巻きC・エリアル視点
エリアル十歳、男装のきっかけのお話
苦痛を描写した箇所がありますので苦手な方はご注意下さい
ツェリは、努力している。それはもう、血がにじむほどの努力を。
努力は必ずしも、報われるわけじゃない。
それは、否定しようもない確固たる事実だ。
だけど見知ったひとの、それも愛しいひとの努力なら、報われて欲しいと思う。
それもまた、ひととして、無理からぬ願いだ。
この身ひとつ犠牲にすれば、彼女が囚われずに済むのなら、安いもの。
たとえそんな自己犠牲を、優しい彼女が望まないとしても、それが、彼女の未来を狂わせてしまったわたしの、けじめだから。
気付かれてまずいことならば、気付かれなければ良い話。
わたしは己が身ひとつを武器に、我が国の心臓部たる王城の前に立った。
みなさんこんにちは。
今日も今日とてモブ上等。取り巻きCこと子爵令嬢エリアル・サヴァンです。
黒髪黒目、首輪に男装がトレードマークなわたしだけど、何も生まれから男装していたわけじゃない。
ゲームでは、普通に女子制服に首輪だったしね。
男装には、深いわけが…いや、ないけど。単に、ヒロイン避けと怪我隠しだ。
ゲームのヒロインの性格は、基本的に素直で良い子、辛い過去にも負けずに育った優しく芯の強い女の子、と言う設定だった。
けれど、結局ゲームって切り取った一部しか描いていないわけで、実際の悪役令嬢が白鳥並の努力家だったように、ヒロインだってクリオネ並の二面性を持っていてもおかしくない。
だって、我らが天使たるツェツィーリアを、理不尽に追い落として幸せを勝ち取る子だよ?
まともな神経してると思えない。
ゲームだから、ざまぁで済ませられる行為だけど、実際に大した罪を犯していない相手を没落させるとかやるなら、それは殺人にも等しい行為だろう。
彼女にも事情があるのかもしれないけれど、もし平気でそんなことやる女なら、関わり合いになりたくないし、ツェリとも関わらせたくない。
絶世の美貌たるツェリが隣にいる以上、わたしがいくら着飾ったところで誰も見やしないとは言え、女の格好で攻略対象に近付いて、よけいな嫉妬を受けたくないのが正直な話なわけで。
貴族令嬢の証たる長い髪を切って男装すれば、いらん嫉妬も抑えられるだろうと予想した。魅惑の攻略対象の中なら、男装令嬢によろけたりもしないだろうし、うまくすればツェリの相手がわたしと誤解され、ライバル視が回避出来るかもしれない。
と言っても実際は、もうひとつの理由が大きくて、今までの理由はあと付けなのだけれど。
そうだね。今は時間があるし、少しばかり昔話をしようかな。
それはまだ、わたしがようやく二桁の年齢に手が届いたころの話。
わたしは自分が犯してしまったミスを挽回しようと、方法を模索して駆けずり回っていた。
…そんな話、聞いてない。
良かれと思ってやったことの、思わぬ副作用に、わたしはひとり頭を抱えた。
魔力は才能に左右されて、訓練で大幅に上がるものじゃない。
それが、定説だったはずなのに。
ごく稀に存在する、体力や知力が魔力に影響する魔力持ち。
そんな稀少生物に、なんでピンポイントに該当しちゃったんだ、じゃじゃ馬お嬢は。
もともと溢れかえるほどだった魔力は、日々の努力のお陰でますますの氾濫を見せていた。
それはもう、国の上層部に危機感を覚えさせるレベルで。
このままだと、ツェリはまた囚われの身になる。
ツェリに自己鍛練を推奨した、わたしのせいで。
そんなの、だめだ。
せっかくここまで、努力して来たのに。
ツェリは、ツェリだけは、幸せになって欲しいんだ。
どんな逆境にも、ヒロインにも負けずに。
そう、たとえわたしが、どんな代償を払ったとしても。
厄介な性質を持つ稀少生物は、ツェリだけじゃなかったから。
「それで、お前がどんな仕打ちだろうと受けるから、ツェツィーリアには手を出すなと言うのか」
謁見の間の陛の上におわすは、国王陛下、宰相閣下、将軍閣下、筆頭宮廷魔導師。国内トップ権力者たちに見下ろされて、わたしはひとりひざまづいて頭を垂れていた。これで王妃さままでいれば、気分はロイヤルストレートだ。
顔を上げぬままに、声を出す。
「いいえ。陛下、どんな仕打ちでも、とは言っておりません」
国王への要求に、反論、それが本来許されないものであることは、理解している。
けれど、わたしに出来ることなんて結局、我が身を担保に交渉する以外なく、不敬罪覚悟でこの場に立った。
「この国が抱える邪竜、その封印を、我が身ひとつで抱えましょうと、そう言っているだけです」
「その対価として、ツェツィーリアの自由を望むと?」
「はい。ただ、自由とは言っても、完全に放免を求めるわけではありません。わたしが責任を持ってツェツィーリアさまを監視いたします。祖国に仇為すことなど、決してさせません」
ツェリにはまだ、わたしの手が必要だ。
本当はツェリはもうひとりでも大丈夫で、わたしが子離れ出来ない馬鹿親なだけかもしれないけれど、わたしはそう判断していた。
ツェリを囚われの身にせず、かつわたしもツェリから離れずに済む方法。
必死に考えてたどり着いた方法は、かなり厳しいものだった。まずここの彼らを説得して譲歩を手にしなければならず、その先にあるのも地獄。
それでも自らの過ちを、自分の手で挽回したかった。
国王たちの視線が、わたしの頭に突き刺さる。
「邪竜の知識をどこから得たかについては、今は不問としよう。だが、封印を引き受けると言うことの意味を、お前は理解しているのか?」
「覚悟ならば、出来ています」
「…顔を上げよ、エリアル・サヴァン。覚悟があると言うならば、余の顔を見て、はっきりと宣言して見せよ」
ゆっくりと顔を上げ、国王を見上げた。
ゲームの王太子によく似た、しかしはるかに重圧を感じさせるひとだった。
緊張に胃が縮み上がるのを深い呼吸をしてなだめ、畏れに身体が震えかかるのを膝をつねり上げてごまかす。
せめて外面だけでも堂々と、覚悟を固めて見えるように。
「いかなる苦難であろうと耐えきる、覚悟をして参りました」
どうにか、声を震えさせずに言いきった。
余裕があると見せるために、膝を突いたまま胸を張り微笑む。
「邪竜とわたし、この国の厄介者同士で、潰し合おうと言っているのです。どうして、ためらう理由がありましょうか」
「潰し合いで共に暴走すれば、とんでもない災厄になるのだがな」
渋みの強い声は、将軍、テオドア・アクスの祖父の声だ。
老いてなお現役の座を守る歴戦の強者の言葉は、国王陛下以上にわたしに重圧を与える。
それでも、挑むような微笑みは、絶やさなかった。
彼らに勝たなければ、わたしたちに未来はない。
「互いに打ち消し合わせるなど、我らが魔導師さまならばたやすいことでしょう?」
「…まぁな」
宮廷魔導師ヴァンデルシュナイツ・グローデウロウスが頷く。
明らかに怒りをにじませる彼は、普段なら感じさせない威圧を、わたしへ向けて放っていた。
「出来ると言えば、出来る。邪竜の封印は馬鹿みたいに魔力を喰う。そんな首輪より、よほどお前を暴走から遠ざけるだろうよ。お前もツェツィーリア・シュバルツも自由にって考えるなら、妥当な方法だ」
ああ、気付かれていたのか。
わたしが茨の道を進み、二兎も三兎も獲ようとしていることに。
怒りに燃える瞳も、身を打つ威圧も、彼がわたしの愚行に憤っている証だ。
「地獄みてぇな痛みと、延々と続く苦しみと引き換えにな」
「望むところです」
その程度で、ツェリの自由と安全が、ツェリの隣に立つ権利が、手に入るのなら。
わんちゃんが舌打ちし、顔をしかめた。目の前の馬鹿は意見を曲げるつもりがないのだと、察したのだろう。
宮廷魔導師を横目で一瞥して、宰相閣下ことミュラー公爵閣下が口を開く。
一見穏やかな笑顔だが、目だけは一切笑っていない。
「…邪竜がどのような存在か、きみが理解しているとは思えないな」
「お言葉ですが閣下、わたしは、“サヴァン”の名を持つ人間です。邪竜に関することならば、“カロッサ”と対を成せる家名であると自負しておりますが」
「その名を出せるのか。きみの年齢にしては良く調べたようだね」
侮られている。
冷たい笑みに笑みを返しながら、内心悔しさに歯噛みしていた。
たかだか十の子供だと、舐められるつもりはない。
「…あなた方が秘匿する過去の過ちまで、わたしごときでは手が届かないとでも?」
ぞろり、と幻聴を覚えるほどに、場の空気が変貌した。
殺気すら混じった視線が、わたしを突き刺す。
子供と侮る感情は、上手く消せただろうか。
膝に立てた爪が、皮膚をえぐった。
圧し負けるな。笑え。
「過去あなた方の父や祖父が、我が祖父を捕らえ虚ろに飼い殺したように、わたしと彼女を檻に繋ぎ、飼い殺して国の礎と生け贄にしますか?わたしも彼女も、我が祖父でさえ、ただ強い力を持ってしまっただけだと言うのに?」
無礼を承知で立ち上がり、過去国のために英断を下した男の、孫の顔をしかと見据える。
ツェリの努力を認められない国ならば、ツェリが幸せになれない国ならば、
「そんな国、わたしは要りません」
手をかければあっさりと、赤い首輪は床に落ちた。
宮廷魔導師以外の三人が、刮目してわたしを見下ろす。
ああ、わんちゃんは、これにも気付いていたのだね。
「ツェツィーリアさまの意に反して、不必要に彼女の自由を奪うと言うのであれば、こんな国捨てて出て行きます。わたしはこの国に、そこまでの恩義を感じておりません。彼女の平穏を守るために、大人しくしていたに過ぎないのです」
「…グローデウロウス」
「…エリアルの言葉は事実だ。昔はともかく今のそいつの力なら、枷なんて簡単に壊せる。今までは、本人が受け入れてるからはめることが出来てただけだ」
あらあらわんちゃん、お優しい。
「ヴァンデルシュナイツ導師の言葉には語弊があります。彼が本気でわたしを御そうとするならば、わたしとて逃げられはいたしません。命がけで逃亡を志せば、その限りでもありませんが」
「…命がけで逃がす気のやつが、よく言う」
「国外逃亡は、あくまで最終手段です。この国がツェツィーリアさまを守って下さるならば、飼い犬のように大人しく、鎖に繋がれます。ゆえに、邪竜の封印を引き受けましょうと、言っているでしょう?」
わんちゃんが、苦りきった顔で舌を打つ。
深々と溜め息を吐いて頭を掻き毟るさまを、微笑んで見つめた。
そんなわたしを、わんちゃんが睨み付ける。
「お前もツェツィーリアも、治癒魔法適性はない。お前の身に直接封印を刻み込めば、そう簡単には逃れられないだろうな」
「ええ」
「しかもお前に邪竜を封印させれば、お前自身は魔力を消費させられるから弱体化し、こちらは邪竜封印に使っていた魔力を別に回せる」
さすが偉大なる筆頭宮廷魔導師さま。
「よくおわかりで」
にこやかに頷けば、思いっきり顔をしかめて返された。
「要望を飲んで強大な手駒を得るか、要望を蹴って貴重な駒二つ失うか選べと…」
わんちゃんが、わたしの笑みを凝視して言葉を止める。
苛立ちに染まる瞳が、細められた。
「違うな。要望を蹴れば、お前が国に牙むくつもりか」
「…さあ、どうでしょう」
深く、深ーく息を吐き出したわんちゃんが、おもむろにわたしに歩み寄って、胸ぐら掴み上げた。
「お前のやってることを、世間ではなんて言うか知ってるか」
「交渉、でしょうか。わたしは、ただお願いをしているだけのつもりですが」
「世間じゃそれを脅迫っつーんだよ!この可っ愛くねぇクソガキがぁっ!!」
「ちょっと、グローデさま、その子はまだ、」
「黙れこのすっとこどっこい」
化け物とは言え子供に暴力を振るうことに苦言を呈した宰相さまを、わんちゃんが暴言吐いて黙らせる。
「このガキには、教育的指導が必要なんだよ」
ぐいっと持ち上げられて、殴られるのを覚悟したわたしの予想に反し、与えられたのは苦しいほどの包容だった。
「震えてんじゃねぇか、この馬鹿っ。ガキが粋がってんじゃねぇよ」
吐き捨てるような口調に反して、頭をなでる手は優しい。
「ガキならガキらしく泣いてねだれば良いんだよ。それを、無茶して国王相手に脅迫なんかしやがって。強がりも大概にしろ馬鹿」
「っ、泣いてねだっても、現状は変えられません」
わんちゃんの肩を押しこくって、間近に寄った顔を睨み付けた。
引き絞っていた緊張の糸をいきなり切られて、にじむ涙を必死に堪える。
「泣いて悔いるのはごめんです。害を覆すだけの価値を示さなければ、わたしたちに未来はありません」
「だから、ガキにそんな計算高さは要らねぇっつってんだよ。おら、あっこのあほども見てみろ、お前が泣くから、みっともなく動揺してんじゃねぇか」
「泣いていません!!」
怒鳴りつつも、言われた通り目を向ければ、先ほどの威圧や威厳が嘘のようにうろたえた大人たちがいた。
「泣けよ。泣いて甘えろ。お前が馬鹿みたいにしっかりし過ぎてっから、あいつらお前の年齢忘れて対応してんだよ。まだ、十のガキ相手に」
「嫌です」
「泣け」
「嫌です!」
ごうっと唸った風が、わんちゃんを突き飛ばした。
音は、波だ。
無力と言われる音魔法も、上手く使えば攻撃になる。
忌まれた魔法を使わずに、ツェリを守ろうと編み出した方法。
「自分の力も理解出来ない子供と思われるならば、泣いたりしません。わたしもツェツィーリアさまも、自分の力くらい理解しています。これが国を揺るがしかねないのだと、きちんとわかっています。ですからこの涙は、悔し涙です」
ぽろりと、堪えきれなかった涙がこぼれた。
「わたしはまだ、子供で、ツェツィーリアさまもまだ、子供です。確かに不安定で、国を揺るがす力を制御しきれません。強大な力は持っていても、使える力は少ない。わたしの使える力では、ツェツィーリアさまを守れない。だから、口惜しくて泣いているのです」
ぼろぼろと泣きながら、それでも国の重鎮たちを睨み上げる。
「難しいことをお願いしているわけではないのです。ただ、少し、猶予が欲しいだけ。今、きちんと飛べないからと鳥籠に入れられたら、ツェツィーリアさまは一生飛べません。見極めるのを、もう少し待って下さい。せめて学院を卒業するまでは。少し待って、飛べるようになったツェツィーリアさまを見て、鳥籠に入れるか判断して欲しいのです」
「…ツェツィーリア・シュバルツは、野放しにするには危険な存在だ。この国が、と言うだけではない。彼女自身にとっても」
「そのために、わたしがいるのです」
強大な魔力の使い手は、どの国も欲しいもの。
ツェリは、いつ他国へ誘拐されてもおかしくない存在だ。
「国殺しのサヴァンに、手出しできるものがおりますか?」
涙を拭って、嗤って見せた。
わんちゃんが溜め息を吐いて、立ち上がる。
「そんだけ心を揺らしても抑え込めるなら、問題ねぇな」
「…?」
首を傾げると、わんちゃんはわたしの肩を叩いた。
「どっから仕入れたか知らねぇが、お前とツェツィーリアを野放しにするなっつう声が上がってんのは、事実だよ。このまま行けば、お前らは近々幽閉だ」
顔を歪めるわたしにの頭を、わんちゃんがなだめるようになでた。
国王に目を向けて、言う。
「宮廷魔導師から、意見させて貰う。ツェツィーリア・シュバルツとエリアル・サヴァンを野放しにするのは危険だが、下手に抑え込んでも反乱分子になりかねぇし、有用な駒を潰すのも勿体ねぇ。ツェツィーリア・シュバルツには監視役としてエリアル・サヴァンを付け、監視役エリアル・サヴァンには首輪と鎖を付けた上で、俺が監視役に付くことを提案する。こいつが言う通り、もう少し様子を見極めてやるべきだ」
「わんちゃん…」
「お前の言う案が、いちばん合理的なんだよ。このクソガキ」
べしっと、頭を叩かれる。
つまり、わんちゃんが肩を持ってくれる、と言うことだ。
「ありがとうございます、わんちゃん」
わんちゃんを見上げてお礼を言うと、なぜか場がしん、とした。
「?」
国の重鎮三人が、わたしを凝視している。
「…落ちたな」
隣でわんちゃんが、ぼそりと呟いた。
落ちた?なにが?
「わかった。グローデウロウス。あなたの意見に従おう」
ああ、交渉が決着したってことか。
望む結果を手にして、わたしはほっと息を吐き、表情を緩めた。
その表情がじっと観察されていたことには、気付かなかった。
暗い石の上は冷たく、じっとりとわたしの汗を吸い込んだ。
唇を噛んで、吐き気がするほどの痛みに耐える。
おびただしい汗に混じって、生理的な涙がこぼれ落ちる。
熱い。痛い。苦しい。
ろうそくの揺らぐ明かりの中、わたしの身体に魔法で呪印を切り刻むわんちゃんは、苦々しい顔をしている。
「叫んで良い。その方が気が紛れる」
首を振ると、舌打ちされた。
「別に泣き叫んでも、止めたりしねぇよ。お前の覚悟が脆いとも思わねぇ。一太刀目で気絶しなかった時点で、お前がどんな覚悟かはよくわかった。大人でも泣いて叫んで漏らして気絶するぞ、普通なら。ショックで死ぬやつすらいる」
ああそうだね。覚悟していたけれど、意識が飛びそうだった。
許容範囲外の苦痛に、身体が震えて視界が回る。
でも、これで、欲しいものが手に入るなら。
「そこで笑えるお前の神経が、信じられねぇよ。どんだけ好きなんだ。ツェツィーリア・シュバルツが」
だって、ツェリは、手を取ってくれたから。
でも、苦しい。辛い。痛い。
「…下手に我慢すんな。壊れる。ほら、叫べ!」
「あ゛、ぁああぁぁああっ!!」
これ以上ないと思ったところの、さらに上を突き付けられて、堪えきれなかった絶叫が口からほとばしる。
一度吐き出してしまえば、もう堪えることなど不可能だった。
絶え間ない絶叫の合間に、朦朧とした視界でわんちゃんを見る。
「おね、がい…っぁああっ、や、めな…で…くだ、さ、あ、ぁあああぁああ゛っ!!」
「止めねぇよ。良いから叫んでろ」
言葉通り、わんちゃんは絶叫するわたしに呪印を刻み続け、
「終わったぞ」
喉からの出血で血を吐くほどに叫んだわたしは、終了を告げるわんちゃんに、
「あり、がとう、ございます…」
かすれた声でその言葉だけ伝えて意識を手放した。
「…こんだけ酷いことした相手に礼とか、なんなんだよ」
だから、呆れたように呟かれた言葉は、耳に入らなかった。
「くっ…ぅ…」
痛みに呻いて、目を覚ました。
小さな部屋のベッドの上、全裸に上掛けだけかけられた身体を確認すれば、鎖骨の下から膝にかけて、びっしりと真っ赤な傷痕が刻まれていた。恐らく、背面にも刻まれているだろう。
ローブ・デコルテは着れなくなったな。
そんな、どうでも良いことに思考を飛ばす。
血は出ていないけれど、身体中、出血し続けているように痛んでいた。
自分の中に、なにか別のものがうごめいている気配がして、気持ち悪い。
うごめく気配は刻一刻と、わたしの魔力を消費しているようだった。
「目覚めたか」
わんちゃんがやって来ると、乱暴に布の塊を押し付けられた。
押し付けるだけ押し付けて、本人はとっとと背を向けてしまう。
「とりあえず、とっとと服着ろ」
それだけ言い残して、わんちゃんが部屋を出て行く。
扉から見えた景色から、わんちゃんがいつもいる部屋の奥であることがわかる。
呪印を刻んでいた場所から、わんちゃんが運んで寝かせてくれたようだ。
渡された服に、大人しく袖を通す。
ゆったりとしたシルクの一揃えは、傷に障らないようにと言う気遣いだろう。
服を着て、隣の部屋に向かう。
立ち上がったときにめまいに襲われたが、耐えられないほどではなかった。
扉を開けるとわんちゃんが振り向く。
促されるままに、椅子に腰掛けた。
「…っ」
椅子に触れて、ずきりと存在を増した痛みに、思わず漏れた声。
目ざとく気付いたわんちゃんが、眉根を寄せる。
「その痛みは、呪印を消さない限り消えねぇ。血こそ流れないが、普通の怪我のように痛み続ける。触れられれば、余計痛ぇ」
耐えられるのか、と、目が問うていた。
「大丈夫です」
出した声は、嗄れていなかった。わんちゃんが、治癒してくれたのだろう。
喉、だけは。
身体はじくじくと痛みを訴え続けているけれど、刻まれたときに感じた苦痛に比べれば、ものの数にもならない痛みだ。
「そうか…」
「その首輪も、付けて良いですよ」
わんちゃんがさり気なく目線を飛ばした首輪に、視線を向けて言う。
邪竜の封印と首輪を、受け入れる。
それが、約束だ。
わんちゃんが、不機嫌そうに問いかける。
「…お前、なんでそんなに頑張るんだ?」
「ツェツィーリアさまに、幸せになって欲しいからです」
「なんで、そんなにツェツィーリアにこだわる」
「…わんちゃん以外で初めて、わたしを恐れずそばにいてくれたから」
家族ですら恐れ、近付かない化け物の手を、他に救いがなかったからとは言え、取ってくれた。
わたしがまだ人間でいられるのは、わんちゃんとツェリのおかげだ。
だからこのふたりには、幸せになって欲しい。
「わんちゃんは勝手に幸せになると思いますけど、ツェリはまだ、ひとりで幸せを掴めるほど強くないのです」
わんちゃんが首を傾げて、わたしを見返す。
「つまりもし、俺が窮地に陥ってお前の助けを求めたら、お前は俺を助けてくれんのか?」
「わんちゃんが窮地に陥る状況をわたしでどうにか出来るかは置いておいて、助けるために尽力はしますよ。大切な恩人ですから」
答えるとなぜか頭をなでられた。
ふわりと香るお香の匂いが、心地良い。
「とりあえず。様子見で軽めに付ける」
首を差し出すと、もう身体の一部並みに慣れ親しんだ首輪がはめられる。
かかる重圧にくらりとしたが、耐えきった。
「ん…大丈夫そうだな。三月はこれて様子見る」
「わかりました。ありがとうございます」
お礼を言ったところで、ふと思い出して言う。
首輪はともかく身体の傷は、見せ歩くわけに行かない。
「そうだわんちゃん、わたし、男装しようと思うのですが、どう思います?」
「…は?」
「いえ、傷がですね、首回りの広い服を着ると見えてしまうでしょう?女子の正装は着られそうにないので、いっそ男装で通そうかと」
一瞬ぽかんとしたわんちゃんだったが、その後の説明で納得してくれた。
「良いんじゃねぇの?女子が男子制服着ちゃいけねぇって決まりはなかったはずだし、呪印を見られねぇ方が良いのは確かだからな。それに、女装より男装の方が、傷に障らねぇだろ」
うん。ぎちぎちに絞めたコルセットにぴっちしりたストキッング、ハイヒールと、女子の装甲は苦行だからね。
じゃあ決まり、と、さっそく次の日から男子制服で登校して、ツェリにぎょっとされた。
これがわたしが、男装をしている理由。
痛み?
ああ、今も感じている。でも、もうなれてしまったから。
幼いころから続けていた、感情をごまかす訓練が、そんなところで役立つとは思っていなかったけどね、ツェリに気付かれるわけにはいかないと、必死で押し隠していたのだよ。
そうするうちに気にならなくなって、わんちゃんに呆れられたな。
でも、こうしてツェリの自由を守ったおかげでツェリが能力を発揮する機会が出来て、認められる結果になった。
だから、見られれば顔をしかめられる傷痕だけれど、わたしにとっては名誉の勲章だ。
ツェリには、内緒だけれどね。
でも、単なる手段として受け入れた邪竜と、仲良くなるなんてことは、想像していなかったな。
邪竜なんて秘密兵器がゲット出来たのだから、たなぼただった。
え?そんな話聞いていない?それは、まあ、言っていないからね。
でも残念、ツェリが呼んでいるみたいだ。
その話はまた別の機会に。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
主人公がどんどんチート化している件(-- ;)
ごめんなさい作者の趣味です
エリアルの中ではツェリもわんちゃんも大切ですが
ツェリ→守るべきひと
わんちゃん→保護者
な認識です
位置的には今のところ
ツェリが恋人(友情ですがそれくらい大事と言う意味で)で
わんちゃんは親に近い感覚です
守ってくれた親がいなかったために
幼少期に手を差し伸べてくれたわんちゃんを
それに近い存在として認識しています
続きも読んで頂けると嬉しいです