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取り巻きCと牡丹百合 ふつかめ そのに

取り巻きC・エリアル視点

エリアル高等部1年の年始


前話続きかつ引き続き出血ありにつきご注意下さい

 

 

 

 目の前には、三頭の竜馬。


「始め」


 掛けられた声に従い、竜馬に駆け寄った。胸元に入れていた小刀を取り出しながら、魔法を足場に先頭を走って来た竜馬の頭に近付く。


 ドシュ


 まず、一頭目。


「っ……」


 眼球を、それから脳を潰す感覚に、顔をしかめた。

 抜き去ったナイフをそのまま投げ捨て着地して、二頭目に接敵する。


 飛び上がり、頭に近付くところまでは同じ。徒手を伸ばして、竜馬の頭に触れた。


 ──ィン


 二頭目。


「……っと」


 倒れる馬を手で押し、その反動で離れる。三頭目に走り寄り、対峙した。魔法で圧し留められて動けない竜馬の膝裏を蹴り、脚を折らせる。暴力的な膝カックンだ。


 ずしゃりと膝を突き、こちらを睨む竜馬の前で、剣の柄に手を掛けた。


「ごめんね」


 ザン、


 吹き上がる血。時間は先の半分も、掛かっていなかった。


 血を浴びないように死体から離れながら、場外に控えるフリージンガー団長へ目を向ける。


「終わりました」

「手の内を見せるのは好まないのでは?」

「この程度で手の内を見せたと?」


 血を払った剣を納めながら吐いて見せた台詞は、煽りも意識したが紛れもない事実だ。


 使った魔法は、音魔法のみ。しかも、誰かに見せたことのあるものだけだ。すでに知られている攻撃手段なんて、切り札にはならない。してはいけない。


 フリージンガー団長は片眉を上げたあと、場外から場内へと連れられて来る竜馬たちへと目を向けた。


「それは、このあとが楽しみになると言うものですね」


 黙って、視線を転じる。次々と現れる、まだ若い竜馬たち。人間の都合で育てられ、殺される、家畜。


 苦々しい気持ちはけれど、ぶつけ先などなかった。

 保健所の殺処分担当職員は、こんな気持ちだろうか。


 殺したくなどない。けれど、殺さざるを得ない。仕方がないなどと言うつもりは決してないが、助けるすべも持ちはしない。


 せめて苦しませず、など、罪悪感を軽減させるための自己愛エゴでしかない。


「始め」


 言われた瞬間、場内を自分の魔力で覆った。誰も、巻き込まないように。


 邪竜トリシアの魔力を隠さずさらけ出せば、竜馬がこぞって膝を折る。


 竜馬も亜翼竜も、鱗を持つ者の頂点である竜には敵わない。

 トリシアは幼く未熟でも、老い衰えてもいない、封印さえされていなければ政略級の竜だ。暴力の化身のような存在を前にしては、ただ大きくて硬いだけの生き物など、膝を折り恭順する弱者でしかない。


 竜の威を借る女の前に、立ってしまったが運の尽きだ。


「ごめんね」


 来世があるのならば、どうか幸せに。だから、今は、


「死になさい」


 ぱたり、ぱたりと、竜馬たちが意識をなくして行く。命を、なくして行く。


 掛かった時間は、最短。


 すべてが終わったことを確認して、魔力をしまう。


 水を打ったように、会場全体が静かだった。


「終わりました」


 先と同じように、フリージンガー団長へ声を掛ける。

 呆気に取られた顔に、少し胸がく思いがした。


 なんだかんだ、ストレスが貯まっていたのかも。


「満足して、頂けましたか?」


 にこやかに微笑めば、どこかで誰かが、ひっと息を飲んだ。


 人外とでも、恐れられるだろうか。まあ、それでも構わない。そんなのは、今さらな話だ。

 学院では猫を被っていただけで、わたしは間違いなく、国殺しの化け物なのだから。


「……なるほど」


 なかば思考に落ちている様子のフリージンガー団長が、呟く。


「政略級の魔法をじかに見るのは初めてですが、なかなかどうして、無慈悲なものですね」

「この程度では、政略級なんて名乗れませんよ」

「おや、まだ実力を出しきっていないと?」


 ぱちりとまたたかれた黒薔薇が、思考のふちから這い出してこちらを見据える。


 微笑む余裕は、取り戻していた。


「わたしは、国殺しですよ?サヴァンの寵児が、この程度で全力だとでも?」

「残念ながら凡人なもので。私でもあなたの実力は、測り知れません」


 肩をすくめるフリージンガー団長を、じとりと見つめる。


 はたして、この言葉は事実か否か。


「ですが少なくとも」


 そんなわたしの勘繰かんぐりを知ってか知らずか、こちらへ歩み寄りながら、フリージンガー団長は観客席へ視線を走らせた。


「あなたがとてつもなく手加減をして試合に参加していたことは、よくわかりました。試合のときはまだ、なにをしたのかわかりましたから」


 わたしの隣に立ったフリージンガー団長が、わたしの背中に手を添える。あれだけのことをやって見せたと言うのに、近付く足にも触れる手にも、ためらいは感じられなかった。


「まだ難癖を付けたいと言うのでしたら今聞きますが、いかがでしょう」


 声を上げる者はいなかった。頷き頬笑んだフリージンガー団長が、会場の一点へと目を向ける。


「ご覧の通り、今年の学生はなかなか筋が良い。下手なちょっかいは出さないことです」

「どうせならじかにやり合って見たかったものだが」

「怪我でもさせてはいけませんから」


 目を向けられた一般席から、いらえがあった。派手な赤銅の蓬髪ほうはつ、野性味のある日に焼けた肌には不精髭、眼光鋭いつり目も、赤。髪と目の色味の方向性はフリージンガー団長と似通っていると言うのに、見た目の印象は真逆の男性だった。

 フリージンガー団長が温室育ちの薔薇だとしたら、こちらは野辺に咲く曼殊沙華。


 口の片端と片目を歪めて見せる反応も、粗野で派手だ。


「それは、俺たちをか?それとも、ガキ共をか?」

「それはもちろん」


 こちらは優雅で控えめに目を細め、フリージンガー団長が答える。


「あなた方をですよ。学生とは言え騎士見習いですからね。守るべき民を傷付けるわけには行きません」

「はんっ」


 男が笑って、わたしとフリージンガー団長を見下ろす。

 おそらく街の重鎮なのだろうが、年齢的にはフリージンガー団長と、そう変わらないのではないだろうか。高く見積もっても、四十には届いていないと思う。いったい、どのような立場のひとなのだろうか。


「言うだけならいくらでも出来らぁな?」

「そうですね。さすがにここまで綺麗にあっさり倒されてしまうと、そう思われても仕方ない」


 予想外でしたと呟くフリージンガー団長と、視線の先の男性を見比べる。

 運営側だから不正はないとフリージンガー団長は知っているが、運営側だからこそ彼の擁護には信憑性がない。


 でも、そんなことを言い出したらきりがない。


「……怪我して良いとおっしゃるなら戦いますが?魔法と武器使用禁止の条件に限りますが」


 もういっそ叩きのめした方が早いのでは?と提案してみたら、隣からおばかな子を見るような視線を向けられた。


「魔法と武器なしで勝てるほど、この街の住人は弱くないですよ?」

「ではそれ以外でどう実力を示せと?魔法を使えばただの弱いものいじめですよ?」

「昨日も思いましたが、あなたは外見と物腰に反して好戦的ですよね」


 昨日も言われた。ウル先輩にだが。


 肩をすくめて見せたところで、観客席の男性が立ち上がる。


「戦ってくれると言うなら、願ったりだが?」

「お願いします、と、言いたいところですが」


 視線を合わせて首を傾げる。


「わたしはあなたを知りません。この街におけるあなたの影響力はいかほどでしょう?あなたを倒して、わたしに利益はありますか?」

「言うじゃねぇか」


 瞬間、獰猛な華が牙を剥いた。


「この街にゃ、何個か座があるがな、俺はそのうちひとつの座頭ざとうだ。そこそこ発言権もあるし、力も認められてる。ガキに侮られる筋合いなんざねぇよ」

「それは失礼致しました」


 背筋を伸ばし、ゆったりと一礼した。


「他人の実力も見極められない程度の方が着ける役職はどれほどのものか、少し疑問に思ったもので」


 殺気立つ気配に、微笑を。


「お初にお目に掛かります。サヴァン子爵家当主が長女、エリアル・サヴァンと申します。大犯罪者の孫にして、当代唯一の能力継承者。国殺しのサヴァンの名に懸けて、他国であろうと自国であろうと、能力を疑わせることがあってはなりません。この双肩に乗るのは国。わたしの矜持は」


 にこやかに、ゆるやかに、ゆるぎなく。


「あなた方に実力を疑われることを許すほど小さなものではありません」


 ルシフルで知れた名が、なんだと言うのだろう。国殺しの名は、バルキアはおろか周辺諸国でさえ、知られた名だと言うのに。


 さて、無礼者はどちらか。


 穏やかな笑みを顔に乗せたまま見やれば、相手は飲まれたように固まった。


 息を吐き、首を振る。


「やめましょう。勝負になりません」

「……言うじゃねぇか」


 男性が客席を縫い、柵を越えて試合場に降り立つ。


「ルシフル商工座頭ノルベルト・カーラー、座頭として、エリアル・サヴァンに一騎打ちを申し込む」

「負けて吠え面をかく覚悟がおありと」

「ほざいてろ。ルールなしの一発勝負だ。相手を動けなくした方が勝ち」

「それは、お断りします」

「あ゛あ゛!?」


 気色ばむ男性、商工座頭ノルベルト・カーラーを見返し、首を傾げる。


「言ったはずですが。魔法と武器使用禁止の条件に限りますと。審判も付けますし、いたずらに痛め付けるつもりはありません。それと」


 隣からビシバシ飛んで来るおばかを見る視線を感じながら、条件を提示して行く。

 戦闘狂ではないのだ。きちんと考えている。


「お互い、試合で負った怪我に責任は負わないと、契約書を書いて頂きます」


 いやうん。実際、あったことだからね。


 たとえ化け物でも、わたしの持つ能力と繋がりは美味しいらしく、怪我の加害者でも被害者でも、責任うんぬんでごねられたことがある。わざと顔を狙われたり、取れる受け身を取らなかったりも。

 もちろん逐一頼れる宮廷魔導師ヴァンデルシュナイツ・グローデウロウスことわんちゃんにチクっていたし、そもそも怪我なんて治癒魔法でぱぱっと治るので、責任もなにもない。


 つまりそこまで実害はないのだけれど、わずらわしくないかと言えば心底わずらわしい。なので信頼出来る相手以外とはあまり手合わせしないようになったし、怪我をしないさせない触らせないを意識した戦い方を身に付けた。汚い手を使わなければ出世も見込めないような方々なので、そんな気遣いをしていても余裕で勝てる雑魚が大半だ。


 けれど今回は相手の力量が未知数だし、相手は破落戸ゴロツキの街、ルシフルのまとめ役だ。用心しておくに越したことはない。


 ぐっと顔をしかめたノルベルト・カーラーの肩が、ぱしんと叩かれる。


「世間知らずのお人形さんかと思えば、なかなかどうして、世の中と言うものをわかっているじゃないですか」

「スベルグ」

「どうも、お嬢さん。ルシフル自治座頭のスベルグ・アイメルトと申します。この度は、我が街の商工座頭が失礼致しました」


 ノルベルト・カーラーの横をすり抜け、スベルグ・アイメルトと名乗った男性がこちらへ歩み寄って来る。ノルベルト・カーラーと並ぶと頭半分ほど小柄で、軽く十歳は年嵩であろう男だったが、近付けば見上げるような長身で、引き締まった身体をしていた。


 笑みこそ浮かべているが、その目はまったく笑っていない。


「書類でしたら私が作成致しますので、そこのノルベルトと試合を、と、お願いしたいところなのですが、こちらで少々、条件を変えさせて頂けますか?」

「変える内容に、よりますが」


 厄介なのが来たかと内心顔をしかめつつ、首を傾げて見せた。


「なに、簡単なことです。あなたの敗北条件を、魔法を使用したらに変えて頂きたいのです。なにせこちらは平民ですからね、いくら誓約書があれど、貴族女性をむやみに傷付けられません」

「……この国随一の治癒魔術師が控えていますから、問題ありませんが?それとも」


 スベルグ・アイメルトの後ろにやって来ていたノルベルト・カーラーを、ちらりと見てから続ける。


「貴族だから遠慮して勝てなかったと言い訳するための、予防線でしょうか」

「んだとこのクソガk、」

「ノルベルト」


 うーん。ノルベルト・カーラーだけだったら、楽だったろうにな。


「お嬢さん、お口が過ぎますよ」

「そちらこそ、貴族だなんだとおっしゃるわりに、ずいぶん上から発言なさるようで」

「これは失敬。ですが、先達の言葉は聞くものですよ」

「ご鞭撻どうも。けれど、わたしが貴族だから傷付けられないとおっしゃるのであれば、試合など無意味でしょう。いくらでも、言い訳出来てしまう」


 実力が発揮出来なかったと言われては、意味がないのだ。


「そんな心配いらねぇよ」

「ノルベルト」

「黙っとけスベルグ」


 スベルグ・アイメルトを退け、ノルベルト・カーラーがわたしの前に立ちふさがる。

 竜馬とも肩を並べられるのではないかと思うほどの、見上げる長身だった。先の筋肉達磨ほどではないが、腕も脚も太く、二の腕はわたしの頭くらいの太さがある。


「こんなひょろっちいガキに馬鹿にされて、黙ってられるか。貴族だろうが女だろうが関係ねぇ。ぶちのめして泣きっ面さらしてやるから、覚悟しろ」

「……と、こちらの方はおっしゃっていますが?」

「この、脳筋馬鹿」


 スベルグ・アイメルトが額を抑え、わかりましたと呟く。


「魔法禁止、武器なし、審判がどちらかの負けを認めるまでで構いません。この試合で起こったことに関して、後々言い掛かりを付けることも致しません。そのむねで書類を今作りますから、少し待ちなさいノルベルト」

「ああ。俺の準備運動が終わる前に作れよ」


 脳筋のお陰でまとまった。まとまった、けれど。


「と、言うことなのですが」

「この超弩級問題児が」


 怒りに燃える黒薔薇の瞳は、とても迫力がありますね。


「それを覚悟で、参加許可を出したのでは?」

「予想以上です」


 それは重畳です。


「一戦で終わるのなら安いものでは?」


 と、戦い続けてついに四戦目ですが。


「あなた、ノルベルトの体格を見て言っていますか?」

「亜翼竜よりよほど小さいですね。空も飛びませんし、鱗も爪も牙もありません」


 ため息を吐くフリージンガー団長に、やっぱり似ているなと思ってしまう。それはそうだ。ただ、恐怖政治を行うだけのひとならば、実力ある集団なんて作れはしない。

 優しくて強いあのひとが、信頼したりしない。


「書類は私も確認して、連名で署名します。それと、審判は私とスベルグがつとめましょう」

「私ですか?」

「その方が、不公平がないでしょう。私がエリアルの負けを、あなたがノルベルトの負けを判定すれば良い。あなたなら、魔法使用の有無もわかるでしょう」


 ああ、やっぱり魔法が使えるひとか。


 フリージンガー団長の言葉を受け、改めてスベルグ・アイメルトを眺める。


 自治座を名乗っていたから、可能性はあると思っていた。

 自治座はいわゆる地方自治体みたいなもので、街の調停役や整備役をやる組合だから。たぶん、多少の治癒魔法か水や土の魔法あたりが、使えるのではないだろうか。


「あなたが見るとなるとおかしなことは出来ませんね」

「おかしなことをやるようなら監督者権限でやめさせますよ。エリアルは今、私の管轄下ですから……なにがおかしいのですかエリアル」

「なにも?」


 ええ、守られてるなぁ、とほっこりしていたりシマセントモ。


「……審判の心象は上げておくべきだと思いますが」

「公平な審判をして下さると信頼しています」


 負けたと感じれば容赦なくわたしに黒星を付けて来るだろう。


 そうこうしている内にスベルグ・アイメルトの書類作成が終わり、


「ここ、これでは抜け道がありますね。ここも、記述の修正を。ああ、ここもですね」


 フリージンガー団長の添削が入り、


「やっとか」

「よろしくお願い致します」


 ノルベルト・カーラーとの試合とあいなった。


 改めて見ても、大きい。スー先輩やあんちゃんよりも長身で、筋肉質。わたしが勝てることと言えば、速さと柔軟性くらいなのではないだろうか。


 まあ、勝つけれどね。


 下手に難癖付けられても面倒なので、お手柔らかにとは言わない。全力でぶつかって来れば良い。全力で立ち向かう気はさらさらないけれど。


「始め」


 掛け声と共に先手必勝襲い掛かって来た相手を、寸前で避けていなして手を掴み、掛かって来た勢いのまま投げ捨てる。


 綺麗に転んだノルベルト・カーラーに、会場の驚いた視線が集中する。

 なにせ自分の倍以上体積がありそうな相手を軽々と転がして見せたのだ。傍目の衝撃は大きいだろう。


 エリアル・サヴァンの身体は、スペックが高い。

 丈夫だし、筋力もあるし、持久力は化け物だし、視力も聴力も高いし、なによりスピードに優れる。

 だが、筋肉と重量は劣る。まるでサギのような、細く軽い身体だ。


 だから、スペックが高くても、しっかり訓練した男性には強さで劣る。身体だけを見るならば。


 立ち上がりまた掛かって来たノルベルト・カーラーを、またいなして投げ飛ばす。綺麗に、大男が空中で回転する。


 それでも、エリアル・サヴァンが先輩方に勝てるのは。


 ほとんど立ち位置も変えぬまま、またノルベルト・カーラーを投げ捨てる。ほぼ動いていないし筋力も使っていないので、まだまだ全然余裕を失っていない。


 技術と知識があるからだ。


 ひたすら、避けては転がす作業を続ける。淡々と。黙々と。


 前世の祖国は、様々な武術と武道を育てた国だから。


 無傷で息も整ったままのわたしと、擦り傷や打ち身を負い息を荒らげるノルベルト・カーラー。実力差は、一目瞭然だろう。


「……終わりですか?」

「ちくしょう」


 ゼェゼェと肩で息をするノルベルト・カーラーに微笑みを向ければ、乱れた髪の向こうから爛々と輝く赤銅に睨み返された。


「その意気ですよ。せめて一発くらい、当てて頂けないと面白味がありません」


 どれほど力が強かろうと、拳が硬かろうと。

 当たらなければ、意味などないのだ。


 殺さず、いなして、導いて。

 また、ノルベルト・カーラーが転ぶ。


 頭に血が昇り過ぎだ。冷静であれば、もっと苦戦させられただろうに。


 振り上げられ、打ち出される拳も蹴りも、重く鋭い。

 避けられなければ、そこそこの衝撃を喰らうだろう。

 ましてこの体格差だ。組み合いになればこちらが劣勢に立たされてもおかしくない。


「ノルベルト、落ち着きなさい」

「うるせぇ」


 伸びて来た腕を避けて捕らえて投げ飛ばす。飛んで来た脚を、避けて掴んで引き倒す。


「単純な攻撃だから見切られるんです。落ち着いて戦えば敵わない相手ではありません」

「うるっせぇよジジイ!」


 完全に激情したノルベルト・カーラーが吠える。


「……フリージンガー団長、申し訳ありません」

「突然なんです?エリアル」

「魔法なんて使わなくても、弱いものいじめでしたね」

「にゃろう……っ!」


 余裕をぶっこいてフリージンガー団長と会話し始めたわたしに、ノルベルト・カーラーがますます怒り狂う。


「っざっけんな!負けて堪るかよ!!」

「では勝って見せて下さい。現状は口先だけですよ」


 言いながら、投げる。


 無造作に投げているように見えて、こちらはノルベルト・カーラーがうっかり着地を失敗して首でも折りやしないかと、ヒヤヒヤしているのだ。今のところ巧いこと投げられているが、いつ首や頭を痛め付けるかと思うと油断している余裕はない。


 早いとこ、負けを認めてくれないかな。


 投げても、投げても、ノルベルト・カーラーは喰らい付いて来る。それは、頭に血が昇っているせいもあるだろう。

 けれど、これだけ軽くあしらわれても、怒り狂っていても、彼は武器を抜かない。決まりを破らない。その上で、諦めず喰らい付いて来る。


 彼は、決して、弱くない。筋力、持久力、技術。どれも、自己流だろうが鍛え上げられたものだ。

 先輩方と戦えば、おそらく彼が勝つのではないだろうか。


 わたしが彼を圧倒出来ているのは、違う土俵に立っているからに過ぎない。エリアル・サヴァンのスペックと前世の記憶を最大限に活かし、見極め、避けて、転がして。

 むしろこれが可能だから、武器使用禁止を申し出たくらいの、ずるいやり方。


「降参して下さっても、良いのですよ?」

「舐めんな」


 筋肉だけでなく、持久力もなかなかあるようだ。


 投げられ続けて疲弊しながらも、ノルベルト・カーラーは立ち上がり続けた。見上げた意地と根性だ。が、それでほだされはしない。ただ無情に、投げ続ける。


 こちらから攻撃すれば、あるいは、投げるのではなく技を決めて、固めてしまえば、簡単に勝つことは出来る。せめて最初からわたしが攻撃していれば、こんな惨めな様相は呈さずに済んだだろう。


 そんなこと、百も承知しているが、こちらから終わらせてやりはしない。


 投げて、転がし、放り捨て。

 徹底的に、お前など敵ではないのだと、思い知らせる。


 けれど。


 疲労が蓄積されれば、それだけ受け身も取れなくなる。


「っ、」


 しまった、と、思ったときには彼の頭が地面を擦っていた。

 立ち上がるも、くらりと揺れるノルベルト・カーラーの身体に、試合を止めろと審判へ視線を走らせる。


「なに余所見してんだ、殺すぞ」


 唇を読んだから理解出来た言葉だが、呂律が回っていない。足元もおぼついていない。


 このまま続けるのは、危ない。


「スベルグ、試合を」

「まだ立っていますよ」

「……っち」


 止めろと声を掛けてくれたフリージンガー団長とは対照的に、止めるつもりがないらしいスベルグ・アイメルトに舌打ちして、襲い掛かる男を倒れさせる。出来るだけ揺らさないように、静かに。


 緊急処置だ。


 相手を地に押さえ付け、首に腕を回すと意識を絞め落とした。


「わたしの勝ちで、良いですね?」

「あ、」

「良いですね?」

「え、ええ。意識がないようで、」


 皆まで言わせず、声を上げる。


「るーちゃ、」

「エリアル、そこどいて」

「はいっ」


 素早く駆け付けてくれた頼れるひとの声に、一も二もなく従った。倒れたノルベルト・カーラーの脇に座ったるーちゃんが手早く診断し、治癒魔法を掛ける。


「軽度の脳震盪だよ。重篤な脳内出血もないし、頭に怪我もない。安静にしていれば、問題なく回復する」

「ありがとうございます」

「……少し、意地悪な戦い方だったんじゃない?」


 仰向けに寝かせたノルベルト・カーラーの、汚れや汗を拭ってあげながら、るーちゃんが立ったままのわたしを見やった。


「でも、強いことの証明にはなったでしょう?」


 最初の攻撃の時点で、引き倒して絞め落とすことも出来た。多少苦戦はしたかもしれないけれど。

 でも、それはしなかった。


 わたしの戦い(やり)方ははたから見ると、示し合わせてわざと転んだみたいに見えてしまうから。


 八百長を疑われるくらいなら、とことん惨めに敗北して貰った方が良い。


 目の前の男の名誉より、ツェリの安全と名誉の方が、はるかに重要だから。


 ツェツィーリア・ミュラーの番犬は冷酷な化け物だと、知らしめなければいけないのだ。そうでないと、


「そうだねぇ」


 思考の合間にするりと、ため息のような穏やかな声が入り込んで来た。伸びた手が手を掴み、くいと引き寄せられる。


「頑張ったね。偉かったねぇ」


 下がった頭に手が伸びてさらに引き寄せられ、頭を滑り背に回った手が、ぽんぽんと優しく跳ねた。


 耳触りの良い声が、至近から与えられる。


「竜馬の骨は、解熱鎮痛剤や、鎮静剤の原料になるんだよね」


 ふふ、と、泣きたいくらいに優しい笑い声が耳に届いた。


「苦味が少なく効果も穏やかで、子供や妊婦さん、ご老人にも優しい薬になるんだぁ。ありがとう、エリアル」


 ……ああ。


 こてん、と、横に倒れたノルベルト・カーラーに比べたら笑えるくらいに華奢な、けれど、はるかに頼もしい肩に頭を乗せた。


 このひとは、どうしてこう、拾い上げてしまうのだろう。


 戦績を疑われるわけには行かなかった。

 だって、そうでないと、十九頭の竜馬の死が、無駄になってしまうから。


 冷たく、狂暴で、恐ろしい、国殺しエリアル・サヴァンの戦果に、せめて確かに刻んであげたかった。


 食べるわけでもなくただ棄てられるだけの死体を、積み上げてしまったから。


 ふふっと、わたしの背中を撫でながらるーちゃんが笑う。


「ほんとぉ、エリアルは、優しいんだから……」

「っ、るーちゃんほどでは、ないですよ」

「このあと一緒に骨を抜いて貰うからねぇ?鱗を剥げば肉は肥料の原料になるし、無駄にはさせないよぉ?」


 るーちゃんの肩に顔を埋めたまま、ふはっと笑う。


「まだ、薬の調合も終わらせられていないのに、仕事の追加ですか?」

「そうだよぉ、僕はひと使いが荒いんだぁ、誰かさんに似てね」


 からからと笑って、起き上がる。


「強さは、認めて頂けますでしょうか」


 振り向いた先、スベルグ・アイメルトを見やる。スベルグ・アイメルトの視線が向かうのはるーちゃんで、さりげなく動いてその姿を隠す。

 このひとには、番犬が付いているのだと。


「ええ。ノルベルトが、赤子のようにあしらわれていましたね。魔法を使っていないのも確認していました。魔法でやったと言われた方が、まだ信じられるような光景でしたが」

「魔法などなくとも強いのですから、魔法を使う意味もないでしょう?」


 ことりと首を傾げて見せれば、小さなため息が返った。


「ノルベルトは確かに短気で直情的ではありますが、それを補ってあまりあるほど強く、求心力のある男です。こんなところで、無様に負けて良い男ではなかった」

「でしたら、戦いなど挑むべきではありませんでしたね」


 肩をすくめてあっさりと言い放ち、会場中をぐるりと睨み据える。

 街のまとめ役が倒されたからだろう。そこかしこで血気立つ気配があった。


「わたしは強い。それは、あなた方にとって悪いことではないはずですよ。あなた方がわたしの敵でない限りは、この強さがこの国の守りであるのですから」


 にこりと、微笑みを浮かべて見せる。


「エリアル」


 掛かった声に振り返った。


「上出来です、と言いたいところですが、少し、」


 フリージンガー団長の言葉を遮り、叫ぶ。


「るーちゃん!」


 めいいっぱいに、手を伸ばした。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


なぜこの作者はいきものを殺したがるのか

動物虐待を容認する意図はございませんので悪しからず


続きも読んで頂けると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 アルさんがびったんばったんと、魚のように振り回しているのが目に浮かびました。 やはりアルさんが一番の喧嘩上等キャラなんですね。 口でも物理でも。 どれだけフリージ…
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