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取り巻きCと牡丹百合 いちにちめ そのいち

また間が空いてしまい申し訳ありません


取り巻きC・エリアル視点

エリアル高等部1年の年始


長くなったので2分割しています

後半は明日投稿予定です

 

 

 

 第一印象は、ああ、仲良くなれないひとだな、だった。


「初めましての方も、いるようですね」


 わたしと並ぶほどの身長。


「ここ、ルシフル騎士団において団長をつとめております、ジャック・フリージンガーと申します。1週間と言う短い期間ではありますが、よろしくお願い致しますね」


 身長の割に細身な身体を被う肌は白く、黒薔薇色の髪と瞳を引き立たせる。


「そうそう。演習合宿で関わる期間は1週間のみですが、春からは王都に勤務すべしとの辞令も出ておりますので、期間限定でしか関わらない相手だからと気を抜かないように」


 微笑む顔立は優しげに整い、身体の細さや肌の白さもあいまって、女性らしい印象すら抱かせた。


 とても、バルキア王国一治安の悪い破落戸ゴロツキの街、ルシフル領を束ねる猛者には見えないだろう。……一般人から見れば。


「それでは、まずは軽く砦を見て回りましょうか。行動班や就いて頂く業務の説明は、それからです」


 そう言ってくるりと向けられたフリージンガー団長の腰元には、束ねられた牛追い鞭が提げられていた。


 ……牛追いは、騎士の仕事ではない、よね。


 取り巻きC、ただ今冬期演習合宿中です。




 調教師さまのご挨拶からこんにちは。首ざっくりで意識不明からの奇跡の生還を遂げ、無事お嬢さまとの和解も果たして満を持して取り巻きを名乗ります。我らがお嬢さまの取り巻きC、エリアル・サヴァンでございます。


 しかし本日は愛しのお嬢さまとは離れ離れの冬期演習合宿中。

 他3回の演習合宿とは異なり、冬の演習合宿は全生徒がどこかしらの騎士団に配属されての業務体験。前世で言うなら、職場体験に当たる体験学習だ。


 同じ騎士科のヴィクトリカ殿下とテオドアさまが、近衛騎士団へ行くことになったのに対し、わたしが向かうことを許されたのは一般騎士の騎士団。王都から程近い位置にある、ルシフル領に配された騎士団だ。名前もそのまま、ルシフル騎士団。


 国境に近いわけでも、政治的要地でもないこのルシフル領だが、そこに配されるルシフル騎士団はある意味バルキア王国随一の戦力と噂される。西の国境を守る騎士を除けば、国内一実戦経験豊富な騎士団とも。


 その、理由は。




「女がいるじゃねぇか!」

「あ゛ン?どこだよ」

「あれあれ、男子制服だし背ぇ高ぇけど、女だろ、あいつ」


 砦と言っても城壁のようなものに囲まれているわけではない。猫ならすり抜け出来るほどの鉄柵で囲まれた外庭に出た途端聞こえた声と、絡み付く視線。


「黒髪か?あれ」

「もしかして噂の国殺しか?うっひょー、ここに来るって、本当だったのか」

「捕まえて他国に売り飛ばしゃ、高ぇぞ、アレ」


 柵の外から高みの見物をするのは、今日からクルタス王立学院の生徒が来ると言う噂を聞き付けて来たのであろう、いかにもがらの悪そうな男性たち。


 無視することも出来るが。


 周囲の生徒の眉が寄るのを感じて、あえて声の方へ顔を向けた。こちらを見る、ひとりひとりと視線を合わせ、


『……』


 にっこりと微笑んだ。

 静かになった場に満足し、頷いて視線を戻す。


「……」


 案内していたフリージンガー団長と、目が合う。


「よそ見をして、申し訳ありません」

「いえ」


 フリージンガー団長が、首を振って視線を外す。


「外の治安はご覧の通りです。カモになりたくなければ、単独での外出は避けること。そもそも砦内に中庭もありますから、わざわざ外庭になど出ないことをお勧めします。敷地内でも気を抜けば、犯罪被害者になりかねませんから」


 目を細めて、口許を歪めるその表情は、一見すると優しげだ。


「ほかの騎士団に送られた生徒でしたら、騎士団側に保護責任が課せられていますが、ルシフルに送られたあなた方に関しては、指示を守らず危険にさらされたならば騎士団に責任を課さないと言う約定で受け入れています。監督者の指示に従い、自分の身は自分で守ること」


 しかし、その口から出る言葉は冷たく厳しいもの。


「特に、ブルーノ・メーベルトとエリアル・サヴァン。あなた方ふたりは多少の死人を出したとしても捕まえる価値のある商材です。くれぐれも、自身の迂闊さで周りに迷惑を掛けないよう、気を引き締めなさい。ここはバルキアで最も多くの荒くれ者を抱える土地です」


 しかしその厳しさは、彼の自負の高さに由来するもので。

 商材呼ばわりされても、彼の発言は不思議と不快に思わない。


 ルシフル領。周囲からはバルキア王国一治安が悪いと言われるが、近年の重犯罪発生件数は格段に少なくなっている。近年、ジャック・フリージンガー子爵がルシフル騎士団へ配属され、団長に登り詰めるまでの間に。

 ルシフル領の治安は悪い。過去には近付くだけでも犯罪に巻き込まれるほどだった。だが、過去になった。いや、過去にした。目の前に立つ、この、優男とすら言えてしまいそうな騎士が。


 もちろん現在でも小競合いや軽犯罪は頻発している。だが、よその地域で起きた犯罪が、ルシフルの住人によるものだと囁かれる割合は、明らかに減っているのだ。


 ゆえに彼は自身の治める騎士団が守る土地を、最も治安の悪い土地とも、最も悪人の多い土地とも言わない。彼が手綱を握るこの土地は、彼にとって治安の悪い土地でも、悪人だらけの土地でもないからだ。


 その彼からの名指しでの警告。大人しく良い子ちゃんに頷いても良かったけれど。


「……あなたにならって、勝負でも挑みましょうか。この土地の、実力者に」


 彼が行った犯罪抑制策は大規模なものからささやかなもの、暗躍するものまで数多あまたあるが、なかでも有名かつ効果的だったものがこれだ。

 悪人集団にありがちな縦社会と、矜持の高さ、そして、享楽さと賭け好きに付け込んだ、博打的な策。


 ルシフル領の領則りょうそくには、半年に2回住人と騎士団で大規模な賭け試合を行い、その試合に住人側が勝てば騎士団は半年間犯罪を黙認する、と言うむねの項目が存在する。騎士団が勝った場合は住人のルシフル領外での犯罪禁止が命じられるのだが、この約定はルシフル領に存在する主要な犯罪集団すべてに受け入れられている。受け入れさせたのは、フリージンガー団長だ。

 勝つ自信がないのか?と挑発して乗らせたこの賭け試合、開始して以来数年、騎士団は負け知らずだと言う。


 目の前のひとの実績を元に敢えて反抗的な言葉を吐いたわたしを、フリージンガー団長は目を細めて見返、


「後輩が失礼致しましたァ!」


 見返しただろう表情を見る前に、後ろから叩く勢いで頭を下げさせられたので、視界には地面が広がった。訓練でこの辺りは使わないのか、柔らかそうな草が生えている。


 横目で見れば、自分の黒髪の向こうにきらきらの白銀が覗いていた。草と同じくらい、柔らかそうな白銀。


「少し無鉄砲でひねくれたところはありますが、ちゃんと言い聞かせれば従えるやつです。先の非礼はわたくしからしっかり叱りますし、まだ1年のこいつの失態は監督役である私の責任です。罰は私に」

「おや」


 押さえ付けられているために上げられない頭上から、楽しげな声が振って来た。


「ウルリエ・プロイス。去年までは先輩に迷惑を掛ける側だったあなたが、1年でずいぶんしっかり先輩顔出来るようになったではありませんか。成長ですね」


 感心したような声を掛けられても、ウル先輩は頭を上げない。目の前の彼は、許すなどとひと言も言っていないからだ。


 そんなわたしたちから目を放し、フリージンガー団長はそれにしてもと呟く。


「総長兼第1班長ブルーノ・メーベルト、第2班長ウルリエ・プロイス、第3班長ラファエル・アーベントロート。エリアル・サヴァンは第1班のはずですが、頭を下げるのは本人とウルリエだけですか?」

「本人は下げさせられているだけだと思うが」

「ラフ!」


 ウル先輩の怒鳴りもむなしく、頭に置かれていた手が消える。

 頭を上げるべきか迷っていると、肩が少し乱暴に引かれた。引かれるまま身体を戻せば、分厚い胸板に背中が触れる。その胸から響くのは、ラフ先輩の声だ。


「アルは強い。見た目に反して。実証は効果的だと思ったので、否定しなかった」

「なるほど?ブルーノも同意見ですか?」

「いえ、僕は」


 夏の合宿とは異なり監督者付きのこの合宿では遠慮なく統括役を与えられたるーちゃんが、反論の途中でウルは過保護なんだよねぇと呟く。


「エリアル・サヴァンであれば発言への庇い立ては不要と判断したまでですよ。確かに彼女はまだ一年生ですが、自身の行動の責任は自身で取る覚悟くらいあります。もちろん、僕も彼女の監督責任を問われたならば、持つつもりがあっての静観ですが」

「へぇ?」


 相槌のあと口の中で小さく呟かれた、さすがサヴァンですね、と言う言葉が届いたのは、きっとわたしだけだろう。


 ああ、やっぱり、彼とは仲良くなれそうにない。


「……ご不満でしたらこのまま帰校しますが」

「おい!?」

「アル……?」

「エリアル?」


 先輩方の声は一旦無視して、フリージンガー団長の、警戒の滲む観察の瞳を見返す。商人らしい、値踏みする瞳。だが、警戒がバルキアの商人とは異なる。


 ただ珍しいものを見る目でも、ただおそれる目でもない。真実警戒すべきものを理解し、監視する目だ。


 彼はサヴァンのなんたるかを知った上で、わたしの、国殺しのサヴァンの前に立っている。


 だから、彼とは仲良くなれない。

 彼に、仲良くなる気がない。


 それはそうだろう。わたしだって、客観的に見れば自分が気色悪、


「ふむ、なるほど?」

「……へ?」


 頭に掛かった重さに、ぽかん、とする。


「良いでしょう」


 なぜ、彼はわたしの頭をなでている?


「ここの人間は、常に娯楽に餓えています。国殺しのサヴァンなんて見世物は、ちょうど好い気晴らしになるでしょう」


 いや、待て待て。話が掴めない。


「ただ、いくらなんでもあなたに直接ひとを傷付けさせるわけには行きません。おり好い道具が来ますので、明日余興をしましょう」

「え、あの」

「自分から言い出したのです。異論はありませんね?」


 わたしの頭をなでながら、フリージンガー団長はそれはそれは美しく微笑んだ。


「いや、えっと」

「ありませんよね?」

「……アリマセン」


 騎士科生たるもの、上からの命令は、ゼッターイ。


 微笑みの圧に屈しつつも、まぁ、ブルーノがいれば大丈夫でしょうとフリージンガー団長が呟いたことを、わたしの耳は聞き逃してくれなかった。




「説明は以上です。昼食まで自由時間としますので、荷解きと交流に使いなさい」


 言って、フリージンガー団長が姿を消した途端。


「っにゃ」

「お前ぇ!」


 勢い良く、ばっしぃんっと、頭をひっぱたかれた。


「なんっでそう、前のめりで喧嘩を売りにかかるんだよ!?ここどこかわかってるか?ルシフル領だぞ!?教師に守られた学院とは違ぇんだ!言動には気を払え!!」

「気を払った上であの返しだったのですが……」

「ウソだろぉ!?」


 ウル先輩が信じ難いと言いたげに、わたしを見下ろす。大きな両手に、がしっと頭を掴まれた。まるで、悪戯をして叱られる猫のような……。


「なんっで気遣いの結果がああなんだよ!?お前、一応理想の貴公子とか言われてんだろ!?さっきの言動じゃ理想の貴公子じゃなく戦闘狂の剣闘士じゃねぇか!」

「いや、サヴァンって結構戦闘狂じゃないか?」

「つか、野良猫?」

「それだな。強過ぎるせいで野良のくせにやたら毛並みが良い猫」

「言えてる言えてる」


 いや、待って。猫じゃないから。ウル先輩の叱り方は猫に対するものに似ているけれど、わたしは、猫じゃな……なにかなその呆れた眼差しは。


 と言うか、ヴィクトリカ殿下と親しくしている&括りとしては成績優秀者側な関係で正直今まであまり関わって来ていない、問題児側の騎士科生にまでそんな有名なんて、国殺しの二つ名の威力が怖いわあ。


「……エリアルが有名なのはサヴァンだからと言うより、交友関係と言動のせいだと思うけどぉ?」

「だな。演習時の活躍が派手過ぎる」

「お前らもぉ!フリージンガー団長にも言われてたが監督生だろうが!監督しやがれ!!」


 ウル先輩はどうしても、夏期演習合宿の班長らしい姿の印象が強いけれど、こうして同級生に囲まれているのを見ると、どちらかと言えばクララことクラウス・リスト先輩に近いひとなのかもしれない。

 立場があれば自分を律せるし、面倒見もとても良く頼られるひとだけれど、本当は誰よりも早く、飛び出して行きたいひと。

 真面目で、とても優しくて。でも、真面目だからこそ、優しいだけではいられないひと。


 ウル先輩からの叱責を受けて、るーちゃんが苦笑する。


「フリージンガー団長にも言ったけど、エリアルに監督は不要でしょぉ?さっきだって結局、丸く収まったんだし」

「あ・れ・を!丸くとは、言わねぇ!!」

「デスヨネー」


 いったいなにをやらされるのかわからない状態で頷いてしまったことに、我ながら遠い目になる。


「なにをさせられるのでしょうね、わたし」

「それを不安に思う心があるなら、最初っから喧嘩売るんじゃねぇ!」

「喧嘩を売ったつもりは、なかったですよ」


 頭を掴まれているからちゃんとは振れなかったが、首を振ろうとした動きはわかったのだろう。


「あれが挑発じゃなかったら、なんなんだよ」

「えーと、なんでしょうね……?」


 喧嘩を売ったつもりはない。自分を正しく警戒する相手に、取り入る気がなかっただけで。


 だってフリージンガー団長に、サヴァンと関わる理由はない。己の手で望みを叶えられるフリージンガー家の子が、サヴァンに取り入る利点なんてない。だから、彼とわたしの間に利害関係は成立しない。今後関わる予定もない。ならば仲良くなる気のない相手を顰蹙ひんしゅくさせてまで、わざわざ近付こうとする必要はない。彼もその方が良いだろう。


 と、思った、のだ、けれど、なぁ。


「喧嘩を売ったつもりもなければ、まして媚を売ったつもりもなくて、ただ、邪魔をするつもりはないと言う意思を伝えたかっただけで、帰れと言われれば大人しく従う気だったのですが……あの反応はなんだったのか」


 警戒していたはずのサヴァンに、彼は触った。勘違いでなければ、頭をなでた。

 そんな応答は、予想外だ。


『え?』


 聞き返す声は、複数だった。ざわめきのなか、気付いてない?嘘だろ?と言う囁き合いが聞こえる。


「……気付いてない、のぉ?」


 ざわめきを代表して、るーちゃんが首をかしげた。


「なにをですか?」


 聞き返せば、どよ、と、ざわめきにどよめきが混じる。

 るーちゃんが絶句し、ウル先輩が、呆れた、と言いたげに額に手を当てた。


「さすがだな、アル」


 ひとり平常を維持していたラフ先輩が、ぽふぽふとわたしの頭をなでる。


「フリージンガー団長に、気に入られた」

「えぇ……?」


 そんなわけないだろうと辺りを見回せば、お前本当に気付いていなかったのかと言いたげな視線を返された。


「……冗談ですよね?」

「エリアル、夏の演習合宿でラフがフリージンガー団長について言ったこと、覚えてるぅ?」

「ラフ先輩が?ええと、有能な指導者で、」

「そっちじゃないよぉ。ラフ、覚えてる?」

「ん?ああ、あれか」


 姐さんの問いに正解を出せなかった駄目なクロに変わって、あんちゃんが口を開く。


「フリージンガー団長はむしろ、目を掛けたお気に入りに対しての方が厳しい」


 ああ、そのせいでるーちゃんが辛かったって言う、あの話……って、


「あの」


 わたし、気に入られたと言われたような。


 るーちゃんがどこか儚げに微笑んだ。


「頑張ろうね、エリアル」

「明日、なにをさせられるのか、楽しみだな」

「だから、不用意な発言をすんなって言ったんだ」


 三者三様の反応を返す先輩方。対岸の火事な野次馬たちは、他人の不幸で飯が美味いとでも言いたげに愉しげで。


 自業自得、なのですけれども。


「えぇー……」


 今回も前途多難そうな演習合宿に向けて、わたしは気の抜けた声を漏らした。




 それから。


「……去年もこれ、やったのですか?」

「いや……」


 ウル先輩とふたり並んで木箱に腰掛け、無心で馬鈴薯ジャガイモを剥きながら訊ねると、虚ろな目をしたウル先輩は、虚ろな声で答えた。


「去年は初日から、騎士の鍛練に混じらされた。三年生はいなかったからな。騎士のなんたるかを教えるとか、仕事を体験させるとかではなく、ただひたすら、しごかれた」


 俺とラフが学年始めの演習試合で好成績だったのは、あのしごきのお陰がある、と語る声には、覇気がない。心なしか、髪のツヤもない気がする。


「きつくはあったが、実践的な訓練を受けられて、楽しかったな」


 まるで、懐古の台詞だ。

 そんな雑談をしながらも手は動いて、ウル先輩の手により剥かれたイモが水を張った桶に投げ込まれ、新たな薯が取られる。


「掃除も料理も草取りも騎士の仕事ではないですが、砦の維持には必要な仕事ですからね。持っていて悪い体験でもないでしょう」


 後方支援は、一般騎士の下に付く、兵士の仕事だ。兵糧兵、衛生兵、鼓笛兵などさまざまな専門兵が存在し、従軍医や従軍看護師もここに入れられる。騎士とは異なり、女性も存在する軍隊だ。


 貴族の出で最初から騎士になる道を与えられている王立学院騎士科生が、縁の下の力持ちの仕事を体験することは、上に立つ者として役に立つ経験になるだろう。


「いや、その意図がまるきりねぇとは言わねぇけどよ、普通に罰だろ、不良共への」


 建設的な意見を述べたと言うのに、ウル先輩にバッサリと切られる。


「そんな、疑わなくても」

「いや、良く周り見ろよ。俺らだけ明らかに仕事配分が多い。わかるか?専職の兵糧兵より多い仕事量だぞ?嫌がらせだ。間違いなく」

「それは……たまたま馬鈴薯の使用量が多かっただけでは?」


 目の前には、馬鈴薯の山。否、正確には、馬鈴薯の入った木箱の山。


「普通に使用する量じゃねぇだろ。砦の人数考えたって多過ぎだ」


 昼食後、今日の仕事と割り振られたのは厨房の手伝いと清掃。ウル先輩の第2班が厨房、ラフ先輩の第3班が清掃を命じられ、るーちゃんには別の仕事があると引き抜かれた我らが第1班は、半々で厨房と清掃に分けられた。

 料理班に入れられた生徒は下拵えの仕事を与えられ、現在各々与えられた野菜の下拵え中。だいたいひとりふたりくらいの生徒に1種ずつ野菜が割り振られたから、わたしとウル先輩で馬鈴薯と言うのは、字面だけ見ればおかしくない。


 現実を見ると、多くても4箱程度の割り当てのなか、10箱を超える量の馬鈴薯を与えられているわたしたちの仕事量は、どう考えてもほかと比べて多過ぎるのだが。


 どこの仕込み班より早く1箱剥き終えたと言うのに、終わりが近付いた気がしない。

 山盛りの剥き薯は早々に持ち去られ、空の水張り桶が置かれたし。


「明日、なにかあるのですかね?」

「なにかって」

「……芋煮会とか?」

「なんだそれ」

「芋を煮る会です」

「楽しいか?それ」


 さすがはウル先輩か、明日なにかあることについての疑問は持たないらしい。


「さあ。やったことがないので。……芋煮会ではないにしろ、なにかもよおしか、あるいは、合同訓練とか?」

「つまり、そのついででお前は見世物にされると?」

「ではないですかね?」


 後で片付けるからと言われたので、容赦なく足元に馬鈴薯の皮を落としているのだが、剥き終える前に自分が埋まってしまう気がしてならない。


「フリージンガー団長は騎士ですが、生まれは商家です。わたしのためだけになにか用意するなんて無駄なことは、なさらないでしょう」


 そもそも今日の明日で土地の有力者を呼び付けられるか?と言う話だ。

 元々なにか予定されていて、わたしはそこに乗っけられたに過ぎないのだろう。


「その、なんだかわからない催しで、この大量の馬鈴薯が使われると?」

「それなら量に説明が付くでしょう」


 馬鈴薯と言えばフライドポテト。フライドポテトとビールと言えば、球場のお供だ。


「なら、お前はこの大量の馬鈴薯が、なにに化けると思うんだ?」

「手っ取り早いとしたら、揚げるのでは?」


 ポテトチップス、フライドポテト、串揚げポテト、コロッケに、ハッシュドポテト。油は美味しい。揚げた馬鈴薯は、正義である。手軽に高温条件に出来るため、食中毒を防ぎやすいと言う点も催しもの向けだ。


「お前なら揚げるのか?」


 そのときたまたま、視界の端に明らかに干からびたパンが入ったのがいけなかった。


「コロッケなんか、美味しいですよね」

「コロッケ?」


 ……ご存じの方も多いかと思うが、コロッケは日本料理である。そもそも、日本式のパン粉である生パン粉からして西洋では見かけないもので。


 なにが言いたいかと言えば。


 コロッケなんて料理、バルキア王国には存在しない。


「…………噛みました。クロケッテです。クロケッテ」

「ああ、馬鈴薯のクロケッテは美味いな。で?コロッケってなんだ?」

「だから噛んだだけですって」

「嘘吐け。言い訳を考える間があったぜ?」

「そんなこと」


 クロケッテはコロッケと似た料理だが、西洋風のパン粉を使う。中の馬鈴薯も滑らかになるまで潰したマッシュポテトで、挽き肉やほかの野菜は入らない。どちらかと言うと、クリームコロッケの方が近いくらいの食べ物だ。


 クロケッテはクロケッテで美味しいけれど、やっぱり馴染みのあるコロッケのさくっほくっとした食感の方が好きだ。


「喰いてぇな、コロッケ」

「晩ご飯、クロケッテだと良いですね」

「クロケッテじゃなく、コロッケだろ?」

「しつこいですね」


 喰い下がるウル先輩へ、顔をしかめて見せる。


「言い間違いだって、言っているでしょう」

「いや、お前、しまったって顔したの、見たかんな?」

「気のせいですよ。それより、3班が掃除担当で良かったですね」


 催しもの向けの馬鈴薯料理なら、じゃがバターといももちも良いよなぁなんて考えながら、若干無理矢理話題を変える。

 こんなやり取り、夏期演習合宿でもしなかったか?どうしてウル先輩は、こんなに食にうるさいのか。


「いや、それは、まじでな。ま、フリージンガー団長はその辺外さねぇから、それほど心配してなかったけどな」


 それでも厨房手伝いと言われた瞬間、先輩方の空気が凍った。ラフ先輩の料理音痴ぶりは、なかなかに知れ渡っているらしい。


「そうなのですか?」

「どんなツテかは知らねぇけど、持ってる情報量が半端ねぇんだ。加えて頭も記憶力も良いから、情報を無駄にしねぇしな」

「それは怖いですね」


 豪商の血と人脈は伊達じゃない、と言うことか。


「ああ、だから、気を付けろよ?」

「なにをですか?」

「たぶん次会ったら、コロッケとはなんですかって訊かれるから」

「……本気で言っています?」

「本気で言っています」


 ちょ、敬語で返されると本気っぽくて嫌なのですが。そんな、雑用中の些細な雑談まで拾われるなんて、まさか。


「間違いなく、目は付けられているからな、お前」

「それは」

「王都に行くはずだったお前がルシフルになったのは、フリージンガー団長の意向だぜ?」


 そんな噂は、聞きましたけれど。


「わたしに、好かれる要素は」

「ない、と、言い切れるか?」

「嫌われる要素しか思い付きません」

「フリージンガー団長お気に入りであるブルーノに、あれだけ気に入られといてか?」


 るーちゃんに気に入られている自覚は、あるけれど。


 無意識に、腕にはめたままの腕輪を見る。漆黒の邪竜により認識阻害を掛けられたそれは、わたし以外には見えていても認識出来ない。

 これと同じ意匠のイヤーフックを、るーちゃんは今日も着けてくれていた。


 でも、それは。


「……フリージンガー団長は、わたしをサヴァンだと思っていますから」

「あん?」

「いえ。それにしても、さすがにこの量をふたりで剥くと手が潰れそうですね。明日なにをさせられるかわからないので、手が使えないと言う事態は避けたいのですが」


 ようやく4箱目に手を掛けながら、ため息を吐く。


「……手伝います」


 不意に上から投げられた声に、顔を上げた。


「ヴァッケンローダー子爵子息」


 ナイフ片手に馬鈴薯皮剥き隊への参加を志願したのは、オズヴァルト・ヴァッケンローダー子爵子息。夏期演習合宿で同じ班になった、第二王子派の二年生だった。

 成績もそれほど悪くなく、素行もまともな彼が、同じ行き先だと知ったときは少し驚いたけれど、わざわざ声を掛けて来たことは、さらなる驚きだった。


「お、オズヴァルト、良いのか?お前の持ち分は?」

「もう終わりました。莢豌豆サヤエンドウの筋取りだけだったので」

「悪いな。頼む」

「いえ。明らかに多過ぎますから。それに」


 椅子代わりの木箱を引き寄せて座りながら、ヴァッケンローダー子爵子息が言う。


「リカルド先輩ならたぶん、手伝ったと思うので」


 ヴァッケンローダー子爵子息が言うリカルド先輩はおそらく、リカルド・ラグスター男爵子息。同じく夏期演習合宿を共にした、第二王子派の三年生だろう。こちらはヨハン・シュヴァイツェル伯爵子息と共に、王都の騎士団へ行ったらしい。


「ああ、お前はそう思ったのか」

「ええまあ」


 ウル先輩の言葉へ頷きを返すヴァッケンローダー子爵子息を、きょとん、と見つめる。


「どう言うことですか?」

「ん、気付いてなかったか」


 気付く……?


 なんのことかと周りを見回す。真面目にやって終わりかけの者、真面目にやっているが量が多くて先が長い者、配分が少なかったからとたらたら怠けている者、配分が多過ぎてやる気をなくしている者、さまざまだ。


「去年とは違ぇが、これも演習っつーことだよ」


 ウル先輩からもたらされた手がかりをもとに、現状を分析する。


「この仕事への向き合い方も、見られている、と言うことですか?」

「そうだな。それで?」

「それで……」


 完全に先輩の顔になったウル先輩と、黙々と皮剥きを進めるヴァッケンローダー子爵子息を見比べる。


「仕事の配分が均等でないのは、そう言う場合にどんな行動を取るのかを見るためで、ウル先輩は不平等な状況でも真面目に仕事をこなせるかを測っていると思った?」

「おう」

「ヴァッケンローダー子爵子息は……戦況を見極めて助力する、もしくは、采配を変える能力を測っていると考えて、だから、最も多くの仕事を渡されているわたしたちに、手伝いを申し出て下さった、のですね?」

「ちゃんとわかるじゃねぇか」


 薯剥き中だからか腕の背でわたしをなでて、ウル先輩がにかっと笑う。


「次は言われる前にそこまで考えろよ?」

「はい」

「で?」

「はい?」


 ウル先輩が周りに視線を向け、首を傾げて見せる。


「お前はどう予測するんだ?」


 ……そこでひとつ嫌な予測が頭に浮かんでしまったのは、前世がある分の年の功だろうか。

 腹黒いから?なにを言うかなわたしより心の綺麗な人間なんて珍し、なにかなその目は。


「理由を付けて、叱るため、ですかね」

「は?」


 予測した嫌な仮説をそのまま口にすれば、わけがわからないと言いたげな視線を返された。

 薯を剥きながら、答える。


「……終わらなければ、この程度の仕事もこなせないのか、あるいは、助け合いも出来ないのかと、叱る理由になりますよね?」

「ま、そうだな?」

「逆に例えばウル先輩が仕事を再配分して全員協力して終わらせたとしたら、なぜ指示通りに動かないのかと叱る理由になります」

「それは、そう、だが」

「サヴァン、まさか」


 どうやらわたしの言いたいことに気付いたらしいヴァッケンローダー子爵子息に頷いて、続ける。


「どう転んでも、叱責のネタが拾えるのです。今の状況は」


 投げられて嫌な質問で上位に挙げられるであろう『なんで怒っているかわかる?』と同じ状況なのだ。現状は。めんどくさい恋人か教師か親か上司か、とにかく、めんどくさい相手に絡まれているのと同じ状態なのである。もし、フリージンガー団長の意図がこれだったとしたら、めんどくさいこと、この上ない。


「敢えて叱られない方法を挙げるとすれば、全員が与えられた仕事を独力でこなすことなのですが……」


 わたしとウル先輩はともかく、多過ぎる配分に完全にやる気をなくしている生徒もいるから、実現不可能な仮定だろう。


「なるほどな。ま、どちらにしろ、仕事は達成出来た方が良いことに変わりはねぇ。よし」


 なにやら思い付いた顔をしたウル先輩が、ニヨっと笑って立ち上がる。


「お前らぁ!こんなクソつまんねぇ仕事はとっとと終わらせるぞ!協力しろ!予定より早く終わったら、厨房担当と交渉してエリアルに間食作らせることにした!」

「ファ!?」


 ぎょっとしたわたしの声を掻き消す、鬨の声。

 先程までのだらっとした空気が嘘のように、猛然と下ごしらえに取り掛かる学生たち。


 突然の騒ぎに厨房の職員たちが何事かと見に来て、別人のように熱心に仕事に掛かる生徒たちの熱意に目を丸くする。


「ウル先輩……?」

「これは、取り消せないな」


 呆然とウル先輩を見上げるわたしに哀れみの眼差しを向けたヴァッケンローダー子爵子息が、ぼそりと呟いた。


「わたしの意見は」

「コロッケ頼むな!」


 おやつに揚げたてコロッケは確かに至福ですけれども!


「無茶振りが過ぎますよ……」


 思わず薯剥きの手を止めて両手で顔を覆ったわたしに、さ!とっとと剥くぞ!と言うウル先輩の声が振り掛かった。




 さくり。


「……それで」


 わたしと並んで木箱に座り、手にしたコロッケをかじりながら、るーちゃんが頷いた。


「エリアルが厨房のひとに崇められてるわけなんだねぇ」

「崇められては……」

「いるよね」


 うっ。


 るーちゃんから視線を逸らして、コロッケをかじる。美味しい。下味をしっかり付けたので、ソースなしで十二分に美味しい味だ。さっくさくの衣に、ほくほくの馬鈴薯と、混ぜ込んだ挽き肉の旨味がたまらない。


 あれから、よく考えたら素人に厨房なんて貸してくれるわけがないと気付いて普通に皮剥きを終えたのだが、なんと、あっさり、厨房と材料の提供を得られてしまったのである。


 なぜ!?と思ったわたしの目の前に差し出された、固形コンソメとカレールウ。

 すべてを察したよ自業自得だったよ……!挽き肉?蜥蜴肉だよ!!


 明日の催しのために簡単に作れる変わった食べ物があれば教えて欲しいと、包丁より戦斧が似合いそうな料理長に膝を突かれては、断るに断れなかった。

 明日の催しは、厨房職員たちにとっても戦いらしいのだ。街の料理屋と、売り上げを競っているとか。


 仕方なしに紹介したのが、コロッケとカレーパン。まず干からびたパンを使いたいと言ったことに驚かれ、目の粗いおろし金で作られた粗いパン粉に驚かれ、パン粉を霧吹きで湿らせたことに驚かれ、蜥蜴肉を当たり前に使ったことに驚かれ、汁気の少ないカレーに驚かれ、パン生地にカレーをぶち込んだことに驚かれ、パンにパン粉をまぶしたことに驚かれ、パン生地を油に投入したことに驚かれた。

 だが、恐る恐る味見したコロッケとカレーパンは、お眼鏡に叶ったようで。


「これで明日の催しも安心です!ありがとうございます!!」


 泣きながらわたしの片手を両手で握る料理長が完成しているわけだ。


「コロッケは揚げたてが一番ですが、カレーパンは作り置きでも美味しく食べられます」

「なるほど!では、今日中にカレーとコロッケのタネを作り、明日は朝から成型とパンの揚げを行えば良いと言うことですね!カレーパンは厨房で揚げたものを運び、コロッケは会場で揚げれば良いと。当日の運営まで考えた助言、感謝致します!」


 ぶんぶんとわたしの手を振り回す料理長からさりげなく手を回収しながら苦笑する。


「そんな……先輩から頼まれた間食作りのついでですから、お気になさらず」


 夏と同じく、わたしはレシピを渡して作るところを見せただけだ。調理指導はしていないし、するつもりもない。


 さくり、としんなりし始めたコロッケをかじった。


 寮のキッチンは簡易的なものだし、わんちゃんの貸してくれる調理室も充実はしているけれど規模は小さなものだ。

 必然的に、揚げ物をするとしても小鍋になる。


 それに対して砦で大人数の食事を支える厨房は、本格的だった。

 なんと、魔道具のフライヤーがあったのだ。


 温度の安定した大量の油で揚げた揚げ物は、やっぱり違う。我ながら美味しい。


 美味しい、が。


「それにしても、この時間にあんなに食べて、お夕飯は入るのでしょうか」


 間食と言う名の試作に群がる学生たちを見て、呟く。

 何度も言っているが、コロッケとカレーパンだ。どちらも揚げ物で、炭水化物である。作製者責任としてわたしは両方を食べたけれど、それにしたってカレーパンは一口食べて残りをるーちゃんに食べて貰ったのだ。片手にコロッケ、片手にカレーパンで食べている生徒の気持ちは、理解出来そうにない。


「んー、僕なら大丈夫だけどぉ?」


 小さな身体で大食漢なるーちゃんが笑う。コロッケを食べ終えて、今食べているのは二個目のカレーパンだ。


「男女差にしてもよく太らないですよね」

「運動しているからね」

「確かに普通科に比べたら騎士科生は動いていますね」


 コロッケの最後のひとくちを食べて頷く。

 ナイフとフォークも付けず、ただ油紙を添えただけの手掴み食べだと言うのに、そこは騎士科生か、それとも問題児ばかりだからか、忌避感もなくもりもり食べている姿はまさに若さあふれる青春の姿だ。


 眺めて目を細めるわたしを横目に、るーちゃんが笑った。


「太らないのは、エリアルも一緒じゃないの?」

「ええ……そうですね」


 エリアル・サヴァンは身体能力が高い割に、筋肉も贅肉も付きにくい。まるで空を舞う鳥のように、軽さに特化した身体。祖父の遺した剣がもしも力で振り回すような剣だったら、わたしには扱えなかっただろう。剣の重量に自分が振り回されてしまう。


「贅肉はともかく、筋肉はもう少し欲しいところです」

「今のままでも強いし可愛いけどねぇ」

「……ええと」


 るーちゃんから強さを褒められるのは純粋に嬉しいけれど、可愛いと言われると……。

 反応に困る言葉を投げられて返しに詰まったわたしを助けたのは、上から振って来た声だった。


「与えられた仕事を終わらせて、次の仕事を求めもせず何をやっているのかと思えば」


 水を使う厨房は、同じ階のほかの部屋より三段底面が低くなっている。ゆえにその入り口には入ってすぐに階段があって。

 その階段の上、扉二枚ぶんほど造られた踊り場の手すりに肘をかけ、フリージンガー団長が厨房を見下ろしていた。ちょうどその真下に箱を置いて座っていたわたしたちの、頭上だ。


「さぼって優雅に間食ですか?」


 伏せられた瞳がこちらを向く。

 疑問形を装ってはいるが、どこかに潜ませた監視役からの報告で、経緯いきさつと主犯など把握済みなのだろう。


「コロッケとはなにかとこちらから訊く前に、実演して見せたわけですね」


 ……助けなのか追い打ちなのかは、迷うところかもしれない。


「監督官を付けなかったのは、あなたの落ち度でしょう?生徒の実力も、見誤った」


 るーちゃんが微笑んで、言い返す。


 前もっての反応からもっと従順に言うことを聞くのではと思っていたのに、意外と反骨精神に溢れる対応だ。そう言えばわたしについて問われたときも、がっつり反論していたし。


「そのようですね」


 ふ、と、フリージンガー団長が顔に笑みを貼り付ける。


「ウルリエの鼓舞がここまで効くとは思いませんでした。ブルーノ、あなたの仕事も、予想以上に早くなっているようで」


 ひとり料理と掃除の班から外されたるーちゃんの仕事は、砦の医薬品管理だった。医薬管理室にある医薬品の状態を確認し、不足するものや悪くなっているものを整理し、可能であれば新しいものを作るようにと。

 来た学生ではるーちゃんにしか出来ないような大変な仕事であると同時に、るーちゃんに対する信頼がなければ頼めない仕事でもある。それだけフリージンガー団長が、るーちゃんを認めていると言うことだろう。


「僕の場合は材料提供を待つ間の休憩を取っているだけで、終わったわけではありませんけどねぇ」

「去年のあなただったらまだ在庫確認が済んでいないでしょう」

「騎士になれたとして」


 るーちゃんが肩をすくめる。


「僕は事務方でしょうから。求められる能力を磨くのは当然では?」

「良い心がけです。結果も出ている。ウルリエも」


 わたしを心配してだろう。間食争奪戦の輪から出てこちらに近付いて来ていたウル先輩へ、フリージンガー団長が目を向けた。


「たるんだ生徒に飴をちらつかせて働かせるとは、一年前と比べてずいぶんとずる賢く成長したようですね。……三日目からは班編成を変えましょうか」

「ここでは巧いこと手を抜くくらいで丁度良いと、去年教わりましたから」


 答えつつ、ウル先輩がフリージンガー団長にお皿を差し出す。コロッケ三つと、カレーパン二つが乗っていた。


「次の指示を仰がず勝手な行動を取ったことは、こちらでお目こぼし頂けると」

「この程度で買収しようと?」

「こちらもお渡ししましょう」


 ウル先輩からお皿を受け取って首を傾げるフリージンガー団長へ、追加で差し出されたのは畳んだ紙。


「それ」

「原本じゃねぇよ。写しだ」


 やっぱり料理人さんたちにわたしが渡したレシピか。


「……固形カレールウのレシピの方が嬉しいのですが」

「機密事項です」


 ちらりとこちらへ流された視線には、きっぱりと答える。

 天下の豪商フリージンガー家に恩を売れる機会は確かに美味しいが、フリーズドライ技術はせっかくツェリに付けた付加価値だ。こんなところで自分のために切る札ではない。


「ふ。まあ、この、生パン粉、だけでも価値はありますか」

「……生パン粉を使った料理でしたら、もういくつか提案しても良いですよ」


 エビフライをはじめとしたフライ類に、トンカツをはじめとしたカツ類。生パン粉の用途は、なにもコロッケとカレーパンだけではない。カレーパンだって、中身をカレー以外にすればいくらでも応用は利く。


 代替案に食い付いたのは、商人の目になったフリージンガー団長だけではなかった。


「その話、詳しく」

「あなたにはこの二品だけです」


 料理人なら自分で創意工夫してくれたまえ。


 きらきらした目でわたしを見つめる料理長の申し出は、にべもなく断った。

 いつか新たなパン粉料理を考案してくれることを、期待しているよ。


「ふむ」


 そんなわたしと料理長のやり取りを見下ろしながら、フリージンガー団長がコロッケに手を伸ばす。ひとくちかじり、目を細めた。


「悪くない味ですね」


 頷きながらぺろりとひとつたいらげ、カレーパンを掴む。


「パンの中に具、ですか。雰囲気としてはピロシキに近いですかね」

「そうですね」


 と言うか、ピロシキに着想を得て作ったと言う説すらあったはずだ。似ていると言うか、元祖?

 料理ならコロッケやトンカツだってそうだし、和製英語や国字、かな文字だって、ほかから取り入れて改造したものだ。前世の祖国はみずから産み出すことはあまり得意でないけれど、自分好みに改変することだけは他の追随を許さないところがあった。


 だから、わたしの作る料理の一部は、亜種で通せる。パン粉もコロッケもカレーパンも、既存料理と似ているから。カレーだって、欧風カレーならスパイス入りのシチューでごり押し出来る。


「ふむふむ……」


 考えるように首を傾げながら、フリージンガー団長がさらにコロッケに手を伸ばす。ふたつめ。みっつめ。どうやらお口に合ったらしい。カレーパンももうひとつ。

 体型、わたしに近いのだけれどな。胃袋はるーちゃん寄りらしい。


「良いでしょう」


 ウル先輩の渡したお皿を空にしてから、フリージンガー団長は頷いた。


「おすそわけとレシピに免じて、今日のところは不問にしましょう。次からはすぐ指示を仰ぎに来なさい。休憩が欲しいと具申ぐしんされれば考慮しますから、勝手に休みにはしないように。まあ」


 かつん、とフリージンガー団長が踵を鳴らす。

 滲み出る、存在感。

 気付けば部屋中の視線が、彼に集まっている。


「作業の早さは評価に値します。協力して効率よく進めたことも素晴らしい。ご褒美になるかはわかりませんが」


 ふっと笑った顔は、それは美しいものだった。


「夕食までの腹ごなしに、身体を動かしなさい。うちの精鋭が面倒を見ます。ただし」

「ぶにゃっ」


 上から襟を捕まれ、猫のように拾い上げられる。片手で。どんな筋肉だ。


「サヴァンは掃除班と訓練を見てくれる騎士のために同じものを。料理班にだけでは不公平ですからね。ブルーノを手伝いに付けます。終わったら、ふたりでブルーノの仕事の続きをしなさい」

「はい」


 首が絞まる前に床に足を付けたわたしの下で、ウル先輩が嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


今年中にこの合宿を終わらせたいと言う無謀な野望

言うだけならばタダです

実行出来るかはその目でお見届けください


続きも読んで頂けると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 年内にお逢い出来るとは・・・。 ありがたや、ありがたや。 [一言] 団長さん、もう少し脳筋寄りを想像しておりましたので、貴族的・商人的にかなりの遣り手さんな雰囲…
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