取り巻きCと花祭
取り巻きC・エリアル視点
エリアルさん高等部一年生の年末
前話の前と後の時間軸です
きょとん、として振り返る。
「好きな花、ですか?」
鐘楼の鐘の音が大音量で鳴り響くなか、唐突に好きな花はと問い掛けて来たのは、ヴィクトリカ殿下だった。
久し振りに訪れた鐘楼に、なぜか今日はツェリに殿下にテオドアさま、るーちゃんことブルーノ・メーベルト先輩にアーサーさまと、大人数が集合した今日。
わたしとるーちゃんとアーサーさまで、治癒魔法を鐘の音に乗せる方法を模索しているあいだ、ツェリたちは後ろでなにやら話していた。
おそらくその話の流れで、わたしに問いが投げられたのだろうが、なにしろツェリたちの話は全く聞いていなかったので、どう言う趣旨の問いかがわからない。
「花祭の話をしていて、好きな花の話題になってね」
わたしの表情から疑問を読み取ったのだろう。殿下が問いの意図を教えてくれる。花祭とは、前世で四月八日前後に行われていたお釈迦さまのお誕生日の祝祭、ではなく、この世界独自のお祭りだ。
時期も春ではなく冬。前世で言うと成人式のあたりに行われる。ただし、成人式のような人生の節目を祝うものではなく、仕事始めに向けた景気付けの行事に近い。この世界では基本的に年末年始、暮れの半月と明けの半月は仕事を休むことになっていて、花祭はその休暇最終日に、ぱあっと華やかなことをやって元気に一年過ごそう!と言う願掛けみたいなものなのだ。まあ、休暇については形骸化していて、普通に期間中働いているひともいるけれどね。騎士とかお医者とかだと、全員休まれても困るし。
ちなみに貴族にとっては、そこが社交シーズンの始まりでもある。クルタス王立学院に通う生徒たちにとってもそれは同じで、高等部生ともなれば、冬期休暇開始から花祭までは帰省し領地で過ごし、花祭後から冬期休暇終了までは社交の場となる王都の、町屋敷で過ごすと言う生徒がほとんどだ。学院自体もそれを見越して、花祭の日から三日間を休暇中の中間登校日に当てているし、ね。
花祭と言っても大々的になにかお祭りが開かれる、と言うことはない。
ただ、花祭の一日、貴族も平民も関係なく、女性は頭や髪や首許に、男性は服のどこかに、造花の花飾や花の刺繍がされたスカーフを着けて過ごす。家の玄関や窓にも、花飾を盛り盛りに付けるひとが多い。花飾の形や花の種類に決まりはないが、出来るだけ派手なものが好まれる。
ひとにも家にも花が咲き、冬場は地味になりがちな世界が、花祭の日だけはとても華やかになるのだ。
「花祭は毎年、黒い花飾を着けていますが」
それも、男装を始めてからは服のどこかに。
造花や刺繍なので、実在の花である必要はない。実家にいた頃から変わらず、サヴァン家の人間が着ける花飾は真っ黒だ。アクセント程度に一部ほかの色を入れることもあるが、メインの色は必ず黒。
自分で作るようになってからは形でこそいろいろ遊んでいるが、色に関しては一切の浮気もなく黒一択で来ている。黒髪黒服に黒い花飾。悪魔でも名乗れそうだ。
「黒い花、と言うと、黒薔薇かな?」
「いえ、薔薇に限らず、黒い花ですね」
「今年は花ですらなかったじゃない」
んん……?
ツェリの指摘に首を傾げて、今年の一月の記憶を呼び起こす。ええと、年中行事は、どれが何歳のことだったかわけわからなくなるのだよね……。ああ、そうか。
「いちおう、花もありましたよ」
今年は猩々木、ポインセチアと言った方が通りが良いかな?と、似た植物の造花を連ねてたすき掛けにしたのだった。確かに目立つのは苞だけれど、ちゃんと真ん中に花がある。小さく目立たなくても、花は花だ。月桂冠を被るひともいるくらいだし、許されるだろう。
「今年も黒い花か?」
「はい」
黒い花、と言うか、ヤドリギの造花でスヌードを作ろうかと考えて、すでに材料を用意してある。柔らかい素材にしたので、普通にモコモコの防寒具になるのではないかと予想。白い実を付ければ、多少華やかにも見えるだろうし。
「エリアルは、毎年手作りしてるのぉ?」
「ええ」
「えらいねぇ。僕はいつもぎーちゃんが用意してくれるのを着けるだけだから、なんだか申し訳ないなぁ」
「毎年同じものを使い回すひとも多いですし、良いと思いますよ?」
貴族は流行に合わせて毎年派手なものを新調する者が多いが、平民の場合は毎年同じものを使い続けるひとの方が多いはずだ。子供が生まれたら最初の花祭に刺繍入りのスカーフを作って、それをずっと使う、みたいな習慣の村もあると言う話。その程度の、軽い行事なのだ。
「んー……でもねぇ」
「なにか問題があるのですか?」
「ぎーちゃんにまかせると、ちょっと可愛過ぎてぇ……」
ああ、うん。
ぎーちゃんことギーセラ・メーベルトさんの姿を思い浮かべて、納得する。顔立ちや体型も可愛らしいが、服装もたいそう愛らしいひとだった。
まあ、姉弟だけあってぎーちゃんとるーちゃんは似ているし、騎士科の聖女の呼び声高いるーちゃんなので、可愛らしい花飾やスカーフを着けても違和感がないとは思うけれど、男子高校生としては思うところがあるのだろう。
「かと言って、断るのも気が引ける、ですか?」
「そうなんだよ、ねぇ……」
心境を慮って訊けば、るーちゃんは眉尻を下げて頬を掻いた。
姉思いのるーちゃんなので、善意のぎーちゃんの思い遣りを断れないようだ。
んー、と考えて、提案する。
「わたしが造りましょうか?」
「えっ?」
「るーちゃんにはいろいろとお世話になっていますし、お礼に花飾をお造りしますよ。後輩が造ってくれると言うから、と伝えれば、ぎーちゃんも納得してくれるのではないですか?」
平民は造花を使い回すことが多い、と言っても、お洒落な若い娘さんたちなら可愛い装飾品を着けたいとも思うわけで。
実はゾフィーの仕立て屋では、毎年年末に行われる年越えの市に花飾や刺繍入りスカーフを販売していたりする。それも、一工夫して、パーツをひとつ取り外せば派手さが消えて、普段使いも出来るような細工をしたものを。花祭に着けた装飾品を、春になったらお洒落に使えるようにしているのだ。お陰さまで好評を頂き、毎年完売御礼です。
刺繍入りスカーフはヴィリーくんが事務仕事の気分転換にこつこつ作り貯めているものだけれど、花飾りはわたしかニナさんが造っている。そのうちひとつを男性向けに造って、るーちゃんに回すくらいなら、大した手間でもない。
そんな軽い気持ちの提案だったのだが、るーちゃんは驚いたようだ。
「……良いの?」
「ええ。花飾ひとつでしたら、それほど手間も掛かりませんから」
「それじゃあ、お願いしようかなぁ。なんだか、ごめんねぇ」
「いえいえ。るーちゃんのためでしたらお安いご用ですよ」
好きな花は、なんですか?
どうせならと訊ねれば、勿忘草と桜だと答えられた。可愛過ぎて困ると言うわりに、可愛らしいチョイスだ。
……当然、と言って良いのかはわからないが、この国の桜は染井吉野ではない。基本的には房状に花を咲かせるものが多く、花と葉は同時に出る。パッと見するとこの国で桜と呼ばれている花よりも、アーモンドの方がよほど桜らしく感じるくらいだ。
「あ、桜って言っても、房桜の花じゃなくて、実桜の花が好きだよぉ。アーモンドの花も好きだけど、やっぱり桜かなぁ」
「……もしかしてさくらんぼが好きなのですか?」
「違うよぉ。実も好きだけど、ちゃんと花が好きだからねぇ」
驚いた。
この国のひとびとの花に対する感性はどちらかと言うと西洋的で、大輪で派手に咲く花の方が好まれるから。房桜ならば好むひとも見ないわけではないけれど、よりによって実桜を好むひとに出会うなんて。
言っては悪いけれど、地味な方だと思う、実桜は。品種改良もあまり進んでいなくて、大量の葉の中に埋もれるような花だから。
そんなものに愛着を覚えるなんて、わたしくらいだと思っていた。
「……わたしも好きです、実桜」
「そっかぁ」
お揃いだねぇ、と、るーちゃんが頬笑む。
ふんわりと、優しくほころぶような笑み。
桜や勿忘草は、とてもるーちゃんに似合いそうだ。
「黒くないじゃない。桜」
なんとなくのほほんとしたところで、ツェリが割り込んで来る。
「花飾が黒と言うだけで、黒い花だけが好きなわけではありませんから」
不満そうな声で言われて、苦笑を返す。黒い花を着けるのはあくまで習慣であって、黒い花しか認めないと言うことはない。
「お嬢さまの花飾は、色とりどりなものを用意していたでしょう?」
「そうね。ここ数年は、自分で手配しているけれど」
む。
ツェリは不満そうだけれど、それはわたしなりの気遣いだ。せっかくの娘に喜ぶミュラー公爵婦人に、娘と髪飾りを選ぶシチュエーションをプレゼントしているのである。それに、ツェリだって自分の好みで花飾を選びたいだろうし。
「ミュラー公爵婦人が、毎年助言を下さるのでしょう?わたしが造るよりも、ずっと良いものが出来ますよ」
なにせ、公爵家御用達の商人が手配する品である。金銀宝石すら使われた、それはそれは豪奢な造花になる。加えて、なによりの理由は、
「それに、そうやってお金を使って経済を回すことも、貴族の立派な仕事ですから」
公爵家が高い買いものをすれば、御用商人が潤い、商品の仕入れ先である工房が潤い、材料を売る卸業者が潤い、材料の生産者も潤う。商工業従事者が潤えば食費をケチらなくなるので、食品の売り上げも伸びて、農業関係者にも潤いが回る。
まさに、風が吹けば桶屋が儲かる話なのだ。
着倒れしろとか、贅沢のために搾取しろとは言わないが、余裕のある高位貴族ならば相応に景気好くお金を使うべきなのである。お金が天下を回ってくれないと、経済が停滞するばかりだからね。いわゆる、公共事業と、似た扱い、になるのかな?
ツェリを諭した言葉だったのだが、なぜかるーちゃん以外の男性陣が気まずげに目線をそらす。……どうしたのだろうか?
ああ、ちなみに、上記の理由で、と言うか、そう言う建前を引っ提げて、ゾフィーの仕立て屋の造花販売先は平民に限定している。
もともと、街のお嬢さん方に気軽にお洒落して貰う目的で置いている商品なので、安カワを目指して材料費をケチりにケチって、出来る限り安価に販売している。あくまで、お金に余裕のないひとの、ちょっとした贅沢品。多少高くても平気で嗜好品を買えるような、貴族のお客さまはお呼びでないのだ。
金持ちの道楽で街の娘さんたちのささやかな楽しみを奪われては、堪ったものでない。
こんなことを言ってしまうと貴族のお怒りを買いそうなので、建前を押し出してふわっとお断りしているけれどね。
当然ながら転売も禁止していて、花飾を買ったひとについては全員名前と買った商品を控えさせて貰っている。……ないとは思いたいけれど、身分を盾に無理矢理奪うようなことも、考えられるから。本当に安物、言わば百均や量販店の商品みたいなものなので、そこまでする価値なんてないのだけれどね。
平民と違って貴族にとっては、夜会のドレスと同じ権力や経済力の誇示だ。わたしやるーちゃんのような低位貴族ならばともかく、ツェリたちのような高位貴族ならば、それなりに豪華な品を着けなければ、格好がつかない。
手作りの品が許されるのは子爵家まで、伯爵家でも、良い顔はされないだろう。まして公爵家の人間が理由もなく素人の手作り品など身に付けようものならば、顰蹙はまぬがれない。
平民や子爵家、男爵家であれば家庭的のひとことでむしろ好意的に受け止められることも、伯爵家以上では品位を下げる振るまいと叩かれかねないのである。
高位貴族のご令嬢みずから刺繍を入れることが許されるものなんて、ハンカチや私用のクッションくらいなものだろう。……それでも刺繍が淑女教育の項目に入れられるのだから、貴族社会は複雑怪奇だ。
「あなたは毎年手作りじゃない」
「子爵家なんてほぼ平民ですよ」
「差別だわ」
「そうですね」
口論する気もないので、素直にその通りだと認める。
「子爵家と公爵家では、持つ権力も、お金も、役割も違います。差があって、別たれているのです」
サヴァンはイレギュラーとは言え、子爵家は子爵家だ。そしてミュラー公爵家は、文門筆頭公爵家。生き馬の目を抜くような権力争いの渦中、子爵家令嬢ならばと大目に見られることでも、筆頭公爵家のご令嬢がやれば、即座に弱みとして突かれかねない。
ただでさえ、罪人の娘だ、成り上がりだと、妬まれ揶揄されるツェリに、弱みの上塗りは出来ない。
「あなたは、そんな風に、思っていたの」
傷付いた顔。
痛みと共に安堵を覚えたわたしは、冷酷だろうか。
いっそ、嫌われてしまえば、わたしはツェリを脅かさなくて済む。
直接でなくとも守る方法だって、ないわけではないのだ。
「変わらずそばにいてくれると言ったのは、嘘?」
「っ……、」
反射的に違うと答えかけた言葉を、無理矢理に押し留める。
「……聞き分けの悪い子は、嫌いですよ」
苛立ったような溜め息を落として、ツェリに背を向ける。
「アーサーさま、るーちゃん、申し訳ありません。そろそろ行かなければ。刺繍の先生に呼ばれておりまして」
「ぁ……はい」
「そっかぁ。忙しいのにごめんねぇ」
「いえ。こちらこそ、長く時間が取れず申し訳ありません。花飾の意匠をいくつか考えておきますので、あとでそちらも相談致しましょう」
「うん。ありがとう。じゃあねぇ」
そのまま一礼して、鐘楼を立ち去った。刺繍の先生に呼ばれているのも、その約束の時間が近いのも事実だ。けれど、状況的にあからさまな当て付けだと感じられただろう。
嫌なやつだと思ってくれれば良い。
そうして、嫌って、わたしから離れてくれれば。
結局国殺しのサヴァンには、嫌われものがお似合いなのだ。
「……もう少し、きみたちは賢いと思ってたんだけどなぁ」
エリアルが立ち去ってしばらく、静まり返った鐘楼のなかでブルーノが呟いた。
「どう考えても、きみたちの立場を慮っての言葉だったよねぇ?」
優しげな口調ながら、中身は叱責だ。
「おまじないが気になるのはわかるけどぉ、それで仲違いしていたらぁ、本末転倒じゃないかと思うよぉ?」
表面上は聖母のような微笑みだが、その目の奥は冷えきっている。
冷たく凍ったそれは、怒りか、呆れか。
「あなたに、なにがわかるの」
正論とはわかっていても、ツェツィーリアは八つ当たりのように反論していた。
「わからないねぇ。でも、それはみんな同じことだよねぇ」
そんな八つ当たりめいた言葉に怒ることもなく、ブルーノは静かに言った。
「子爵家と公爵家では、一年間に使うお金が倍以上に違う。そうなれば自然と、着るものも食べるものも住む場所も付き合う相手も、子爵家と公爵家では変わって来るんだよ」
わざとでもなんでもなく、すでに差は存在するのだと、ブルーノは語る。
「そのなかで、エリアルはずいぶん歩み寄っていると思うよぉ。歩み寄ってなかったら、花飾を作らないなんて気遣いは出来ないでしょう?変わらず作って、お互いに周囲から責められたはずだ」
エリアルと一緒にいて、エリアルの礼儀知らずや知識不足が理由での批判を、受けたことはある?
ブルーノに問い掛けられて、ツェツィーリアは首を振る。
視線を移したブルーノが、ヴィクトリカたちに目を移して問い掛ける。
「エリアルと過ごしていて、エリアルの行動や言葉が、嫌な意味で目に余ったことはある?」
三人とも、ない、と首を振った。
「それって、エリアルがきみたちのことを理解しようとしてくれたからにほかならないんじゃない?エリアルが自然な様子でいるから気付かないかもしれないけど、普通の子爵令嬢が王族や公爵家の息女に囲まれるなんてあり得ないことだからねぇ?よほど出世欲が高いとか無頓着とかでもない限り、まず近寄らないと思うよぉ。うっかり失礼でもあって、怒りを買ったら家が終わるからねぇ」
穏やかな声ながら残酷な内容を告げたブルーノにツェツィーリアは、でも、と反論する。
「騎士科のひとたちは?ヴィックやテオと、普通に過ごしてるじゃない」
「それはぁ、」
「それは違う。ツェリ」
答えようとしたブルーノの言葉を遮って、テオドアが否定を口にする。
ブルーノは目を細め、テオドアの言葉を待った。
「騎士科は騎士を志す人間の集まりだ。最初から、誰かに仕えることが決まっていて、幼少からそのための訓練を受けている。……騎士にとって主は、友人じゃない」
ちらりとヴィクトリカに目をやってから続けられた言葉へ、ヴィクトリカが苦笑を返した。
「友にはなれずとも、国を守る戦友ではあると、理解しているよ」
「ああ。我が剣は、あなたと国のために」
「お前の剣に報い、尽力に足る国を」
テオドアが跪いて、ヴィクトリカに頭を垂れる。ヴィクトリカは鷹揚に頷き、跪くテオドアに慈愛のこもった目を向けた。その光景を見たツェツィーリアが、目を見開き絶句する。
自分とは、覚悟が違う。痛感せずにはいられなかった。
ヴィクトリカは必要とあらば、テオドアを死地へさえも送り込むのだろう。その命を、一生背負う覚悟を持って。そしてテオドアも、来るべき時に命を懸ける覚悟がある。
自分のためなら命を捨てるであろう黒猫と、同じように。
対して、自分はどうであろうか。
求めるばかり、疑うばかりで、少しでも黒猫に報いたか?
美しい顔が、ぎゅっと歪められた。
それでも。
「それでも」
絞り出すように言ったツェツィーリアに、その場の面々の視線が集まった。
柳眉を寄せて顔を歪めながらも、その目は強い光を宿していた。
「効果なんてないようなおまじないでも、すがりたいと思っては駄目なの?」
クルタス王立学院高等部に、ひっそりと伝わる言い伝え。とある少年が愛する少女に花祭の花飾を作って欲しいと頼んだ。少女は少年とずっと一緒にいたいと願って、花飾を作った。少年は少女から贈られた花飾を着けて、花祭に参加した。少年はその後騎士となり、戦地に向かった。少女には隣国の貴族との縁談が持ち上がった。けれど縁談はたち消え、少女は無事戻って来た少年と結ばれることが出来た。
その言い伝えから、出来た、ささやかなおまじない。
好きなひとから贈られた花飾を花祭で身に着けると、あるいは、好きなひとに花飾を贈ってそれを花祭に着けて貰えると、相手とずっと親しくいられる。あるいは、結ばれる。ずっとそばにいられる。
囁かれる噂はさまざまだが、その意味する願いは同じ。
好きなひとと、共に。
意味などないとはわかっている。そんなものにすがって、馬鹿馬鹿しいとも。
それでも。
「なんとしてもあの子と共に在りたいと願うのは、間違い?」
問い掛けるツェツィーリアを、ヴィクトリカも、テオドアも、アーサーでさえ痛ましげに見詰めた。
否定の言葉は、出ない。それは、紛れもない、彼らの願いでもあったから。
下らないおまじないに頼りたかったのは、ツェツィーリアだけではない。彼らも、また、同じ願いを抱いていたのだ。
ブルーノがため息を吐いて、口を開いた。
「それを」
出来の悪い妹を見守るような、優しさと慈しみのこもった目を、ツェツィーリアに向けて言う。
「素直に言えば良かったんだよ」
当たり前のように言われた言葉が、喉につかえる。
「え……?」
「だからねぇ」
幼子を諭すような口調で、ブルーノが語る。
「エリアルがおまじないのことを知らなかったら、常識を元に突っ跳ねるしかないでしょう?でも、きみがきちんと事情を説明して、だから花飾が欲しいんだって伝えれば、あそこまで無碍に切り捨てることはなかったんじゃないかなぁ?」
エリアルがおまじないのことを知らない?
あの、情報は何よりの武器だと語る子が?
いや、でも、そうか。
言われてみればあの子は、変なところで噂に疎かったりするところがあった。
こんなささやかなおまじないのことなんて、知らない可能性もあるかもしれない。
「きみが本気で望むなら、エリアルは叶えてくれるでしょう?」
ブルーノの言葉は、今度は喉につかえることなく、すとんとツェツィーリアの中に落ち着いた。
そうだ。
あの子は何度も、私の手を離そうとして。
それでも私が望むからと、何度でも握り直してくれていた。
私が本当に望まないことを、回避しようともせず受け入れさせる子じゃない。
でも、
「でも、怒らせたわ」
「そうだねぇ。きみは間違えた」
首を振るツェツィーリアに返されたブルーノの言葉は、容赦のないものだった。
ぐっと息を詰めるツェツィーリアへ、しかしブルーノは微笑み掛ける。
「きみは自分の非を認めて、ごめんなさい出来るかな?」
「臨時の、勉強会、ですか?」
刺繍の先生、ヘルミナ・オウエンミュラー先生の話は、予想だにしないものだった。
「そう。希望者を募って、刺繍やお裁縫の勉強会をするつもりなの」
貴婦人然とゆったり喋るオウエンミュラー先生は、のほほんと微笑んでのたまった。
「その指導役を、あなたにもやって欲しいのよ。もちろん、お給金は出すわ」
「時間のある時でしたら構いませんが……」
収入が増えるのに否やはないけれど。
「どうしていきなり、臨時勉強会を?」
技術不足が問題になったとか、そう言う話は聞いていない。むしろ、わたしが補習を見た中等部の子たちに関しては、刺繍の腕が格段に上がったと言われているくらいだったはずだ。それがわたしの指導のお陰かみんなの頑張りのお陰かは、わからないけれど。
「目標があれば、苦手なものも頑張れるのではないかしらと、思ったの」
どこか少女のような無垢さを感じさせる口調で、オウエンミュラー先生は語る。
「目標、ですか?」
「そう。ほら、おまじないのお話、ご存じでしょう?」
「おまじない?」
はて、なんのことだろう。
首を傾げたわたしに、あら、ご存じないの?と微笑んで、ころころと笑いながら、大事な宝物について内緒話でもするように、オウエンミュラー先生は教えてくれた。
昔々の夢物語と、そこから生まれたおまじないのことを。
「ね、素敵でしょう?」
きらきらした笑みで問うオウエンミュラー先生にそうですねと答えながら、わたしは内心上の空だった。
やらかした、と言う気持ちが、ぐるぐるとお腹のなかを回っている。
それは、るーちゃんが驚くはずだし、ツェリが拗ねるはずだ。
気もそぞろながらどうにかオウエンミュラー先生との会話を終わらせ、部屋に戻ったわたしは、思いっきり頭を抱えた。
そんな迷信、知らなかった、と、言い訳は……出来ない。残念ながら。
知っていたのだ。その、おまじないのことは。
知っていて、スルーしていた。
思い出すのは平たい画面。液晶の向こう側で頬笑む、勝ち気な顔立ちの青年。胸元には、造花の薔薇を着けている。紺色の、薔薇だ。
おまじないは、第二王子ルートにおける、重要なアイテム。ヒロインが差し出す薔薇は、進んでいるエンドによって第二王子からの扱いが異なる。
バッドだとその場で拒絶され、グッドだと受け取っては貰えるが着けては貰えない、ハッピーだと受け取った上で着けて貰える。
第二王子ファンから見ると、あの高慢な第二王子が手作りの造花を受け取るなんて……と感動する場面だったらしい。
ほかの攻略対象では使われないアイテムだったし、初等部・中等部ではそんなおまじないを聞かなかったので、完全にないものと思って忘れ去っていた。とんだ失態だ。
「うー……」
るーちゃんは深い意味などないだろうと大人の対応をしてくれそうだが、問題はツェリと、会話を聞いていたヴィクトリカ殿下たちだ。わたしは、自由な婚姻など許されぬ身。それを、るーちゃんに対し誤解されるような行動を取って、危険視されないと良いのだが。
わたしが危険視されるのはいまさらだし構わないのだけれど、るーちゃんが被害を被るのは申し訳ない。
るーちゃんの特異性をなくす方法として、最適なのは花飾をばらまくことだが、
「手作りの花飾を否定した手前、それはなぁ……」
呟いて、深く息を吐く。
なにも、ツェリが憎くて駄目だと言っているわけではない。
だが、バッドエンドルートで第二王子がヒロインの造花をにべもなく断ることからもわかるよう、非常識なのだ、その行動が。
だからこそ、手作りの花飾を渡されることと、着けて貰うことに意味を持たせられるのだろうけれど。
「そもそもオウエンミュラー先生だって、そんなことは理解出来ているだろうに」
なぜ、教師が非常識を推奨するようなことをするのか。
凝り固まったわたしの考えを解いてくれたのは、リリアのひとことだった。
次の日。
「探しましたわ、エリアル」
なんとなくいつものサロンやカリヨンに行き辛くて、目立たない薔薇園に潜んでいたわたしを見付けて、リリアはふわりと微笑んだ。
オウエンミュラー先生を彷彿とさせる、優しげな笑みだ。
リリアが歳を取ったらきっと、オウエンミュラー先生や、わたしに礼儀作法を教えた家庭教師のような、素敵な貴婦人になるのだろう。
「お願いがありますの。少し、お話してもよろしいですか?」
こんなところに隠れ潜んでいたことには触れず、リリアがわたしにそう問い掛ける。
「はい。なんでしょう」
だからわたしもなんでもない顔をして、リリアに微笑みを返した。
ベンチに腰掛けたわたしの横に腰掛け、リリアが困ったように苦笑する。
「と言っても、首謀者はわたくしではなくオーリィなのですけれど」
「レリィが?」
「はい。中等部の子たちが、あなたにお花の髪飾りを贈りたいのだそうですわ。エリアル、お花祭に着けてあげて貰えますか?」
目を見開いて、絶句する。
「わたしは、」
「エリアルがお花祭に頭にお花飾をお着けにならないことは、承知しておりますわ」
まさに優しい姉、と言う表情でリリアが頷く。
「ですから、お花飾ではなく、お花の髪飾りですわ」
「えっと…?」
「お花飾以外に装飾品を着けてはいけない、なんて、決まりはございませんでしょう?」
瞬間、虚を衝かれて、わたしはかなり間抜けな顔をしたと思う。
リリアがくすっと笑って、そうでしょう?ともう一度問う。
「……そう、ですね」
頷けば、リリアは我が意を得たりとばかりに顔を輝かせた。
「では、髪飾りを着けて下さいますか?」
断れば、きっとレリィに頼んだ子たちはがっかりするのだろう。
巧く言い負かされたのだ。ここは大人しく、降参すべきところ。
「ええ、わかりました」
「当日は、わたくしに髪を結わせて下さいね」
「え?」
畳み掛けるように続けられた要求に目をまたたけば、とたん悲しげな顔をされた。
「駄目、ですか?」
「あ、いえ、駄目ではありませんよ?」
たじろいで、思わず口にした言葉を、リリアはたいそう喜んで見せた。
「まあ!嬉しいですわ!約束ですわよ!」
「ええ。約束です」
「そうと決まれば、早速オーリィに伝えて参りますわ!」
すっくと立ち上がったリリアが、お暇致しますね、と言ったあとで、不意に悪戯っぽく微笑んで、それと、と付け加えた。
「お花飾がひとつでなければいけない、なんて決まりも、ございませんわ」
ああ、しっかり、気取られている。
きっと気まずげな顔をしてしまったであろうわたしにウインクひとつ落として、リリアは颯爽と立ち去った。
小さなため息を落とす。うん。
「……甘いなぁ、わたしも」
天を仰いでぼやくと、わたしは立ち上がり、ひっそり学院を抜け出した。
オウエンミュラー先生も、リリアと同じ考えだったらしい。
刺繍の臨時勉強会で推奨したものは、刺繍入りのハンカチだった。貴族女性が刺繍して許されるもので、贈りものにもしやすく、装飾品として扱うこともギリギリ可能なもの。
確かに、良い判断だけれど、面白味はない。
だからわたしの方で、少しだけ工夫させて貰うことにした。
「お揃いの、カフス、ですか?」
わたしの説明を受けたご令嬢のひとりが、きょとん、と聞き返す。
「ええ。さすがに大きなものでは目立ちますが、カフスくらいでしたらそう目立たないでしょう?」
カフスと言うか、包み釦だけれど。
布地に刺繍をして、それを釦にしてしまおうと言う考え。
ハンカチよりも細かい刺繍が必要になるし、手間も増えるけれど、そのぶんやりがいは上がるだろう。
刺繍ではありきたりでおもしろくない、と言うご令嬢や、そこまで細かな刺繍は出来ないと言うご令嬢のために、レース編みやつまみ細工などの代替案も用意した。
「どうせ手作りしてプレゼントするのでしたら、お揃いの方が特別に思えるでしょう?意中の方でなくとも、ご友人同士でお揃いにしても良いですし」
ね、と微笑めば、ご令嬢方とオウエンミュラー先生が目を輝かせた。
「素敵ね!」
オウエンミュラー先生が、ぱん、と手を打って、それではさっそく図案を考えましょうねと声を掛けた。わたしもご令嬢方の机を周り、細かな説明や助言を行う。
図案を考え、布や糸を決め、刺して、釦にする。
それなりの手間だ。もちろん、一回では終わらない。
参加したご令嬢方から話が伝わったのか、勉強会は回を増すごとに人数を増やして行った。
「エリアルさん、ここ、どうすれば?」
「ああ、ここは」
参加者のご令嬢に呼び掛けられて答えるが、いまひとつ伝わらなかったらしい。
「少し、失礼致しますね」
後ろから手を回し、小さく華奢な手を取って動かす。
「こうして……こうです。わかりましたか?」
「ふぇっ、は、はいっ、ありがとう……っ」
「また、わからなければお訊き下さいね」
こくこくと頷くご令嬢に微笑みかけ、離れる。
「エリアルさん!わたくしもわからないところがっ」
「あっ、わ、わたくしもですわ!」
「はい。どこですか?」
すかさず掛けられた声に目を見開くも、微笑んで近付く。それからも、たびたび質問で呼ばれた。少し、難し過ぎただろうか。
勉強会後にオウエンミュラー先生に問うと、それで良いのよとにこにこ顔で言われた。出来ることをやっても成長しないから、ちょっと背伸びするくらいが良いのと。
「あなたに頼んで良かったわ。次もお願いね」
「はい」
受けたいと言う生徒があとを立たず、結局年末の休暇直前まで、勉強会は続けられた。
そうして迎えた、年末休暇。
これからミュラー公爵家の領地に向かうと言うツェリに、わたしは呼び止められた。
「アル」
休暇開始の帰省準備で慌ただしい寮の廊下、呼ばれて振り向く。
なにかと忙しく、そう言えばしっかりした会話は久々だなと思う。
年越えの市の誘拐事件以来、なんだかんだ、るーちゃんの部屋に入り浸ることも多かったから、ツェリとはまともに顔を合わせていなかった。
つまり、色々と仲違いして、そのまんま、だった。話さないわけではないけれど、よそよそしい、そんな状態が長く続いていたのだ。
「どうかしましたか?」
振り向いて、お嬢さま、と呼んで良いのか迷って、問いだけを投げた。
ツェリが気まずげに目を泳がせてから、呟く。
「悪かったわ」
「なにがですか?」
何に対する謝罪かわからず、首を傾げる。
ぐうう、とでも唸りそうな顔で、ツェリがわたしを見上げた。
「色々、よ」
「色々……」
「私は、あなたに依存してるわ」
瞬間、呼吸が止まった。
それは、お互い気付きながらも、見ない振りをしていたことで。
「依存していて、束縛しようと、しているの」
だから、あえて触れたツェリに驚いた。本来、格下の家の者に依存しているなど、高位貴族家の人間が口にして良いことではない。それも、こんな、誰が聞いているとも知れぬ場所では余計だ。
「ツェリ」
「もう、認めることにしたの。隠す気もないわ」
苦言を呈そうとしたわたしの言葉を遮り、ツェリが宣言した。
「私はあなたが大事で、あなたをそばに置くためならなんだってする。それを依存と言うなら言えば良いし、開き直ったからには遠慮しない」
苦労を知らないご令嬢のような柔らかく美しい手が、令嬢など名乗れないような硬くなった手を掴む。ぎゅっと、強く。
「ねぇ、エリアルあなた、花祭のおまじないは知っている?」
ここで、そう来るのか。
結局、謝罪出来ていない花飾の話を出されて、ああ、と思う。
「刺繍の臨時勉強会をするにあたって聞きました」
「そう」
続く言葉の予想はついた。自分の手を掴んだその手の、華奢な手首にはめられた腕輪に触れる。
「そんなおまじないに頼らずとも、わたしはここにいますよ」
「目的のために取れる手段を選ぶ気はないわよ」
「選んで下さい。あなたには地位と、それに伴う責任があるのですから」
愛らしい唇が、つんと尖る。
「ずるいわ。あなたが与えた地位じゃない」
「わたしにそんな力はありませんよ?」
「嘘ばっかり」
「……公爵令嬢になど、なりたくはなかったですか?」
「そうは言っていないわ。必要だった、それは否定しないもの」
片手を腰にあててのたまう姿はまさに悪役令嬢と言うべき貫禄だ。
「でもあなた、わかっていて?犯罪者の娘を公爵令嬢になんて、普通考えはしないのよ?」
びしり、と人差し指を突き付けられて、お行儀が悪いですよと下げさせる。ツェリは、ふんっと鼻を鳴らして、気にした様子もなく両手を腰にあてて続けた。
「あなただって、目的のためには手段を選ばなかった。それなら、私だってやれる手段は全部取るわ」
傲慢な台詞のあとに浮かべられたのは、花がほころぶような笑み。
「だって、私の育ての親はあなただもの。子は、親に似るのよ」
予想外過ぎる台詞を言われて、ぽかん、と、間抜けた顔になる。
そんなわたしを、ツェリは鈴を転がすような声で笑い飛ばした。
「論破、ね。負けたからには、ひとつ、言うことを聞きなさいな」
嬉しそうに一本取ったと宣言し、天晴れな悪役顔でツェリは宣う。
ポケットから、なにかを掴み出して。
「花祭で、着けなさい。絶対よ」
手渡しすらせず、わたしのポケットに捩じ込んだ。
「え……」
理解が追い付かず目をまたたく。ツェリはまた楽しげに笑った。
「もうあなたなんて待たないわ」
とらえようによっては突き放して聞こえる言葉を、溢れるほどの愛でもって吐く。
「あなたから掴まなくて良いわ。たとえあなたが手を離しても、私から手を取るもの。逃げるなら、追い掛けてでもね。あなたの思惑も望みも、関係ないわ。私が望むのだから、思うままに動くの」
「……ツェリ」
ああもう。
これだから、敵わない。
深々と、深ーく、溜め息を吐き出して、言った。
「申し訳ありませんが、約束がありますのでそろそろお暇致しますね」
にべもない言葉を告げれば、わずかに、愛しい顔へ痛みが走る。
ああもう。本当にこの子は。
「よい年の瀬を」
すれ違いざま、ぽん、と腰を叩いたわたしを、ツェリが呼び留めることはなかった。
ああ、本当に、この子は。
そのまま歩みを進め、こちらも帰省準備中のるーちゃんを訪ねる。
中間登校日までは会わないだろうからと、今のうちに花飾を手渡しておく約束を取り付けていたのだ。
「なにかあったの?エリアル」
顔を合わせるなり問われて、そんなに表情に出ていたかと頬を押さえる。
「……エリアルはわかりやすいねぇ」
ふんわりと微笑まれてしまえば、言葉もない。
ポーカーフェイスは、得意なはずなのに。
「……これ、約束の」
なんと言って良いかわからなくて、半ばやけくそに花飾を差し出す。
るーちゃんはそれ以上の追求はせず、嬉しそうに花飾を受け取ってくれた。
「あまり、丈夫なものではないので、一回限りかもしれません」
作ったのは、マニキュアフラワーの大判ブローチだ。ただ、マニキュアやレジンは手に入らなかったので、蝋や色を付けたニスやニカワで代用している。それなりに強度が上がるように工夫したけれど、合成樹脂と比べてしまえば差は歴善だろう。
「わ、すごいねぇ」
「桜だけになってしまいましたが、いかがでしょう」
事前に意匠は見せてあったけれど、やはり紙の上の絵と実物では印象が異なる。
咲き初めの染井吉野を枝ごと折り取ったようなイメージでデザインしたブローチは、果たして受け入れて貰えるだろうか。
「うーん、綺麗過ぎて、このまま飾って置きたいくらいだけど……」
言いつつ、るーちゃんが制服のジャケットに花飾を着ける。
「似合うかなぁ?」
桜、それも咲き初めのものをイメージしたので、決して派手な意匠ではない。その分大振りにしたとは言え、七割方は枝。……はっきり言おうか。地味で、見ようによっては武骨だ。
「……」
地味、なのだけれど。
「エリアル?」
「……ぁ、とても、お似合い、です」
地味だからこそ、だろうか。
花飾を着けたるーちゃんが、いつもと違いとても、こう、男性的に見えて、思わず言葉を失った。
「……」
誰にも見せたくないなぁ、なんて。
「エリアル?似合わないなら正直に言って」
「えっ、あっ、いえっ、その」
わたしの態度に不信感を覚えたらしいるーちゃんへ、慌てて首を振って見せる。
「申し訳ありません、あんまり格好良くて、見惚れ……っ」
ぱし。
なにを口走っている、わたしは。
片手で口を覆って、息を詰めた。
うん。
三十六計逃げるに如かず。
「あっ、では、わたしも準備があるので失礼致しますね!」
るーちゃんの感想も聞かず、顔もろくに見ることも出来ず、脱兎の如く逃げ出した。
冬期休暇期間で良かった。
冬期休暇期間で良かった……!
冬期休暇は二ヶ月もある。中間登校日でも逃げ続ければ、二ヶ月間会わないのだ。些細な会話など、うやむやに出来るかもしれない。そのあとだって、逃げまくれば学年の違うるーちゃんには、ほとんど会わなくて済むかもしれないし。
部屋に逃げ込んだわたしが冬期休暇後半に行われる冬期演習合宿のことを思い出して頭を抱えるのは、しばらくののちのこと。
よりにもよって、この状態でるーちゃんと同じ配属先なんて……!
いや、うん。いいや。とりあえず、忘れよう。
しばし頭を抱えたあとで開き直ったわたしは、モーナさまのお宅訪問に向けた準備を再開した。
わんちゃん以外の知り合いの家にお泊まりなんて、初めてのことだ。
余計なことなんて全部忘れて、初めてを楽しもう。
わたしは積み上がった問題全部をひとまず投げ出し、写真機を首に掛けたモーナさまと共に、ジュエルウィード家の馬車へと乗り込んだ。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
……お待たせしてしまい誠に申し訳ありません
3ヶ月に滑り込むために頑張りました……orz
続きもお読み頂けると嬉しいです




