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取り巻きC、誘拐される 上

お待たせしてしまい申し訳ございません


取り巻きC・エリアル視点

エリアルさん高等部一年生の年末


分量が多くなり過ぎたのでお話の途中でぶった切っております

切り良くお読みになりたい方は

次話投稿を待つことをお勧め致します

 

 

 

―わんちゃん、わんちゃん


 通信石を通して、頼れる筆頭宮廷魔導師さまに呼び掛ける。


―どうした


 間もなく、反応があった。


 さて、どう伝えるか。


 瞬間迷って、とりあえず簡潔に現状を伝えることにした。


―誘拐されました

―は?


 おおぅ。


 通信石だと言うのに凄まじい怒気が伝わって来たような気がして、わたしはぞくりと背中を震わせた。


 取り巻きC、ただいま絶賛誘拐被害者中です。




「いらっしゃいませー」


 営業スマイルでこんにちは、愛しのお嬢さまのためならどんな過酷な労働だって……!健気に頑張る取り巻きCことエリアル・サヴァンでございます。


 え、嘘吐け?お前のどこが健気なんだ?

 いやいや、わたしほど健気で純粋な者も少ないですよ?少ないですって。

 やめてそんなジト目で見ないでー。


 こほん、とにかく、今はいざと言うときの資金を貯めるため、ゾフィーの仕立屋のアルくんとして、呼び子に徹しているのですよ!


 坊主も走る師走、リムゼラの街では年越えに向けた大規模な青空市が開かれていた。

 ここからひとびとは行く年を送り、来る年を迎えるための休暇に入るため、誰も彼も年越しのための買いものに奔走するのだ。

 もちろん、休暇中の食料品が最大の目玉でもあるのだけれど、年末にはクリスマスだって控えているわけで、恋人や家族に贈るプレゼントを探すひとも、大勢存在する。


 つまり、年越え市はゾフィーの仕立屋にとっても、ひとつの掻き入れ時なのだ。青空の下造られた仮設屋台に、軒を連ねている。


 愛する恋人や妻に服や装飾品を。大好きなお母さまにハンカチやエプロンを。いつも寒いなか働いてくれる夫にマフラーやセーターを。雪のなか駆け回る我が子に手袋を。

 自作するお母さまやお嬢さまも一定数いるが、どうせなら質の良いものをと専門店を頼る方だっている。


 さらに、今年は新作目玉商品の、毛布パジャマがあるわけで。


「もちろん、アルくんも手伝ってくれるよね?」


 にっこり笑ったヴィリーくんによって、わたしも呼び子兼売り子として、駆り出されているわけです。わけです。


 ちなみに、ユッタとローレにニナさんはお留守番……と言うか、今なお仕立屋の二階で製品制作中だ。在庫はかなりあるはずなのだけれど、ヴィリーくん、現状の在庫を売り切って追加分まで売る気、満々のようだ。


 自動的に市の屋台にいるのは看板娘のゼルマさんと店主のゾフィーさん、そして、経理担当ヴィリーくんに下っ端助っ人のわたしとなる。

 ゾフィーさんがお会計を一手に請け負ってくれているので、ほか三人はひたすら客引きと売り込みをやるわけだが。


「いらっしゃいませー」

「アル坊にヴィル坊、これはまた、楽しい格好だな」

「可愛いでしょう?」

「可愛……まあ、ヴィル坊は可愛いな」


 通り掛かったナータンさんが、半笑いで褒める。


「ゼルマは着ないのか?」

「あたしは、装飾品担当よ」


 華やかな髪飾りを着けたゼルマさんが、鮮やかに微笑んで肩をすくめた。


 そう、ゼルマさんを除いた客引きふたりは、自社製品であるきぐるみパジャマ着用なのである。ちなみに、きぐるみだけだと寒いので中に普通の服も着て、首元には新製品である、モコモコのマスコット付きマフラーを巻いている。

 これは、宣伝兼、変装だ。なにせ、エリアル・サヴァンの双黒は目立つから。特に目立つ黒髪はウィッグ付きの三角巾で隠し、ウィッグの前髪で目許を、マフラーで口許も少し隠している。

 少し化粧もして、体型も誤魔化しているので、パッと見では完全に珍妙な男になっているはずだ。そうです、わたしが、変なお兄さんです。


 ヴィリーくんの方は元々は普通の格好で客引きをするつもりだったらしいけれど、どうもニナさんとゼルマさんに押しきられたらしい。毛布製品を売り出す話をしたときに、自分が着て宣伝しても良いと言った手前断れなかったと、ぼやいていた。

 ぼやいていたわりに、いざ接客を始めると愛想最高なので、見上げた商売人根性だと思う。小柄な身長と可愛らしい雰囲気もあいまって、女性と誤解するひとも居そう……と言うか、実際女性と誤解したまま商品を買わされたひとがいた。策士だ。


 ナータンさんの半笑いと言葉は、そんな性別逆転して見えるわたしたちへのからかいも含まれるだろう。


「それで?ナータンさんは買わないの?」


 声を掛けられたのを良いことに、ゼルマさんが微笑みのまま首を傾げた。

 ちょうどお客さまの切れ目で、わたしとゼルマさんの手が空いていたのだ。


「リリーがケープを欲しがっててな。娘に髪飾りと、息子にぬいぐるみも欲しい」

「あら上客。レナちゃんの髪飾りなら、これがおすすめよ。絶対に似合うわ」


 付近の女の子の顔はばっちり覚えているゼルマさんが、迷わず髪飾りを選んで勧める。

 わたしも便乗して、ケープを一着手に取った。


「ケープでしたらこちらはいかがですか?フード付きで防寒に優れていますし、この赤を出せる染め師はなかなかいませんよ。今なら、同色の膝掛けと同時購入がお得です」

「髪飾りはゼルマの見立てが一番だろうな。ケープは……確かに、リリーによく似合いそうな色だ。触ってみても良いか?」

「ええ。もちろんです」


 笑って差し出したケープを、ナータンさんが手に取る。知り合いばかりの市場なので、このまま盗んで逃げられる心配もないのだ。逃げても誰かが捕まえてくれるし、わたしが追い付くからね。まあ、そもそもナータンさんは盗みを犯したりしないけれど。


「へぇ、軽いな。触り心地も良い」

「類似品もありますが、うちほど高品質で安価に提供出来るお店はありませんよ。縫製も綺麗でしょう?」


 勧めたケープは耳なしのものだ。リリーさんならうさぎの耳とかも似合うと思うけれど、さすがに人妻に耳付きを勧めるのは躊躇う。


「ああ、バッタもんが出てるって話だな。ま、この周りじゃ許されないだろうが」

「近くで真似されたって模造品に負ける気はないわよ。敵は遅れて真似するだけだもの。巧く真似出来るようになった頃にはもう、うちじゃ新商品(新しい戦力)が出来てるわ」


 言いながらゼルマさんが、わたしのマフラーを引っ張る。ナータンさんがマフラーを見て頷いた。


「ああ、そうだな。そのマフラー、ただの毛織りじゃないのか」

「はい。ケープと同じ素材で出来ていますから、軽くて暖かいですよ」

「それ」

「あ、でも、ナータンさんには売りませんから」

「なんでだ」


 先んじて断れば、喰い気味に問われる。


「大工仕事中は危ないですよ、マフラーは」

「ちっ……そうだな」


 ナータンさんが渋々納得してくれた理由ももちろんそうなのだが、実は本当の理由は別だったりする。


 さりげなく、ゼルマさんが共犯者の笑みを浮かべる。

 ナータンさんにマフラーを売るわけには行かないのだ。


 なぜなら、寒がりの夫を思って、可愛い奥さんがネックウォーマーをクリスマスプレゼントに用意しているからだ。

 ファッション性よりも防寒を重視するリリーさんのために提案したのは、ベルト付き耳垂れの付いたモコモコの帽子と、被って着ける輪っか状のマフラー。耳垂れ付きの帽子に関しては普通にあるようだけれど、前世ではネックウォーマーと呼ばれたそれに関しては、この世界ではまだ広まっていないようだ。

 試作品でも良ければと見せたネックウォーマーをリリーさんはいたく気に入り、喜んで夫のプレゼントに選んでくれた。使用感を夫に聞き取りしてくれると言う、有難いお言葉付きで。


 ……ちなみに、こっそり作って渡したにもかかわらずヴィリーくんにばれて、ネックウォーマーは改善後売り出すことが決まっている。

 奥さまの許可があるとは言え、ナータンさんは知らないうちに実験台にされると言うことである。南無南無。


「ほかになんか、良い防寒具ないのか?」


 おっと。


 ナータンさんの鋭い指摘に、こてっと首を傾げて見せる。


「んー……考えて置きますねー」

「あら、優しいのね?」

「お得意さまには優しいのですよ」


 ナータンさんは大工の棟梁さんかつ、顔が広いので、発言に力がある。口コミの発信源や、なにか動いて欲しいときの起点として、とても助けられているのだ。


「頼むな、アル坊」

「アルくんがやる気なら近いうちに実現するんじゃないかしら?なにせウチには、優秀な発明家とお針子と経理担当が、揃っているもの」

「そうだな。ゾフィーにもよろしく言っといてくれ」


 ちらっとヴィリーくんを見て、ナータンさんは笑った。どうやら、巧く誤魔化せたようだ。


「かしこまりました。それで?この髪飾りと、どれを買ってくれるの?」


 すかさずゼルマさんが、会話を締めに掛かる。


「ああ、そうだな。その髪飾りと、ケープに膝掛け、黒猫のぬいぐるみをくれ」

「んん?黒猫で良いのですか?」

「ああ、黒猫をご所望なんだよ」


 ……ヴィリーくんには売れないと、進言したのだけれどな。


 なぜか大量に作るように言われた黒猫のぬいぐるみが、なぜかポツポツと売れて行く。


 首を傾げながらそれぞれ包むと、ナータンは満足そうに受け取ってくれた。


「この包みも、最初は不思議に思ったもんだが、あっと言う間に広まったな」

「ウチは端切れやあまり布で作ってるけど、わざわざ用意するお店も出てるものね」


 ナータンさんがこの袋と言ったのは、端切れを上手い具合に縫い合わせて作った巾着だ。中身を入れてリボンを結べば、ちょっと変わったギフトバッグに見える。数年前の年越え市のときに、素や簡素な紙袋で渡すよりもと提案し、以来取り入れられた心遣いだ。評判が良かったのか他店でも真似され、今ではその包装を楽しみに年越え市で買い物をするひとまでいると言う話。前世のショッパーみたいなもの、だね。


「毛布を着るっつー考えにしろ、帆布で服やバッグを作っちまおうっつー考えにしろ、この袋にしろ、なんつーか、突拍子もないのにやってみりゃ恐ろしく使える考えを、よくもまあこうもぽんぽんと出せるよな」

「そうね」

「孤児に教育をっつーのも、発案はゾフィーの仕立屋だし、あれだな、優秀な腕と、優秀な頭が揃うと、飛んでもないことになるんだって、実感させられる」

「それ、褒めてるのよね?」

「半分はな。もう半分は、畏怖と呆れだ。ゾフィーの度胸と勘には、脱帽する。運も良い、のは、ま、日頃の行いが良いからか。良い嫁さんを迎えたよな、ロディは」


 小さく付け加えられたのは、わたしが間接的にしか知らない名前。ゾフィーさんの、亡くなった旦那さまだ。


「でもって、ヴィル坊はゾフィーの度胸と勘と運の良さを良く継いでる。ゼルマは接客の腕を継いで、ニナが針子の腕を継いでるし、ほんと、血の繋がりがないなんて思えないぜ、お前たちは」

「わっぷ」


 ナータンさんが大きな手で、わたしの頭をぼんぼんと撫でた。ぽんぽんじゃなくて、ぼんぼんだ。激しい。


「良いとこに拾われたな、アル坊」


 とっさにフードが落ちないよう押さえたわたしに、ぼんぼんと追い打ちを掛けてから、ナータンさんはじゃあなと言って立ち去った。


 それから立て続けにお客さまが見えて、慌ただしく数時間接客詰めが続いた。

 そうしてやっと生まれた、来客の切れ目。


 くるるるぅ。


 わたしのお腹から切なく響いた音に、ゼルマさんが気付いて振り向く。


「アルくん、お昼食べてなかったの?」

「え?あ、はい」


 驚いたと言いたげに投げられた問いに、疑問を覚えつつも頷く。

 こんな問いが出ると言うことは、


「ゼルマさんは、もう食べたのですか?」

「だって、もう三時よ?」


 いつの間に。


 あの激しい客足のなか、いつ食事の時間があったのかと目を見張るわたしの肩を、ヴィリーくんがぽんと叩いた。


「こう言うとき、ゼル姉は要領が良いから。母さんもね。そんな顔しなくても、おれも食べてないよ」

「夜に向けてニナが追加商品を持って来ることになってるから、ニナに代わって貰ってふたりでなにか食べて来な。ああ、丁度来た」


 ゾフィーさんの言葉につられて通りの向こうへ目をやれば、大きな包みを背負ったニナさんが、ニナさんの包みの倍以上に大きな包みを背負った男性を連れて、こちらへやって来るところだった。んん?


「あ、あれニナ姉の恋人だよ」

「ナータンのとこの若頭だけど、すでに完全に、姉さんの尻に敷かれてるのよねぇ」


 わたしの疑問に気付いたらしいヴィリーくんとゼルマさんが、ぽそりと教えてくれる。


 なんと。預かり知らぬところでニナさんに恋人が出来ていたとは。


 興味深く観察しようとしたわたしの手を、ヴィリーくんが引く。


「母さんの許しも出だし、今は食事優先ね。夜はまた混むよ」

「はい」


 もっともな意見だし空腹には勝てないので、大人しくヴィリーくんにしたが


 した


「えっと、この格好のままでですか?」


 にっこりとした笑みは、さんにんぶん向けられた。


「宣伝だからね」「宣伝して来て頂戴」「宣伝して来な」


 いつの間に用意されていたのか、ゾフィーの仕立屋の名前と屋台の場所が記された首掛け看板を、しっかりと掛けさせられる。


 not休憩but宣伝。休憩と言う名の客寄せ。


 開き直ったヴィリーくんの黒い笑顔を前に、反論は口に出来なかった。




 それからヴィリーくんと、ぐるっと屋台巡りをして。色んな屋台で試食させて貰いつつ、気に入ったものは買って。

 集まった戦利品をどこか落ち着けるところで食べようと人混みを離れた途端のことだった。


 ヴィリーくんが、後ろから羽交い締めにされたのは。


 ヴィリーくんを羽交い締めにした男が、わたしに言う。鳶色の髪の、ガタイの良い男だ。くたびれてはいるが清潔そうな服を着ている。


「おい、お前、逆らったらコイツが無事じゃ済まねぇぞ」


 あ、挙動不審だから泥酔者かと思っていたけれど、素面しらふか。


「え、あ、はい」


 突然のことに驚いて、とりあえず頷く。


 んーと、つまり、脅されているのかな、わたしは。

 人質がヴィリーくんで、わたしに大人しくしていろと。


 で、


「逆らわないことは別に構わないのですが、なにを求められているのでしょうか?」


 目的は、なんだ。


 犯人を刺激しないよう、極力穏やかな声で問い掛けた。こう言うとき、エリアル・サヴァンの女声としては低い声はありがたい。

 ひとのない場所とは言え、少し行けば市の人波だ。下手に騒ぎでも起こせば、混乱による大惨事を招きかねない。


「両手を出せ」


 大人しく従えば、別の男がわたしとヴィリーくんの両手に縄を掛け、目立つ格好を隠すマントを羽織らせた。こちらは稲藁色の髪の、華奢な男だ。そのまま縄を引かれ、箱馬車に詰め込まれる。扉が閉められ、外から錠を掛けられた。


 間違いない。これは。


「誘拐なんて、久し振りに受けましたねー……」

「ん?喋って平気なの?」

「音は漏れないようにしています」


 ぽえーっと呟いたわたしを、ヴィリーくんが振り向く。


「今のところ魔法を使える者はいないですから、大丈夫でしょう」

「へー、そんなのもわかるんだね」

「鍛えれば、多少ですけれどね」


 肩をすくめ、身体の前で縛られた縄を見下ろす。


「何目的でしょうね」

「アルくんか、おれか、両方か、それとも関係するなにかか」

「全然絞れていませんね」


 くすっと笑って、それから深く息を吐く。


「わたし狙いとは、考え難いと、思うのですけれど」

「ん?どうして?誘拐被害経験者なんだよね?」

「手口が素人過ぎるので。ここまで素人らしい誘拐には遇ったことがありません」


 どうして手を前で縛っただけの獲物を、動ける状態で一緒にいさせるのだ。せめて後ろ手に縛れ。さらに言うなら足を縛ってそれぞれ離して柱にでも括り付けろ。


「縄、今すぐほどけますし、この程度でしたら縛られたままでも逃げられます」

「あーまあ、解ける、と言うか、ねぇ?」


 ヴィリーくんが足を撫でる。

 外を出歩くために足許はきぐるみレッグではなく、ブーツを履いている。そして、男物らしくごついブーツの内側には、


「武器持ってる、とか、確認しないくらいだからね」


 護身用のナイフが仕込まれている。

 わたしもだけれど、ヴィリーくんだって、伊達に下町を生き抜いていないのだ。


「そもそも、おれが捕まってたって、犯人を戦闘不能にするくらい出来たでしょう、アルくんなら」

「うーん、いや、難しかったと思いますよ、派手に動くと二次被害が起こりそうでしたし」


 誰が見ているとも知れぬ場所で魔法は使えないし、人目に付けば騒ぎになりかねなかった。周囲に別の仲間がいるかもしれない状況で、ヴィリーくんに傷を付けさせず、騒ぎも起こさず場を収めるのは、厳しかっただろう。


 ヴィリーくんが苦笑して、つまりやろうと思えば出来たってことだよねと言い、それで、と首を傾げた。


「どうする?逃げる?」


 この台詞が出て来る時点で、ヴィリーくんの余裕度合いがわかろうと言うもの。


「おれは、根本までぶっ潰したいところだけど、店番がなぁ」


 潰す気満々の発言に、怒りの深さが滲む。


「この格好してるやつを無差別に拐う相手としては選ばないだろうし、ゾフィーの仕立屋の人間だと知ってのことだろう?流石に表通りでやらかしはしないと思いたいけど、いちゃもん付けるくらいはやるかもしれないし、母さんや姉さん達、ユッタやローレも狙っているのかもしれない」


 怒りは、家族への愛情の裏返しだ。


「売り子は減らせないから戻るまではニナ姉がいてくれるだろうけど、そうしたら追加の作成速度が落ちる。アルくんがいないと集客も悪くなるだろうし」


 ……家族への愛情、だよね?


「やっぱり逃げて戻……いや、でも、ここで叩き潰しておいた方が……」

「戻った方が安全だとは思いますが、主犯と目的は気になりますね」


 ヴィリーくんの思考に言葉を差し込む。

 確かに、現状の実行犯は大したことがないけれど。


「誘拐犯は単なる雇われ者で、利益に釣られて厄介な集団に転がされているだけ、と言う可能性も考えられます。実行犯がお粗末だからと言って、油断するのは危険ですね」


 このところまた増加したらしいサヴァン狙いの間者は、判明している限りではわたしに触れられもせず捕らえられ、尋問の末国外追放されている。

 ただの間者では駄目だと判断したどこかしらの組織が、今までと異なる手段を取った可能性もあるのだ。


 そうだとしたら、エリアル・サヴァンの柵に、ヴィリーくんを巻き込んでしまって申し訳ない。


「じゃあ、やっぱり今のうちに逃げておく?」

「そう、ですね」


 先の予想が当たっていた場合、わたしたちが逃げれば誘拐に失敗した彼らは依頼主に殺されるだろう。倒して捕らえれば、少なくとも犬死には避けられる。


 どちらがマシかは、定かでないけれど。

 自業自得と言えば、自業自得だ。狙った相手が悪い。


 逃げてしまおうと判断しかけたところで、ふと口をつぐむ。

 馬車が、留まった?


「……近過ぎる」

「え?」

「逃げるのは保留にしましょう。本格的な愚者の可能性が出て来ました」


 ヴィリーくんにひと声掛けて、馬車の扉へと目を向けた。音を閉じ込める魔法を解く。


「来い」


 警戒もせずに扉を開けた鳶色の髪の男は、わたしの縄を取ると引き起こして言った。

 黙って、従う。


 顔は動かさないまま視線だけを巡らせた周囲は案の定、クルタス王立学院のあるリムゼラの街のなかだった。あまり足を運んだことのない地区ではあるが、平民のなかでも比較的裕福な層が暮らす居住区、そのなかの、商業区だ。現在はみな年越えの市に出店しているのか、あまりひとの気配がしない。


 ヴィリーくんが同じように連れて来られることを確認しつつ、押されるまま馬車の寄せられた建物に入る。看板から言って、古い仕立屋と見える。


 仕立屋。仕立屋、ねぇ?


 ますます強まる愚者の可能性に、呆れを隠すのが大変だった。

 表情を引き締めるために、ぎゅっと唇を強く結ぶ。でないと、溜め息がこぼれてしまいそうだった。




 通されたのは、仕立屋の二階だった。

 造りとしてはおそらく、ゾフィーの仕立屋と似たようなもの。一階が店舗と水回り、二階が作業場と居住スペースと言ったところか。しかしこの仕立屋はゾフィーの仕立屋より規模が大きいのか、作業場のほかに談話室的な空間があった。弟子なり徒弟なりを、何人か抱えているのだろう。

 引きずられ、床に膝を突かされたのはそんな談話室らしき場所。目の前に立つのは、この仕立屋の主なのだろう。恰幅の良いちょび髭の中年男だ。


「ふん、噂通りの優男だな」


 わたしを見下ろして、嘲るように言う。いったいどんな噂を、聞いたと言うのだろうか。

 店主はヴィリーくんにも目を向けて、鼻を鳴らした。


「看板娘は美人と聞いたが、針子の方はそうでもないな。まぁいい、腕が確かなら顔は関係ない」


 う、うぅん?


 落とされた言葉を聞いて至った結論に、いやまさか、と否定を漏らす。そんな、まさか、馬鹿なこと。


「あそこを支えてるのは顔の広い経理と腕の良い針子、そうだろ、坊主」


 坊主、と、店主はわたしを見て言った。


 いや、まさかね。


「おい、黙り込むな。後ろのお嬢ちゃんがどうなっても良いのか?」


 マサカダッター‼


 思わず脳内片言になりながら、額を押さえたい気持ちをこらえる。堪えるったら堪える。


「……ハハ」


 額を押さえるのは堪えられたが、心底呆れきった笑いは堪えきれなかった。


「おれと姉さんをさらって、どうするつもり?」


 ごまかすように、言葉を返す。声を低めて、男声に聞こえるように。


「あの店、男手はお前だけだろう?手を出されたくなかったら、ウチに鞍替えしろ」

「……おれと姉さんがこの店にくみせば、ゾフィーの仕立屋にはこれ以上手を出さない、と?」

「さあ、どうだろうな。元々、女が台頭しようだなんて、生意気だと思っていたんだ」


 あ、やばい。


 ばれないように、ひっそりと、ヴィリーくんへジェスチャーを送る。落ち着いて、今は、暴れるときじゃない。


「それが、許されるとでも?ゾフィーの仕立屋(うち)は、きちんと認められて商売をやっている、真っ当な仕立屋だよ。あからさまな理不尽は、周りだって許さない」

「許すさ。誰だって、他人より我が身が大事だ」


 ……なるほどね。


「……後ろ楯がある、とでも、言いたげな口振りだね」

「お前も、口の聞き方には気を付けろよ」


 お粗末だな。思った気持ちを飲み込み、店主を睨み上げる。


「どうせはったりだろう?あんたらみたいに頭の軽いやつらの卑劣な策に屈すると思ったら、大間違いだ」

「このクソガキ……っ」

「……っ」

「ア……!っ」


 逆上した店主がわたしの頭を蹴り飛ばす。ヴィリーくんがわたしの名を呼びかけて、ぐっと口をつぐんだ。上出来だ。


「口で敵わないから暴力か。反論も出来ずに殴るなんて、その口と頭はお飾りかな?案山子かかしの方がまだ、中身が入っているのじゃないかい?」

「テメェっ!」

「っ」


 もう一度蹴られるのに、黙って甘んじる。


「その生意気な口、聞けなくしてやろうか!」

「おやっさん、使い物にならなくなっても困るから、そのくらいにしておやりよ」


 まだ怒りが収まらないか拳を振り上げようとした店主を、店主の横にいた男が留める。こちらは店主と対照的に、針金のような痩身の男だ。


「それに、その坊主相手ならきっと、本人よりそっちの嬢ちゃんを、」


 痩身の男の声が途切れた。唖然とした顔で、わたしを見る。

 いや、痩身の男だけではない。

 その場にいる、すべての人間の視線が、わたしに向かっていた。


 ほかの視線は全て無視して、痩身の男に微笑み掛ける。ああ、唇が切れたかな。鉄錆び臭い唾液を床に吐き出して、口を開いた。


「どうするのですか?」


 ああ、しまった、素が出てしまった。

 まぁ、良いだろう。どうせこの屑共は、ヴィリーくんの普段の口調なんて知らないのだろうし。


 で?

 ニナさんだと思っているヴィリーくんを、どうするって?


 んん?どうしたのかな。そんな蒼い顔をして。


「姉さんを、どうするのですか?」

「……いや、あんた、大人しく従う気は」


 にっこり。


 ざっと、取り囲む男達が後退った。


「おい、こいつ、やばくないか?」

「お、怖じ気付くな。こっちには、貴族の後ろ楯があるんだ」


 ふうん。

 貴族の、後ろ楯、ねぇ?


 その後ろ楯は、筆頭宮廷魔導師さまより権力があるのかな?


 一部始終を記録し、忠実に筆頭宮廷魔導師さまに報告する蝙蝠こうもりくんのいるであろう場所をちらりと見て、首を傾げた。


「あなた方程度に、まともな貴族が味方するとは思えませんけどね」

「なんだと」

「貴族はずる賢い。家名は聞いていますか?なにか家紋の入ったものを渡されてはいますか?そうでないなら、いいえ、そうだとしても、貴族なんて簡単に平民を裏切りますよ。あなた方が後ろ楯だと思っている貴族は、本当にあなた方を守ってくれますかね。まぁ、そもそも、本当に貴族かどうかすら、怪しいものですが」


 痩身の男が、顔を歪めた。どうやら彼に関しては、多少なりとも頭が使えるようだ。相手方に不信感を抱いてはいたのだろう。


「……なにが言いたい」

「いざ助けを求めたとき、切り捨てられる覚悟は出来ているのか、と」

「切り捨てられることが確定しているとでも、言いたげな口振りだな」


 切り捨てられなければ良いとは、思っている。そうでなければ、根本を絶てないから。


「貴族と言う人種は、見栄と外聞で出来ているようなもの。自分の評判を落とす存在となど、関わりはしませんよ」

「平民のくせに、よく語る」


 曲がりなりにも貴族だから、とは答えず、肩をすくめた。


「貴族と取引しているのが、自分たちだけだとでも?」


 嘘ではない。

 わたしは実際に貴族と取引(裏)をしているし、ゾフィーの仕立屋も貴族と関わりがあるのだから。

 うん?裏取引の内容?色々、かな?


「あなた方の後ろ楯とゾフィーの仕立屋(うち)の顧客、さて、どちらの力が強いか。まして現状、あなた方は犯罪者でうちは被害者です。どちらの味方をすれば心証が良いかなど、考えるまでもないと思いますが」

「っ……こっちの後ろ楯は、ローヴァイン商か、」

「やめろ!」


 煽りに乗ったひとりの言葉を、痩身の男が怒鳴って止めるが、少しばかり、静止が遅かったようだ。


 ローヴァイン商会。なるほど、ローヴァイン伯爵家が後ろ楯の、平民を相手に手広く商売をしている商会だ。マルク・レングナーの父親が運営するレングナー商会と、懇意だったはず。


 レングナー商会がこの件に直接関わっていてくれていれば、連座で叩き潰せるのだが、果たして。


「……伯爵家、ですか」


 サヴァンは子爵家。伯爵家には、逆らえない。本来ならば。

 だが、こいつらは。


「ちっ、耳聡いガキが」


 痩身の男が顔をしかめ、浅慮な手下の頭を叩いた。

 溜め息を吐いて、開き直る。


「ローヴァイン商会が敵になれば、あんたらとしても困るんじゃないか?」


 確かに、平民にも馴染み深い商工行者ではあるけれど。

 ちらりと、ヴィリーくんに目を向ける。頼れる経理担当さんが、ローヴァインの名に怯んだ様子はなかった。


「そう言うところが、考え不足ですね」


 だろうなと思ったので、肩をすくめる。


「ローヴァイン商会とは取引していません。そうでなければ、ローヴァイン商会がゾフィーの仕立屋を害そうとするはずがないでしょう」


 ゾフィーの仕立屋にやっかみを向けると言うことは、彼らの経営は芳しくないのだろう。もし、ローヴァイン商会がどちらとも取引をしていたならば、優先するのはどちらかなんて自明ではないだろうか。


 痩身の男が、苦々しそうに顔を歪めた。


「……とりあえず、年越えの市の間はここにいて貰う。だろう?おやっさん」

「ああ。連れて行け」


 縄を引かれ、わたしとヴィリーくんは屋根裏へと押し込まれた。がちゃんと、鍵の掛かる音がする。

 木製の窓が絞め切られた屋根裏は暗く、視界がきかなかった。窓の隙間からもれる明かりを便りに窓に近付き、押してみるが、南京錠で閉じられていて空かない。せめて、明かりくらい寄越せと思う。


 ふぅ……と息を吐いたわたしに、ヴィリーくんがそろそろと近付く。


「大丈夫?」

「え?」

「蹴られていたでしょう」


 そう言えば、そうだったか。

 無視出来る程度の痛みだったので、気にしていなかった。


「大丈夫ですよ」


 苦笑してひらりと手を振る。そのまま手を伸ばして、ヴィリーくんの縄を解いた。


「ただの馬鹿だとわかりましたし、後ろ楯共々叩き潰しましょう」

「それは賛成だけど、どうやって?」

「助けを呼びます。騎士団か魔術師団が、どちらにせよ動くと思いますから、心配要りませんよ。なにせ彼らは、エリアル・サヴァンを怒らせ、蹴り飛ばしたのですから」


 出来ればナイフくらい取り出して欲しかったところだが、まあ、頭を足蹴でも罪としては十分だろう。


「……わざとだったの?」

「まさか。……誘拐だけだと、貴族までは潰せない可能性があるなとは、思いましたが」

「……そっか」


 なぜか乾いた笑いをもらしたヴィリーくんに、連絡を取るから少し待って下さいと断って、通信石越しに筆頭宮廷魔導師さまへ呼び掛けた。




 そこからは、早かった。


 憤怒の筆頭宮廷魔導師さまに恐れおののきながら状況を説明すれば、


「えっ!?どこから!?」

「わ、わんちゃん……」


 筆頭宮廷魔導師さまはすぐさま姿を見せると閉じられた扉を(物理)で開けて。

 いや、うん、魔法とかじゃなくリアルに蹴破ったからね。あの鶏ガラのような身体のどこにそんな力があるのか……。

 わたしの手を引き誘拐犯の前に引きずり出した。


「あ、あんた、いや、あなたは」


 騒然とする男たちのなか、痩身の男がわんちゃんに驚愕の目を向けた。どうやら、姿くらいは知っていたらしい。


 わんちゃんがわたしから、ウィッグとフードを引っぺがす。


 現れた双黒と、青くあざの出来た頬、血のにじんだ唇に、はっと息を飲む音が木霊した。


「それで」


 怒りもあらわな筆頭宮廷魔導師さまの声に、その場がしん、と静まり返る。


「エリアル・サヴァンの誘拐と傷害について、なにか申し開きはあるか」


 青ざめた痩身の男が、はく、と喘いでから、どうにか声を絞り出す。喉が乾涸ひからびてしまっているのだろう。出す声は掠れて、ひどく発音し辛そうだった。


「ひ、人違い、です。貴族のお嬢さまを拐う気なんて、これっぽっちも」

「相手が貴族でなかろうと、誘拐も傷害も犯罪だが?」


 わんちゃんの痩せ細った指が、そろりとわたしの頬を撫でる。

 瞬時に治せるくせに治さないところを見ると、彼も誘拐を許す気はないようだ。


「まぁ良い。人違いとは言え、国王すら目を掛ける者を誘拐して傷付けたんだからな。精々極刑にならないよう、祈っておけ」


 踵をかつんとひと鳴らし。それだけで、男たちが床に伏す。意識を、完全に飛ばされているようだ。見習いたい手腕だね。


「アルくん、ひどい傷だよ……」


 明るみに出たわたしの顔を見て、ヴィリーくんが心配そうにする。


「見た目ほど、痛くはないですよ?」

「エリアル」


 ヴィリーくんに向き直って微笑んだわたしを、わんちゃんが呼んだ。


「はい」


 振り向けば、掴まれたままの手を引かれた。


「悪いが、こいつは連れて行く。お前、ひとりで帰れるか?」

「わんちゃん」

「いや、そうだな。そのうち騎士団が来る。……それまでは待つか」


 速攻来たかと思ったら、騎士団を手配してくれてはいたらしい。筆頭宮廷魔導師さまはひとの家の椅子に腰掛けると、苛立ち混じりの溜め息を吐いた。


「アルくん、これ」


 ヴィリーくんがハンカチを取り出すと、ひとの家の台所から勝手に水を拝借し、おしぼりにしてわたしの頬に当ててくれた。ひんやりとしたおしぼりが、打撲でほてった頬に気持ち良い。

 ……ありがたいけれど、わんちゃんもヴィリーくんも、ひとの家で我が物顔過ぎやしないかい。


「ごめんね、怪我させちゃって」

「いいえ。拐われたのが、わたしで良かったです」


 わたしならば、学院の治癒魔法使いの治療を受けられる。だからこんな傷、あってないようなものなのだ。


「でも、女の子の顔なのに」

「綺麗に治りますよ。これでも、貴族ですから」


 この顔で登校すればまず間違いなくるーちゃんこと、ブルーノ・メーベルト男爵子息、騎士科の聖女の呼び声高いクルタス随一の治癒魔法使いが治療を施してくれるだろう。

 と言うか、わたしの手を取ったままぶんむくれている目の前の筆頭宮廷魔導師さまがやる気になれば、こんな傷一瞬で消されてしまうのだが。


 でも、とまだ心配顔のヴィリーくんが、ちらりと筆頭宮廷魔導師さまに目を向け、意を決したように向き直ると、勢い良く頭を下げた。


「おれ、いえ、わたくしがついていながらエリアル嬢に怪我を負わせてしまい、申し訳ありませんでした」

「ヴィっむぐ」

「いや」


 ヴィリーくんは悪くないと言おうとしたわたしの口を塞ぎ、相変わらず不機嫌そうなわんちゃんが首を振る。


「こいつは確かに貴族の娘だが騎士見習いだからな、たみを庇うのは当然のことだ。庇われて気に病む必要はねぇ。そうでなくても、護衛でもねぇ平民に貴族を守れだなんつぅ、馬鹿げたことを言うつもりはねぇよ」

「ですが、」

「この馬鹿は怪我に慣れてる。貴族だから治癒魔法使いによる治療も受けられる。攻撃の受け流し方も応急処置もわかってる。なにより、こいつの方があんたより強い。たとえ、魔法がなくてもだ」


 わたしの口から手を離したわんちゃんが、わたしのおでこを、ごん、と殴る。小突くじゃなかった。殺気があった。


「なにより、この馬鹿は自己犠牲精神の塊だからな。あんたが止める間もなく、あんたを庇ったんだろ。気にするだけ無駄だ」


 平民が貴族に反論なんて、まずしない。まして、わんちゃんは国の頂点と言っても良い立場の人間だ。

 それでも、ヴィリーくんは口を開いた。


「でしたら、どうかエリアル嬢の叱責はせずに。すべては街の人間と、わたくしどもを守るための行動です」


 わんちゃんは多少なりとも驚いたようでわずかに目を見張ると、わたしから手を離して髪を掻き混ぜた。


「ああ、心配しなくても、こいつが罪に問われることはねぇよ」


 わんちゃんが答えたところで、外から喧騒が聞こえた。騎士団が到着したのだろう。

 お前らはここにいろと言い残して、わんちゃんが椅子を立つ。


 わんちゃんが出て行くのを待って、ヴィリーくんへ目を向けた。


「わん……ヴァンデルシュナイツ導師だったから良かったものの、貴族に反論は」

「危険なことはわかってるけど、家族を守るためだったらやるよ」

「ヴィリーくんに落ち度がないことは、わたしからも」

「違う」


 幼子に言い聞かせるような口調で、ヴィリーくんがわたしの言葉を止めた。


「おれにとってはアルくんだって、大事な家族だよ」


 ぱちり、と瞬いて、気付く。

 そうか、ヴィリーくんは、わたしのために筆頭宮廷魔導師さまに立ち向かってくれたのか、と。思わず手を伸ばして、抱き締めていた。


「ありがとう、ございます。ですが、どうか無理はしないで下さい」

「そっくりそのまま返すよ」


 ……否定の仕様もありませんが、なにか。


 閉口したわたしを笑い飛ばして、ヴィリーくんはわたしの頭を撫でた。


「母さんたちには、帰ったって伝えておくよ。もう、帰らないと駄目なんでしょう?」

「そう、ですね」


 あの激怒顔だ。このまま無罪放免で許されはしないだろう。


 しゅんとしたわたしの頭を優しく撫でて、ヴィリーくんは愛らしく微笑んだ。


「いや? もっと長引いて大事になってもおかしくなかったところが、こんな軽傷で済んだんだから、良い方だよ。むしろ、彼らを筆頭宮廷魔導師さまがどんな目に遇わせてくれるのか、楽しみだね。地獄を見れば良い」

「それは、……まあ、その通りですね」


 か弱い女性を暴力的な手段で従わせようとしたのだ。万死に値する行為である。


 否定しないわたしに噴き出して、ヴィリーくんがまたわたしの頭を撫でた。


「ぼくらは、大丈夫。だから、また、会いに来て」

「それは、もちろん」「エリアル、行くぞ」


 わたしの答えと、わんちゃんの呼び掛けが重なる。

 ヴィリーくんは笑って、わたしの背中を押した。


「ちゃんと怪我を治して貰うんだよ?」

「はい。わかりました」

「またね」


 頷いて、差し伸べられたわんちゃんの骨張った手を掴む。

 引き寄せられながら振り向けば、ヴィリーくんが騎士に声を掛けられるところだった。顔見知りの騎士らしく、笑顔で対応している。


 ほっと息を吐いたと同時に、景色が替わった。その豪奢さに、目を見張る。


 私室に連れられるかと思いきや、謁見の間だった。驚くわたしへと、幾対もの瞳が向けられる。


 え、いや、ちょっと待って、今わたし、きぐるみ着用なのですけれど!?


 慌てるわたしをよそに、わたしを見下ろしていた国王陛下が、ついと目を細めた。


「酷い怪我だな」

「そうですね。女性に負わせて、許される怪我ではありません」

「まず、男が女に手を上げる時点で、度し難い」


 国王陛下の言葉に、横に控えていた宰相閣下と将軍が同意する。きぐるみより、顔の怪我の方が問題らしい。


「サヴァン家の姫に手を出して、怪我をさせるか。主導は、どこだ?」

「エリアル・サヴァンの誘拐とはまた、恐ろしいことをしますね。バルキア王国の転覆を望んでいるのかもしれません」

「つまり、関わった家は叛逆の気がある、と言うことだな。ふむ、文武協力して徹底的に洗う必要がある、か」


 国のトップスリーから飛び出す物騒な発言に、しかし外野から否やの声は入らない。

 ああ、残念だね。どうやらゾフィーの仕立屋(エリアル・サヴァン)の後ろ楯は、国のようだ。伯爵家ごときでは、太刀打ち出来そうもない相手だろう。


 それにしても、国殺しのサヴァンとは言えいち貴族の、しかも令嬢に怪我をさせた程度で叛逆者扱いの発言なんて、反論のひとつやふたつやみっつやよっつ出そうなものなのだけれど、もしかして、そんなに酷い見た目なのだろうか?手当ての前に、鏡で確認しようか。もしもあまりに酷い怪我なら、早急にヴィリーくんへ会いに行って、無事な姿を見せてあげないと気に病ませてしまう。


「……人質を取った上での誘拐、誘拐後の暴力、明かりのない部屋への監禁。道理の通じるやつの所業とは思えねぇな。この怪我は靴を履いた足で蹴られて出来たのか。二度も足蹴にされて、よくこの程度の怪我で済んだな」


 蝙蝠くんの情報を見たらしいわんちゃんが、独り言とは思えぬ声量で言う。足蹴、二度も、と言う囁きが、謁見の間のそこかしこで交わされた。

 いや、足蹴くらい騎士科の武術系の授業では日常茶飯事ですが。


 まあ、さすがに顔は狙われないから、見た目に酷くなることはないけれどね。


 どちらにしろ、とりさんの封印の方がよっぽど痛いから、自分ではそう酷い状態には感じないのだけれど。

 エリアル・サヴァンには、嫁入り前の顔に傷がと騒ぐ親もいないしね。いや、イェレミアス兄さまくらいは、心配してくれるかもしれないけれど。ああ、アリスも、令嬢のくせに顔に怪我なんてと怒るかもしれない。わたしに。


 なんて、脳内で褪めた思考をしながらも、外面では神妙な顔で膝を突いた。


「……わたくしの誘拐など、大したことではございません」


 深々と額突いて、平伏する。

 ざわめいていた場が静まり、すべての瞳がわたしに集中した。


「貴族の名を盾に、犯罪をする者がいること、それをこそ、問題視して頂きたく存じます」


 彼らは貴族の後ろ楯をちらつかせて、わたしや周りを黙らせようとしていた。わたしだから冷笑して即時解決で済ませられたが、標的にされたのが普通の平民だったら、わたし以外のゾフィーの仕立屋のひとびとだったら、同じように解決は出来なかったはずだ。

 おそらく、泣き寝入り、となっていた。


 貴族は平民に太刀打ち出来ない。貴族と平民は、違う生きもの。それが常識なのだ。この国では。

 だから、わたしですらわんちゃんに刃向かったヴィリーくんへ苦言を呈した。たとえ平民側に理があろうと、“正しい”のは貴族なのだ。あくまでも。


 それが、おかしいことは理解していても、それが“正しい”のだからどうしようもない。間違いだと口にするのは自由だが、わたしの考えにヴィリーくんを巻き込んではいけない。

 現状、平民が貴族に逆らえば死刑ですらおかしくないのだから。


 けれど、わたしが口を閉じる必要はない。だって、末席とは言え貴族だから。

 国のお偉方ばかり集まって、話題はわたしのことなんて、こんなにお誂え向きの舞台を用意されて、利用しないなんてあり得ない。


「確かに平民は貴族に仕える者。統治する立場の貴族として、我々の立場は平民よりも強くなくてはなりません。しかし、平民は貴族のための家畜ではありません。貴族だけで、国は成り立たない。我々少数の貴族ではなく、国の大多数を占める平民こそが、我らがバルキア王国のいしずえとなり国を支えてくれているのです。貴族の名のもとに平民から搾取する、平民の権利を踏み躙る、そのようなことが、許されてはなりません」


 床に突いていた平手を、ぎゅっと握り締める。


「我々が貴族としての役目を果たし、彼ら平民の暮らしを守るからこそ、彼ら平民は我々貴族を敬い、我らに尽くしてくれるのです。それを忘れて彼らの生活を脅かすのならば、なぜ彼ら平民が我々貴族を敬う必要があるでしょうか」


 おもむろに上げたわたしの顔を見て、あちらこちらから息を呑む気配がした。

 滲む視界をそのままに、きざはしの上を見据える。


「我らが友にして国の礎たる平民を守れず、害すると言うのならば、そのような国を守る意味を、わたくしは見出だすことが出来ません」


 視線を下げると共に頬を滑り落ちたしずくが、切れた唇にじわりと沁みた。


 ぽたり、ぽたりと、上質な毛織りの絨毯がわたしからこぼれた水滴を受け止める。水滴は臙脂の布に吸い込まれて、濃い染みを作った。


「どうか平民をかえりみ、彼らが平穏で豊かな生活を送れるよう、手を尽くして下さいませ。バルキア王国を、愛すべき国で居続けさせて下さいませ」


 顔を上げて、ふわりと微笑んで見せる。


「愛すべき国で愛すべき方が幸せに生きられると言うのならば、このわたくし、エリアル・サヴァンは、一生を国奴として生きようとも、悔いはありません。それが、サヴァンとして、バルキア王国に居場所を与えられた者としての、役目と理解しております」


 まるで、一時停止ボタンでも押されたかのように。謁見の間は静まり返り、ただ、わたしに向けて視線が落とされていた。


 背後から伸びた大きな手が、わたしの顔、上半分を覆って一時停止の魔法を解く。


「……まだ、平静でないようだな」


 低く呟くと共に、後頭部に感じる骨張った感触。


「落ち着くまでは、安全なところに居させた方が良い。お互いにな。と言うわけで、ひとまず俺とこれは下がらせて貰う。その間に、黒幕探しでもなんでもしておけ」


 天下の筆頭宮廷魔導師さまからしてみれば、ロイヤルストレートな面々も敬う対象ではないらしい。横柄に言ってのけると、骨っぽい触感の腕でわたしを抱き込み、


「ああ、誘拐犯は、ローヴァインとか言う名を出していたようだな」


 派手に爆弾を落としつつ瞬間移動した。


 有無を言わせぬ強制的な転送に巻き込まれながらわたしは、もうひと押ししたかったななんて考えて現実逃避していた。


 だって、まだ激怒継続中なのだよ、わんちゃんが。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


エタっておりません

生きています。生きています(・_・)


五ヶ月前、出来るだけ早くと言ったのは誰だったのか

今五ヶ月と書いて戦慄しました……((((;゜Д゜))))ウソヤン


次話投稿前に読んでしまったあなたさま

誠に申し訳ありません

次話の投稿の見通しはまだ立っておりません

鋭意作成中でございます……orz


粘菌並みの遅筆でうんざりさせてしまっているかもしれませんが

続きも読んで頂けると嬉しいです

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